①-19 ロクデモナイ決着
「先輩はバカですね、なんで学校を選んだんですか」
元々、憂さ晴らしとして学校の校舎に描いていた狐の落書き。それによって、私の城と化していた校舎を、わざわざ先輩は誘拐の軟禁場所に選んだ。
私を誘き出す為とか言っていたけれど、それでやられてしまったら元も子もないと思う。
バカとしか言いようがない。
先輩は私の感情に塗りつぶされて、床に伸びている。沢山の色で先輩の着ている制服は、ぐちゃぐちゃに汚れていた。これが生きているのか、死んでいるのか私にもわからない。
まあ、もうすぐ私の意識は消えてなくなるのだから、そんなこと気にしてもしょうがないか。
それよりも、さっき先輩は気になることを言っていた。
私が入学式に神隠しに遭って、神様が私の肉体に入った時、私の意識は幽霊みたいに彷徨っていた。
その時に先輩の家で、初めてプレイしたゲーム。
あのゲームには続きがあるとかなんとか。
それが本当なら、私の存在が消える前にゲームをクリアしたいと思う。ゲームをプレイした新鮮な体験が、私は未だに忘れられない。
私は床で寝ている先輩の傍らにしゃがみ込んで、携帯ゲーム機を探すことにした。
「おっ、あった」
目当ての物は、先輩の足元に転がっていた。
スプレーのインクで少し汚れた携帯ゲーム機。
私はそれに手を伸ばす―――――
「えっ」
ヒタッと、
背中に何か触れた気配がした。
何だろうと思考を巡らしていると、私の体が金縛にあったように動かなくなってしまう。
な、にが、
何が起きた?
急激に薄れてゆく意識。
その中で、気を失っていたはずの先輩が立ち上がるのを確認する。
それを見て、ホッとしたような、残念なような、そんなことは、眠くてどうでもいいような。
複雑な感情の中、私の意識は―――――
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「おやすみ、ヒトミくん」
僕は自分にかけた『コトノハ』を解呪した。
【僕ハ何色ニモ染マラナイ】
彼女の感情が生み出した狐。
それに触れて、僕の感情が暴走してしまうのならば、何も感じないように自分の認識を歪めてしまえばいい。
僕は『コトノハ』によって一時的に感情を沈めることで、彼女の感情に流されることなく、事なきを得たのだった。
良かった、上手くいって。
「見てほぁぜぇ、モグモグ、ゴクン、とんだ茶番だったなぁ。ヒッヒ」
どこかから湧いた八咫烏の八郎先生が、そう茶化すように言いながら、僕の肩に乗った。
八郎先生は、僕が買ったどら焼きを食べながら、ずっと見ていたのだろう。人が苦労している様を見物しながら食べるどら焼きは、さぞ美味しかったに違いない。
「小僧よぉ、それでなんとかなるんだったら、最初から使えばよかったんじゃねぇの?何だよあの大立ち回り。笑っちまったぜ」
「最初から『コトノハ』を使ってたら、逃げられてしまいますよ。相手に有利だと思わせて、最後に奥の手を出す。これが一番スマートなやり方です」
「ほぉーん、バカのくせに一丁前に考えてんのな。少し関心したぜ」
ただ、勉強嫌いなだけでバカと言われるのは、納得いかない気持ちがある。
地頭は悪くないつもりだ。
「心外ですね。僕は学校の成績はそこまで悪くないですよ。頑張れば……平均点は取れます」
「頑張って、平均点って……それ、テメェはバカですって白状してるようなもんだろ……」
八郎先生はバカを見る目で僕を見ていた。
僕は先生に何か弁解しようと思ったが、やめることにする。
弁解するほど、僕が虚しくなるだけだ。
頭の良し悪しなんて、証明することに何の意味もない。
「それで、これからどうするんだ。小僧の呪いで、お嬢ちゃんは眠っているみたいだが……いつまでもこのままってわけにはいかないんだろ?」
「彼女が寝ている間に狐を祓います。それで、この事件は解決です」
「そぉ〜かぁ?狐はいなくなるかもしれないが、お嬢ちゃんはそれで救われるのかねぇ。結局、このままだと、またいなくなっちまうんじゃねぇの」
彼女の言葉を真に受けるのなら、八郎先生の言う通り、狐を祓ったとしても彼女は失踪してしまうのだろう。
最悪、死を選ぶのかもしれない。
だけど僕には、彼女が心からそんなことを望んではいないのではないか、と思う気持ちがあった。
その根拠は僕と彼女が一つ屋根の下で過ごした、あの数日間にある。
オカルト研究会の部室で『悪戯白狐』について散々調べたが、狐に取り憑かれた人間の意識が、生き霊となって彷徨うなんて記述は何処にもなかった。
だから、生き霊となったのは彼女なりのSOSだったのではないか、と考えてしまう。
言葉や態度では示さなかったけれど、消えたくないという気持ちが彼女の生き霊を作り出した。
まあ、見当違いな仮説かもしれないので、彼女の真意はわからない。
僕は彼女を助けるだけだ。
「彼女は生きるのに臆病になってしまったんでしょうか。それなら、僕にも出来ることはあります」
「……出来ることねぇ。どーせ小僧のことだ、ロクデモナイ解決方法なんだろ?」
「確かに最良ではないですね。でも、僕にはこんなやり方しか出来ないんです」
彼女の弱さ。
それを吹き飛ばすだけの勇気を与えよう。
問題の先送りにしかならないだろうけど、今彼女が消えてしまうよりはマシだと思うから。
僕は腰に巻いたポーチから、呪符とインクと筆を取り出す。
「そんなんで助かって、果たしてお嬢ちゃんは幸せなのかねぇ」
深夜の体育館に、黒い影の呟きがこだまする。
耳が痛くなるようなその呟きを、僕は聞こえない振りをした。




