ツンデレムース、ロディへの対応!
「ムースさん。ただいま帰りましたよー」
「お帰りなさいませ美琴様っ!」
古アパートのドアが開けられた途端、料理の途中だったのかピンクのエプロン姿のムースが勢いよく美琴の胸に飛び込んできた。
美琴は軽々と彼女を受け止めぐるっと一回転してから着地する。これは毎回の帰宅時の挨拶のようになっていた。ムースはニコニコしていたがロディに気づくとムッとして。
「どうしてこの方がいますの⁉ わたくしは美琴様と優雅な夜の時間をすごしたいのに!」
「今日はロディさんに助けられたのですからご飯をご馳走してもいいでしょう?」
「ま、まあ美琴様を助けてくださったのでしたら仕方がありませんわね」
軽く咳払いをしてアパートの中に入っていくムースの後ろ姿を見てロディは苦笑した。
「素直じゃねぇ奴。これが星野がいう噂のツンデレってやつか?」
「何か言われましたか⁉」
「なんでもねぇよ。そうカリカリすんなって。可愛い顔が台無しだぜ」
「あなたのお世辞なんて嬉しくもありませんわ」
ムースはプイと顔を背け頭から湯気を出して食事の用意に取り掛かる。
ふたりと比べて背の高いロディは玄関をくぐって中に入る。
「狭いな。鳥小屋みてぇだ」
「余計なお世話ですわよ。これでもわたくしと美琴様にとっては夢のお城ですわよ」
「悪い悪い」
手を軽く振ってロディは謝ってからテーブルの席につく。
彼女たちが使用している四角いテーブルには四つの椅子が備え付けられていた。
「たまに来客もありますから席は多くしてありますわ」
「客っていうと……星野とか川村とか?」
「いいえ。彼らは来ません。メープルさんと李さんですね」
「定期的に女子会を開いてるってわけか。ああ、お前たちさえよかったらだけどよ、エリザベスちゃんもその女子会に誘ってやってくれねぇか。ひとりでビルの中に閉じこもっていたら身体悪くなるぜ」
「それでしたらわたしがエリザベスさんを誘ってみることにします。メンバーが増えて会話が盛り上がりそうです。ムースさんはよろしいですか」
「わたくしは美琴様が笑顔でしたらそれがいちばんですし個人的にエリザベス様にも興味がありますわね。確か、貴族なのでしたわよね? わたくしは王族! つまりわたくしにとっての恰好の玩具ということですわね! オーッホッホッホッホ!」
「カレーが焦げるぞ」
「きゃっ! わたくしとしたことが!」
慌てて火を消してカレー皿に白米とカレーを盛り付ける。
ぶっきらぼうにロディの前に皿を置き、美琴には丁寧に音を少なくして置いた。
動作ひとつとっても露骨なほどに差がある。
「「「いただきます!」」」
食事前に手を合わせて、食べ始める。カレーはコクが深く野菜の旨味が染み出し美味しくできていた。
「うめぇ。お代わり」
「自分で入れてくださいませ。わたくしは奴隷ではありませんわよ⁉」
「お前の方が米入れるの慣れてるだろ」
「ま、まあこれでもあなたよりは日本暮らしが長いですし……」
「そんじゃ任せた」
「ってちょっと! 全く、仕方ありませんわね!」
プンプンと怒りながらも二回目、三回目のお代わりをよそってあげる。
文句を言いながらも頼られるのは悪くないようだ。
ふたりの様子を微笑みながら見守り食事を進めていた美琴だったが、やがて本題を切り出した。
「ロディさん。さきほどの半魚人さんたちの情報を教えてくれませんか」
「半魚人が出たんですの?」
「はい。実は――」
美琴の説明に明るかったムースは口を噤み険しい顔をした。真剣な表情で聞き入っている。
やがてぽつりと呟いた。
「まさか――いえそんなはずは……」
「そのまさかだと俺は思ってるね」
「嘘でしょう……」
今にも消えそうな声で言ったムースに美琴は怪訝な顔で訊ねた。
「ムースさんも何か知っているのですか?」
「ちょっと嫌な予感がしまして……」
「いつまでも誤魔化してちゃラチがあかねぇ。言うぞ」
ロディとムースの視線が合い、互いの真意を探る。二秒ほどの間の後、ロディが言った。
「今回の敵は海からの侵略者――ルドルフ=ヒュドラーの手先だと思う」
「その名前を言わないでくださいませ!」
ロディの口から飛び出した名にムースは耳を手で塞いで目尻に涙を浮かべる。
そのただならぬ様子に美琴は気を引き締めた。
(自分以外は全て玩具と言い切るはずのムースさんがこれほど取り乱す相手、恐ろしい敵に違いありません)
そんな彼女に寄り添い少しでも癒されるようにと背中を摩りながら美琴は問うた。
「ヒュドラーさんは昔どんなことをしたのですか」
「ヒュドラーのクソ野郎は100年以上前に地上の人間全てを抹殺して陸を支配しようとした極悪人で、海の化け物さ。心が氷でできていて配下にも容赦がねぇ。失敗も許さねえ。
当時は討伐に川村とヨハネスが派遣されてブッ倒したはずだったんだが」
「どういうわけか現代で蘇ってきたわけですね」
「そうだ。だが、どう考えてもわからねえ。川村が仕留め損なったことは一度だってねえ。
川村にかかりゃ幾らヒュドラ―が強くたってチーズみたいにスパッと切れちまう」
ロディの言葉に美琴は同意した。スター流が誇る剣士、川村猫衛門の実力は折り紙付きで美琴も組手で対戦した際、一瞬で敗北したこともある。
話を聞いていたムースが口を挟んだ。
「もしかして首が再生したとかではないですの?」
「……あり得る。川村が首撥ねて死んだと油断させてから、後で首を再生させてどこかへ逃げたんなら、今の復活も不自然じゃねぇな。だって死んでねぇからな」
ロディはひとり納得して天井を見上げて吐き捨てるような口調で。
「しかし厄介なときに最悪な奴が出てきたもんだぜ。ひょっとすると奴あこうなるのを狙って潜伏し続けていたのかもしれねぇが、よりによってスター流最高戦力がバカンスに行っているときに出てこなくてもいいのによ!」