①-5 彼女の厄介なお願い
それは、突然のことだったという。
十色ヒトミが新入生代表の挨拶をしていると、壇上に白く塗りつぶされたような気配を彼女は感じた。
純白を着込んだような毛並みで、赤く澄んだ瞳を持ち、七つの尾を揺らめかせている狐。
それが壇上に突然現れた。
狐は彼女を見つめて、何事か囁く。
聞き取れなかった彼女は、狐に話しかけたが、狐は無視して煙のように消えてしまった。
それから、十色ヒトミは誰からも認識されなくなってしまったという。他人から姿が見えなくなり、人に声を掛けても、無視されるようになってしまった。
彼女は世界から孤立したのだ。
狐の神隠しによって。
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「赤い瞳に白い毛並みの狐か……先生、何か思い当たることは、ありますか?」
僕は八咫烏の八郎先生に話を聞いた。
先生は、傍らでゴミを漁っている。
「さぁ、どうだろうねぇ。幾つか思い当たることはあるが……確実じゃねぇなぁ。もう少し詳しいことがわかんねぇと、なんともいえねぇよ」
「別に確実じゃなくていいんです。先生が知ってることを教えてくださいよ」
「やーだね、ちゃんと対価を貰っちまったからな。中途半端なことは、いいたくねぇ」
と八郎先生はケチなのか真摯なのかよく分からないことを言って、空になったワンカップの瓶を僕の足元に投げる。
カラン、コロンと転がり、空の瓶は他のゴミに混ざってゴミ捨て場の風景となった。ちゃんとゴミは分別して欲しいものだ。僕は空き瓶を拾い、瓶が入ったゴミ袋に捨てる。
「とにかく、お嬢ちゃんが見たっていう狐を探すことだな。俺様の助けが欲しいなら、最低限それぐらいはしてもらわねぇとなぁ、ヒッヒ」
八郎先生は、意地の悪い笑顔を浮かべている。それから先生は僕に興味を無くしたように、ゴミ漁りを再開した。
「あのぅ……ちょっといいですか?」
僕らのやり取りを、じっと見ていた十色ヒトミが、おずおずと手を上げて話しかけてきた。
「よく考えたら私、先輩の名前を知りません。あと……その喋るカラスのことも、よくわからないので教えてほしいんですけど……」
「ああ、そういえば、そうだったね。僕の名前は天月キョウヤ。君の一学年先輩になる。その喋るカラスは、八咫烏の八郎先生、僕がこの世で一番尊敬してる鳥だよ」
「私は十色ヒトミといいます。よろしくお願いします、天月先輩。それで……この鳥は八咫烏なんですね。八咫烏って、名前だけは聞いたことあるんですけど、よく知りません。妖怪でしたっけ?」
あー、これはまずい。
そう思って、僕は八郎先生の方を見ると、
「おいおいおいおい、お嬢ちゃぁーん。舐めてもらっちゃぁ困りますなぁ。俺様は有象無象の妖怪変幻の類なんかとは、格が違うんだよぉ。俺様は神様だ!八百万の神々の中でも、一際輝く一番星!太陽の化身なんだぜぇ、敬え!コノヤロウ!」
と八郎先生は怒っていた。
「……はぁ、そうなんですか」
十色ヒトミはいまいちピンときていないようだ。
無理もないと思う。
こんな場末のゴミ捨て場で、ゴミ漁りをしている神様なんて、どう敬えと言うのだろうか。
「うーむ、その顔は舐めているなぁ。少しは神の威厳を見せないと、俺様の気がすまねぇよ。全盛期なら焼き殺してやるところだが……クソっ悔しいなぁ」
先生は、唸りながら悔しがっている。
仮にも神様なのだから、小物じみたセリフを吐くのは、どうなのだろうか。ますます舐められてしまうような気がする。
「まあまあ、神の威厳なんか無くても先生は立派ですよ。僕には分かっています。先生は犬畜生にも劣る存在に貶められたかもしれませんが、魂は神レベル。先生も言ってましたよね、ゴミに塗れようと魂は煌めいているって。傲岸不遜の権化として、突き進む先生が僕は好きです。だから先生、元気出してください!」
「そこまで言わなくてもいいだろうが!うわぁぁぁん!」
先生は泣いてしまった。
何故泣いているのだろう、分からない。
恐らく、自分で自虐する分には大丈夫だけど、他人から事実を指摘されるのは耐えられない、みたいなことだろうか。
それとも、この厳しい現実社会に疲れてしまったのかもしれない。
これは、反省しなくてはいけないな。
あんまり、酒カスとか言わないようにしよう。
「天月先輩って……薄々思ってましたが、ちょっとアレですね。流石に可哀想ですよ」
彼女は呆れ果てた目で、僕を見ている。
生意気な奴だ。
「ほらほら、はっちゃん泣かないの〜。クッキーあげますからね〜」
「……バリボリ、うんまぁい」
八郎先生は十色ヒトミから可愛らしいあだ名で呼ばれ、赤ん坊に接するような態度で餌付けをされていた。
……先生、いいんですか、それで。
「先輩、はっちゃんって可哀想で可愛いですね。ペットにして飼ってもいいですか?」
「……やめておきなさい。ワガママが感染るから」
僕は彼女に至極真っ当なアドバイスをする。
それもそうですね、と言って彼女は八郎先生から離れて、僕の目の前に来た。
「あの〜それで、ちょっとお願いがあるんですけど……」
そう言って、彼女はモジモジと斜め下を見ている。夕焼けに照らされる彼女の顔を見て、僕の時間が数秒止まった。
とても嫌な予感がする。
こんな状況でされるお願いなんて、厄介なことに違いない。
しばらく逡巡して彼女は、
「今晩、家に泊めてもらえないですか?」
と僕にとって非常に面倒なお願いをするのであった。
僕の危機察知センサーも、捨てたものではないな。
第六感は微塵もないけど。




