第21話 勇気の第一歩
そろそろお開きにしてカフェに帰ろうとしていた矢先に、さっきのゴロツキ達の大親分と、その一味が現われた。
スキンヘッドに世紀末的なモヒカン頭、サングラス男とまさしく絵に描いたような不良集団だ。
「おいモブ、テメェのケツに火ぃ付けられたってのは、ここで間違いねえのかい?」
「へ、へい親分。何でか知りやせんが、急にケツに火が付いて……」
親分と呼ばれたスキンヘッドの大男は、サングラスをかけた男――俺がケツに火を付けてやった奴――に問う。
皆して同じ姿格好をしているから識別なんてまるでできないが、この男と親分だけはすぐに理解できた。
「アナタ達、何なんですか! アルミちゃんの家に、何しに来たんですか!」
嫌な予感がしたのだろう。リーベはアルミの前に立ち、ゴロツキ達を睨んだ。
腐っても人間だし、まず筋肉ダルマ相手にリーベが敵う筈がない。
(やめろリーベ! リーベの力でどうこうできる相手じゃあねえぞ!)
リーベの肩に乗り、俺は必死に説得を試みた。だがリーベは一向に退かなかった。
「なんだ嬢ちゃん? 悪いが部外者はお呼びじゃあねえ、退きな」
「嫌だ! アナタ達、アルミちゃんに何する気⁉」
「何って、そりゃあウチのモンがこの店に赤っ恥掻かされたってんだ。謝ってもらおうと思ってねェ」
男はニヤリと笑みを浮かべながら、右手の親指と人差し指で円を作って見せる。
誠意ある謝罪、とどのつまり「金」だ。
ケツ炎上事件にかこつけて、今まで拒んでいたみかじめ料を徴収する魂胆だろう。
「とにかく、テメェみたいなアホっぽいピンク髪に用はねぇ。退け」
「退かない! これ以上何か悪さをするなら、私が許さない!」
リーベは力強い目力でゴロツキ達をにらみ返し、両手を大の字に広げて立ち塞がる。
意地でも退くつもりはない。ここまで意固地になると、師匠の俺でも手が付けられない。
が、しかし――
「あっそ」
ペチンッ! 親分が諦めたかと思った次の瞬間、リーベの頬に平手が炸裂した。
「きゃっ!」
平手打ちを食らったリーベは、まるで風に吹かれた綿のように軽々と吹き飛ばされ、近くのテーブルに飛び込んだ。
幸い、俺がクッション代わりになって倒れた衝撃は薄れたが、しかし頬に受けた傷は――
「リーベちゃん!」
恐怖で怯んでいたアルミが、緊迫とした表情で叫ぶ。
「おっと悪い悪い、穏便に済まそうとして、ちょっと加減しくじったわ~」
どんな理由だ、絶対手加減する気なんてなかっただろうが。
だが今ので、完全な悪者が決定した。
「て、テメェら! さっきから黙って見ていれば、女の子相手に大人げねえぞ!」
「そうだそうだ! この外道共が! 恥を知れ!」
先程まで怯えていた客達も、流石に看過することができなかったようだ。
周囲から非難轟々、ゴロツキの居場所は見る見るうちになくなっていく。
「リーベ、大丈夫か? 畜生、あの野郎……」
「待ってナゴ助。私は大丈夫だから、それより――」
ゴロツキ達がたじろいでいる間に、リーベの怪我の様子を伺っていたその時、
「黙れゴミ虫共がぁ!」
逆ギレした親分は懐から銃を取り出し、天井に一発撃ち込んだ。
するとそれまで非難の嵐だった店内は静まり返り、再び恐怖に包まれた。
「部外者はお呼びじゃねえって言っただろ。俺達に用があんのは、そこの小娘だけだ」
親分は周囲を威嚇しながら、ゆっくりとアルミのもとへ近付いていく。
脚はガクガクと震え、目には涙を浮かべて、今にも泣きそうだ。
(アルミ……!)
「………………!」
下手に動けない今、全てはアルミの勇気に賭けるしかなかった。
するとアルミは、大きく深呼吸をして、
「…………ください」
「あン?」
「帰ってください! ここは、アナタみたいな悪い人が来ていい場所じゃないです!」
勇気を振り絞り、拳に力を込めながら叫んだ。
怖いだろうに。今にも逃げ出したいだろうに。アルミは立ち向かった。
まさかゴロツキ達も反論されるとは思わなかった。アルミの反撃に、思わず目を瞬かせる。
「脅してお金をむしり取ろうとする人達に、渡すお金なんてありません! だからもう、帰ってください!」
「アルミちゃん……!」
「それと、リーベちゃんにも謝って! 少なくともリーベちゃんに、殴られる理由なんてない!」
深呼吸をしてから、アルミの快進撃は止まらない。
彼女は勇気が溢れ出るままに反論し、ゴロツキ達を押し返す。
たとえ相手が銃を持った、多勢に無勢の集団だとしても、最早アルミの敵ではない。
それはまさに、肉食動物に追われてばかりだったシマウマが、渾身の後ろ蹴りで雄のライオンを蹴り飛ばすように。
貧弱そうなボクサーが、自身より二回りも大きいタイソン級ボクサーに、カウンターを決め込んで逆転勝利するように。
さっきまでの気弱な姿からは想像もつかないほど、凜々しく見えた。
「これ以上やったって、アナタ達の印象が悪くなるだけです。だからもう、やめにしましょう」
最後にゴロツキ達に告げて、アルミの反撃は終了した。
ゴロツキも、少女1人にここまで言われてしまえば、面子丸潰れもいいところだ。
これで穏便に済めばいいのだが、しかし現実はそう上手くはいかない。
「調子に乗るな、このクソアマがぁ!」
瞬間、ゴロツキの親分は激怒して、拳を振りかぶった。
「まずい! リーベ、できるだけ安全な所に隠れてろ!」
リーベに指示を出して、俺は急いでアルミのもとへ駆け寄った。
そして親分の拳がアルミの顔面に炸裂する瞬間、渾身のタックルでアルミを突き飛ばした。
「ひっ……!」
間一髪、拳は空を切って床に突き刺さり、親分は態勢を大きく崩した。
「あ、先生……!」
「アルミ、よく頑張ったな。けどこれ以上は危険だ、アイツ……もう話にならねえ!」
銃を取り出した瞬間から気付くべきだった。話し合いに暴力を持ち込む奴が、まともに人の話を聞くワケがないと。
コイツらはどんな手段を使おうと、みかじめ料の支払いを拒んだこの店を、アルミ達を潰す気なんだ。
俺達に逆らったらどうなるか、それをアルミの店を見せしめにするつもりなんだ。
「黙って聞いていればゴチャゴチャと……! そんなに払うのが嫌なら、この店ごとぶっ潰してやるよ!」
額に青筋を立てながら親分が言う。
立ち上がった親分の目は充血し、完全に怒りで我を忘れているのが窺える。
どうやら怒りが爆発すると、見境無く暴れ出すタイプなのだろう。いわゆる癇癪持ちか。
こうなった以上、流石に言葉でどうにかするなんてのは無理だ。
(アルミ、今のうちに逃げろ! コイツはもう手に負える相手じゃあない!)
できる限りの小声で、俺はアルミに伝えた。
アルミは怖じ気付きながらもコクリと強く肯き、ふらふらとした足取りで厨房へ逃げる。
「待てやコラァ!」
親分は振り返って、アルミの後を追いかける。
しかしどうしたらいい、考えろ。
猫の俺が立ち向かったとして、魔法なしでアイツを倒すのは不可能。
魔法を使ったとしても、こんな狭い屋内で発動すれば、最悪店がなくなってしまう。
リーベに頼ったとしても、現状扱えるのは炎魔法だけ。それに立ちくらみの件もある。
下手に動けば、最悪なことになりかねない。
畜生、こんな時カルファならどう切り抜けるんだ?
幸か不幸か、厨房にはアルミの両親がいる。両親が強ければ或いは……
「うわあっ!」
「あ、あなた!」
考えていたその時、奥から男の声が響いてきた。アルミの父親のものだ。
「お、おじさん! どうしようナゴ助、おじさんが……」
やはりダメか。いくらフライパンやナイフを武器に使っても、筋肉ダルマの親分を倒すことは容易じゃあない。
俺とリーベは、急いでアルミのいる厨房へ向かおうとした。
だが、
「おっと嬢ちゃん、そこで大人しくしてもらおうか」
入り口でたむろしていた男の子分が、リーベの頭に銃口を突き付けた。
更に他の子分達も、乗客に銃口を突き付けて、大人しくしろと脅しをかけている。
「ひっ……!」
「親分は今、大事な取引をしている途中なんだ。邪魔立ては許さねえぜ?」
これではまともに動くことはできない。
動けるとしたら、俺だけか。
「どうしようナゴ助……」
リーベは泣きそうになりながら、俺に訊ねてくる。
俺だってどうしたらいいのか分からない。師匠として不甲斐ない。
けれど最早、考えている暇はない。
「リーベ。背に腹は代えられない、俺が魔法でアイツを倒す」
この手は使いたくなかったが、最終手段だ。
俺はそれだけ伝えて、急いでアルミを追いかけた。
厨房へ入ると、案の定そこには地獄が広がっていた。
「あなた、もう無理よ……!」
「くっ……妻と娘だけは……!」
思い切り殴られたであろう親父は、口から血を垂らしながら、フライパンを構えて立ち尽くしている。
妻と娘を守ろうと、熱い眼差しで親分を睨んでいる。
しかし親分は、全く気にしていない様子で衰弱した親父を笑った。
「雑魚が、大人しくみかじめ料を払っておけば、こんなことにならなかったのによォ?」
理不尽な暴力に、最早為す術はないというのか。
両親の後ろで、アルミは肩で呼吸して怯えている。
更にその奥にあるのは、ミルク缶だろうか。とにかく裏口らしきものはない。
「お願いです、もうやめてください! ウチには、アナタ達に渡す程のお金は……」
「じゃあ交渉決裂、この店は今日で店終いだァ!」
言うと親分は床を殴り、その衝撃で両親を吹き飛ばした。
そうして道が開けると、奥で怯えているアルミに近付いていく。
「ま、待て……娘だけは、アルミだけは……!」
「あ……あ……」
まずい、魔法も間に合わない!
もう、ダメなのか……?
「さて嬢ちゃん、遊びは終わりだ」
親分は猫なで声で言いながら、ゆっくりと拳を振りかぶる。
しかしその時、アルミは小声で呟いた。
「……緊張した時は、深呼吸……!」
危機的状況にも拘わらず、アルミは深呼吸し始めた。
スー。ハー。スー。ハー。古い空気を吐き出して、新鮮な空気を肺いっぱいに取り込む。
そして――
「いい加減に……」
アルミは後ろにあったミルク缶の持ち手を掴んで、回転した。
ゴウン、ゴウンと重厚な金属が風を切る音を奏でて、回る。回る。
「してくださいッ!」
刹那、タイミング良く持ち手を離し、自由を得たミルク缶は親分の腹に直撃した。
ミルク缶は一体何キロあるだろうか。とにかく重量を持ったそれは、親分の腹に飛び込んだ。
ドシン! と鈍くも重たい音が響き、子分達は一斉に飛び出してきた親分へ視線を送る。
だがそれだけでは終わらなかった。
「アナタ達みたいな人は、お客様でも何でもないです!」
アルミはゴロツキへ投げつけたミルク缶を再び持ち上げ、再び回転し始めた。
その動きはまさに、ハンマー投げ選手のように洗練されており、ブレ一つ無い回転力は言うなれば「人間コマ」と言っても過言ではなかった。
「うらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「な、何だあの小娘! あんな鉄の塊を、振り回してやがる!」
「や、やめろ! こっちに来るな!」
聞こえてくるのは、子分達の悲鳴。
けれどアルミは止まらない。止められない。
回転し続けるアルミは次々と子分達をなぎ倒し、ベルのような綺麗な音を奏でていく。
「あ、アルミちゃん……?」
「おおおおおおおおおおおおお!」
それでもアルミは回り続ける。
ミルク缶という鈍器を持って、銀色の竜巻を巻き起こす。
「お、親分! 起きてくだせぇ! このままじゃあの小娘に――」
辛うじて意識が残っていた子分が、親分を叩き起こす。
その声に気付いた親分が起き上がるのと同時に、アルミの魔の手がかかった。
「がふぉっ!」
起き上がった親分の腹に、回転途中のミルク缶が直撃したのだ。
するとミルク缶は親分の腹を捉えたまま、親分ごと回転を続けた。
粘着性のあるラバーに捕らえられたピンポン球のように、密着して離さない。
「アルミ……お前って奴は……!」
やがてアルミは更に回転する速度を上げ、親分を捕らえたまま出口まで連れて行く。
そして――
「ちぇすとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
出口へ目掛けて親分ごと、ミルク缶を投げた!
放たれたミルク缶は親分を連れて山なりに飛び、弧を描いて壁の外へ消えていく。
その様はまさに、ホームラン王の一撃で球場の外へ飛び去っていく野球ボールのように、とても爽快感のあるものだった。
自然と、親分が飛んで行く瞬間に、カキーンッ! と心地いい音が聞こえたような気がする。
一方子分達は、漫画みたいに星になった親分を見上げて絶句していた。
「う……嘘だろ……親分が、俺達の親分が……」
「星に……なっちまった……」
まさか気弱そうな少女に投げ飛ばされて、壁の外まで連れ出されるとは思うまい。
子分達の顔は見る見るうちに青ざめて、アルミへ畏怖の視線を向ける。
「……上等」
1人の子分が、親分に代わって呟いた。
「お前らァ!」
「「うっす!」」
「……帰るぞ」
完全に萎縮しきった子分達は言って、慌てて店を後にした。




