①-3 ゴミ捨て場の三つ足カラス
入学式の神隠しから、一週間経った。
依然として、十色ヒトミは見つかっていない。
世間のワイドショーでは、神隠し事件は鳴りを潜め、今は清純派女優の不倫問題が話題の中心になっている。
まだ何も解決していないのに、神隠し事件の進展が無ければ世間は忘れ去ってしまう。人の噂も七十五日と言うけれど、今の世の中は情報が溢れすぎていて、世間の興味が一週間で他に移っても、しょうがないことなのだろう。
薄情だと思うと同時に、僕には都合が良いとも感じていた。いつまでも、騒がれていたら僕が十色ヒトミを探しにくい。そろそろ本格的に見つけなければ、まずいと感じていたのだ。
一週間……僕は神隠しに遭った十色ヒトミを必死に探していた。
彼女が消えた体育館の壇上を調べ、僅かに残った痕跡を辿り、街中を探し回る。
それでも、彼女は見つからなかった。
そもそも僕はオカルト的な第六感がほとんど無い。
だから今回のような事件は専門外だった。
コトネに協力して貰えばいいのだろうが、これ以上オカルト嫌いの妹を巻き込みたくはない。こんなメンドクサイ家業をするのは、僕一人で十分であろう。
コトネを頼れないのであれば、僕に残された手段はただ一つ。
……出来れば、この手段は使いたくはなかったけれど、神隠しに遭った彼女のことを考えると、そうもいってはいられなかった。
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「ヒーッヒッヒ、やっぱ困った時の俺様だよなぁ。小僧よぉ、酒はもってきたかぁ」
生ゴミが腐敗した臭いのする街外れのゴミ捨て場で、黒いカラスが笑いながら酒をせびってくる。
このカラスは、八咫烏の八郎先生。
僕が心から尊敬している、三本足の喋る鳥だ。
八咫烏といえば、天照大神によって遣わされた太陽の化身として有名だが、現在はほとんど神としての力を失って、こんな場末のゴミ捨て場で酒をせびる悲しい存在となっている。
「悲しいっていうなよぉ、俺様ぁ今でもキラキラ輝く神聖な存在なんだぜぇ。例えゴミに塗れようとも煌めく清廉な魂がここにあるんだぁ。舐めんじゃねぇぞぉ」
「いえ、僕は悲しいですよ、八郎先生。かの有名な八咫烏が、ただの酒カスに落ちぶれてるなんて、天照大神が聞いたら泣いてしまいます」
僕はワンカップの日本酒を、八郎先生の前に置いてそう言った。
「でぇーじょうぶだよぉ、こんなんなった俺様でも、てんちゃんは受け入れてくれるさぁ……ゴック、ゴックッ、ゴクッ……ぷふぁー、不味いなぁこれ、小僧安い酒買っただろぅ、ヒヒッ」
……ゴミ捨て場で酒をかっ喰らう様子をみたら、流石の天照大神でも見捨てると思う。
「それでぇ、今日は何の用なんだぁ小僧。俺様がなんでも願いを叶えてやろう。この酒の価値のぶんだけなぁ、ヒッヒヒ」
「ありがとうございます。ご相談したいことと言うのはですね……」
僕は神隠し事件について、八郎先生に話した。
八郎先生とは、この仕事を始めてから知り合いになって、たまにオカルトについて相談をしている。もちろん、タダで相談に乗ってくれるわけではなく、それ相応の対価が必要だ。
今回の対価は、スーパーで売っている百円の日本酒である。
安上がりな神様だ、威厳もクソも無い。
「それで八郎先生、神隠しをしそうな神様に心当たりはありませんか?」
「神隠しねぇ……ダチにやりそうな奴が沢山いるから、わかんねぇな。そいつは、どんなナリをしてんだ」
「それが分かれば、苦労はしないですよ。先生だってご存知でしょう。僕が鈍感体質だって」
「あー、小僧の『感』は普通の人間以下だからなぁ……俺様も小僧に存在を認識して貰わないといけねぇから、『存在力』を保つの大変なんだよぉ……グビッ」
八郎先生は苦々しく言いながら、安酒を呷る。
全盛期ならまだしも、今の先生は大分力が衰えているので、気を抜くと普通の人間に存在が見えなくなってしまうという。
酒を飲むのも、普通の人に見えるように『存在力』を高めるための必要な儀式だとか……まぁ、単に酒カスなだけかもしれないけど。
「小僧に才能がねぇのがわりぃよ。俺様が酒を飲むのも、ゴミ捨て場で残飯を漁るのも、最近腰が痛いのも、ぜぇーんぶ小僧のせいだ」
「一番最初はともかく……後は全部言いがかりじゃないですか。僕は先生の腰痛まで面倒見られませんよ」
「ヒッヒッヒ、そんなこと言うなよぉ。小僧には死ぬまで、俺様の面倒を見てもらいてぇんだからさぁ。古来より人間は神の捧げ物ってぇいうだろう。小僧には、一生俺様に傅いてもらわなきゃぁ困るんだよぉ、ヒヒッ」
ニヒルな笑いを浮かべ、先生は中年のニートみたいなことを言う。有名な神様とは思えない発言だ。天から見ているであろう、天照大神は今頃泣いているかもしれない。
「おいおい、そんな目で見るなよぉ。俺様がそんな役立たずに見えるってのかい?……見えるんだろうなぁ……今の俺様は神の残りかす。カスのカス太郎だ。あの時ッ、あんな事さえしなければッ……俺様は……今頃こんなところでッ!……グスっ」
先生は泣き上戸だった。
酒に酔うと、過去の辛い思い出を振り返って、先生はよく泣いてしまう。
情緒不安定で面倒くさい。
「泣かないでください、先生。泣けばよけいに惨めです。大丈夫、ドン底であることに慣れてしまえば、気にならなくなります。それ即ち、無敵です。無敵の神になるのです」
そう言って、僕は酔い覚ましの水が入ったペットボトルを、先生に渡した。
「ゴクッ、ゴクッゴクッ……ぷふぁー、小僧はほんとぉーに、励まし方が下手だよなぁ。もっと、夢があって、ポジティブなことはいえねぇのか。俺様は、このままドン底であることに、慣れたくなんかねえよぉ」
「すみません、夢が無くて……」
……十分ポジティブな考え方だと思ったんだけど、先生には伝わらなかったみたいだ。まあ、鳥の気持ちなんて分からないから、僕はズレた事を言ってしまったのだろう。
「それで、八郎先生。酔いが覚めたところで、本題に移りたいのですが……」
「……本題ってーと、神隠しに遭った女の子を探すってやつか? でもよぉ……小僧」
先生は、誰もいないはずの僕の背後を見て、
「小僧の後ろにいるヤツは、その神隠しに遭ったっていう女の子じゃねーのかよ」
そんな衝撃の事実を、さらりと言うのであった。




