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第16話 ヒミツの任務

「禁書の一部だって……?」


 カルファは言って、改めて手元にある紙切れに視線を落とす。


 一見すればそれは、どこからどう見ても普通の魔道書の1ページにすぎない。


「しかしどうして、わざわざ禁書なんかを盗んだんだ? ホシの目星とかはあるのか?」


 顔を上げ、カルファは訝しんだ表情でクロムに問う。


 クロムは悔しそうに首を横に振りながら返した。


「まだ分からん。けれど……」


「けれど?」


「犯人はこのエルメスのどこかで、魔法を売っている」


「そんなこと、できるんですか⁉」


 初めて聞く単語に、リーベが驚いて訊ねた。


 確かに魔法を売るだなんて、ファミコン時代のRPGゲームとか、それこそごく少数のゲームでしか聞いたことがない。


 今ドキ「魔法屋」なんて職業、知らない人の方が多いだろう。


「普通は聞かないだろう。学園などで学ぶ通常の魔法は、適正さえあれば誰でも習得できるからな」


「つまる話、盗んだ禁書のページをチマチマと破って、ソイツを裏社会の人間共に売ってんだろ?」


「そうだ。しかもこの禁書に記された魔法は、魔力や適性を持たない者でも扱うことができる」


 とどのつまり、誰でも使える危険な魔法。


 思えば今回の事件で暴れていた強盗も、カルファに追い詰められるまでは魔法を一切使っていなかった。


 あんなに便利で、やろうと思えばいとも簡単に強盗を遂行できただろうに、使おうとしなかった。


「クロムさん、もしかして今日の強盗さんみたいに、同じような人がいたんですか……?」


 首を傾げながら、再びリーベが訊ねる。


 その答えは、YESだった。


「現状でも、禁術事件は5件発生している。しかも、そのうちの3人は魔法適性を持っていなかった」


 やはりまだ、平均を出すには情報が少なすぎる。


 けれど、どうしても『魔法適正を持っていない』人間が魔法を扱えることが引っかかる。


(どうしたのナゴ助?)


(いやな、少し気になることがあってな。ちょいと試してみる)


 小声でリーベに言って、さりげなくテーブルの上に飛び乗った。


 今となっては、猫の感覚はカンペキだ。どんな高さでも乗り上げられる。


「お? どうした、シショー?」


「ンナ~」


 極力猫のフリをしながら、適当にテーブルの上を散歩する。これも気まぐれな猫を演じるために必要なのだ。


「ああこらナゴ助、邪魔しちゃダメでしょ~?」


 リーベは棒読みで注意をしながら、改めて禁書のページを観察する。


 そして俺は何食わぬ顔でページを踏む。と、その時だった。


 突然目の前が真っ暗になり、クロムの頭上に巨大な頭蓋骨が現われた。


「っ!」


 ただの幻だろうか? しかしそれにしては威圧感が凄まじく、全身の毛が勝手に逆立ってしまう。


 更に冬でもないと言うのに、背筋が凍り付きそうな程の悪寒が俺を襲う。


「ぎゃあっ!」


 あまりの恐怖に、思わず悲鳴を上げてリーベの膝へ逃げる。


 師匠ともあろう男が、なんて情けない。


「な、ナゴ助? どうしたの?」


 おーよしよし、とリーベは優しく背中を撫でる。お陰ですぐに気分は落ち着いた。


 禁書から足を退けたお陰だろうか。突然現われた頭蓋骨は姿を消し、部屋も普段通りの応接室に戻っていた。


 悪寒も、今となってはリーベの温もりと部屋の暖かさで回復した。


 だがしくじった。今のでクロムの視線がより険しいものになった気がする。


(何かは分からねえ。けどあの禁書、ヤバいぞ……)


 俺はリーベに聞こえるよう声を調整して、ついさっき見たものを教えた。


「がいこつ? 本当に?」


(恐らくあの禁書自体に、何かしら魔力が込められている。だからきっと……)


 大魔道士の力を持つ俺は、その恐ろしいまでの魔力を垣間見た。


 あくまで俺の憶測に過ぎないけれど。いやしかし、もし長時間禁書に触れていたら、あの骸骨に殺されていたかもしれない。


 そしてもし、魔力を持った者が禁術を使えば、より厄介な能力を発揮する可能性が高い。


「リーベ、何か掴んだのか?」


 色々と予想をしていると、クロムは痺れを切らしたようにリーベに訊いた。


 彼女は俺が喋れることも大魔道士であることも知らない。故にリーベにボールが飛んできた。


 リーベは一瞬困った様子で俺を見たので、首を横に振った。


 危険なものであること意外、俺にもよく分からなかったからだ。


「……いえ、私にもよく分からないです」


「そうか。いや、無理を言ってしまったみたいだな。すまない」


 クロムはそう言って、そっとお茶を飲む。


 これが彼女の性格なのだろうが、何故だか終始威圧感があって気が休まらない。


 ピリピリとした空気は健在のまま、応接室に静寂が走る。


「しっかしまあ、つまり何だ? コイツが悪人共の手に渡ったら危ないってことだろ?」


 その様子に気が付いたのか、カルファが静寂を破って訊いた。


「現状はそうなるな。最悪の場合、このエルメスが崩壊する可能性もある」


 淡々とした口調でクロムは言った。


 彼女の言う通り。仮に魔法適正を持った悪人が、今回のように禁術を使えば、きっと彼女ら騎士団を以てしても対処するのは難しい。


 俺でさえ、1日3回しか使えない魔法を組み合わせても、完全に倒し切れる自信がない。


 まして今のリーベでは、無理に等しい。各属性の最上位魔法――テラを習得するまでは。


「まあ、大体のことは分かった」


 と、カルファはぐいっとお茶を一気に飲み干し、右手の指の骨を鳴らしながら言った。


「その極秘任務ってヤツ、アタシらにも手伝わせてくれ」


「ええっ! ちょ、ちょっとカルファ⁉」


 突然何を言い出すかと思えばこの脳筋アネゴ、何てことを……⁉


(おいカルファ、正気か⁉ 騎士団長様が手を焼いている相手を、そう簡単に倒せるワケ――)


 流石に無茶だ。小声で抗議したが、しかしカルファはニッと俺達に笑いかけ、クロムの方を向いた。


 当のクロムも、突然の申し出に困惑した様子で両手を組んだ。


「手伝うだと? 極秘任務だと先程伝えた筈だが……」


「詳しい事は喋らねえ。けど情報を集める程度なら、アタシのカフェがうってつけだろ? それに」


 言って、カルファは俺達を指差して言葉を紡ぐ。


「丁度ここに、魔法に詳しい専門家がいる。しかも今回の事件に出会した以上放っておけない、とんだお人好し野郎だ」


 端から見ればリーベのことを言っているように聞こえるだろう。


 がしかしそれは俺のことだった。


 全く、出会って間もないと言うのになんて洞察力だろうか。


「ンナ~」


 俺は返事をするように鳴き声を上げ、チラリとクロムを向いた。


 カルファの言う通り。今回の事件、そしてリーベが被害に遭った以上、そのまま見過ごすワケにはいかない。


 それにあの日、リーベのペンダントを取り返した日にも言われたこと。


『リーベを、そしてエルメスを守ってくれ』


 ジェーン・ドゥ。あの怪しい女はそれが、俺がこの世界に来た理由だと言った。


 そしてカルファのカフェであれば、大なり小なり情報が入ってくる可能性が高い。


「……よろしい」


 しばらくの沈黙を経て、クロムは立ち上がって言った。


「悔しいがカルファ、お前の言う通りだ。極秘で動いている以上、我々は国民への聞き込み調査ができない」


 クロムは夕陽の差し込む部屋の窓に向かい、凜とした表情で空を見上げる。


「対してお前のカフェであれば、客から情報を得ることができる」


 そう冷静に言いながら後ろを振り返り、今度はキッとした鋭い表情をカルファに向けて続けた。


「ただし勘違いするなよ? あくまで対処をするのは我々エルメス騎士団だ、有力な情報はすぐに私へ報せろ」


「報せる、ねぇ?」


「いいか! くれぐれも一人で、我々に内密で倒そうなどと抜け駆けは考えるんじゃ無いぞ!」


 最後に念を押すように、クロムはカルファに近付いて言った。


 動きや表情や、本当に忙しい騎士団長様だな。


 しかもカルファとのしがらみか、抜け駆けとか言っているし……。


 けれどカルファはフフッと不敵な笑みを浮かべて肯き、クロムの手を握った。


「当然、勝負事はいつだって必ずフェアにやらねえと! アンタの『韋駄剣』には期待してるからな!」


「私こそ、お前の『乱脚』の実力に賭けてやらんでもない」


 一々鼻につく言い方だが、これがカルファとクロムの友情か。


 なんか、思った以上あっさりと終わってしまったような気がしなくもないが……。


 とはいえ禁書を盗んだ人物とは一体……。


 そしてジェーンが俺に言った言葉の真相……まだまだ謎が深まるばっかりだ。

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