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私、多分聖女じゃないです 〜妹(ガチ聖女)に間違えられた女の教会潜入大作戦〜

作者: 梓兎


「なあなあ、この前、ついに聖女様が見つかったらしいな」


「ああ聞いた聞いた。生誕のお告げ以来ぜーーんぜん見つからんと思ってたが、まさかあんな辺境にいるなんてなぁ」


「ベツレームな。完全に盲点だったわぁ。見つければ百万ももらえるっつーのによう………惜しかったなぁ」


「ははは、バーカ。ベツレームはよその領地だろ、行ったらお貴族様に首を刎ねられっぞ。元々、夢に過ぎなかったんだよ」


「ちぇ、まあ、俺たちはここで細々農業やってますよっと…………ところで、聖女様、綺麗な人なのかなぁ」


「…お前、聖女様に対してそんな煩悩だらけな…………なんでも胸もデカくて性格もいいらしいぞ」


「うっほぉ、そんならうちの貧相女房と変わってくんねぇかな」


「おお、聖女様がうちに来てくれりゃ俺たちももっと労働に精が出るってもんだ」


「いやいやいや、アレに聖女は務まらないだろ。聖女様ってのはなぁ、美人で、清楚で、貞淑で、誠実で、何より強くなきゃいけないんだ。お前の女房が当てはまってるのなんか、強い、くらいじゃねぇか。あんなのじゃ良くても聖女様に払われる魔物とか—————」


「ほう。私がなんだって?」


「「「あ」」」







 ——————とある農夫たちの会話



 ◇




「聖女様ばんざーい!!!」


「ガリライアに救いあれー!!」


 天気は快晴、それから微風。季節は春で、雲雀たちの鳴き声が耳を駆け抜ける。そんな麗らかなある朝の日、その都市の中は、半ばお祭り状態になっていた。

 その狂乱の中心にいるのは、一人の少女。そして、鎧を着た男———おそらく護衛の騎士だろう———が駆け寄ると、彼女にそっと声をかける。


「聖女様、まもなくガリライアの教区教会での儀式が開始いたします。我々も十全の準備を敷いていますのでご心配は不要ですが、一応心のご用意の方はなさっておいてください」


 すると、話しかけられた少女はまるで貴人であるかのような、大人びた微笑みを浮かべた。


「ええ、わかりました。荷物は騎士団の皆さんが整えてくださりましたので、こちらも章句の暗記に時間をかけられますわ。ありがとうございます」


「いえ、それが務めですから」


 男はその返答から滲む彼女の高潔にして思いやりのある心に感動し、極めて恭しく礼をした。


 そして、ついにその時が来る。

 街の時計塔からは胸の底に響くような澄んだ音が鳴り響き、人々に儀式の開始を知らせた。それを聞いた街の人たちは、俄に盛り上がりを見せる。


「いやー、この街に聖女様が来てくれてよかった!」


「聖女様が来てくださったなら絶対安心よね、これであのうざったい魔物の被害が減るわ!!」


「聖女様〜〜頑張ってくださ〜〜〜い!!!」


 次々に叫ばれる人々の声援。

 彼らの期待、希望を背に受けて、聖女はにこやかな表情を浮かべながら、ゆっくりと教会の中へと歩いていく。その足取りは一欠片の緊張も感じさせないスムーズなもので、民衆たちはさらに彼女を頼もしく思った。


 歓声が鳴り止まない。

 人々の中には、騎士団の静止を振り切ってでも聖女へ近づこうとするものすらもいる。

 見目麗しく、気品に溢れ、その心にひとかけらの曇りもない、聖なる者。

 人々は、彼女をそうだと信じて疑わなかった。


 そして、そんな彼らに見送られ、ギィ、と教会の扉に手をかけた聖女は、そっと心の中で思う。




(私が来たからには大丈夫………なわけねぇだろ、このクソボケの節穴どもがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!)



 そして、()()()()()()最初の儀式が始まる。




 ◆




 思い出されるのは、若き日の記憶。

 あれはまだ私、ミリアム・アルクが農作業を始めたてで、妹のマリカもやっと物心がついてきた頃のことだった。


「お姉ちゃん。あのね、私腕になんか変なのがあるの」


「………変なの?」


 そう言ってマリカが見せてきた腕には、何やら青黒いシミのようなものが。形としては、星形というのが一番近いだろうか。

 もちろん両親は私たちに暴力など振るわないし、大人しいマリカがすっ転んで作ったという割には大きすぎる。とにかく、原因不明、気味の悪い「何か」が、そこには浮かび上がっていた。


「私だけこんなの、やだ! 気持ち悪いし、みんなにも馬鹿にされるもん………!!」


「わ、わ、泣かないでよぉ。……ちょっと待って。私がお母さんに聞いてみるから……」


 しかし、母親に聞いても何もわからない、と首を傾げるだけだった。お父さんは蒙古斑ってやつかも、と言っていたが、街の物知りさんによれば私たちにはできないはずのものだし、何よりこんな歳になるまで残っているものではないという。結局、私たちはその正体を掴むことができなかったのだ。


 それを知ったマリカは、さらに落ち込んだ。

 当然だ、よくわからない変な模様が消えることなく体にできたとなれば、私だって泣いてしまうかもしれない。まして、幼児の段階で「みんなと違う」というのはとてつもない不安を伴うものだ。実際に仲間はずれにされることだってある。

 彼女は意味のわからない理不尽な痣の所為で、笑うことができなくなっていた。




 ——————だから、私も同じになることにした。


 そう、私は彼女と全く同じ模様で、全く同じ位置に()()()()()()()のである。


 いや、今思うとなぜその発想になったのかわからない。普通に考えて怖すぎる。

 というか両親も賛同していたし何やってんの、とも思う。


 けれど、本当に当時のマリカの落ち込み具合と言ったら尋常ではなく、そこら辺の冷静な判断ができなくなるくらいには私たちは焦っていた。まあ、それに加えて田舎町特有のガバガバ倫理観もあったんだろうけど。


 とにかく、実際焼印自体は簡単にやってもらえたしマリカは私とお揃いになって機嫌も治ったし、すっごい痛い思いしたけどとりあえず私達の家庭の危機はこうして乗り越えられた。

 そうして、私たちのトンデモ思い出話の一ページとして、このことは家族の心に残ったのでした。めでたしめでたし。






 ……で、それから大体10年が経って。



「その、腕の痣……! ああ、やっと見つけられました───聖女様!!!」


「────は?」


 なんか、よくわからん男に絡まれた。


 え? 聖女? 誰が………って、私?

 いやいやいや、確かに私は魔法もそこそこ……いや村では一番上手いし、容姿もそんなに悪くは……まあスタイル含めたら結構国レベルだと思うけど………まさかそんな、聖女なんてたまじゃないですわよ???


「いいえ!! その腕の痣は間違いなく聖女様の証、ほらご覧ください、伝承と全く同じでしょう!?」


 興奮した様子の男が、私の前に何かの紙を広げる。

 すると、確かにそこには私の腕のそれと全く同じ模様が描かれていた。


「ッスーーーーー」


 そしてこの瞬間、私は全てを理解した。


(うちの妹、聖女だったんかい!!!!!)


 急に顔から血の気が引いてきた。

 やばい、なんか過去の私の意味のわからない行動のせいで教会がとんでもない勘違いをしそうになっている。なんてことない村娘に聖女など務まるわけがないのだ。こんなんで世界は救われませんでしたとか言われたら流石の私も寝覚めが悪い。ここは、今すぐにでも事情を申し出ないと………


「あの、すいません、私のこれは────」

「いやー、ついに本物に出会えた! 本当に、本当に良かった!! 聖女生誕のお告げ以来、巷では聖痕を持つと語る悪女ばかりでしてねぇ。ま、彼女らは皆伝承の書と照合すると必ず痣に差異が見つかるので選別を間違える、なんてことはあり得ませんが────()()()()()()()()()()()()()豪胆な奴らですよ!!」


「しっっっっっ」


 い、今、なんて………?? しざ……え、死罪? 嘘、そんなヤバいのこれ。

 いや、いやいや。落ち着け、落ち着くのよ私。まだ、まだわからないじゃない。まだ聖女と騙ったわけじゃないし、それにちょっと焼き印入れただけの少女なのよ私は。もしかしたらちゃんと話をすればなんてことないかもしれなじゃない。


 よ、よーし。とりあえず念のためもう一度質問してみましょ。


「あ、あのう……死罪って、聖女騙りはそんなに重い罪なんですか?」


「ん? ああ、心優しい聖女様には少し辛いお話でしたかな。ですが、聖女は100年に一度来たる大悪魔封印に必要ですからね。それを欲のため妨害するというのはもはや世界を滅ぼさんとしているのと同義。それは許されざることなのですよ」


「へ、へーー、それは恐ろしい。で、ではもしもですよ、もし聖女の大ファンの方が偶々、偶々その痣と寸分違わぬものを体に入れてしまったとしたら、その方はどうなってしまうのですか?」


「はい? あー、そんなことないとは思いますが…………まあ、そうですね。別に、なんてことないと思いますよ」


「あ、そうなんですか。よかっ」

「聖典に書いてある通り即死刑ですね!」

「あっあっあっあっ」


 終わった、私の人生。こんな、ギャグ小説みたいな理由で…………

 私が顔面蒼白になってる横で男はまだベラベラと何か言っているが、全く耳に入ってこない。


 ああつまり、私はどうしても聖女として名乗り出なきゃいけないと言うわけ?

 そんなの絶対無理だってわかりきっているのに???


「お、お父さんお母さん、助けて——————」


「マァスゴイワ、アナタガセイジョサマダッタナンテー」

「オトウサンモハナガタカイヨー、リッパニオツトメハタスンダゾー」


 おいこらなんだその棒読みは。完全に見捨てたわね、我が身可愛さに実の娘放り捨てやがったわね!?!?

 うっそでしょ、アンタらそれでも親なの?? 親って命かけてでも子供を守るんじゃないの???


 つーかさっきからうっさいわねこの男! なにが「聖痕はコピーそのものが教義違反ですからねー、まあ子供の頃に神父様に嫌というほど聞かされるからそんな偶然ないでしょうがー」よ!! あるが??? この村田舎すぎて地区教会ないし、そんな年一でしか来ないおっさんの話なんてちゃんと聞いてるわけないっての!!!!


(うう、そんな馬鹿な………私たちの信仰が薄いから天罰が当たったんだろうか……?こんなことなら、おじさんのことを「ハゲ坊主」って馬鹿にするのやめときゃよかった……………)


 しかし、いくら後悔したところですでに遅い。彼の手際の良さはまさに神がかり的であり、アレよアレよと言う間に私は聖女として祭り上げられ、見事教会領地へと出向することになったのだった。

 あの時その運命を悟ったような笑みを浮かべていた両親の顔を、私は決して忘れないだろう。主に絶対に許さないと言う憎しみ的な意味で。




 ◆




 ——————そして、今に至るというわけね⭐︎



 ……いや、ってわけね⭐︎、じゃないが。私このまま行ったら聖女の力がないのがバレて即処刑ルートなんだが。なんなんこれ。一体全体どうなってんのこれ。目の前に煌めいてる荘厳なステンドグラスに今すぐ膝ついて懺悔したい気分………


 でも、やったら死刑なのよねぇ。ハハハ、イカれてるわ。そこはさ、公明正大な教会らしく罪を認めた分恩赦、とかないの?

 ……ないかぁ。終わったわね、私の人生。


 目尻に溜まった涙がステンドグラスから漏れる光に輝く。

 ただでさえ美しいこの顔にさらにワンポイント煌めきを添えられてるんだから、間違いなく万人を虜にできる美少女が爆誕しているに違いないわね。うん、そうやって現実逃避してないとやってらんないわ。


 ……とと、あら?

 護衛のイケメン騎士がこっちに寄ってきてる? なんだろ、もう儀式は始まってるし、教会の中だからそんなに話すことなんてないと思うんだけど。

 ————-まさか、私の正体がバレたとかじゃないよね? あははまさかね、別にミスとかしてないし……いやでも本当にそうだった場合私の立場ってどうなるんでしょうかもしかしてここで即刻切られるとかじゃないわよね? え、え、本物は教会入ったら神々しいオーラ的なものが出るとかそういう引っかけだったりするのかしらそうなったら流石に私誤魔化し切れる自信がな


「聖女様、少々よろしいですか?」

「ひゃい! ななな、なんでしょう、何か問題でも??」


 やっばい噛んだ。ちょ、騎士様すごい顔で見てるし。気まずいんだけど。


「……あの、御緊張してらっしゃるところ申し訳ないのですが、実は言わねばならぬことがありまして」


 あ、流してくれた。よかった優しい騎士様で。いやまあ仕事だからってだけなんでしょうけど。

 あと、どうやら何かやらかしたわけでもなさそうね。よかった………それなら、ちゃんと話を聞いてあげないと。


「実は、我々騎士団はあくまでも護衛ですのでこれ以上先、聖域の中へは入ることを許可されていないのです。ですので、ここから先の儀式はお一人で行なっていただけますでしょうか?」


「……はい?」


 その言葉を聞いて、私は戸惑ってしまった。

 護衛、なんて大層なことを言うものだから、てっきりガチガチに身を固められると思っていたんだけど………


 そんな私の様子を読み取ったのか、彼はとても気まずそうに目を逸らし、その理由を話し出した。


「もちろん、我々としましては聖女様をお守りする使命を果たしたいところなのですが、枢機卿様方から機密保持のため関係者以外儀式は見るな、というお達しが出ておりまして………なにぶん聖別は教会の管轄。所詮雇われの若輩騎士団に過ぎない我々には反論などできるはずもなく」


「なるほど、そういうことですか」


 まあ、大まかに事情はわかった。


 今から私がやる儀式は、『聖別』と言われるもの。聖女が八大教会———ガリライア、ダマス、カイルー、アナトール、ヘラシア、ロムル、アールヤ、ポタミア———を訪れそこに封印されている悪魔を再封印するという、私たちの信仰するアイオン教が100年に一度行うビッグイベントだ。

 5000年前、世界中で暴虐の限りを尽くした八大悪魔を始まりの聖女バルベロが封印した、という御伽話は誰もが一度は聞いたことがあるだろうが、要はその封印の継承である。


 しかし、ここで問題が一つあるのだ。

 当然と言えば当然なのだが、世の中にはおっそろしい逆張り野郎というのがいるもので、なんと悪魔崇拝者(サタニスト)たちが封印解除の妨害をしてくることがある。100年に一度の大事な儀式、というのは、彼らにとっても変わらないらしい。

 で、その肝心の悪魔崇拝者は実は結構庶民に多いらしく………つまりは、民間の騎士団など信頼できない、というのが教会側の言い分なのだ。自分から護衛を頼んどいてなんとも失礼な話である。


「ごめんなさい、守ってもらう立場なのに我儘を」


 しかも守ってるのは偽物なのにね。

 私は頭を下げようとする。だが、騎士様は慌てて首を振った。


「いえいえ、構いません! 民兵に背信者が多いのは事実ですし、教会は武力を持てないのですから致し方なく傭兵(われわれ)に仕事を回しているという状況も存じております。悔しさを感じこそすれ、無礼などとは決して!!」


「そう言っていただけると助かりますわ。本当にありがとうございます………」


 それから互いに丁寧にお辞儀をして、この場は解散ということになった。

 それぞれの動きとしては、私は礼拝堂の奥、普段は懺悔室となっている部屋で一人封印の実行。騎士様はここに留まってその入り口を見張る、という形になるらしい。


 入り口の前でここからはアリ一匹通さない、と意気込んで笑う騎士様は、そのイケメンさも相まってとても頼れる男に見えた。

 ……自分で胸を叩いて咳き込んだのは、ちょっと可愛かったけど。



 ◇



 さて、騎士様には悪いけど。実は彼が着いてこなくて助かったことがある。


「さーてと、こっからは私の才能に祈るしかないわねぇ」


 そう、私はこの儀式を()()()()()()()()()


 おいおい、儀式は聖女様でないとできないんだろ、ですって?

 ふふん、そう思ってくれたなら上々。私の印象操作がうまくいった証ってわけね。


 そう、よく世間の人は聖女だけが再封印できる、という勘違いをしている。

 まあこれは私も教会の文書をよく読み込んで気づいたことだけど………「聖女の封印は魔法でも代用可能」なのよ!!(衝撃の事実)

 これでも地元じゃ魔法の天才と言われていたんだから、私なら封印だってできる!!…‥多分!


 ……い、いや、所詮田舎娘の素人知識で勝手に考えたことだけど、一応ちゃんと理屈的には合っているはずなのよ。

 聖女の封印式が魔法の成形に似通っていたり、章句の一部が魔法詠唱とかぶっていたり……それっぽい感じに仕立てればいけそうな感じが出てるのよね。


 まあ、多分そうした場合本来の封印より質の悪い封印になるんだろうけど、今まさに命の危機に瀕している私にとってはそんなこと後で考えればいいこと! とにかく今はこの場を乗り切ることが大切ってわけ!!!


「ま、流石に護衛の彼の前で魔法を使ったら何してるかバレちゃうから、いかに彼の目を盗むかが問題だったけど……肝心の彼もいなくなったわけで。ついに我が世の春が来たわね!!!」


 そうして、私は部屋の奥、壁に接して撃ち込まれている、膝の高さほどの杭に相対した。

 一見するとなんの変哲もない鉄の杭。何も知らなければそういう装飾だと思ってしまいそうなものだけど、よくよく見ればそこには夥しい数の文字が刻まれていることがわかる。


「………これに封印をかければいいのよね? なんだか思ってたよりも小さくて驚いちゃうけど」


 見た目があまりにも手抜きなものだから、一瞬実は今までの全部ドッキリ!? ………なーんて思ったり。あはは、わかってますわかってます現実逃避はやめますよ。


 私は杭の上に手を置いて、そのままじっと掌に魔力を籠める。

 じわり、と体内から温もりが溢れてきたのを感じる。何か、強烈な嵐のようなものが押さえつけられているかのような、そういう穏やかで、けれど荒々しい温かさ。

 私はそれを先程見ていた章句の詠唱と共に、杭へと流し込んで──────





 そして儀式開始から三十分後、全ての力を使い果たした状態で私はぶっ倒れていた。



 ◇



 どーも、みなさん。ミリアムです。とりあえずガリライアからは生きて帰れました。

 で、肝心の儀式の方なんですけど。


 えー、ではまず、結論から言います。儀式は成功しました。

 ……儀式「は」ね。




 ──────いや、死ぬわーーーー!!!!

 なんだあれ! 一度魔力を流した瞬間に全くブレーキ効かなくなったんだけど!?!? 三十分間強制的に生気を吸われ続けたんだけど!!!

 杭から手を離そうとしてもピクリともしないし! 何あれ、呪いの装備かなんか???? 多分寿命十年くらい持ってかれた………!!


 ってそういや悪魔封印してる特級呪物だったわ。なんだ、じゃあこうなるのも当然ね。安心安心。


 ……とはならないんだよなぁ。


 はい、まあ当然と言えば当然ですけど。やっぱり魔法で聖女の力を代用、とか土台無理な話でした。

 冷静に考えれば、抑もそんなことできるなら聖女なんていらないわけで、魔法だと何かしらの問題があるからこそ教会は聖女を待ち侘びているわけです。

 まあ、所詮私の知恵なんて浅学な田舎娘の浅はかな考えだったってわけね………


 因みに、そこまでして誤魔化した封印の方だけど、これも多分不完全なんてものじゃないくらい酷い出来だった。

 もちろん私は魔法の専門家じゃないからわからないけれど、聖女用の指南書に書かれていた文献と比較すれば、あれは持って半月くらいだろう。本来百年持つと言われているのに比べれば本当に微々たる再封印だ。


 一応、多少の猶予(具体的には二、三年)を持って封印の儀式は遂行されているらしいからすぐに封印が解ける心配はない。それに封印の部屋は教会の人間含め誰も入れないことになっているから、魔法を使った形跡も発見されることはないはず。だけどそれでも、封印失敗がバレるのは時間の問題なわけで。


 ……そう、私の死の運命は全く回避などされていなかった。

 というか、即死刑じゃなくなっただけであんな封印繰り返してたら先に精魂吸われ尽くして死ぬ。懺悔室の中で干涸びたミイラに成り果てるのだけは回避したいわね。


 そして、だからこそ、今私は「ある決定的な手段」を採る必要性を、ひしひしと認識していた。


「やっぱり、マリカをこっちに連れてこないといけないわよね………」


 そう、それは「本物」に頼ること。つまり餅は餅屋作戦である。


 まあ、カッコつけて言ったけど、結局は聖女様頼りってことね。封印は聖女様しかできない、なら聖女様にやらせる。ただそれだけ。

 ………元々教会も同じこと考えてたはずなんですけどね。なぜこんなにややこしくなっちゃったのかしら。オホホ、皆目見当もつきませんわ。


 

 ……と、とにかく。やるっきゃないのよ、妹探し。まあ合意は取ってないけど、お姉ちゃんの命のためなら多少の尊厳くらい捨ててもらいましょ。

 あの子は一年前に勝手に領外に出ていったから今どこにいるのか知らないけど、この大陸内には居るはず……聖女の持てる全ての特権と兵力と財力で以て、絶対に、絶対にひっ捕えてあげる!


 かくれんぼなんて妹とやるの何年ぶりかしら、お姉ちゃんもちょーっと張り切っちゃおうかしらね!!!



 ………なお、貴族に黙って領外に出るのは死罪ものだから、こっちもマリカを公に探すことはできません。探し出しても殺されちゃったらたまったもんじゃないからね。

 ……どうしてこうなった? はあ………



 ◇


 そして、長い時が流れた。

 具体的に言うと半年くらい。


 聖別は順調()に進み、一つ、また一つと封印はなされていく。だが、封印が増えるほどに私の体はどことなく窶れていって、今や自慢の腿はすっかり細く、胸板からは肋骨が見え隠れし出している。

 そんな中、私は毎日体重を測っては冷や汗を流しながらも、これは新種のダイエットなんだと自分に言い聞かせて封印を続けていた。

 いつか、愛する妹が私のメサイアになってくれる日が来ると信じて。



 ────そして、ついにその日がやってきたのだ。



 教会歴3100年9月13日。(要は今)

 教会総本山、グノシア。本来次に訪れる八大教会を決める枢機卿会議にて、しかし今日は全く別の議題を取り扱っていた。


「ええい、忌々しい……あの()()()()とか言うサタニストどもはなんなのだ!!!!」


 はい。隣国でやっと妹を見つけたと思ったら、なんか真聖女を名乗って教会と抗争してました。



 いや、なんでじゃーーーーーーー!!!!!


 私は誰にも聞こえない心の中で、ただ一人叫んでいた。


 報告を受けたのは今から10日前。

 どこかにいるもう一人の痣を持つ女を探せ、と命令して各地に放っておいた傭兵たちからの報告が返ってきたのだ。

 曰く、「隣国の農村にて発見。痣の焼き入れを疑われ処刑されかけていたところ、潜伏時代に恩を売っていた農民が反乱を起こしこれを回避。以降テロのための軍備を拡大している」とのこと。


 なんでも妹は領地を離れた後は罪の発覚を恐れて隣国へ逃亡していたらしく、逃げ込んだ国境沿いにある小さな村を拠点として慈善活動をしていたのだとか。畑の手伝いや教育推進、民の教化とその手広さは凄まじく、民衆はすぐにマリカの虜になったそうだ。

 さすが、私の妹…‥と言いたいところだが、ここで話は終わらない。


 マリカは、有名になりすぎた。さまざまな場所を駆け回っているうちに、遂にその痣を教会関係者に見つかってしまったのだ。

 当然隣国でも教会の権威は大きいので、処刑ルートまっしぐら。マリカは瞬く間にその名声を地に落とし、その生涯に幕を閉じた…‥はずだった。


 そう、民衆がそれを認めなかったのだ。今まで全力で人のために尽くしてきた彼女こそ、まさしく聖女と呼ぶにふさわしいと、誰もが信じていたが故に。

 

 そして、私たちに捕捉されたことをきっかけに遂に真聖女軍は蜂起を開始、今やすっかり一大ムーヴメントと化している、と言うわけだ。


 因みに、人探しの理由を明かさなかったのが祟って、私はこのテロの動きを事前に読み切っていた、と誤解されることとなりました。現在私の教会内支持率は急上昇中、もう今更私を偽物と思う人はいません!



 はあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜(クソデカため息)



 ……ねえなんで? なんで私の周りこんなんばっかなの? 何で皆んなして私に不都合なように動くわけ? 普通に妹が見つかって私たちがこっそり入れ替われば万事うまく治まったはずなのに! もう私叫び疲れたんだけど……つーかこのシナリオ作ってる神の頭ん中どうなってんのよ、物語は起承転結って基礎を知らないのかしら、今んとこ起転転って感じじゃないのよ。これでほんとに評価もらえると思ってるわけ???


 そうして私が心の中で怒髪天を突くような勢いで捲し立てている横で、何も知らない枢機卿たちは会議を進めていく。

 今、がたり、と私の背後で立ち上がったのは私の守りをする傭兵団の隊長……つまりこの前のイケメン騎士だ。


「テロリストたちの勢いは激しいですね………自分たちに正義があると信じている人間ほど厄介なものはない。既に各地に勢力は散らばってしまいましたので、このままでは聖別の儀式を安全に執り行うことは困難でしょう。────力不足で、申し訳ありません」


 その声色には悔しさが滲み、彼の実直さが表れていた。

 何度か儀式を共にしている間それなりに会話や交流があったけど、彼の忠誠は本物だ。ただの民間傭兵にしてはできすぎていると言ってもいい。というかなんでこんなにやる気満々なの、そこらの聖職者よりも信仰が篤いんじゃない?


 だがいくら性格がよかろうと何かが解決するわけでもない。会議の白熱っぷりはますますひどくなっていく。


「ただのサタニストではなくこちらの権威を削ぐ策ですか……ふん、卑怯な。これでは小さな傭兵団風情では対処できるわけもない。相手も考えましたな」


「民草には偽物の聖女を見抜く力はないからな。クソッ、しかし余計なものに扇動されよって愚民どもが……!!」


「民を見下すのはやめなさい! それよりこの事態をどうするかが大切でしょう! 財政的にも傭兵はこれ以上増やせないんですよ!!」


「ロムルを既に握られているのが痛いな……テロが広まる前に儀式を済ませる電撃作戦が使えない。和平ができればいいんだが……」


「無理ですな。教義上聖女騙りは死罪。自分らのトップをみすみす処刑台へ送るほど、百姓たちは馬鹿じゃない」


「今更死刑は無し、と言ったら、今まで殺してきたことへの示しがつかないですしねぇ」


 おおおお、なんかすんごいめんどくさい話になっている……何でこんなに話拗れてんの?

 てか何が愚民よ、あんたらの方こそ本物の聖女見抜けてないからね???


 ああもう言いたい、言ってあげたい。

「あ、多分ロムルの方はもう封印済んでると思います、あっちが本物なんで〜」

 と!!


 でもんなこと言ったら私が死ぬのよ!!!

 どうしようもないの!!!


 ……と、ここで私はある妙案を閃く。

 私が死なないために、私の目的を果たすために最適な方法……!!

 きたわね、私の時代!


「あのー、私がお相手の聖女様と対談すると言うのは」


「「「「「却下」」」」」


 あっはい。


 私は立てた右腕を力無く引っ込めた。

 多分今の私の顔(ーー;)←こんなだと思う。


「聖女様、相手はテロリスト、しかも背信者なのです。いくら貴方様のお人柄でも、説得は厳しいかと………」


 あっ、なんか騎士様がもっと誤解してる。

 ち、ちがうの。対談中に入れ替わって逃げられないかなって思っただけなの。そんな大層なことを意図してたわけじゃないのよ………




 ────それにしても、これほんとどうなるのかしら? もう私一人の努力どうこうで収まる事態じゃなさそうなんだけど。

 流石に戦争とかなったら申し訳ないから私も全力で止めさせてもらうけど、いつまでも聖別をやらないってのも無理な話だから時間の問題になっちゃうし。


 来年の話をしたら悪魔が笑うっていうけど、流石にこのまま流されたままじゃいけないんじゃないかなぁ。



 私はそう思うのだが、所詮聖女といえど教会内の権力は高いわけではない。

 結局のところ、何かしら抵抗なんて無理な話で、私はそのまま流され流され、自身の行く末に不安を抱いたまま日々を教会の中で過ごすのだった。









 ◇










 で、数ヶ月が過ぎて。








「おのれ、悪鬼め! まさか貴様こそがサタニストの刺客だったとはな!! 真なる聖女様の姉妹でありながらその欲深さ、なんと醜悪な………ここで祓ってくれる!!」


「姉様……いったい、何故……………!!」



 いやこうなるんかーい。



 ドーモ、ミナ=サン。私です、ミリアムです。

 えー、現在地は教会領の中心、聖地と呼ばれる場所。つまり私の拠点です。………いや、拠点「だった」と言ったほうがいいのかな。

 私は今、枢機卿のトップである偉そうなおっさん一人と、あと可愛い可愛い妹に追い詰められています。



 ……ええ。あの会議の日から随分と時間が経ったわ。その間にもいろいろあって、情勢ってものもだいぶ変化した。

 そう、あれは確か益々勢いづいた真聖女軍がついに戦争を宣言した時のこと───



 あ、いや、やっぱやめる。

 長々と話したところで何かが変わるわけでもなし。回想はちゃっちゃと終わらせよっと。



 まあ、いろいろあって妹たちと教会の全面戦争が勃発しかけたんだけど、マリカが戦場で聞くも涙語るも涙の大立ち回りをみせつけて────




 教 会 が 嘘 に 気 づ き ま し た





 おせえよ。馬鹿か?(精一杯の抵抗)


 で、結局私は当初の予測通り、まさに背信者として処刑されかかっているわけです。

 あーもうめちゃくちゃだわ。ははは、聖別とかもう皆んな完全に忘れちゃってるわねこれ。


「ハーハッハー! やっと気づいたのねお間抜けさんたち。楽しかったわよ、散々もてなしてくれてア、リ、ガ、ト!」


 なおこれが今の私。

 当然今更謝っても許されるわけもなし。だから開き直って悪女になってみました。今や自他共に認めるサタニスト(偽証)です。


 なんで?(素朴な疑問)


 ……いや、お待ちを。ふざけるなと思う方がいらっしゃるだろうことは重々承知しております。

 でも、一応策はあるんです。ほら、それが彼。


「………申し訳ない、枢機卿どの。まさかあなた方と剣を交えることになろうとはな」


「……ふん、所詮は傭兵。お前を信頼したこちらがバカだったわ」


 はい、いつものイケメン騎士〜。


 なんと、彼がこっち側についてます。

 どうも彼は私の惚れているらしかった(!?)ので、全部事情を話して仲間になってもらいました。(簡単に話してるけど、こっちにも妹と同じくらいの超感動巨編があった。傭兵としての葛藤、騎士への劣等感、人生の艱難辛苦、それを包む真実の愛……てきなやつ)

 いやー、私の嘘がバレた直後に彼が告白してきた時は、流石の私もビビったわー。まさかあの異様なやる気が私に一目惚れしてたから、とは思わないじゃんね。しかも世界を敵に回してもいいレベルに好きとか、想像もしてなかったし。よっ、あんた最高にいい男だよ!


 ……と、まあまだまだ語りたいとこだけどここらで話は切るとして。

 とりあえず、これで一応の戦力は確保できた………はず。


 というわけで、ここからの作戦は超単純!



 なんか乱戦になったら逃げられるかなー



 以上!!!!!



 え? そんなガバガバ作戦でうまくいくわけないって???

 うるさいわね、できるできないじゃなくやらなきゃ死ぬの!!! 作戦練る時間とかあるわけないでしょ、私が偽物だってバレた瞬間からここまで超特急で来ちゃったんだから!!!


 ……ええ、わかってるわ。


 ここで私が逃げたら伝説のサタニストとして、指名手配になるのかもしれない。

 市民のみんなはこれから不安で夜も眠れないのかもしれない。

 教会の大スキャンダルとして、世界を揺るがすのかもしれない。


 でも、もう今更民への迷惑とか知ったこっちゃないわ。

 人類敵に回してでも私は生きる、それがここまできた女の意地ってものよ!!!


 だって、どうせ嘘から始まった喜劇なら、最後まで嘘たっぷりにデコレーションしてあげるのが道理だものね!!!








 ────それぞれの意志(思惑ではない)が交錯し、というかちょっと倒錯し、もうなんだかんだとメチャクチャになってしまった今回の聖別。

 かくして七転八倒ありながら、一人の少女の物語はついにクライマックスを迎える。


 相変わらず起転転転で収まりつかないストーリーだが、とにかく、誤解から始まった姉妹の運命を決めるこの決戦。その火蓋が、ついに切られようとしていた。



「実の姉であろうとも……悪に堕ちたなら、祓わせてもらうわ!!」


「我らを欺いたこと、後悔させてくれる!!」


「忠義の剣………参る!!!」


「すべては私の目的のために……!」


 彼らの体に力が漲る。

 彼女らの腕に光が満ちる。


 互いが互いの正義を信じ、存在もしない悪と戦う滑稽譚。

 この戦いの結末は、果たして歴史にどう遺るのか。それはやっぱり、彼女のこれからの頑張り次第。


 だからこそ、命をかけて、彼女、ミリアム=アルクは叫ぶのだ。



「乙女の生き様、見とけやコラーーー!!!!」



 そして、最後の作戦が始まる。





 ここから先のミリアムの勇姿は、皆様どうぞご自由に想像なさってください。もしこの話が面白いと思ったら、高評価(下の星ボタン)を押してやってくださいね。


 この物語が、どうか皆様の人生に輝くものになりますように。


 

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