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①-5 彼女の厄介なお願い

それは、突然のことだったという。

十色(といろ)ヒトミが新入生代表の挨拶をしていると、壇上に白く塗りつぶされたような気配を彼女は感じた。


純白を着込んだような毛並みで、赤く澄んだ瞳を持ち、七つの尾を揺らめかせている狐。

それが壇上に突然現れた。


狐は彼女を見つめて、何事か(ささや)く。

聞き取れなかった彼女は、狐に話しかけたが、狐は無視して煙のように消えてしまった。


それから、十色ヒトミは誰からも認識されなくなってしまったという。他人から姿が見えなくなり、人に声を掛けても、無視されるようになってしまった。


彼女は世界から孤立したのだ。

狐の神隠しによって。


※-------※※-------※※-------※※-------※


「赤い瞳に白い毛並みの狐か……先生、何か思い当たることは、ありますか?」


僕は八咫烏(やたがらす)八郎(はちろう)先生に話を聞いた。

先生は、(かたわ)らでゴミを漁っている。


「さぁ、どうだろうねぇ。幾つか思い当たることはあるが……確実じゃねぇなぁ。もう少し詳しいことがわかんねぇと、なんともいえねぇよ」


「別に確実じゃなくていいんです。先生が知ってることを教えてくださいよ」


「やーだね、ちゃんと対価を貰っちまったからな。中途半端なことは、いいたくねぇ」


と八郎先生はケチなのか真摯(しんし)なのかよく分からないことを言って、空になったワンカップの瓶を僕の足元に投げる。


カラン、コロンと転がり、空の瓶は他のゴミに混ざってゴミ捨て場の風景となった。ちゃんとゴミは分別して欲しいものだ。僕は空き瓶を拾い、瓶が入ったゴミ袋に捨てる。


「とにかく、お嬢ちゃんが見たっていう狐を探すことだな。俺様の助けが欲しいなら、最低限それぐらいはしてもらわねぇとなぁ、ヒッヒ」


八郎先生は、意地の悪い笑顔を浮かべている。それから先生は僕に興味を無くしたように、ゴミ漁りを再開した。


「あのぅ……ちょっといいですか?」


僕らのやり取りを、じっと見ていた十色ヒトミが、おずおずと手を上げて話しかけてきた。


「よく考えたら私、先輩の名前を知りません。あと……その喋るカラスのことも、よくわからないので教えてほしいんですけど……」


「ああ、そういえば、そうだったね。僕の名前は天月(あまつき)キョウヤ。君の一学年先輩になる。その喋るカラスは、八咫烏の八郎先生、僕がこの世で一番尊敬してる鳥だよ」


「私は十色ヒトミといいます。よろしくお願いします、天月先輩。それで……この鳥は八咫烏なんですね。八咫烏って、名前だけは聞いたことあるんですけど、よく知りません。妖怪でしたっけ?」


あー、これはまずい。

そう思って、僕は八郎先生の方を見ると、


「おいおいおいおい、お嬢ちゃぁーん。舐めてもらっちゃぁ困りますなぁ。俺様は有象無象の妖怪変幻の類なんかとは、格が違うんだよぉ。俺様は神様だ!八百万の神々の中でも、一際輝く一番星!太陽の化身なんだぜぇ、敬え!コノヤロウ!」


と八郎先生は怒っていた。


「……はぁ、そうなんですか」


十色ヒトミはいまいちピンときていないようだ。

無理もないと思う。

こんな場末のゴミ捨て場で、ゴミ漁りをしている神様なんて、どう敬えと言うのだろうか。


「うーむ、その顔は舐めているなぁ。少しは神の威厳を見せないと、俺様の気がすまねぇよ。全盛期なら焼き殺してやるところだが……クソっ悔しいなぁ」


先生は、唸りながら悔しがっている。

仮にも神様なのだから、小物じみたセリフを吐くのは、どうなのだろうか。ますます舐められてしまうような気がする。


「まあまあ、神の威厳なんか無くても先生は立派ですよ。僕には分かっています。先生は犬畜生にも劣る存在に貶められたかもしれませんが、魂は神レベル。先生も言ってましたよね、ゴミに(まみ)れようと魂は(きら)めいているって。傲岸不遜(ごうがんふそん)の権化として、突き進む先生が僕は好きです。だから先生、元気出してください!」


「そこまで言わなくてもいいだろうが!うわぁぁぁん!」


先生は泣いてしまった。

何故泣いているのだろう、分からない。

恐らく、自分で自虐する分には大丈夫だけど、他人から事実を指摘されるのは耐えられない、みたいなことだろうか。


それとも、この厳しい現実社会に疲れてしまったのかもしれない。

これは、反省しなくてはいけないな。

あんまり、酒カスとか言わないようにしよう。


「天月先輩って……薄々思ってましたが、ちょっとアレですね。流石に可哀想ですよ」


彼女は呆れ果てた目で、僕を見ている。

生意気な奴だ。


「ほらほら、はっちゃん泣かないの〜。クッキーあげますからね〜」


「……バリボリ、うんまぁい」


八郎先生は十色ヒトミから可愛らしいあだ名で呼ばれ、赤ん坊に接するような態度で餌付けをされていた。

……先生、いいんですか、それで。


「先輩、はっちゃんって可哀想で可愛いですね。ペットにして飼ってもいいですか?」


「……やめておきなさい。ワガママが感染(うつ)るから」


僕は彼女に至極真っ当なアドバイスをする。

それもそうですね、と言って彼女は八郎先生から離れて、僕の目の前に来た。


「あの〜それで、ちょっとお願いがあるんですけど……」


そう言って、彼女はモジモジと斜め下を見ている。夕焼けに照らされる彼女の顔を見て、僕の時間が数秒止まった。


とても嫌な予感がする。

こんな状況でされるお願いなんて、厄介なことに違いない。


しばらく逡巡(しゅんじゅん)して彼女は、


「今晩、家に泊めてもらえないですか?」


と僕にとって非常に面倒なお願いをするのであった。


僕の危機察知センサーも、捨てたものではないな。

第六感は微塵(みじん)もないけど。

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