1:元病弱少女、転校してくる
あの子があんなにも望んでいた『普通の生活』をのうのうと享受しているやつらが嫌いだった。
どいつもこいつも笑っている。
夕陽が欲しかったものを持っているくせに、そのありがたみも知らないで笑っていやがる。
俺は人が嫌いで、そんな人間が作る集団が嫌いだった。
人を嫌う人間は人に嫌われ、集団を嫌うものは集団に嫌われる。
臆面もなくそれを表に出すようなら、当然のことだ。
そういう不貞腐れた態度でいたもので、俺こと朝比奈扉間は、この進学校では珍しい、不良のレッテルを貼られている────
「とー君!!! きたよっ!!!!!!」
すみません、ちょっと俺、今不良のレッテル貼られてるんで、そういうの無しにしてもらっていいですか。
そんな俺の気も知らず、さっきまで神秘のベールをまとっていた夕陽は満面の笑みでこっちに手を振ってきた。
教室がざわめく。
「とー君て」
俺の席の前の男子、中之島君はブッと噴出した。
やめろ。殺すぞ。
というか、彼女は滅茶苦茶デカくなっていた。俺も180センチくらいはあるけど、それより少し低いくらいか?
そして何より、身体のあらゆるところがデカい。良い肉付きをしている。具体的には、胸もデカイ。
そんな体でぶんぶんと手を振るものだから、色々と揺れている。やめなさい!
「あー、朝比奈と知り合いか?」
「はい。お友達です」
「お友達て」
中之島君が肩を震わせる。気持ちはわかるがやめろ。
16歳にもなってお友達という単語もアレだが、普段から俺は「ダチなんていらないですけど」って態度でいるからね。
急にお友達とか、イメージにそぐわないよね。殺せよ。
クラスの、1年生の間からほとんど口も聞いたことのないやつらが、俺に注目しているのがわかった。
というか普段君ら俺のこと視界に入れすらしないじゃん。慣れないことをされて、冷や汗が背中を走る。
「じゃあ朝比奈の隣の席でいいか」
担任が言うや否や、俺の隣の席の女の子がいそいそと荷物を片付けだした。「やったぜ」とつぶやく声がする。
ちょっと傷つくわ。
「えっいいんですか? ありがとうございます」
逆に夕陽のやつはすごく嬉しそうに担任に礼を言っていた。
そして『これからよろしくお願いします』とか周りに頭を下げながらも、
クラス最後列のこちらに歩いてくる。
「とー君。きたよ」
「…………お、おう。おう?」
「これからよろしくね、えへへ」
「おう。おうおう」
夕陽は当然のように、俺の隣に座った。
感情の整理が落ち着かない────うちに、朝のホームルームが終わり、ワッと夕陽の元に人が押し寄せて。
休み時間の度にあーだこーだと彼女の周りに人ゴミが出来るのを横目に眺めながら、昼休みとなった。
「とー君、一緒にお昼ご飯食べよ!」
「いや、アレだ……とにかく、お前、ちょっと来い」
数学の授業で方程式を解いたのがよかった。
俺は冷静さを幾分か取り戻し、彼女を伴い教室を離れることにした。
腕を取ると、教室のほうぼうから悲鳴にも似た声が上がる。
「朝比奈が女神を食っちまうぞ!」
「ちょっと、誰か止めなよ」
「そうだそうだ。とー君を止めろ」
中之島君は後でシメる。
かくいう夕陽の方は、「どこに連れてってくれるのかな?」みたいな感じでこっちをニコニコと見ている。
ああ、こういうのには慣れていない。
「いいから、行くぞ」
「うんっ!美香ちゃん、またあとでね! 私お昼ご飯食べてくるから!」
早速女子たちと仲良くなったらしいな。フン、いいことだ。
いや、そんなことより大事な話をしなければならない。
視聴覚室横の踊り場。木曜高校旧校舎への連絡通路脇。人が通らないので、俺がよく読書などしているスポット。
俺は夕陽をそこに連れてきた。
「あれ、ここでお昼食べるの────」
「夕陽。お前、どうしたんだ」
聞きたいことは、山ほどあった。きょとんと眼を丸くするな。おかしいだろ。なんで俺が疑問なのを疑問に思ってそうなんだ。
思わず、彼女の肩を掴む。いや意外とがっちりしているな。そんなことはどうでもいい。
「えっと、どう……って言うと?」
「病気は」
「うん、治った!」
「6年前、俺になんにも言わないで消えたのは」
「手術があって、イチかバチかだったんだけど……とー君を、心配させたくなくて」
「成功したのになんで連絡しなかったんだ」
「えへへ。いきなり元気になって、とー君をビックリさせたくて。思ったより時間かかっちゃったけど」
「お前なあ……俺が…………お前…………」
ビックリさせたくて、じゃないだろう。
俺がどれほど心配したと思っているのだ。
お前がいなくなって、この世を呪ったんだぞ、俺は。
お前を救えなくなった父を呪った。お前を助けられなかった世の中を呪った。
「でも、これでとー君と一緒に学校通えるね。私、そのためにいっぱい勉強して……」
「…………ったよ」
のうのうと生きている、幸せそうなやつら、全員を呪った。
何より、何もできなかった、自分を。
それを、ビックリさせたかった、だって?
ふざけている。
言いたいことは、山ほどあった。
「え? 何?」
彼女の今にも折れそうで、病室のベッドにしかいられなかった身体が、ちゃんとここに立っている。
不気味なほど白かった肌は、赤い血で紅潮している。
制服を着て、学校に、彼女がいる。
涙があふれでていた。
「お前が、元気になって、本当に、よかったって言ってるんだよ……馬鹿」
「とー君」
「よかったなあ。本当に、よかったなあ…………」
夕陽は俺の身体に手を回してきた。
大きくなったなあ。あんなに小さかったのに。
「うん。私、よかった。とー君に会いたいって思ったから、頑張って、元気になりました。だから、とー君がいてよかった」
「そんなのっ……なんでもいい…………お前が、元気なら、なんでも……っ」
「な、泣かないでよ……」
言いたいことも山ほどある。聞きたいことも山ほどある。
でも、1つだけ言ってやりたかった。
感動の再会で泣いて何が悪いんだ、と。