表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/2

プロローグ:病弱少女




「学校に行きたい」

 


 真っ白なシーツに、ぽつぽつと血が落ちてていた。

 口元から赤い血を流しながら、星宮夕陽は窓の外で、学生たちが下校しているのを見ていた。

 俺は持っていたタオルで、彼女の口元をぬぐう。



「行けるよ」



 俺は嘘をついた。



「とー君と、一緒に、学校に行きたい」


「要求が増えたな。大丈夫。行けるよ」


「…………本当かなあ?」


「もちろんだろ。でも、ほら、今下校してる木曜高校は結構偏差値高いから、勉強しなきゃだけど」



 俺は嘘をついた。

 彼女は、白い。

 髪も白ければ、肌も白い。今にも消えてしまいそうだ。

 余命は、半年もない。

 物陰で聞こえてきた彼女の両親と、彼女の担当医である俺の父の話を、当人は知っているのだろうか。



「学校に行きたい、オムライスが食べたい。あとね、とー君と野球がしたい。海も行きたい」


「出来る出来る……野球? 野球好きだっけ?」


「わかんないけど。電車に乗って、旅行もしてみたい」


「いいな。一緒に行こう。ほら、パジャマ汚れてるよ」



 俺は嘘つきながら、ピンク色のパジャマについた血を拭った。

 手に、また液体がかかる。透明なものだった。



「学校に行きたい」



 俺は彼女の手を握り締めていた。

 何かを言わなければならない。



「俺が、絶対、夕陽を学校に連れていくから。お前のやりたいこと、全部一緒にやるから。オムライスなんて、いくらでも作ってやるから」



 彼女は、今日初めてこちらを見た。

 水分で揺れる瞳孔の向こうに、ほんの少し光が灯ったような気がした。



「─────唐揚げも。あと、ハムのサンドイッチでしょ、ポテトでしょ。オムライス、唐揚げ……ハンバーガー!」


「注目するの、食い物なのか……野菜も食べないと」


「野菜……うん。そうだね……とー君が、なんでもしてくれるの?」


「俺に出来ることなら、何でもするよ。本当だ。だから、だから」



 だから、何だと言うのだろうか。

 枯れ木のように腕には、何かよくわからない管が何本か突き刺さっている。 

 これが、彼女の食事だ。オムライス?

 固形物なんて、もう何年も食べていない。学校なんて、行けるわけがない。旅行なんて、行けるわけがない。

 そんな彼女に、「だから」などと言って、俺はどうして欲しいのだろう。



「頑張ろう。な、夕陽。一緒に、お前の、やりたいことやるから。頑張って、もうすこし……いてくれ」

  

 

 彼女は、俺の手を、ほんの少し、握り返してきた。

 握力計にかけたら握力は3キロもないんじゃないか、と思ってしまう。 



「…………ちょっと、少し離れて」



 その通りにする。急に手を握るのは、ちょっとアレだっただろうか。

 彼女は、サイドテーブルから、一冊のノートを取り出した。たまに彼女が、そこに何かを書いているのを知っている。

 その内容は、決して教えてくれな────



「とー君に、また嘘をつかれました……と」


 

 待てよ恨み帳かなんかかよ。

 俺は唖然とした。意外とふてぶてしいな。まあ、そういうことをする元気があるならいいのだが。

 …………ちょ、ちょっと何書いてるのか見せてくれない?



「えっち」


「なんでや……」


 

 彼女は、曖昧に笑った。俺も笑った。



「嘘じゃない」


「……だったら、約束だよ?」


「ああ。沢山食べような。オムライス」


「え、そこじゃなくない……?」


「すみません」


「……ありがと」



 今度こそ、彼女は笑ってくれた。夕陽は、笑顔が一番だと思った。

 それを言おうとして、なんだか嘘くさいのでやめておいた。俺は嘘が苦手なのだ。

 俺は、なんだか恥ずかしくなって、「トランプとかなにかしない?」という彼女を振り切って、帰宅したのだった。

 いや、家ほとんど病院の近くなんだけど。親父の診療所だし。

 だから、夕陽にはいつでも会える、会えるのだ。




 彼女が突然、病床から消えたのは、その三日後だった。

 空っぽのベッドに、折りたたまれた布団。

 あんなにガチャガチャと存在を主張していた点滴の類いも、どこにもない。

 俺が誕生日にプレゼントして、恥ずかしいから出しておかないでくれ、と主張したが聞いてくれず、ずっと鎮座していたぬいぐるみも、ない。



「これを」



 父は、夕陽に渡された、と言って。

 一冊のノートを俺に押し付けた。それ以上のことは言わなかったし、俺は聞きたくなかった。



『生きてるうちにやりたいことリスト』



 見たくない。

 でも、俺はノートを開いた。

 最初から、最後まで。沢山のことが、書いてあって。俺は、直視することができない。

 一番最後のページ。三日前、俺達が約束をした日。



『とー君と、学校で、唐揚げをいっぱい食べたい』



 オムライスじゃないのかよ。

 俺は内心ツッコんで。



『死にたくない』



 と書かれた文字を見て、そっとそのノートを閉じた。

 まだ10歳の俺には、色々と重たすぎて。

 何かを背負ったまま、6年の月日が流れた。





「今日から、転校生がきます……えー、入ってきてくれ」



 教室中が息を飲んだ。すわ女神かと思わんばかりの美少女がそこにいた。

 ロングに伸びた白い髪は、もはや神秘的である。

 つかつかと、機敏な動きで、彼女は教壇の横に立ち──微笑んだ。

 溜息がでそうなくらいの美しさで、実際に女子の何人かはそうした。 

 だが。

 16歳。

 4月15日。春。

 私立木曜高校二年生の俺こと朝比奈扉間は、堂々と教室に入ってきた彼女を見て。



「星宮夕陽です。みなさん、今日からよろしくお願いします」


「で、出た……」



 化けて出たものと、思ってしまった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ