①-8 男子高校生のロマン
小鳥のさえずりが微かに聞こえる朝。
僕は、ベットから起き上がり、学校へ行く準備をする。
「おはようございます、先輩」といって挨拶したのは、絶賛神隠し中である僕の後輩、十色ヒトミだ。昨晩は一睡もしていなかったようで、今も僕のゲーム機で遊んでいる。ボスが中々倒せないと言って、嘆きながらレベリングをする姿は楽しそうだ。
今まで娯楽に触れてこなかった人間が、ゲームにハマっている様子を見て、僕は後味の悪い快感を感じていた。
これが、道を踏み外すキッカケを与えてしまった背徳感。
癖になったらどうしよう、と僕は不安になる。
朝から、そんなしょーもないことを考えていると、台所からいい匂いが漂ってくる。
妹が朝食の準備をしているのだろう。
僕は匂いに釣られて、リビングに顔を出す。
リビングでは、コトネがコンソメスープの入った器を、テーブルの上に置いている。
コトネが僕に気がつくと、こっちを見ながらピースをした。
これは、声が出せない妹流の朝の挨拶である。
「おはよう」と僕が返事をすると、コトネは満足気に笑って、台所へ引っ込んだ。いつも朝食の準備、ご苦労様である。
今朝の朝食は、トーストにスクランブルエッグ、コンソメスープである。最近、コトネは卵料理にハマっていて、朝晩の食卓には必ず出てくる。僕は卵が好きだから気にしないけど、二ヶ月間ずっと毎日、食卓に卵が出て来るので、卵嫌いな人にとっては地獄かもしれない。
よかった、卵が好きで。
朝食を食べ終わると、コトネは早々に家を出た。
入学して一週間ちょっと、もう学校に友達ができたらしく、友達と一緒に通学するのだと言う。
……妹との通学を期待していなかったかというと、嘘になる。
妹の兄離れが加速していた。
ちょっと寂しい。
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「透明人間って本当にいるのかなぁ」
朝のホームルームが終わった後のクラスの喧騒に混じって、茶釜タケシはそんなことを呟いた。
茶釜は僕と同じクラスの同級生だ。去年同じクラスになってからの腐れ縁で、学校でよく暇つぶしに話しをしている。
「いないとは断言できないかな。意外と近くにいるかもね」
そう言って、僕は家に残してきた十色ヒトミを思い浮かべる。
未だ人に認識されない彼女は、することがないのでゲームをしたいと言う。緊急事態とはいえ、学校をサボってゲームとは、いい御身分だ。僕は羨ましく思う。
「昨日、テレビでやってた透明人間の映画を見たんだ。ちょっとエッチなやつ。高校生男子必見の刺激的な映画だったよ。興奮した、俺も透明人間になって好き放題したい」
「それって、深夜にやってたやつ?僕も見たけど、別に透明人間になりたいとは思わなかったかな」
茶釜が見たという映画は、透明人間にされてしまった男が、次々と犯罪を犯すサスペンス映画だ。善良な青年が透明人間になって、段々とモラルを失い、遂には人殺しをしてしまう、と言った内容である。
確か透明人間になった青年は最後、正義の警官に殺されてしまうといった結末で、とても透明人間に憧れるような映画では無かったような気がする。
「わかってないなぁ、天月。お前には男のロマンが無いのか」
「確かにロマンは感じるね。透明人間と言う響きにも、そそられるものがある。でも大変そうだよ。姿が見えないって何かと不便じゃないかな」
「現実的な話しはどーでもいいんだ。俺はなってみたい、透明人間に。スリムなお前には分からないだろう。図体デカく育ってしまった俺の気持ちなんて」
と切実に語る茶釜だった。
茶釜は2メートル近い大男。
人混みの中の待ち合わせに便利な男である。
「いつも、邪魔者扱いされる人の身にもなってくれ。人から向けられる視線が無いって、それだけで素晴らしいことじゃないか。それに見たいんだ!女の裸が!」
「最後が君の本音だね。結局はエロに行き着く訳だ。気持ちは分かるけどね。だけど一生、透明人間っていうのは、やっぱり辛いと思うよ。友達だってできないだろうし、孤独感で気が狂ってしまうんじゃないかな」
そう言う僕の話を聞いて、茶釜はムムム、と唸る。
納得していないようだ。
「でも……透明人間いいと思うけどなぁ。確かに友達はできないかもしれないけど、裏を返せば人間関係に悩まされないってことだぞ。完全な自由なんだ」
「自由かもしれないけど、絶対暇になるよ。退屈は人を殺すんだ。モラルが無くなる。そうやって、透明な動物が出来上がるのさ」
映画の結末みたいに、モラルの無くなった透明人間は、消されてしまうのだろう。
それが、人間社会と言うものだ。
「……エッチなんだけどなぁ」
煩悩に塗れた一言を呟く、茶釜であった。
茶釜の男子高校生的な感性は安心する。
変に飾らないのが、茶釜のいいところだ。
……それにしても、透明人間か。
実際、映画みたいに透明人間になった人間は、段々とモラルを失うのだろうか。
十色ヒトミが犯罪を犯したりしたら、どうしよう。
流石に無いとは思うが、そうなったら少し困ってしまう。
「そういえば天月、聞いたか?昨日の深夜、近所の畑が荒らされたって。里芋が食い荒らされたらしい」
「近所って、この学校の?」
「ああ、結構な被害だったみたいだ。それで、その畑荒らしの犯人なんだが……農家のオッサンが化け物を見たって」
神妙な顔で、茶釜は言った。
その顔から、嘘や冗談ではないと感じる。
「化け物って、どんな?」
「見た人によると、狐に見えたって話だ」
狐の化け物。
その話を聞いて、件の神隠しを僕は連想する。
「その化け物は沢山いたみたいだ。赤とか青とか緑とかの色とりどりの化け物が、畑で芋を食ってたんだと。大きさも大小様々で、群れをなしながら畑を荒らしてたらしい」
「白い狐はいなかった?」
「白?さぁな、俺が実際見た訳じゃないから分からないが……それにしても、やっぱり食いついてきたな。お前は飽きないね。変な部活に入って、熱心に活動し続けてられるお前の気持ちが理解できん」
「変な部活いうな。伝統ある由緒正しい研究会だよ。オカ研を馬鹿にするんじゃない。オカルト最高でしょうが」
それを聞いて、はぁ、と茶釜はため息を吐く。
「新学期入ってから、神隠しだの化け物だの騒がしいな、この学校は。ただでさえ不思議なことが起こるってのに、早くも飛ばし過ぎじゃないか?俺達が卒業するころには、百鬼夜行で学校が無くなっちまう勢いだぜ」
茶釜は最近のオカルト騒ぎに、ウンザリしているようだ。まぁ、この学校では摩訶不思議な事件が沢山起きるので、当然の感想だと思う。
「僕はそうなっても面白いと思うけどね。百鬼夜行が見れたら、末代まで自慢できるよ」
「……オカルトバカも程々にしとけよ」
茶釜はそう言って、自分の席に帰っていった。
それを言うのは、五年遅いと僕は思う。




