①-20 僕の小さな心残り
「ゴホッ、ゴホ、あー……学校行きたくない……」
地獄のような通学路の坂道を、僕はマスクをつけて歩いている。
あの一件が解決してから一週間。
僕は『コトノハ』の代償なのか体調が悪く、ずっと家で寝込んでいた。今日は久しぶりの登校なので、体調も相まってダウナーな気分。
バス通学への憧れが止まらない。
もっと金銭的に余裕があればと、強く思う。
十色ヒトミに取り憑いた狐は、あの夜の内に厄祓いをして追い払った。彼女は人間に戻り、人々の記憶から消えかけていた神隠し事件も終息を迎える。
あれから、僕は彼女に会っていないが、妹によると学校に来ているらしい。妹とは同じクラスらしく、よく話すという。何であれ、元気にしているのなら幸いだ。
「よぉ、久しぶりだなぁ、小僧」
ヘエコラと坂道を苦労して歩いていると、八咫烏の八郎先生に出会った。
八郎先生は今日も、道端のゴミを漁っている。その光景は、そこら辺にいるただのカラスであり、とても神とは思えない。
「先生は今日も残飯漁りですか、精が出ますね」
「うるせぇ、こちとら生きるのに必死なんだ。小僧みたいに家でヌクヌクと過ごしてたら、消えちまうんだよ」
僕は先生に聞きたいことがあったので、学校に着くまで先生と雑談することにした。
雑談に付き合ってもらうために、ポケットに入っていたキットカットを先生に渡す。僕の肩に乗った先生は、ムシャムシャと美味しそうにキットカットを食べていた。
「結局『悪戯白狐』って何だったんですか?」
部室の書物には、様々な伝聞が残っていたけれど、出自についてまで書かれているものは無かった。
何千年と生きている八郎先生なら、知っているに違いない。
「お稲荷様っているだろ、あれが派生したんだよ」
八郎先生はあっさりと教えてくれた。
いつもはもう少し勿体ぶるのに、珍しいこともあるものだ。キットカットを食べて、ご機嫌なのかもしれない。
「でも、お稲荷様って豊穣の神様ですよね。『悪戯白狐』とは全然違うと思うのですが……」
「全然ってこたぁない、白い狐って共通点があるじゃねぇか。昔、奴は流行神って言われるくらい、身近な存在だったんだよ。人々の醜い衝動を奴が聞き届けた。それが『悪戯白狐』になったのさ」
「悪い願い事を、豊穣の神様に願ったんですか?それは、お門違いという奴なのでは……」
「別に珍しいことじゃねぇよ。小僧にも覚えがあるだろう?縁結びの神に健康を願ったり、スポーツの神に合格祈願をしたり。人間って奴は、深く考えないで神様に縋る。神様だったら、何でもいいんだろうよ」
流石にそこまで言わなくてもいいのではないかと思うけど、神様である八郎先生に言われたら何も言えない。
色々と思うところがあるのだろう。
「触らぬ神に祟りなしとか言っといて、祟りを神に願うんだから人間は救えねぇなぁ」
「……八郎先生って、人間を救おうと思ってたんですか?」
僕がそういうと、八郎先生は目を丸くした。
それから、ヒッヒと笑って、
「バーカ」
と言葉を残して飛び立ってしまった。
八郎先生は健康的な春の空に消えていく。
先生は人間に対して、どのような感情を抱いているのだろう。
その気持ちを、僕が知る日は来るのだろうか。
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「あっ、いたいた先輩。こんにちは〜」
放課後になって、ダラダラと部室で暇を潰していると、十色ヒトミが部室に入ってきた。
彼女のほうから僕に会いに来るなんて、予想外の事態。会うのはあの夜以来なのに、何とも呆気ない再開である。
「こんにちは、ヒトミくん……あれ、君、大分感じが変わったね」
「へっへっへ、イメチェンしました」
彼女のボサボサだった黒髪ロングが、ばっさり切られてボブヘアになっていた。そして、度が合っていないと言っていた丸眼鏡を外している。
ガラリと印象が変わった彼女。
どういう心境の変化があったのか、僕はその理由を知っている。
「髪……切ったんだね。それに、眼鏡も……うん、似合ってていいと思うよ」
「似合ってますか、それはよかった。これは、ちょっとしたけじめというか……またイチから頑張ろ〜という決意表明です。先輩にはご迷惑をお掛けしました」
そう言って、頭を下げる彼女。
彼女はまた頑張って生きることに決めたようだ。
これで良かったのだろう。
……たぶん。
「ところで先輩は、こんなところで何をしているんですか?先輩のクラスに行ったら、ここにいるって聞いて来ましたが……」
「ここは伝統あるオカルト研究会。その部室だよ。知識の宝庫、この世の不思議が詰まっている場所と言っても過言ではないね」
誇大広告。
というわけでもないのが、恐ろしいところ。
大抵の事は、この部室で調べれば分かってしまう。
「あー、オカルト研究会……噂には聞いています」
彼女は何か得心がいったように、ウンウンと頷く。
どんな噂かは聞くまでもない。
大方、トンチキで物騒なことを吹き込まれたのだろう。
「ユーホーを呼ぼうとして、学校の屋上に牛の死体を用意したとか、ツチノコ探す為に授業中に街へ繰り出してるとか。それで一時期、活動停止になったって聞きました」
「……根も葉もない噂だな」
全て、事実だった。
弁解をすると、僕は共犯者で主犯は別にいる。僕はもう一人の研究会員を手伝っただけ、と言っておこう。
「随分とユニークな研究会に所属してるんですね。まあ、先輩だから、意外には思いませんけど……先輩以外の会員はいないんですか?」
「君の言う通り、とてもユニークな研究会なんでね。会員は僕以外には一人しかいない。その人も今は何処で何をしているやら……」
「それじゃあ……絶賛会員募集中ってことでいいですか?それだったら、私、入りたいです。入らせてください!」
彼女は手を挙げて、そんなことを言う。
突然の入会希望に僕は困惑した。
何を言い出すんだ、この子は。
「どういう風の吹き回しかな。僕が言うのもなんだけど、こんな怪しい研究会に入ってもメリットなんか無いと思うよ」
「単純に面白そうなので入りたいんです。ダメですか?」
「……」
僕は彼女に入会届けを渡した。
なんだかんだ言って、このオカルト研究会が僕は結構好きだから、新入会員は素直に嬉しかった。
どんな動機であれ、入会は歓迎する。
「ありがとうございます、先輩!……それで、オカルト研究会って今は何やってるんですか?」
「特に何も。基本的には自由だね。たまに不思議な事件が起きたら、相談に乗ったりするくらいかな」
「つまり、今はやる事がないんですか。そうなると、暇を持て余してしまいます。うーんどうしようかな……」
彼女は暇の潰し方について、考えている。
基本的に自由なのだから、無理して部室に顔を出さなくてもいいのだけど……
しばらく考え込んだ後、彼女は大切なことを思い出したような顔をして、手を開いた。彼女は僕に何かを要求するような仕草をしている。
何だろうと僕が思っていると、
「先輩、ゲーム貸してくださいよ。あのゲームには続きがあるんですよね。最後までクリアさせて下さい」
それは僕の小さな心残り。
彼女を助けようと思った理由だった。
携帯ゲーム機を彼女に渡すと、彼女は部室に備え付けてあるソファに座ってゲームをし始めた。
静かだった部室に、軽快な電子音が鳴り響く。
彼女は楽しそうに、あのゲームの続きをプレイしていた。
とりあえず、彼女の問題は先送りになっただけで、何も解決してはいない。
けれど、僕は心のつかえが取れる思いだった。
彼女の中途半端だったゲームの続きが、進み始めたのだから。
続きはまたいつか




