表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/2

1:元病弱少女、転校してくる




 あの子があんなにも望んでいた『普通の生活』をのうのうと享受しているやつらが嫌いだった。

 どいつもこいつも笑っている。

 夕陽が欲しかったものを持っているくせに、そのありがたみも知らないで笑っていやがる。

 俺は人が嫌いで、そんな人間が作る集団が嫌いだった。

 人を嫌う人間は人に嫌われ、集団を嫌うものは集団に嫌われる。

 臆面もなくそれを表に出すようなら、当然のことだ。

 そういう不貞腐れた態度でいたもので、俺こと朝比奈扉間は、この進学校では珍しい、不良のレッテルを貼られている────

 


「とー君!!! きたよっ!!!!!!」


 

 すみません、ちょっと俺、今不良のレッテル貼られてるんで、そういうの無しにしてもらっていいですか。

 そんな俺の気も知らず、さっきまで神秘のベールをまとっていた夕陽は満面の笑みでこっちに手を振ってきた。

 教室がざわめく。



「とー君て」



 俺の席の前の男子、中之島君はブッと噴出した。

 やめろ。殺すぞ。

 というか、彼女は滅茶苦茶デカくなっていた。俺も180センチくらいはあるけど、それより少し低いくらいか?

 そして何より、身体のあらゆるところがデカい。良い肉付きをしている。具体的には、胸もデカイ。

 そんな体でぶんぶんと手を振るものだから、色々と揺れている。やめなさい!



「あー、朝比奈と知り合いか?」


「はい。お友達です」


「お友達て」


  

 中之島君が肩を震わせる。気持ちはわかるがやめろ。

 16歳にもなってお友達という単語もアレだが、普段から俺は「ダチなんていらないですけど」って態度でいるからね。

 急にお友達とか、イメージにそぐわないよね。殺せよ。

 クラスの、1年生の間からほとんど口も聞いたことのないやつらが、俺に注目しているのがわかった。

 というか普段君ら俺のこと視界に入れすらしないじゃん。慣れないことをされて、冷や汗が背中を走る。



「じゃあ朝比奈の隣の席でいいか」



 担任が言うや否や、俺の隣の席の女の子がいそいそと荷物を片付けだした。「やったぜ」とつぶやく声がする。

 ちょっと傷つくわ。



「えっいいんですか? ありがとうございます」



 逆に夕陽のやつはすごく嬉しそうに担任に礼を言っていた。

 そして『これからよろしくお願いします』とか周りに頭を下げながらも、

 クラス最後列のこちらに歩いてくる。



「とー君。きたよ」


「…………お、おう。おう?」


「これからよろしくね、えへへ」


「おう。おうおう」



 夕陽は当然のように、俺の隣に座った。

 感情の整理が落ち着かない────うちに、朝のホームルームが終わり、ワッと夕陽の元に人が押し寄せて。

 休み時間の度にあーだこーだと彼女の周りに人ゴミが出来るのを横目に眺めながら、昼休みとなった。



「とー君、一緒にお昼ご飯食べよ!」


「いや、アレだ……とにかく、お前、ちょっと来い」


  

 数学の授業で方程式を解いたのがよかった。

 俺は冷静さを幾分か取り戻し、彼女を伴い教室を離れることにした。

 腕を取ると、教室のほうぼうから悲鳴にも似た声が上がる。

 


「朝比奈が女神を食っちまうぞ!」


「ちょっと、誰か止めなよ」


「そうだそうだ。とー君を止めろ」



 中之島君は後でシメる。

 かくいう夕陽の方は、「どこに連れてってくれるのかな?」みたいな感じでこっちをニコニコと見ている。

 ああ、こういうのには慣れていない。



「いいから、行くぞ」


「うんっ!美香ちゃん、またあとでね! 私お昼ご飯食べてくるから!」


 

 早速女子たちと仲良くなったらしいな。フン、いいことだ。

 いや、そんなことより大事な話をしなければならない。

 視聴覚室横の踊り場。木曜高校旧校舎への連絡通路脇。人が通らないので、俺がよく読書などしているスポット。

 俺は夕陽をそこに連れてきた。



「あれ、ここでお昼食べるの────」


「夕陽。お前、どうしたんだ」



 聞きたいことは、山ほどあった。きょとんと眼を丸くするな。おかしいだろ。なんで俺が疑問なのを疑問に思ってそうなんだ。

 思わず、彼女の肩を掴む。いや意外とがっちりしているな。そんなことはどうでもいい。



「えっと、どう……って言うと?」


「病気は」


「うん、治った!」


「6年前、俺になんにも言わないで消えたのは」


「手術があって、イチかバチかだったんだけど……とー君を、心配させたくなくて」


「成功したのになんで連絡しなかったんだ」


「えへへ。いきなり元気になって、とー君をビックリさせたくて。思ったより時間かかっちゃったけど」


「お前なあ……俺が…………お前…………」



 ビックリさせたくて、じゃないだろう。

 俺がどれほど心配したと思っているのだ。

 お前がいなくなって、この世を呪ったんだぞ、俺は。

 お前を救えなくなった父を呪った。お前を助けられなかった世の中を呪った。



「でも、これでとー君と一緒に学校通えるね。私、そのためにいっぱい勉強して……」 


「…………ったよ」



 のうのうと生きている、幸せそうなやつら、全員を呪った。

 何より、何もできなかった、自分を。

 それを、ビックリさせたかった、だって?

 ふざけている。

 言いたいことは、山ほどあった。



「え? 何?」


 

 彼女の今にも折れそうで、病室のベッドにしかいられなかった身体が、ちゃんとここに立っている。

 不気味なほど白かった肌は、赤い血で紅潮している。

 制服を着て、学校に、彼女がいる。

 涙があふれでていた。



「お前が、元気になって、本当に、よかったって言ってるんだよ……馬鹿」


「とー君」


「よかったなあ。本当に、よかったなあ…………」


 

 夕陽は俺の身体に手を回してきた。

 大きくなったなあ。あんなに小さかったのに。

 


「うん。私、よかった。とー君に会いたいって思ったから、頑張って、元気になりました。だから、とー君がいてよかった」


「そんなのっ……なんでもいい…………お前が、元気なら、なんでも……っ」


「な、泣かないでよ……」



 言いたいことも山ほどある。聞きたいことも山ほどある。

 でも、1つだけ言ってやりたかった。

 


 感動の再会で泣いて何が悪いんだ、と。






 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ