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第18話 買い出しに行こう!

「あれ、リーベ? 今日は随分と早いじゃねえか? 今日の修行はもういいのか?」


 喫茶店に戻ると、カルファは常連客との会話を区切って訊いてきた。


 相変わらず、今日も大賑わいのようで、客席は殆ど埋まっている。その多くは、老後の暇を持て余した近所のご老人達だ。


「うん。今日はちょっと調子が悪かったから……」


 流石に立ちくらみのことを言うのは忍びないか。


 意外にもカルファは世話焼きだが、過保護な一面もある。


 更に先週には強盗事件もあったのだ。


 立ちくらみのことを言えば、カルファは喫茶店を臨時休業にしてまで療養させかねない。


 現に「調子が悪い」と言った時、一瞬だがカルファが心配そうな表情をした。


 が、今は客が目の前にいる。カルファはすぐに笑みを浮かべて、空いたカウンター席にコーヒーを置いた。


「ほら、ちょいと今ネコの手も借りたいくらい忙しいんだ。気付けに一杯飲んだら、手伝ってくれ」


 そう言って、カルファは先程会話をしていた常連客の会話を再開する。


 一体これのどこがネコの手を借りたいくらい忙しいことなのか、いささか疑問に思うが……。


 これをツッコむとカルファにケツを叩かれそうなのでそっとしておく。


 リーベは俺をカウンターの上に載せ、「いただきます」と律儀に言ってからコーヒーに口を付ける。


「苦っ!」


 そしてあまりの苦さに顔をしかめ、小さく舌を出す。


「無理して飲むもんじゃあねえって。素直に砂糖を入れなさい」


「でも、砂糖なしで飲むのがコーヒーでしょ? だから……」


 リーベは強がってまた一口飲むが、やはり苦かったらしい。


 けれどこの苦みを我慢する姿も、どこか可愛らしい。


「それよりカルファちゃん、聞いとくれよ」


 生暖かい目でリーベを見守っていると、早速常連客の愚痴が聞こえてきた。


 これもまた日常、ここエルメスの悩み事は必ずと言っていいほどカフェで展開される。


 カルファもそれを理解しているのか、いつも話半分に常連客の悩み相談に付き合っている。


 今回は客も多いので、その分悩み事も多い。その中に禁書が関係していそうな話題があればいいのだが……。


 初老の男客はちらっ、と俺の方を一瞥してから語り出した。


「最近、ウチの近所の商店で野良猫集団がよく盗みを働いてて困ってんだよ」


「野良猫集団? まさかナゴ助のことじゃあ――」


「いいや、野良猫は茶トラなんだ。ただ住み着いて長いのかね、人間じゃあ対処できないくらい厄介者でよぉ」


 言いながら男は、腕を捲って傷を見せた。そこには痛々しく真っ赤に腫れたひっかき傷がついていた。


 傷の大きさからして、割と大きめな猫のようだ。


「うへぇ、これは派手にやられたなぁ」


「全くだよ。それに店では盗まれっぱなしだし、もうワシらはお手上げなんだよ」


 そんな世間話もその辺に、男は空になったカップを差し出し「おかわり」を要求する。


 カルファはすぐに了解して、新しいコーヒーを淹れる。


 すると今度は遠くの客が「姉ちゃん、サンドイッチちょうだい!」とオーダーする。


「はいよ、ちょっと待ってな!」


 相変わらずの世話焼きな姉御だ。カルファはすぐに男へコーヒーを出し、すぐにサンドイッチ作りに手を付ける。


 ――がしかし……。


「あれ? しまった、野菜が足りねえ……」


 カウンターの奥に屈んだカルファは、声を抑えながら呟いた。


 と思いきやカルファは顔を上げて、俺達の方を向いた。


「なあリーベ、悪いけどちゃちゃっとお使い頼まれてくれねえか?」


「えっ? いいけど、どうしたの?」


「何でか、サンドイッチ用の野菜が足りなくなってんだ。悪いけど、調達してほしい」


 言いながらカルファは買い物リストをメモに書き、「昨日はちゃんとあったんだけどなぁ……」と呟く。


 昨日まであった筈なのに、野菜がなくなる?


 夜中に寝ぼけて食べるにしても、野菜を丸かじりするなんて見たことも聞いたこともない。


 あるとしても、それは大の野菜好きか、夜食を食べたいが肉やカップラーメンは太るから仕方なく食べているだけだろう。


 ましてリーベもカルファも体型はスリム。リーベはむしろ食べて肉を付けてほしいくらい細い。


「それとお駄賃代わりだ、お釣りで好きなお菓子でも買いな」


 そう言ってカルファはメモとお金を手渡す。


 リーベはそれを聞いた瞬間目の色を変え、キラキラとした目でカルファを見つめ返した。


「え、いいの⁉」


「ああ! その代わり、シショーと仲良く分けるんだぞ?」


「だってナゴ助! そうと決まれば早速行こ!」


 やれやれ、なんて元気な娘なんだ。さっきの立ちくらみがまるで嘘のようだ。


 それにしても野良猫集団、か。何だか他人事には思えない事例な気がしてきた。


 けれど、直接俺達に危害さえ加えなければ、よほどのことがない限り関わることはないだろう。


 ***


 そうしてカルファのお使いで買い出しに出かけた俺とリーベ。


 今回は俺がついているから、仮に強盗が来たとしても守ってやるつもりだ。


 いつでもこの鞄の中から飛び出して、顔に大量のひっかき傷を付けてやる。


「にしても不思議、あんな用意周到なカルファが材料切らすだなんて」


「普段はないのか? こういうこと」


「そうね。買い出しは私かカルファが行くんだけど、いつも予定よりちょっと多いぐらい調達するの」


「ソイツは確かに変だな。まさか、泥棒でも入ったか?」


「それは多分、ないと思う」


 リーベは苦笑いしながら答える。


 自分で言ったことだが、野菜だけを盗んでいく空き巣なんてそういない。


 ウチは農家でもなければ、金目のものもない普通のカフェだ。


 仮に泥棒を働いたとして、カルファの乱脚に蹴落とされてぶっ倒れるのがオチだろう。


 けれど、野菜だけがなくなるっていうのは、確かに不思議だ。


「ま、強盗事件といい最近物騒だ。何かあれば、夜行性の俺がとっ捕まえてやるよ」


「ふふっ、頼もしい。流石は私の師匠ね」


 リーベは褒めて、俺の頭を優しく撫でる。


 今となっては撫でられ慣れて日常的風景になったが、時折俺みたいなヤツがこんな可愛い女の子に撫でられて良いのか? と思ってしまう。


 まあしかし、猫ならば可愛がられるのも一つの仕事。今はただ、この心地良い時間をゆったりと過ごそう。


 なんて暢気に撫でられていると、目の前の飲食店から小柄な少女が顔を出し、リーベに気付くとこちらに近付いてきた。


 栗色の髪の少女は急ぎ足で駆け寄り、何か言いたげに両手をブンブンと振る。


「リーベちゃん、丁度いいところに! ええっと、ちょっと手を、いや火を貸して!」


「アルミちゃん? どうしたの、何だか慌ててるみたいだけど……」


「とにかく来て! お礼はちゃんとするから!」


 アルミは有無も言わさずにリーベの手を引いて、そのまま飲食店へ連れ込んだ。


 リーベは彼女に引っ張られ、そのまま飲食店へ入っていく。そして鞄の中にいる俺も、そのまま飲食店の中へ。


 西部劇風の小さなドア(ウエスタンドアと言うらしい)を通過した先は、何の変哲もない普通の飲食店という感じだった。


 天井も壁も木造で、いくつか丸テーブルがある。ドアも相まって、まさに「西部劇の食事処」といったイメージがそのままお出しされた感じ。


 しかしどういうワケか、客には食事が提供されておらず、皆が厨房へ「飯はまだか!」と訊ねている。


「すみません! もう少々お待ちください!」


 奥から店主と思しき男の声が聞こえてくる。


「ねえアルミちゃん、これって一体どういうこと?」


 リーベが訊くと、アルミは手を離し、厨房へ促しながら事情を説明した。


「実はさっき、急に火が付かなくなっちゃって。今パパが頑張って火起こししてるんだけど……」


 事情を聞きながら厨房へ入ると、大きなピザ窯の前で必死にマッチを擦るコックの背中が見えた。


 その横には同じく栗色の髪の女が心配そうに立ち尽くしている。彼女が、アルミという少女の母親だろう。


「パパ、ママ、助っ人連れてきたよ!」


 アルミは2人の背中に向けて声をかけ、ジャジャーン! と元気にリーベを紹介した。


「あら、リーベちゃんじゃない! 久しぶり!」


 と、母親。しかしコック、もとい父親は振り返る様子もなく、必死に火を起こそうと奮闘している。


「このままじゃお料理出せないの。お願い、手を貸して」


 アルミはパンっと両手を合わせてお願いする。


 俺達も少し急ぎの用事があるけれど、リーベは困っている人を放っておくほど薄情じゃあない。


 それに、彼女達には悪いけれどこれは実に都合がいい。


「リーベ、リーベ」


「どうしたの、ナゴ助?」


「コイツはチャンスだ。今日、炎魔法をマスターしたばっかりじゃあないか。今が腕の見せ所だぞ」


 修行の成果を見せる時、それが今だ。


 師匠としてリーベを鼓舞すると、リーベは自信満々に杖を取り出し、早速魔力を溜める。


「おじさん、ちょっとそこどいて! 今、炎魔法を使います!」


「えっ? リーベちゃん、もしかして魔法使えるようになったのかい?」


 すると遂に父親は驚いて振り返り、そっとピザ窯から退いた。


 そして、リーベは溜め込んだ魔力を最小限にして、


「ちょっと弱めに、〈フレア〉!」


 ゴルフボール大の火球を、ピザ窯の中に放った。


 瞬間、全くと言っていいほど点かなかった火が灯り、窯の中は一瞬にして強い熱気に包まれた。


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