06 赤で黒
「待っていました」
ギルドに着くと、玄関でさっきの初老の鑑定士が待っていた。隣には、上半身裸で筋肉としか言い表しようがないムキムキの男もいる。
「短期間で何度も呼んですまんな! さっき会ったらしいがこいつが鑑定士のフォルス! 口数少ないけどいいやつだ! そして俺がここのギルド長、リヴァイ! 一応元ミスリルランクだ!」
「うぎゃ!?」
がっはっはと豪快に笑ってロアと解の背中を叩くリヴァイ。ロアは大丈夫だったが、解の背中からごきっという嫌な音が鳴った。
「それで今回はどういう?」
ロアが話を促す。
「それは中で話します。機密事項ですので」
「ああ」
今回は最上階、つまり四階の奥の部屋に連れてこられた。扉の隣には、金の装飾が施された期の板に『ギルドマスター室』と書かれている。
部屋の奥には偉い人、つまりリヴァイが座るのであろう大きな机があり、その前に向かい合ったソファとそれに挟まれた低い机がある。机は彫刻されているが、ロアはセンスがないのでいいのかわからない。この部屋に置くということはセンスがいいのだろうが。
「一番良さそうな部屋まで来て、緊急の案件って言うのは……やっぱり赤いワイバーンの事か?」
「そうだ! 察しがいいな!」
察しがいいも何も、ロアが呼ばれるようなことと言えばロックの件とそれくらいしかないのだが。
「俺は頭が悪いからフォルスに任せる! というか俺もまだ聞いてないからな! 頼んだ!」
「ええ。ではこちらから説明します。……あのワイバーンは新種の変異種で間違いありません」
フォルスは机に置いてあった瓶を手に取った。
「この爪と皮膚を検査して分かった性質を説明します。まず」
一点目、魔法に対してかなりの抵抗がある。これは魔法で攻撃された時に発動するだけでなく、魔法による結界などもやすやすと破壊できるという能力までついているらしい。魔法が得意な解がちょっと嫌そうに顔をしかめている。
二点目、知性が高い。ただしこれは変異種ではないワイバーンと比較した場合であり、今でも頭はそれほど良くない。
「とはいえ安心はできません。知能の高い種族が現れると、その中でひときわ賢い個体が現れて群れを率いることがあります」
ロアはふと疑問に思ったことを口にした。
「……なあ、そもそも変異種ワイバーンっていっぱいいるのか?」
「いい質問ですね」フォルスが頷く。「生物は基本的に種の存続を本能として持ちます。ワイバーンだけでなくゴブリンなども、変異種が生まれた場合隠れて個体数を増やしてから出現する、というのが一連の流れとして観測されることが多い。今回も例外ではないでしょう」
うへえ、とロアが嫌そうな表情になった。戦いでハイな気分になっていたとはいえ、思い返してみるとちょっと恐怖が湧いてくる。あれとまた戦うのはできればごめんだ。
「話を戻します。三つ目、これが重要ですね。……ワイバーンからは『黒い魔力』が見つかりました」
「おい! それは本当か!」
いきなりつかみかかりそうな勢いでフォルスに詰め寄るリヴァイ。
ロアと解は先ほどこの世界に来たばかりなのでよくわからない。
「ギルド長、落ち着いてください」
「す、すまない」
リヴァイが元の場所に戻って一度深呼吸する。フォルスは愚痴だろうか、何かをつぶやいたが、ロアの耳には届かなかった。
「ふたりは『黒い魔力』が何か知らないようですね」
二人ともそろって頷いたのを見て、フォルスは話を続けた。
「『黒い魔力』は魔王とその側近から与えられた魔力です」
勇者がいるということでロアは想像はついていたが、やはり魔王もいるようだ。もしかして魔王軍がこちらへ攻め込んだりしないだろうか。
「『黒い魔力』を付与された魔物はさらなる力を得ます。この変異種もそれで変異したと考えられます。ですが……」
少し口ごもるフォルス。
「まだ魔王の出現は観測されていないんです」
「じゃあ、どういうことなの? 観測されてないだけで、もういるとか?」
「いえ」フォルスが首を横に振った。「魔王が出現すると、必ず赤い星が夜空に輝きます。これは初代の勇者が自らの命を代償にして、人類を守るために生み出した世界規模の魔法なのです。まだそれが見つかっていないので、新しい魔王がいるというのは考えにくい」
フォルスが「報告は以上です」といって締めくくった。
「……で、なんで俺たちだけに?」
「さっきお前が一緒にいた四人パーティー……名前は忘れた! そいつらがお前たちを推薦するから、変異種の討伐に行ってもらおうと考えているのだ! もちろん他の冒険者もたくさん行かせるから安心しろ!」
「いや、ちょっと――」
「これは命令だからな! 断ったらギルドを除名処分だ!」
なんてひどいやつだ、ロアは心の底からそう思った。
「ずいぶん大変なことに巻き込まれたわねー」
レンガのホテルの自室に戻ると、これまで隠れていたらしいマーシュがフェードインして現れた。
「契約したからにはしっかり役に立ってもらうからな」
「もちろんよ! こんなに気前のいい人のためならいくらでも尽くすわ」
ロアの気前は最悪だが、騙されているマーシュは未来のことを考えて幸せそうにしている。ロアの良心が痛まないわけではないものの、本人が幸せならいいのだと無理矢理自分に信じ込ませた。解はきちんと話を聞いていたらしく、何とも言えない顔をしている。
「マーシュってワイバーンぐらい倒せるだろ? 俺も一応行くけど、俺の代わりに殲滅してくれねーかな」
「もちろん! 骨まで消し去ってあげるわ」
「一応体は残してほしいんだけど。かなり高値で売れるんだぜ」
「…………ちょ、ちょっと散歩してきていいかしら」
ロアが呼び止める間もなく、マーシュは口笛を吹きながらさーっと窓から外に出てしまった。
「……手加減が苦手なんだね、あの人」
「みたいだな……」
ぜひとも十割の寿命のために手加減の練習をしてほしいものである。
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