①-4 神様の目撃者
「あー、あーっ、ほんとーに聞こえてます?私の声。ばーか、先輩のうんこー……あっこの感じは、聞こえてるみたいですね、よかったぁ」
と、神隠しで絶賛行方不明中の十色ヒトミは安堵したように笑った。彼女は思ったより元気で、ちょっとウザい。
「元気そうで何よりだよ。始業式の日に初めて会ったとき以来だね」
「私はそうでもないですよ?神隠しに遭ってから、先輩の近くに割といましたから」
十色ヒトミのその話を聞いて、僕は今までの苦労が少し無駄になってしまったような、そんな微妙な気持ちになった。
「ヒッヒ、お嬢ちゃんはずっっっと、小僧の真後ろで背後霊みたいにフラフラしてたぜぇ。小僧が全然気づかねぇから、絵面が間抜けで面白かったよ」
喋る鳥が追い討ちをかけてくる。
ちょっと黙っててくんないかなぁ。
「というか、なんで先輩は急に私が見えるようになったんですか?」
「それは、これのおかげかな」
僕は左腕に毛筆で書いた【僕ハ世界ヲ感ジテル】と言う文章を見せる。
「今の君みたいに、存在が希薄なものを見ることが出来るよう、僕は自分に文字を書いて、呪いをかけたんだ」
これが『コトノハ』という人間の認識を歪める呪いである。呪いを込めた文章が人の脳に影響を与えて、呪われた人間の認識を歪める。これで、ほとんど備わっていない僕の第六感を、呪いによって研ぎ澄ませているのだ。
「へぇ〜……でも呪いって……そんなことして、大丈夫なんですか?」
「あ〜……うん、大丈夫、大丈夫。この程度の呪いで死にはしないから」
そう言いながら、僕は笑って誤魔化した。
正直に言うと、僕はあまりこの力を使いたくは無い。
人を呪わば、穴二つ。
『コトノハ』を使用すると、代償に呪いと同等の不幸が訪れる。わかりやすく説明すると【オマエハ死ヌ】みたいな、他人に死を与える呪いをかけると、人の脳に影響を与えて呪い殺すことが出来るが、代償に自分も死んでしまうといった感じだ。
だから、第六感が冴えるくらいのことだったら、大した不幸は訪れないはず。このくらいは、日常茶飯事だ。
「いやいや、死ななきゃいいってものじゃないですよ。多かれ少なかれ、先輩に何か都合の良く無い事が起きるんでしょう?私のせいで、そんなの、申し訳ないじゃないですか」
「申し訳なく思う必要はないよ。僕は仕方なく仕事をしているだけだからね。好意や親切心ではなく、義務感でしかないから、君に変な罪悪感を抱かれても僕が困る」
「……先輩は、もう少し人の気持ちを考えたほうがいいと思いますよ」
十色ヒトミは呆れ半分、心配半分の声色で僕に忠告した。
余計なお世話だ、と僕は思う。
「まあそれはいいとして、詳しい話を聞きたいんだけど、いいかな?」
僕は神隠しについて、話を聞くことにした。
十色ヒトミを見つけることはできたけど、まだ、何も解決してはいない。彼女は未だ、他の人間には認識されていない状態なのだ。
「そうですね……何から話したらいいかな」
顎に手を当てて、ボサボサなロングヘアの毛先をくるくるしながら、十色ヒトミは話す内容を考えている。
こうしてよく見ると、彼女は整った容姿をしていた。もう少し髪の手入れをして、ダサい丸眼鏡を外したら、イマドキのステキ女子になれるかもしれない。
「まず、この眼鏡なんですけど……度があってないんです。だから、ぼんやりとしか世界が見えなくて、いつも大変で……段差にはつまづくし、ご飯を食べるときは食べにくいし、日常生活を送る上でとても苦労していました」
「……それじゃあ、なんでそんな眼鏡をかけてるの?眼鏡をかける意味が無いどころか、デメリットしか無いように思うけど」
「私の眼は昔から、色々なものが見えてしまうんです。それこそ、幽霊とか妖怪とか、そんなオカルト的なものも、見えることがありました。だから、今回みたいなことって、実は初めてじゃなくて……」
それを聞いて、僕は腑に落ちた。
このような状況になったというのに、妙に彼女は落ち着いている。過去に同じような経験をして、非日常に彼女は慣れていた、ということなのだろう。
「私は、度のあってない眼鏡をかけることによって、見たくないものを見ないようにしていました。だけど、入学式は新入生代表の挨拶もあって、眼鏡を外さないと原稿が読めなくて……それで、見てしまったんです」
「見たって……何を?」
十色ヒトミは俯いて、此処ではない―――世界の裏側を覗き見るような、そんな目で足元を見つめている。
彼女の足元には、潰れた空き缶が散乱していた。
空き缶からは、茶色の液体が漏れて、そこには蟻が列を成して群がっている。
そんなゴミ捨て場の普遍的な光景も彼女には、ぼんやりとしか見えていないという。度の合わない眼鏡越しに見る世界は、まぼろしよりも曖昧だろう。その眼鏡を外し、彼女が見たというオカルトに、僕は興味を惹かれた。
「神隠しに遭ったあの日……私は……赤い瞳をした白い毛並みの……」
―――『狐』を見たのです。
彼女は口にした。
狐の神様の存在を。




