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①-19 ロクデモナイ決着

「先輩はバカですね、なんで学校を選んだんですか」


元々、憂さ晴らしとして学校の校舎に描いていた狐の落書き。それによって、私の城と化していた校舎を、わざわざ先輩は誘拐の軟禁場所に選んだ。

私を誘き出す為とか言っていたけれど、それでやられてしまったら元も子もないと思う。

バカとしか言いようがない。


先輩は私の感情に塗りつぶされて、床に伸びている。沢山の色で先輩の着ている制服は、ぐちゃぐちゃに汚れていた。これが生きているのか、死んでいるのか私にもわからない。


まあ、もうすぐ私の意識は消えてなくなるのだから、そんなこと気にしてもしょうがないか。


それよりも、さっき先輩は気になることを言っていた。


私が入学式に神隠しに遭って、神様が私の肉体に入った時、私の意識は幽霊みたいに彷徨っていた。

その時に先輩の家で、初めてプレイしたゲーム。


あのゲームには続きがあるとかなんとか。

それが本当なら、私の存在が消える前にゲームをクリアしたいと思う。ゲームをプレイした新鮮な体験が、私は未だに忘れられない。


私は床で寝ている先輩の傍らにしゃがみ込んで、携帯ゲーム機を探すことにした。


「おっ、あった」


目当ての物は、先輩の足元に転がっていた。

スプレーのインクで少し汚れた携帯ゲーム機。


私はそれに手を伸ばす―――――


「えっ」


ヒタッと、

背中に何か触れた気配がした。

何だろうと思考を巡らしていると、私の体が金縛にあったように動かなくなってしまう。


な、にが、

何が起きた?


急激に薄れてゆく意識。

その中で、気を失っていたはずの先輩が立ち上がるのを確認する。

それを見て、ホッとしたような、残念なような、そんなことは、眠くてどうでもいいような。

複雑な感情の中、私の意識は―――――


※-------※※-------※※-------※※-------※


「おやすみ、ヒトミくん」


僕は自分にかけた『コトノハ』を解呪した。


【僕ハ何色ニモ染マラナイ】


彼女の感情が生み出した狐。

それに触れて、僕の感情が暴走してしまうのならば、何も感じないように自分の認識を歪めてしまえばいい。


僕は『コトノハ』によって一時的に感情を沈めることで、彼女の感情に流されることなく、事なきを得たのだった。

良かった、上手くいって。


「見てほぁぜぇ、モグモグ、ゴクン、とんだ茶番だったなぁ。ヒッヒ」


どこかから湧いた八咫烏(やたがらす)の八郎先生が、そう茶化すように言いながら、僕の肩に乗った。

八郎先生は、僕が買ったどら焼きを食べながら、ずっと見ていたのだろう。人が苦労している様を見物しながら食べるどら焼きは、さぞ美味しかったに違いない。


「小僧よぉ、それでなんとかなるんだったら、最初から使えばよかったんじゃねぇの?何だよあの大立ち回り。笑っちまったぜ」


「最初から『コトノハ』を使ってたら、逃げられてしまいますよ。相手に有利だと思わせて、最後に奥の手を出す。これが一番スマートなやり方です」


「ほぉーん、バカのくせに一丁前に考えてんのな。少し関心したぜ」


ただ、勉強嫌いなだけでバカと言われるのは、納得いかない気持ちがある。

地頭は悪くないつもりだ。


「心外ですね。僕は学校の成績はそこまで悪くないですよ。頑張れば……平均点は取れます」


「頑張って、平均点って……それ、テメェはバカですって白状してるようなもんだろ……」


八郎先生はバカを見る目で僕を見ていた。

僕は先生に何か弁解しようと思ったが、やめることにする。


弁解するほど、僕が虚しくなるだけだ。

頭の良し悪しなんて、証明することに何の意味もない。


「それで、これからどうするんだ。小僧の呪いで、お嬢ちゃんは眠っているみたいだが……いつまでもこのままってわけにはいかないんだろ?」


「彼女が寝ている間に狐を祓います。それで、この事件は解決です」


「そぉ〜かぁ?狐はいなくなるかもしれないが、お嬢ちゃんはそれで救われるのかねぇ。結局、このままだと、またいなくなっちまうんじゃねぇの」


彼女の言葉を真に受けるのなら、八郎先生の言う通り、狐を祓ったとしても彼女は失踪してしまうのだろう。

最悪、死を選ぶのかもしれない。


だけど僕には、彼女が心からそんなことを望んではいないのではないか、と思う気持ちがあった。

その根拠は僕と彼女が一つ屋根の下で過ごした、あの数日間にある。


オカルト研究会の部室で『悪戯白狐』について散々調べたが、狐に取り憑かれた人間の意識が、生き霊となって彷徨(さまよ)うなんて記述は何処にもなかった。


だから、生き霊となったのは彼女なりのSOSだったのではないか、と考えてしまう。

言葉や態度では示さなかったけれど、消えたくないという気持ちが彼女の生き霊を作り出した。

まあ、見当違いな仮説かもしれないので、彼女の真意はわからない。

僕は彼女を助けるだけだ。


「彼女は生きるのに臆病になってしまったんでしょうか。それなら、僕にも出来ることはあります」


「……出来ることねぇ。どーせ小僧のことだ、ロクデモナイ解決方法なんだろ?」


「確かに最良ではないですね。でも、僕にはこんなやり方しか出来ないんです」


彼女の弱さ。

それを吹き飛ばすだけの勇気を与えよう。

問題の先送りにしかならないだろうけど、今彼女が消えてしまうよりはマシだと思うから。

僕は腰に巻いたポーチから、呪符とインクと筆を取り出す。


「そんなんで助かって、果たしてお嬢ちゃんは幸せなのかねぇ」


深夜の体育館に、黒い影の呟きがこだまする。

耳が痛くなるようなその呟きを、僕は聞こえない振りをした。

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