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神さま、拾われる。


もう二度と開かれることはないと、覚悟して瞳を閉じた。



クソッタレな世界だった。


生まれると同時に一方的に役目を押し付けて。

死ぬことすらも管理されて。

「世の中のため」なんて御託並べて人権無視して拷問まがいの実験をしまくり。

「世界を救うため」なんて大義名分振りかざして沢山の命を刈り取る。

クソみたいな大人ばかりだった。


俺は犠牲者であり、だが、加害者側でもあった。

だから、俺もクソみたいな人間だった。

自覚している。



通称「スキル」


化学兵器の濫用によって遺伝子改変された次世代の子供たちから偶発的に発現した、フィクションの世界でしか存在しなかった特殊能力。

程度の差こそあれ、自然の力を操ったり他者の思考を読み取ったりできる。

まさにファンタジー的技能。


化学兵器生産よりも世界を汚さず、なによりお金がかからない。

手っ取り早く他国を出し抜ける可能性を秘めた「スキル」の解析と人工生産は年をまたぐごとに苛烈を極めた。



俺は実験により人工的に生み出された「スキル」持ちの子供の1人だ。

生まれながらにしてご大層な“お役目“を背負わされた被害者である。

だけど、その“お役目“を遂行するために沢山の命を、「力」を得るために奪ってきた加害者でもある。


「スキル」は、ある条件が揃うと自分のモノにできる。

その条件のひとつが、スキルを持つ相手を殺すことだった。


殺して、奪う。

言葉にすればただそれだけのこと。

相手に拒否権なんて与えなかった。


だけど、苦痛だった。

やりたくなんて、なかった。

だけど、後戻りなんてできない。

させてもらえるわけが、ない。


だから、幾人もの仲間を屠る行為を最期まで遂行した。


俺が自分の命を“お役目“のために捧げたのは、別に罪滅ぼしのためじゃない。

犠牲になった命をムダにしないため、なんてキレイ事のためだけでもない。


大事な友達が出来た。

唯一無二のかけがえなのない存在が出来た。


そいつらに未来を与えられるなら。

そいつらが俺の代わりに明日を生きてくれるなら。

世界を救ってやってもいいかなって思った。


尊い犠牲になった仲間たちには、来世で幸せになれるよう地獄で詫びよう。

お前らの大切な人たちにも明るい未来が来るよう祈ろう。


自分勝手に心に折り合いをつけた。



共に過ごした仲間から奪った「地」「水」「火」「風」の自然能力。

親友から掠めた「完全再生」

最愛から盗んだ「絶対破壊」


その全てと、不完全だった俺の人工発現スキル「万物創造」をもって、地球を破壊、再生、再構築。

今世のように人間同士が争い、自分たちの住む土地を壊すことのないような、平和な世界の創造した。


……つもりだ。

創造するための想像力の訓練も知識も血反吐を吐いてもやり続けた。

うまくいったと、思いたい。


俺はその世界を見ることが出来ないから。

「スキル」が強過ぎて、ベースとなる地球があっても世界をひとつ創り出すには俺の肉体はもたない。



まるでカミサマのような行いを、ノーリスクでできるわけがない。

分かっていた。


それでも、楽しかった日々が。

みんなの笑顔が。

走馬灯のように頭を駆け巡る。



……まだ、生きたかったと。

みんなと生きたいと。

散々命を奪っておきながら、そう思う俺は、傲慢、なんだろうな……



◆❖◇◇❖◆



閉ざされた幕の向こうから、強い光が降りそそぐ。

ゆっくりと上げられた幕の向こうに広がるのは、真っ白な世界。

その刹那の後、俺の脳が認識したのは見知らぬ風景だった。


意図せず泳ぐ視線によってそれが天井であると認識するのにわずか。

ぎこちなく動かした首の痛みを無視して理解出来たのは、ここが自分の知識にはない場所だということ。



俺の知っている世界は、鈍色に光る無機質な壁と、朝のわずかな時間にだけ光る疑似太陽の刺すような、眼球の裏まで突き抜ける光だ。

こんな、木目が見える淡い色も揺れる薄布もそこから差し込む柔らかい光も、知らない。

いや正しく言うならば知識だけならある。

嫌というほど学んだから。


だが自らの肉体で経験などしたことがない。


これが死後の世界というものなのか?

それにしては生活感のある空間だけれど。


視界がとらえただけでも、天井や壁よりも1段暗い色をしている机と椅子が設置されている。

その揃いの上には生成りのカーテンが。

そしてそれの向こうには中身こそないが一輪挿しがかぜがふくたびにチラリと見える。


そもそも、ここが死後の世界ならば自分の肉体はないだろう。

なのに光の強弱も頬を撫でる風も感じられる。

上体を起こそうと思えば仕損じはしたが手が半身を支えてくれようとしたし、痛みの走る胸部もあれば、布団に隠れてはいるが下半身もキチンと自分の身体に付いていた。


おぼろげな感覚を手繰り寄せるように集中し、先程とは逆の手にしっかりと力を込めてもう一度上体を起こす。

ギジリと鳴くベッドから立ち上がると貫頭衣のような簡素な作りの衣服が着せられている。

服の下には手当をした跡があった。


服装は死んだはずの時のものではない。

しかし、包帯が巻かれ手当された痕跡の部分は間違いなく死の直前負傷した箇所だった。


「スキル」を発動するために戦った時の傷だ。


右掌に左頚部。

そして、胸のど真ん中。

明らかに致命傷だ。


なのになぜ、生きているのだろう?

そしてここは、どこなのだろう?



さっきベッドが軋んだ時、下で動く気配がしたな。

ここの家主だろうか。

少なくとも、介抱してくれた人間ではあるだろう。

たかだか物音ひとつに反応をするのだ。

こちらに気を配ってくれている証拠だと考えていいだろう。


しかし、登ってくる気配はない。


呼吸をするだけでも痛む身体を引きずりながら、誘われるように階段を降りた。



◆◆◆◆◆



幾度目かの寝具の軋む音に作業の手を止めた。

しばらく耳をすませる。

しかし天井から床を歩く音はしない。


寝返りを打とうとして、痛みで無意識に辞める。

何度も見た光景だ。

まだ目覚めることはないだろう。


そう結論づけて作業に戻った。


長旅から戻って来る道中、浜辺に打ち上げられていた人影を見た時には肝が冷えた。

大嵐の後ならば材木や魔物の死体が漂着していることは過去にもある。

しかしこの数日は季節に見合った大変心地の良い過ごしやすい天気である。

海流に乗り打ち上げられたとは少々考えにくい。


海から来たのでなければ、陸地からになるだろう。

だが、辺境のこの地に足を踏み入れるのは町に住むことが叶わない落伍者や罪人のような者ばかり。

しかもそう言う輩は実力不足で大抵ここに至るまでの森で魔物に殺られる。

ここにはたどり着けない。

森に住まう魔物を相手取れる程の強者なら、冒険者として力量を買われる。

過去を差し引いたとしても引き込みたいと願い出る旅団も国も幾らでもあるだろう。

強い者がわざわざこんな何も無い所に来る理由はないのだ。


そもそも、それなら海で横たわっていた理由が説明できない。


そう考えると、あの拾いものの謎はいっそう深まった。

謎が多すぎる。

謎の塊でしかない。


ぶくぶくに膨れ上がった水死体でなかったのは救いだったが、なにせ血塗れだった。

しかも、息がある。

海にもまれて来たはずなのに、あの傷で生きているのはあまりにも不可解すぎた。

触ると温かかったし、傷の深さの割には血色が良かった。

波打ち際にボトッと、今まさに空から落とされました、と言われなければ納得出来ない状態だ。


じゃあ、何に運ばれてきたのか?と問われればまた頭を抱えるしかないのだが。


竜種の魔物の仕業だと考えてみる。

赤竜や黒竜並の大きさであれば、近くに飛んでいればどれだけ上空にいても羽音で分かる。

あの時そんな音は聞こえなかった。


グイベルやワイバーンならどうだろうか。

高度があればさほど大きな音は聞こえないだろう。

上空を通過しても気付きにくい。

そんな高さから落とされていたら、まぁ、考えたくはないが人の形は残っていないだろうが。


飛空船の類は、各国が開発こそ進めているが難航していると聞く。

当面は完成しないだろうと言う話だが……

もし自分が把握していない所で実用化や試験段階までたどり着いているならば、ゾッとしない話である。


1番あの状況に至るのに合致しそうではあるが、空から重犯罪者を落として放置。

……やる意味が分からんな。


ガッ! ドタドタッ!


突然階段の方から聞こえたけたたましい音に思考が途切れる。

見れば2階で寝ているはずの拾いものがうずくまっていた。

あの怪我で意識を取り戻すこと自体が本来ならありえない。

なのに、物音ひとつ立てずに降りてくるなんて。

コイツは一体……?


失敗し変な色の煙を出している目の前の調合薬は放り出す。

立ち上がるのも難儀だろう。

手を貸さねばと拾いものの前で跪くと、初めて見る金に輝く双眸がこちらを見る。


「あいしゅどぅじあんさいとりぱーとまいねみずまいやわざとゆーふとりあとみーうぇれあまいめいあすくゆあねー」


「なーに言ってんだ? お前ぇ?」


聞き慣れない言葉を一息にまくし立てられ、つい、言葉が崩れる。

初めて言葉を交わすなら、もうちょっと気取った感じに、こう、真面目にいこうと思っていたのだが。


「……は? に、ほんご……?」


混乱しているのか、ただでさえ大きい瞳をそこから零れ落ちそうになるくらい更に大きく見開く。

口を魚のようにパクパクと動かした拾いものが次に口にしたのは、俺のよく知る言葉だった。




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