いつか見た夢の話
イルミネーションに飾られた幸せが溢れる夜の街。
寒空の下、寄り添い歩く人たちはそれぞれの温もりに笑顔を咲かせている。
すれ違うアベックの波に逆らい速足を進める中、鼻をかすめた冬の香りに立ち止まり空を見上げる。
周囲の人々もその気配に足を止め、同じように顔を上げた。
訪れたのは一瞬の静寂。
──雪だ。
誰かが呟き、誰もが感嘆の声を漏らした。
優しい喧騒を取り戻した街で、再び足を動かし始める。
先刻よりも速く。
息も切らすほどに。
自分の足音が、石畳を叩くものから少し違うものに換わるのにそれほど時間はかからなかった。
時刻は23時半。
薄く降り積もった雪が地面をデコレーションし、優しい色の街灯がポツポツと足元を照らし始めた。
カラフルなイルミネーション達はもう、一色だけの柔らかな光に戻っていた。
聞こえていた幸せそうな話し声達も既に遠く。
しばらくして、見通しの良い広場に出た。
歩速は自然と緩やかになり、呼吸を整えることを強く意識した。
雪はまだ、優しく降り続いている。
広場の中央に設けられた大きな円噴水。
その縁に腰を掛け、冷えた手に白い息を吹きかける一人の少女。
白く染まり行く背景に、そのまま同化して消えてしまいそうな程真っ白な姿。
探していたものを見つけた気がした。
ようやく出会えた気がした。
もしかしたら、全てはこの柔らかな街灯が見せる幻なのかもしれない。
それでも構わない。
ゆっくりと、濡れた石畳に黒い足跡をつけていく。
少女の前に立ち、手を伸ばす。
0時までの魔法が溶けてしまう前に。
ただ、ゆっくりと。
ついにその手に触れた。
握った手はひどく冷たく、真っ白な雪そのものの様で、力を込めることすら躊躇われた。
しかし、そんな心配とは裏腹に少女は笑ってくれた。
──見つけてくれてありがとう。
すっかり白く染まった街の広場。
背景から浮き彫りになった2つの影。
二人並んで空を見上げた。
まるで本当に幻だったと言わんばかりに、いつの間にか雪は止み、代わりに姿を見せた大きな月は眩しすぎるくらいに世界を照らし、その街を、この広場を、握り合った左右の手で繋がる二人を、優しく包み込む。
──メリークリスマス。
右手に収まる小さな手を、今度はしっかりと、けれど優しく力を込めて握り直した。
キュッと握り返してきたその手は、確かに温かかった。