第17話 ゆっくりと、一歩づつ。
強盗事件と、クロムから極秘任務の手伝いをすると言って、早くも一週間が経過した。
その間カルファは常連客を捕まえては、世間話を交えつつ禁書の情報を収集。
俺達はと言うと、相変わらずリーベと一緒に魔法の修行に励んでいた。
「それじゃあまずは炎魔法からだ! 修行の成果を出してみろ!」
「うん! この一週間、必死に頑張ったんだから! これくらいッ!」
リーベは意気揚々と肯き、早速杖を構える。
そして空に炎魔法の魔法陣を描き、魔力を込める。
相変わらず、魔法陣を描くのは上手い。逆に、俺に描き方を教えて欲しいくらいだ。
「はあっ! 《フレア》ッ!」
詠唱を終え、リーベは勢いよく杖を突き出した。
すると杖の中心から真っ赤に燃える火の玉が現われ、前方へ一直線に飛んで行った。
果たして、奥へ飛んで行った火球は爆発し、半径1メートルにも及ぶ炎のドームを作り出した。
「やった……! やったよナゴ助!」
「ああ! これでまずは、炎魔法習得成功だ!」
一週間に及ぶ練習の甲斐もあってか、リーベの炎魔法は無事に会得できた。
俺が見ても、この威力は文句なしの炎魔法で間違いない。
「これである程度は掴めた筈だ。リーベ、次はどの魔法を練習する?」
リーベの部屋から持って来た魔道書を見ながら聞く。
本には炎、水、風をはじめとした多くの魔法と、その魔法陣が記されている。
俺にとっては、唱えるだけで勝手に出てくれるから関係ないことだが、しかしこうして見ると難解な模様をしている。
これをもし俺が描くとなったら、まず綺麗な円を描くところから苦戦を強いられるだろう。
リーベはうーん、と右頬に手を当てながら考える。
無意識の仕草だろうけれど、その仕草がまた女の子らしくて……心臓に悪い。
「決めた! 次は、氷魔法がいい。そろそろ暑くなってくるだろうし、そのためにも」
氷か。そういえばまだ、氷魔法は俺も使ったことがない。
本の内容によると、大気中にある水分を凝縮し、急速に冷却させることで発動できるらしい。
よく分からんが、ものは試しだ。
「うっし、それじゃあ今からやってみる。よーく見てろ」
俺は言って、早速魔力を集中させる。
顔の前に魔法陣が現われて、鼻の先に少しだけひんやりとした風が吹く。
そのまま魔力を集中させていると、魔法陣の中央に小さな氷の粒が生まれた。
氷の粒を核に、氷の弾は急速に成長し、クリスタルのようなものに進化した。
「行くぞ! 〈フリズ〉ッ!」
呪文を叫ぶと同時に、一気に魔力を注ぎ込む。
すると氷の弾は魔力の圧に耐えきれず爆発し、周囲に冷気を放った。
まるで口から氷の息を吐くかのように、俺を中心にして扇状に草花を凍らせる。
そして最後に、冷気の最終地点で氷の槍が数本出現し、ガキンッ! と金属のような音を立てて爆発した。
「おお~、これが氷魔法……! 流石ナゴ助師匠!」
「そう褒めるな、照れるっての……」
などと言いつつも、喉はゴロゴロと唸っていた。
最近気付いたことではあるが、どうやら俺の体は嬉しいことがあると、反射的に喉が鳴ってしまうらしい。
こればかりは俺の意志でどうすることもできない。猫特有の特性だ。
照れを隠すように一歩前に出て、凍った大地を踏みしめる。
ザクッ。凍った地面を踏んだ瞬間、まるでスナック菓子を踏み潰したような軽快な音が鳴った。
そこから遅れて、氷の冷たい感触が肉球を伝ってきた。
「おっ?」
何だか懐かしい感触だった。一瞬、小学校時代の冬の日々がフラッシュバックする。
と、背後からまたザクザクと心地良い音がした。リーベの足音だった。
「あ、何これ。ザクザクしてて楽しい」
リーベは大陽のように明るい笑顔で足踏みをして、凍った大地の音を楽しむ。
まるで初めて目にするオモチャで遊ぶ子供のように、それはもう楽しそうに笑いながら足踏みをする。
「ナゴ助! これ面白いよ! 面白い音がする!」
「コイツは……霜柱だな」
「しもばしら?」
知らない様子だった。が、まあ無理もない。
今の時期は夏、だろうか。時期的にも霜柱ができるのはあり得ない。
そもそもここが、冬に雪が積もる寒冷地帯なのかすら分からない。
俺がかつて暮らしていた世界では、雪こそ積もらなかったが、寒い日には霜柱がよくできていた。
「簡単に言えば、地面の水分が凍ったことで生えてくる、氷の一種だ」
ザクザクと音がするので、小学校の時によく踏んで遊んでいた。
「へぇ、本当にナゴ助って本当に何でも知ってるよね~」
言いながら、リーベはザクザク、ザクザクと足踏みをして霜柱の音を楽しむ。
普段もそうだが、こうして楽しそうにしている彼女を見ていると、こっちまで楽しい気分になる。
「物知りってほどでもねえよ。偶々、俺も小さい頃によく遊んでたから知ってただけだ」
「んもう、また謙遜しちゃって~。……ん、小さい頃?」
しまった。今の俺は、まだ1年も生きてない子猫じゃあないか!
「あ、あー、生まれて間もない頃の話だ。ほら、猫は人間と寿命とかも違うし……」
「そういえばそっか。ナゴ助、人間年齢だったらえーっと」
「一応17歳くらいだな」
正直、ウチで動物を飼ったことは一度もないから詳しいことは分からんが。
だが元々人間だった頃は17歳だったし、魔法も使える特異な存在だから。嘘は吐いてないだろ。
「そ、それよりも! 次はリーベの番だぞ」
とまあ、強引に話を進める俺。
リーベはすぐにハッと意識を切り替えて、早速杖を構えた。
「それじゃあ、行くよナゴ助!」
元気よく言って、リーベは氷魔法の魔法陣を宙に描く。
円の中に雪の結晶のような模様の刻まれた魔法陣だ。
やはり魔法は練習必須だが、魔法陣を描く能力だけはピカイチだ。
円には1ミリの歪みもなく、模様も本に載っていたものと瓜二つ。
「はああ……っ!」
杖の先に魔力を集中させていると、魔法陣の中心に小さな氷の粒が生まれる。
それは段々と大きくなり、やがて一つの氷の弾へと変わる。
「いいぞリーベ! あと少しだ!」
俺は後ろで見守りながら、リーベを応援する。
――しかしその時だった。
「……っ!」
くらっ。と、リーベは突然額を抑えてふらつき、そのまま膝をついた。
魔法陣もスーッと霞のように消え、途中までできていた氷の弾は急激に溶けて水となり、そのまま地面に落下した。
「リーベ! 大丈夫か!」
慌てて駆け寄り、声をかける。
見上げると、その表情はとても辛そうで、少し息も上がっているようだった。
「……う、ううん。大丈夫。ちょっと、立ちくらみしただけ」
「本当に、大丈夫なのか? とても辛そうに見えるが……」
「大丈夫! 本当に大丈夫だから!」
と、さっきの辛そうな表情から一変して、リーベはハツラツとした笑顔を俺に向けた。
しかし無理をしていることを見逃すほど、俺の目は節穴じゃあない。
俺を心配させまいと。彼女なりに、気を遣っている。
けれど無理もない。
一週間前の出来事だが、強盗に人質に取られたのだ。
無事だったとはいえ、怖い思いをしたのは確か。その恐怖が体調に出ても不思議じゃない。
「……今日はもうやめにしよう」
「えっ、でも私――」
「弟子の体調管理も、師匠の仕事だ。それに、無理をさせて倒れでもしたら、俺がカルファに怒られる」
実際あの姉御、確実に怒らせたらヤバい。
それに焦らなくとも、リーベには確かに魔法の才能がある。
一つ一つ、ゆっくりと教えて行けば、必ず大魔道士になれる。
「そう、だね。ごめんね、ナゴ助」
リーベは少し申し訳なさそうに謝った。
「謝る必要なんかねえよ。今日はちょっと休んで、カルファの手伝いでもしよう」
「うん! それじゃ、行こう!」