①-14 十色ヒトミの消失
《邪龍神エクゼリオンを倒しました》
十色ヒトミが残した置き手紙には、そう書いてあった。
まったく……お茶目な別れ言葉だ。
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時刻は深夜。
狐の面をつけた白装束――――『悪戯白狐』から逃げた後、自宅に帰ってシャワーで顔についた赤い塗料を僕は一生懸命洗い落とした。
赤い塗料を洗い落とすのは中々大変で苦労したが、全て洗い流すとムカムカしていた気持ちが何処かに行ってしまったような気がする。
何故、あんなに怒ってしまったのだろう。
最近、カルシウムが足りていないのかもしれない。
十色ヒトミは僕の部屋からいなくなっていた。
彼女がいなくなった代わりに、残してあった置き手紙。僕が貸していたゲームのラスボスを倒して、単にゲームクリアをした、という主張をしたいわけではないのだろう。
恐らく、この置き手紙はサヨナラのメッセージなのではないかと思う。何を思って彼女がいなくなったのか僕には見当もつかないが、彼女のメッセージからあまり深刻な印象は受けない。
来るもの拒まず、去るもの追わずだ。
『悪戯白狐』のこともあるから、僕としては彼女が近くにいるほうが良いのだけど、彼女をこのまま僕の家に住まわせることはできなかったであろう。
そもそも、彼女が僕の家に泊まりたいと言ってきたのだ。彼女が自らの意思で出ていくのであれば、止める道理は無い。
僕の家業、人助けの観点から言えば、ここで彼女が失踪したことは心配するべきことなのかもしれないが、僕個人の気持ちとしては正直言ってどうでもよかった。
―――――少しだけ心残りがあるとすれば、彼女がプレイしていたゲームには続きがあって、それを彼女が知らないのであろうと言うことくらいだった。
中途半端にゲームをクリアされてもモヤモヤする。
せっかくならば完全にクリアをして欲しい。
でないと、この心のモヤモヤはいつまでも僕の心に残り続けるだろう。
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「……これは、まずいのでは」
翌日の朝、僕は学校に着くと、そこは大惨事となっていた。
赤、青、黄、緑……様々な色のスプレーで狐の落書きがされた校舎がそこにはあった。校舎の外観は、落書きによって不思議の国のワンダーランドのような様相である。それを見ている周りの生徒や先生は、何事かと疑問に思ってザワザワと騒々しい。
この落書きだらけの校舎を、元通りキレイにするには、一日二日では無理だと思われた。これだけ沢山の落書きは、悪戯の範疇を超えて一種のテロ行為に相当するだろう。
「おう、新学期早々やべえな。誰が何の目的でこんな傍迷惑なことをしやがったんだ」
僕が校門で立ち往生していると、登校してきた同級生の茶釜タケシが話しかけてきた。
「近所の不良がムシャクシャしてやったにしては、度が過ぎてる。というか本当にこんな状態で授業すんのかよ……」
と、呆れたように言う茶釜。
「授業はするってさっき先生が言ってたよ。校舎の外はともかく、中は特に荒らされたりしてないみたいだね」
「ちぇっ、どーせなら休校になるくらいメチャクチャにすればいいのに。落書きだけとか、中途半端なことしやがって……」
「……これが、ただの落書きだったらよかったんだけどね……」
「ん?天月なんか言ったか?」
なんでもない、と僕は言って誤魔化した。
恐らく、この落書きは昨夜の『悪戯白狐』が関係しているのだろう。この落書きが何なのかは、まだ分からないが、碌なものではないことだけはわかる。
「茶釜くんはさ、これが神様の仕業って言ったら信じる?」
「なんだ、藪から棒に。何でもオカルトに結びつけるのはお前の悪い癖だぞ。こんなもん、クソガキが癇癪起こしてやり過ぎちまっただけだろう」
「そうかもね。それは否定しないよ……ただ、それだけじゃないのかなって」
「やめてくれよ、縁起でもない。オカルト騒ぎは懲り懲りなんだ。俺は長生きがしたい。だから、天月も面倒なことに、首を突っ込むのはやめたほうがいいぜ。お前はただでさえ危なっかしいんだから」
茶釜は僕の心配をしていた。
図体がデカくて、周りから恐れられることも多いが、この男は繊細で優しい心を持っている。
……その優しさが周囲にあまり伝わっていないのが、この男の不憫な所だったりする。
「そんなこと言われてもね。こればかりは性分だから。不思議なことがあれば、知りたいと思ってしまうんだよ。この落書きだったり、神隠しのことだったりね……」
「神隠し?何言ってんだ?」
「神隠しは……神隠しだよ。新入生の入学式で女の子が行方不明になったじゃないか」
そう僕が言っても、茶釜は首を捻るばかりで反応が鈍い。
どうしたというのだろう。
僕はその様子に疑問を抱く。
何か……何かがおかしい。
大切なものが抜け落ちてる感覚。
そのいい知れない気持ちが、僕を不安にさせた。
「入学式に神隠し?そんなこと……起きてないだろ。少なくとも俺には覚えがない……何かの間違いじゃないか?」




