第19話 アルミという少女
「いやあ助かったよリーベちゃん、これはほんのお礼だよ」
そう言って、アルミの父はカップ一杯のパフェを差し出した。
フレーク菓子にクリーム、フルーツは言わずもがな、頂点には丸くひんやりとしたアイスまで載っている。
まさにパーフェクトと言わざるを得ない。パフェの中でもパーフェクトに仕上げれらたパフェだ。
「ええっ、こ、こんな美味しそうなパフェ、いいんですか⁉」
「いいのよ、リーベちゃんが来てくれたお陰で、何とかお店が回せるようになったんだから」
「折角来てくれたんだし、遠慮せず食べてってくれ」
遠慮がちなリーベに、アルミの両親は優しく接してくれる。
なんていい両親なのだろう。2人とも笑顔が似合うし、何より仲が良さそうだ。
こう言うのを、人はおしどり夫婦と呼ぶのだろうか。
「それと、ネコちゃんにはミルクをどうぞ~」
と、娘のアルミも猫用の皿に並々注いだ牛乳を俺の前に置いた。
特にこれといった感想もない、ごく普通の牛乳だ。とはいえ、猫にとってミルクは最高のご馳走に変わりはない。
「それじゃあ、遠慮無くいただきます」
キラキラと目を輝かせながら、リーベは早速一口食べる。
俺もマネをするように、ミルクを一舐めする。
その瞬間、俺の舌に電撃が走った。
芳醇なミルクの香りの中にある、濃厚な甘み。喉を真っ直ぐに突き進む絹のような喉ごし!
外気温の暑さを忘れさせるような、優しく温もりを感じる冷たさ!
前世を含め、今まで飲んできた牛乳とは格が違う、極上のうま味があるッ!
例えるならば、かつては毎日のように飲んでいたけれど、大人になってからは飲む機会がなくなる、給食の牛乳のような懐かしささえ思い出す。
ただの牛乳、たかが牛乳だなんて思っていたら痛い目を見る。現に俺はあまりのうま味にアッパーカットを食らった気分になった。
これはただの牛乳なんかじゃあ断じてない。まさに文字通りのママの味。
「ミャー」
「あら、美味しいみたい。めんこいね~キミ~」
あまりの美味さに鳴き声を挙げた俺を、アルミがニシシといたずらに笑って頭を撫でる。
隣でパフェを味わうリーベも、あまりの美味しさに頬を抑えて唸っている。
「どう? ウチの特製パフェ、いい所のミルク使ってるから、どこのパフェよりも美味しいって自慢なんだ~」
「とっても美味しい! 生クリームもアイスも、全部舌触りもいいし素敵!」
全くの同意見だ。人前なので喋れないが、心の中で同意しながらミルクを嗜む。
「けれどリーベ、こんな可愛い猫ちゃんどうしたの? もしかして、ついに使い魔飼い始めたの? 名前は?」
アルミは首を傾げ、リーベに質問を投げまくる。
おっとりとした容姿に見合わず、結構グイグイ来る何故なにっ娘だなこの子。
リーベはふふっ、と口元を指で隠しながら、
「この子はナゴ助、使い魔って言うか……魔法の師匠、かな?」
「師匠? この子が?」
「そうそう。ナゴ助が教えてくれたお陰で、私もついに魔法が使えるようになったの!」
おいおい、俺が魔法使えることとか諸々秘密の筈だろ!
友達なのは分かるけど、そんなベラベラと喋られたら……
「へぇ~、リーベちゃんも面白い冗談言うようになったね~」
しかし意外なことに、アルミは目を細めて笑った。
「じょ、冗談じゃ無くて本当に――」
口を滑らせそうだったので、俺はそっとリーベを制止させつつ、ミルクを飲んだ。
冷静に考えれば、猫が魔法を使うなんて現象は、まずあり得ない。
それに黙っていれば、俺はただの黒猫に過ぎない。
「それよりリーベちゃん、この前聞いたんだけど、強盗に人質にされたって話本当?」
話は変わって、アルミは心配そうな表情を浮かべて訊ねた。
ある程度大きめな国とはいえ、情報の伝達が早いな。
ミルクを飲みつつ聞き耳を立てていると、リーベはパフェを食べながら答えた。
「本当よ。でもカルファとナゴ助が助けてくれたから、大丈夫だよ」
「本当に? 最近この辺り物騒だから、無理しちゃダメだよ~?」
「そうね、気を付けるわ」
「にしてもその強盗、一体何が狙いであんなことしたんだろうね~?」
そういえば、確かに気になるな。
当時のことを思い返すと、現場の雑貨屋は金目のものもない、普通の雑貨屋でしかなかった。
現代のコンビニ強盗みたいなものだとしても、大金が目的なら銀行強盗をする方が速い。その分、セキュリティは高いだろうけれど。
仮に大金が必要だったとしても、あんな小さな雑貨店から奪える金などたかが知れている筈。
とすればやはり目的はリーベだろうか……?
疑問に思っていると、リーベは少し考えてから口を開いた。
「そうね……あの人、最初から私を狙っていたような気がする」
言いながら、リーベは服の内側に隠していたペンダントを取り出した。
相変わらず、陽の当たらない屋内にも拘わらず赤く光っている。
「このペンダントを見た瞬間、突然あの人が襲いかかってきて……」
確かにリーベの持っているペンダントは、年季が入っているとはいえ赤い宝石が付いている。
売れば数十万程度の値段はつくだろう。
しかし同時に、記憶のないリーベと両親を繋ぐ、唯一のアイテムでもある。
これまでも、このペンダントを巡って色々な事件が起きてきた。そして、ペンダントに守られてきた。
まるでリーベの両親が守ってくれているみたいに。
ただただ謎が深まるばかりだ。
と、その時、
「おいどうなってんだこの野郎!」
奥の席から怒声が飛び込んで来た。
振り返ると、いかにもガラの悪そうな男が顔をしかめて厨房を向いて怒鳴っていた。
「は、はい! どうかしましたでしょうか……?」
アルミは慌てて席を立ち、男のもとへ向かう。
すると男は食べている途中のスープを突き付け、
「何なんだこのスープはよォ!」
「も、申し訳ございません!」
アルミはおどおどとした様子で頭を下げ、弁明する。
「ですがお客様、こちら先程提供する際、冷ましてからお召し上がりくださいと……」
「口答えするなァ!」
しかし男は激昂し、スープの皿を地面に叩き付けた。
ガッシャーン! と激しい音が響き、アルミは怖じ気付いて「ヒッ」と声を漏らし縮こまる。
すると男はニヤリと笑みを浮かべながら立ち上がり、言った。
「もういい、こんな店には二度と来ねぇからなァ。片付けは嬢ちゃん、テメェがやんな」
クレームを付けておきながら、アルミが気弱だからといい気になっている。腹が立つ。
黙っていられなかった俺はそっとテーブルから降りて、こっそりと男の背後に回った。
「ったく、なんて店だ。マズイ上に熱々で提供するたァ……」
男は愚痴を溢しながら、ウエスタンドアを押す。
その瞬間、完全に油断しきった所を狙って、俺は極力威力を抑えた炎魔法を放ってやった。
(《フレア》っ!)
マッチの炎程度の小さな火球が口から飛び出し、男のケツにクリーンヒットした。
すると次の瞬間、男のケツが盛大に燃え上がった。
「っ⁉ あっ、熱ッチャァァァァァァァァァァ!」
突然ケツが燃えたことに驚いた男は情けない悲鳴を挙げて、外に飛び出した。
そして冷静さを欠いて、ゴロゴロと通路のど真ん中で転げ回った。
先程の怒声も相まって、周囲には野次馬が集まり、自然と人だかりができる。
更に、その男が情けなくケツに火を付けて転げ回っているのだから、周囲は爆笑の渦に呑み込まれる。
「……ぷっ」
そしてビクビクと震えていたアルミも、思わず噴き出した。
「畜生! どうなってやがるッ! なんでケツに火が付くんだクソがァ!」
やがて転がり回ったお陰で火は消し止められ、男は顔を真っ赤にしながら立ち上がる。
ケツの次は、顔に火が回ったようだ。
男は周囲を睨み付けると、そのまま野次馬の波を押しのけて走り出した。
「お、覚えてやがれェェェェェ!」
こうして俺は、クレーマー男をやっつけた!
「あ、アルミちゃん? 大丈夫?」
様子を見ていたリーベが駆け寄って、アルミの背中を優しくさする。
アルミは満面の笑みを浮かべ、「大丈夫だよ」と言葉を返す。
「それよりさっきのお客様のこれ、片付けないと……」
しかしすぐに悲しそうな表情に変わり、足下へ視線を落とす。
「アルミ、大丈夫か?」
「これはお母さんがやっておくから、アルミは奥で休んでなさい」
騒ぎを聞きつけて厨房から飛び出してきた両親が、アルミの身を案じて告げる。
アルミは小さく肯いて、「それじゃあごゆっくりね」とリーベに告げてから厨房の奥へ姿を消した。
「アルミちゃん……」
心配そうに、リーベが呟く。
年齢はリーベと同じくらいだろうか、か弱い女の子相手に怒鳴り散らかして。
怖がってしまうのも無理はない。
「……リーベ、俺はあの子の様子見に行ってくる。パフェ食べ終わったら、忘れずに買い出しに行ってこいよ」
リーベに告げて、俺はアルミの後を追って厨房の奥へ向かった。
***
こっそり厨房へ入っていくと、どこからともなくすすり泣く声が聞こえてきた。
言わずもがな、声の主はアルミだった。
さっきまでの明るいような印象はどこへやら、木箱の上に座って泣いている。
「……あれ? さっきの猫ちゃん? ど、どうしたの……?」
気配を察知したアルミは、顔を上げて俺を見つめた。
だがやはり、まだ恐怖が勝っていた。アルミは「ごめんね」と謝りながら、目を擦る。
相当参っているみたいだ。無理もないが、どう慰めてやればいいものか……。
とにかくアニマルセラピーという言葉もある。俺は泣き止むまで、彼女のそばにいることにした。
「……私ってば、本当にダメダメ。お客様を怒らせちゃうだなんて」
涙を拭いながら、アルミは呟く。
「それに較べて、リーベちゃんは凄いなぁ。怖い経験をしても、強くいられるんだもの……」
ズズッ、と鼻をすすりながら、アルミは更に続ける。どうやら俺に話しているらしい。
「ナゴ助ちゃん、私、勇気が出せないの。あの時だって、もっとちゃんと、ガツンと言わなきゃいけなかったのに、私は……」
何も言い返せなかった。その言葉を呑み込んで、アルミはまた涙を拭う。
仕事柄、お客様は神様だ。たとえそれが横柄な疫病神だとしても、自分に非がなくても、従業員はまず謝ることしかできない。
逆らえば必ず相手は怒るし、そこには争いが生まれる。
だから皆、それを避けるために穏便にことを済ませようと努力する。
正直クレーマーは神様でも何でもないけれど、やはり仕方ないことというのは必ず存在する。
「私も、もっと勇気が出せるようにならないと……」
そう呟いて、アルミは俺の方を向いた。
「ごめんね、こんな愚痴を言っても、余計に迷惑だよね。心配してくれてありがとうね、ナゴ助ちゃん」
そう言うアルミは、笑っていた。けれど瞼からは涙が零れているし、表情からも作り笑いであることは見抜けた。
あまりにも可哀想で、居たたまれない気持ちになる。
リーベにも、俺が喋れることは誰にも言うなと言っていたけれど、こんな純真な子が泣いていて、放っておく最低な師匠がどこにいるか。
俺は心を決めて、呟くように言った。
「謝る必要なんてないぞ、アルミ」
俺は自らの禁を破り、アルミの前で喋った。




