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①-16 悪戯白狐

「ヒ、ヒッヒ、どうだ、やってるかぁ、小僧……」


四限目が始まり、少しお腹が空いてきたころ、八咫烏(やたがらす)の八郎先生がオカルト研究会の部室に現れた。

部室の窓から入ってきた先生は、心なしか声にいつもの覇気がない。


「どうしたんですか?珍しいですね、先生が学校に来るなんて……」


「ハ、ハラへった……饅頭くれる約束だったろ。くれぇ……」


僕は登校途中に和菓子屋で買った饅頭を、先生に差し出す。


「玉露はまだ買っていないので、後日でいいですか?」


「あ、あぁ、どーせなら茶と一緒に食いたかったが……しゃーなーね。せ、背に腹はかえらんねぇ……」


そういって先生は、箱に入った饅頭をバクバクと食べだした。

九個入りの饅頭が入った箱が、一瞬で空になる。

あぁ、さらば、僕の1980円。


「ふー食った食った。いやー危なかったぜ。もう少しで消えちまうところだった」


「消えてしまうって……何があったんですか?」


「何って……昨日、小僧を助けるために力をほとんど使っちまったんだよ。存在力、スッカラカンだ。この饅頭がなかったら、あと少しで俺様は跡形も無く消えちまってただろうなぁ」


と先生は話す。

僕が思っていたよりも危険な状態だったみたいだ。


「それは、危なかったですね先生。そんな状態になってまで助けていただいて、改めて感謝です」


「おう、いいってことよ。追加でどら焼きくれたらチャラにしてやる」


……言われなくても、お菓子を今度差し入れしようと思っていたんだけど。

こう言うところが、先生の先生たる所以(ゆえん)なのだろう。

好感度調整が上手いなぁ。


「そういえば、先生。先生が日々存在を保つために努力しているのは知っているのですが、存在力って無くなったらどうなるんですか?」


「この世界から存在がなくなる、それだけだ。見えなくなって、聞こえなくなって、忘れ去られる――――――あのお嬢ちゃんみたいになぁ、ヒッヒ」


……先生は十色(といろ)ヒトミのことを覚えている。

今彼女に何が起きているのかも、わかっているのだろう。


「小僧のことだ、もうある程度見当はついてるんだろ?奴が何なのか」


「そうですね……『悪戯白狐(いたずらびゃっこ)』がどういう存在かってことは分かりました」


『悪戯白狐』

それは、人に害を及ぼす厄神。

人を(さら)って()り変わり、畑の作物を荒らすなどの迷惑行為を行うとされている。


白い狐が空に絵を描けば、描いた絵が独りでに動き出し、人々を襲ったなんて逸話もあった。


「でも、わかったのはそれだけで、他にはなにも……」


「なんだぁ、大したことないねぇ。もうちっとマシな答えを期待してたんだがよぉ……そうさなぁ、ヒントをやるから、代わりにどら焼きとシュークリームを用意しろ」


「喜んで用意させていただきます!」


願ってもない先生からの申し出だった。

たとえ、お菓子欲しさからくる先生の気まぐれだったとしても、そんなの全然気にならない。

本当に、先生は好感度調整が上手だ。


「それじゃ、何を話そうかねぇ。そうだなぁ……まず、お嬢ちゃんのことだが……あれは生きた人間じゃない」


「……生きた、人間じゃない」


「薄々おかしいと感じてはいたんだろ?小僧はお嬢ちゃんと一つ屋根の下で暮らしていたんだからよぉ」


確かに、ずっと違和感はあった。

神隠しに遭ってから、彼女は食事を取らなくても問題がなくなったと言っていた。

それに、僕は彼女が寝ているところを見たことがない。

姿が認識されないことから考えれば――――――


「彼女は幽霊ってことですか?姿がみえず、食事と睡眠を必要としない―――――つまり、もう死んでいる、と」


「どうだかねぇ〜そう判断するのは早計じゃねぇか。今のお嬢ちゃんは生きてはいないが、死んでもいないだろうよ」


死んでいない……ということは生き霊とかそういう類だろうか。

それなら、まだ希望はあるのかな。


「まあ……それも時間の問題だろうがな。お嬢ちゃんの存在力が無くなりかけてる。繋がりの薄い人間の記憶から消えてるのがその証拠だ」


「でも……僕が覚えているってことは、まだ彼女の存在は完全に消えていないと言うことですよね」


逆に考えると、コトノハによって第六感を底上げしている僕が忘れてしまったら、その時点でお陀仏になってしまうということだろうか。


「お陀仏というのとは、ちょっとちげぇな。別に死ぬわけじゃない。お嬢ちゃんは今、奴に存在を喰われかけてんだ」


彼の狐の神様が、十色ヒトミの存在を喰らっているという。

それが意味すること、それは―――――


「ヒッヒッヒ、その顔はわかったみてーだなぁ。奴が今何をしているのか……それで、小僧はこれからどうするつもりなんだ?」


「もちろん彼女を助けます、それが僕の義務ですから」


「義務ねぇ……そこは嘘でも義理とか人情とか、そんなことを言うべきなんじゃねぇのかなぁ、ヒッヒ」


八郎先生はヤレヤレといった感じに呆れている。

先生から呆れられるのは何回目だろう。

数えきれないや。


「嘘は言わない主義なんです。僕の性格がどれだけひん曲がっていても、自分に正直な人間ではありたいと思っています。だから、僕は心から先生を尊敬していますよ」


「皮肉なのかマジなのかわかりずれぇよ。小僧の言葉には心が込もってないんだよな。こんな奴が人助けなんて、世も末なんじゃねぇの」


「こんな奴でも人助けをしているんですから、いい世の中ですよ。助けを求める人がいて、それを助ける人がいる。それが義務だったとしても、何もしないよりはマシだと思いますよ」


「助けを求める人……ねぇ。小僧、神様って存在がなんなのか、テメェはよくわかってんだろ?」


神様という存在。

それは、人が生み出した願いのカタチ。


「ヒッヒ、そう、願いだ。『悪戯白狐』は願いを叶える神様なんだよ。お嬢ちゃんが神隠しに遭ったのは、それを神様に願ったからなのさ。つまり、お嬢ちゃんはそもそも助けを求めちゃいない。テメェの意思で消えようとしている。それでも、お嬢ちゃんを助ける意義ってなんなんだろうなぁ?」


十色ヒトミは僕に助けを求めていない。

それは、そうなのかもしれない。

今までの彼女の言動を振り返っても、助けを求めるような素振りはなかった。

彼女はこの特殊な状況を楽しんでさえいた気がする。


だから意義なんて言われても、そんなものはない。

彼女が本当に助けを求めていないのならば、僕は彼女を助ける必要はないのだ。


でも―――――


「意義ならありますよ。彼女が消えると僕が困る。オカルトに困っている人を助ける、それが天月家の家業ですから」


「小僧が困るって?オイオイオイオイ、らしくねーなぁ。テメェが他人に情を持つなんて、明日は嵐が吹き荒れるぞこりゃぁ」


この鳥は僕を何だと思っているのだろう。

僕は血も涙も無いかもしれないけど、そんな天変地異を起こすような化け物じゃない。

僕は欠点を抱える真っ当な人間だ。


「……ちょっとモヤモヤするんです。まだゲームが終わってない」


「ゲーム?」


「ええ、彼女が勝手に僕の持っているゲームをプレイしていたのですが、中途半端なところで止まっているんです。どうせ消えるのだったら、ゲームを最後までクリアしてから消えて欲しいですね」


僕がそう言うと、先生はニィっと笑った。

神様とは思えないような人間らしい笑顔だった。


「ヒーヒヒッ、それでこそ、小僧だ。安心したぜ。無情で自己チューな思考。テメェのそれは短所だが、無くなっちまったら、それはそれでつまらん。いつまでも、欠点を抱えたまま生きろよ、人間」


そう言って先生は、部室からいなくなった。


あの鳥は本当に神様なのだろうか。

どちらかと言うと、悪魔のしもべのほうがしっくりくるな、と僕は思った。

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