表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/20

①-12 十色マナミの告白

「私は妹に嫌われてしまったの」


彼女の姉、十色(といろ)マナミは沈痛な思いを告白した。


『喫茶フルーツたると』

僕は十色ヒトミについて話を聞くために、彼女の姉を僕がアルバイトしている喫茶店に誘った。

労働以外でも妹と一緒に来たりするが、今日が初対面の女の子と二人っきりで来たことはないので少し緊張する。


十色マナミは、注文したブラックコーヒーのカップから漂う湯気をボーッと見ていた。

ボーッとしている彼女は無表情で、感情が読み取れない。彼女にかけた『コトノハ』は上手く作用しているだろうか。


【アナタハ素直ニ話ヲスル】


『コトノハ』の便利なところの一つとして、呪われた対象が呪いをかけられていることを自覚できないことにある。


だから彼女は今、無自覚に素直な気持ちを話したいと思っているはずだ。今回の『コトノハ』には絶対的な強制力はないけれど、少し愚痴を言いたくなる気持ちにさせる程度の力があるはずなのだから。


「嫌われたって、どうしてそう思ったんですか?もしかしたら、勘違いかもしれませんよ?」


「そんなこと、一緒に暮らしてれば分かる。妹は私と口を聞いてくれなくなったんだから。少し前は、トコトコ後ろをついてくる子犬みたいに可愛かったのに。今は、やさぐれた野良犬みたいに荒々しくなってしまったの」


荒々しいという印象を、十色ヒトミから感じなかったので、それを聞いて僕は意外に思った。僕からすれば、やけに馴れ馴れしい生意気な後輩というイメージである。

まあ、誰しも家族に見せる顔とそれ以外では、違う印象になるということなのだろう。


「お姉さんから見て、ヒトミくんがそうなってしまったことに、心当たりはありますか?」


僕の質問を受けて彼女は、


「妹は……受験に失敗したの……」


と言いたくないことを絞り出すように答えた。

十色マナミはブラックコーヒーに砂糖とミルクを入れて、スプーンでかき混ぜ始める。コーヒーは淡い波模様を作って、ミルキーな茶色に変わった。


「それは、つまり……」


「私と同じ獅子ヶ浜に受験して、落ちたってこと。あなたが通ってる北文は滑り止めだったってわけ……妹が受験に落ちてからは、それまで母の言いつけで頑張っていた習い事も辞めてしまって、家に引き篭もるようになったわ」


高校受験の失敗。

この世にありふれた一つの挫折。

それがどれだけ辛い事なのか、僕にはいまいちピンとこない。

正直なところ、大したことでは無いのではと思ってしまう。


「お姉さんと同じ高校に通えないことが、ショックだったということでしょうか。それで、ヒトミくんは無気力になってしまったと」


「本当のところは、私にも分からない。ただ、あれから妹は自信を失ってしまったような、そんな気はする」


「お姉さんは……ヒトミくんを気にかけていたんですね……」


「私には……どうする事もできなかった。ねぇ、自信を失ってしまった人間に、周りの人間が出来ることって何かあるのかしら」


自信は周りから与えられるものではなく、自分で勝ち取るものだ、と僕は考える。

十色マナミも恐らく、そう感じている部分が少なからずあるから、こうして悩んでいるのだろう。


「妹が行方不明になったって聞いて、最初、私は妹が家出をしたんじゃないかって、そう思って。もう、何もかも嫌になちゃったんじゃないかって……」


無表情だった彼女の(ほほ)に一筋、涙の跡ができる。

その一筋が呼び水となって、彼女の涙腺は崩れてしまった。

今までずっと我慢してきたのだろう。

僕のかけた『コトノハ』で感情が抑えられなくなってしまったのか、彼女は声を上げて泣き始めた。


僕は注文したホットコーヒーを、ブラックのまま口につける。ブラックコーヒーの苦味が舌を刺激し、胃が重くなるような感覚を味わった。


そっと、僕は呪符を破って、彼女にかけた『コトノハ』を解呪する。

これ以上彼女から聞けることはないだろう。

あまり長い時間呪いをかけて、代償に沢山の不幸な目にあっても割に合わない。


僕は二人分のコーヒー代を払う。

泣き崩れている彼女をどうするか考えていると、会計をしてくれたアルバイトの先輩が、彼女の対応をしてくれるという。


これは貸しだから、と言ってアルバイトの先輩は彼女の元へ向かった。


あの状態の女の子を残していくのは人としてまずい気がするが、『コトノハ』を解呪した状態で僕が彼女に接しても火に油を注ぐ結果になるだけだろう。

僕は喫茶店を後にした。


※-------※※-------※※-------※※-------※


ピチャッ


ふと、後頭部に違和感を感じて触ってみると、空から降ってきたと思われる鳥のフンがついていた。

僕は自然とため息が出てしまう。


女の子を泣かせた代償として、鳥のフンは少し安いような気がする。この力を使っていると、『コトノハ』の代償価値に納得がいかないことが多い。

良くも悪くも、力の代償である不幸の度合いがアバウトなのだ。


そんなことを思っていると、不幸な出来事が次々と起こりそうなので、早く家に帰ることにする。


オレンジ色の夕焼けが黒に染まり、辺りは夕闇に包まれた。

帰宅道の住宅街に(そび)え立つ街路灯が、チカッ、チカッと今にも寿命を迎えようとしている。

その頼りない光は、不安を煽る様に点滅していた。


ジ……ジジジ……と音を鳴らしている街路灯。

僕はその(かたわ)らに目を向ける。


――――――何かがいる。


それは、不気味な色の群れ。

赤、青、黄、緑……大小様々な色の狐が群れを成し(たむろ)っていた。


僕は注意深く、その群れを観察していると、群れの中心に人影を見つける。


腰まである長い髪、白装束に身を包む人影は狐の面を付けていた。

白装束はカチ、カチ、カチと両手に持ったスプレー缶を鳴らしながら俯いている。それは切れかけの街路灯の光に照らされて、夜の住宅街に(あや)しく存在していた。


第六感が冴えている今の僕は、その存在がいかに異質であるか感じ取れてしまう。

人の皮を被った化野(あだしの)の気配。

恐ろしく危険で魅力的だった。


その存在を認識して、僕は思わず笑みが(こぼ)れる。

あの日……母が殺されたあの日と同じ高揚が僕を襲う。


この胸の高鳴りを感じる度に、僕は思う。

オカルトは、どこまでも僕を掴んで離さない、と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ