①-17 残酷な色の世界
お姉ちゃんみたいになりなさい。
私へのお母さんの口癖だった。
有名進学校の獅子ヶ浜高校で当たり前のように学年一位の成績を収め、県内で開かれたピアノのコンクールでは金賞を受賞、体育の授業で百メートル走を同学年の誰よりも早く走る。
天に愛された才能と、才能に甘えず努力を怠らない精神を持ち合わせた、私の姉、マナミお姉ちゃん。
お姉ちゃんみたいな才色兼備で強い人になれと、お母さんは言うのだ。
お姉ちゃんの活躍を、ピカピカとした黄色になって喜ぶお母さんは、とても幸せそうで、そんな姿を見たら私は何も言えない。
私には無理なんじゃないかって思う気持ちもあったけれど、将来のことは誰にもわからない。ひょっとしたら私も、お姉ちゃんみたいになれるんじゃないかって、お母さんに言われて思ってしまった。
そうして、私は流されるまま習い事の日々を過ごすことになる。
お母さんは厳しかった。
娯楽は勉学の敵であり、怠慢の友、と言って私はお母さんに、漫画やゲームなどの娯楽に触れさせてはもらえなかった。
私はそれが不満だったけれど、お母さんの感情の色は期待に満ちたオレンジ色をしていたので、私は我慢した。
勉強はもちろん、水泳、書道、バレエ、ピアノ……etc。お母さんから言いつけられた習い事を次々とこなす毎日。習い事で一週間の予定がびっしり敷き詰められていて、一足早く社会人になったような気分だった。
学んで。
泳いで。
演奏して。
踊って。
走る。
ブラック企業顔負けの一週間を繰り返す。
精神と体力をすり減らして、自分磨き。
お母さんの期待に応えるんだ。
その思いで私は走り続けた。
結果から言えば私は、お姉ちゃんみたいに周囲から一目置かれるような、そんな存在になれなかった。
何をしても私は平凡で、非凡なお姉ちゃんみたいにはなれない。
秀才止まり、ならまだいい。
秀才にすらなれない自分に嫌気が差した。
勉強がちょっとできるようになっただけで、他のことは何一つ才能が無かった。
結果がついてこなければ、才能を塗り潰す程の努力も意味をなさない。
全てが無駄になる。
それでも私は、頑張ることに意義があると信じていた。頑張っていれば、いつかきっとお姉ちゃんみたいになれる。
だからせめて、お姉ちゃんと同じ高校に通って少しでも近づきたい。
何の才能もない私だけど、勉強だったら努力で何とかなるのではないかと、一縷の望みをかけて、私は獅子ヶ浜高校を受験することにした。
そう思い立ったのが中学三年の夏。
私の学力に見合った高校を受験するのならば問題はないけれど、超難関高の受験勉強をするには遅い時期。
私には時間がなかった。
当時の私は、受験勉強に殆どの時間を割いていた。食事はDHAが豊富な魚を食べ、規則正しく充分な睡眠をとり、勉強で得た経験値を十二分に脳へ送る努力をした。
その努力の結果、受験直前の模試はC判定。
合格率五割。
正直、受験前の結果としては良くない。
受験の不安を打ち消すために、私は机に齧り付いて必死に勉強した。過去問を繰り返し解いて、わからないところは塾の先生に質問。受験勉強に使用したルーズリーフは数えきれない。ペンだこができるくらい勉強をしたのに、それでも私の不安が消えることは無かった。
不安を解消するために、近所の神社に合格祈願をしたこともあった。
参拝した神社には狐の像が祀られていて、この神社がどの様なものか知らなかったけれど、私は何でもいいから神様に願いを聞いて欲しいと思っていた。
それだけ、不安だったんだ。
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高校受験の結果を知った時、私は不思議と納得していた。
頭の隅にチラついていた予感があったから、自分で思っていたよりもショックを受けなかった。
現実なんてこんなもの、私なんてこんなものだ。
勉強する時間だって短かったし、また別の機会に頑張ればいい。そうやって、自分の中で折り合いをつけることができた。
そう、
―――――お母さんに受験の結果を伝えるまでは。
お母さんは私を慰めてくれた。
頑張ったね、とか。
きっと大丈夫、とか。
そんなことを口先だけで言って、お母さんは私を慰める。
でも、お母さんの色は無色だった。
私は気づいていた。
今まで習い事で失敗をするたびに、私へのお母さんの感情が色褪せていたことに。
私への感情が薄く、色褪せて―――――そして消えてしまった。
とうとうお母さんは、私に期待をしなくなってしまったんだ!!
お母さんの色を見て、私は今までの努力が何もかも無駄であったことを悟った。
手足から力が抜けて、何も頑張る気力がおきない。
習い事も全て辞めてしまった。
そんな私を、お姉ちゃんは心配してくれたけれど、その気持ちが鬱陶しくなって、お姉ちゃんにキツく当たってしまう。
お姉ちゃんは何も悪くない。
何も悪くないから、イライラした。
いつも私の味方だった、マナミお姉ちゃん。
いっそのこと私の敵になってくれたら、こんな惨めな自己嫌悪に陥らなかっただろう。
イライラして当たり散らす小さな自分を見なくて済んだかもしれない。
そう思って益々イライラした。
イライラの悪循環。
最低だ。
それから私はずっと、度のあっていない眼鏡をかけ続けている。
不用意に人の感情を見て、これ以上傷つきたくなんてなかったから。
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滑り止めで受かった北文高校。
新入生代表に、私は図らずもなってしまった。
高校受験の功罪、全然嬉しくない。
所詮、滑り止めの学校だから、こんなところで一番になってもしょうがない。
私は北文高校に興味が持てなかった。
興味が持てなかったから、入学式の日を一日間違えてしまったんだろう。その時に出会った先輩には、恥ずかしいところを見せてしまった。
入学式に来てくれたお母さんには、日にちが間違っていたことを呆れられてしまった。
何やってるんだろ、私。
入学式の日。
体育館の壇上で、私は虚しい気持ちに苛まれていた。
新入生代表の挨拶で将来の希望を語る自分に、虚しさを感じないわけがない。こんな虚しい気持ちで、これから三年間通学することを思うと憂鬱だ。壇上から、高校生活に期待を寄せる同級生や保護者を見て、余計にそう感じる。
一面に広がる期待のオレンジ。
昔のお母さんと同じ色を見て、吐き気がした。
だから、
「お前の望みは何だ―――――小さき娘よ」
私は目の前に突然現れた、白い狐にそう問われて願ってしまったんだ。
この世から消えてしまいたい、と。




