05 真実十割の詐欺師
ワイバーンを解体して素材ごとに分ける処理はギルドがやってくれるそうなので――手間賃として一割取られたが――約束通り売却した金の二割をもらった。これがあれば一週間くらいは少し派手な生活ができそうだ。する予定はないが。
「さあホテルへ行こう! レンガ造りへゴー!」
「やっぱあそこに泊まるんだな」
一度往復してはいるが対して記憶にない道をまた行く。公園の前を通りかかると相変わらず人が多い。
「この世界には解みてーな猫耳もいるんかな?」
「どうだろ……ギルドで明日聞いてみよう」
勇者というファンタジーもののド定番的存在が確認されているので、それに匹敵するくらいメジャーだとロアが思っている獣人とやらもいておかしくない。
「そういえばポーションって作れるのか? あの化け物回復ポーション」
「化け物じゃないよ! ……一応道具は持ち歩いてるから、瓶があれば作れるね。瓶じゃなくて良ければ魔力がなくなるまでだよ、すごいでしょ! 品質も一定! うーん、売れば儲かりそう!」
「それ言おうとしてたんだよ、売ったら金になるだろ。ギルドに睨まれちゃ困るからギルドに卸す形がいいと思うけど、どうだ?」
「ぐふふ」途端に悪役っぽい笑いになる解。「ロアくんもなかなか賢いね。認めてあげよう!」
ロアは何だその上から目線、と反論したが解はかばんの中をごそごそあさってスルーした。あるいは集中して聞こえていないのかもしれない。
少しするとかばんから同じ色のポーションを四つ取り出し、ジャグリングするように持ち替えながらにらめっこを始めた。こいつはすぐサーカス団に入れると、ロアはそう確信した。
「一泊いくらだ?」
レンガ造りのホテルは、中も外見に劣らず綺麗な見た目をしていた。一階はロビーになっているようで、火のついていない暖炉の前のテーブルに数名の男たちが座って何かを話している。
カウンターで椅子に座って寝ている、短い黄緑色の髪の日本だと高校生くらいの若い女が目を閉じたまま答えた。
「銀貨三枚だよ」
どうやら寝ていなかったらしい。
意外と高い。ふたつ部屋を用意してもらうなら、宿泊費だけで今の手持ちは三日で使い切ってしまう。
解がカウンターからずいっと身を乗り出し、女の顔を覗き込んだ。
「寝てないの?」
「寝てないよ」
「ふうん。じゃあこれがお金ね」
女に何か思うことがあるのか、カウンターに三枚の銀貨を音を立てて置き、残りの三枚を音を立てずに置いた。
「あー……」女は目を閉じたまま少し申し訳なさそうな顔を作った。「二部屋開いてないんだよね。ごめんね」
「……見えてないよね?」
不思議そうに首をかしげる解。女は少し口角を上げた。
「やっぱり試してたんだ。いいよ、教えてあげる。実はボクね――」
女が目を開けると、黄緑の両目の瞳孔に赤いバツ印が入っていた。それを指さして言う。
「遺伝性の呪いで目が見えないんだよ。数世代前からはその血が薄れてみんな目が見えてたらしいけど……ボクは運が悪かったんだろうね? まったくもって困っているよ」
そう口では言いつつも、全くそんな雰囲気を見せない女。
「……それで? 二部屋開いてないってことは……」
「同室だね。君達」
「「……」」
二人とも困り顔になったが、仕方がないので銀貨三枚だけを払った。
「高校生男子が女の子との相部屋を嫌がるってどういうことなんだろ? ふつう思春期真っただ中で舞い上がるんじゃないの? ロアくんって思春期まだなの?」
部屋に着くなり、解は開口一番にそういった。
「バカ言うな。お前との相部屋で喜ぶやつはロリコンってことだぜ?」
身長は少し低め、完璧な童顔、胸はほとんどない。ロアの恋愛対象からは大幅に外れている。
むっとした解は言い返そうとしたが、自分が幼く見えるのはよくよく知っていたのでちょうどよさそうな言葉が見当たらなかった。
「それよりも。さっきの受付のやつ、なんか妙じゃなかったか?」
「ほー、ロアくん、妙だと思えるくらいには魔法の素質があるってわけだ! 意外だけど褒めてあげよう!」
「……魔法の素質? 魔法がどう関係するんだ? あいつはどうやって音のないコインを判別したかって話で――」
露骨にがっかり顔になる解。どうやら解は別の件を妙だと思ったらしい。
「あのね。それぐらい魔法で分かるよ……私が妙に感じたことは、それじゃなくて……なんていうか、あの人は魔力もそれほどじゃないのに魔力がすごい感じられるっていうか……うーん?」
「何言ってんだ」
要領を得ない説明に首をかしげるロア。解はうんうんうなった後、ようやく良いたとえ話を思いついて手を叩いた。
「悪魔を召喚して悪魔と契約した人があんな感じなんだよね! わかる?」
「分からん、ていうか悪魔とかいるんだな。ちょっと契約したくなってきた。地球に帰してもらおえるのか? ていうか解の魔法で帰れないのか?」
「帰れたらもう私たち自宅で寝てるよ……この世界と地球はものすごく離れてるみたいで、単純に私の魔力の量が足りない! 力不足を痛感しました!」
そうかとちょっと呟きながら、ロアは大きな声で叫んだ。
「おい、コスパがよくてめっちゃ強い悪魔出て来てくれ。契約しようぜ」
「あ、ちょ!?」
解が慌てて止める間もなく――
ヴォンと床のカーペットに黒い複雑な魔法陣が浮かび上がり、何かが飛び出してきた。
「ちょっと!? 死んじゃうよロアくん! てかもう死んだ! 終わった!」
頭を抱えて地面でのたうち回っている解を横目に、呼び出された悪魔らしきものを見る。
人間の女性に見える。ほとんど黒のような紫の髪と目で、左目には黒い眼帯がしてある。右頬には傷跡があった。頭の上には天使のような輪が浮いているが、真っ黒で、単純な輪ではなく悪魔が召喚された時の魔法陣のように見えた。
一見優しいお姉さんみたいな感じだが、登場と共に空気が凍り始めたかのような感触にとらわれる。
服装は漆黒のドレスを身にまとっているが、それほど大きくもなくわりかし動きやすそうである。靴は履いていない。ふよふよと五センチほど浮いているので靴を履く必要がないのだろうか。
「お前が悪魔か? ちゃんとコスパ最強でしかもめっちゃ強いんだろうな」
「……ずいぶんと生意気な口きくのねえ?」
「そんなに俺に敬ってほしいのか」
「……いや、悪魔は人間よりも強いんだから普通敬意を払って接してくるはずよね。そんなに殺されたいのかしら? 死が望みなら与えてあげるわよ」
ちょっと困惑気味だが、しっかりと悪魔っぽいことをしようとしている。ロアとしてもそう簡単に殺されたら迷惑なので、攻撃を仕掛けてきたらしっかり応戦するつもりではいる。
「もう一回聞くぜ。ちゃんとコスパ最強でしかもめっちゃ強いんだろうな?」
「そうよ! 私は地獄の侯爵、マーシュ・パライソだわ」
マーシュが少し自慢げに胸を張る。仕草が若干解に似ているような気もする。
「ならひとまず安心だ。契約の内容は、俺の言うことをなんでも聞いてくれ」
わずかな間があってからマーシュが顔を少し赤らめる。日本社会を生きる中で培った読心術もどきで察してしまったロアは、わざと大きくため息をついた。
「そういうことは頼まない。確かに解に比べたらマシだけどな、全然タイプじゃないぜ」
「な、何よそのいい方! 殺すわよ!?」
「まあ落ち着け。契約の対価としてまず……うーん、お前何が欲しいんだ?」
「人間の寿命ね」
即答である。悪魔らしいと言えば悪魔らしいが、理由がよく分からないロアに解がごろごろしながら補足する。今は恐怖心ではなくどうやらカーペットの感触が気に入ったらしい。
「地獄ではどれだけ人間から寿命を奪ったかがスコアみたいな感じなんだよね! 力づくで奪ってもいいけど、契約でもらった寿命の方がポイントが高いの」
「あら、意外と勉強してるじゃない。おりこうさんね」
「えへー。そうでしょ!」
解はほめられてうれしそうだ。
つまり寿命を渡さなければならないらしいが……どうしようか。率直に言えば長生きしたい。
「俺はお前がどれぐらい仕事できるのか知らねーから出来高制にしていいか?」
「できだか?」
おうむ返しにしてくるマーシュ。出来高制も知らないとは、こいつバカなんじゃないかとロアは思った。それならその方がやりやすい気もする。
「そうだ。しっかり働いて優秀さを見せてくれれば、その分寿命をやる。死ぬ前にどのくらい活躍してくれたか思い返してみて、その分だけ寿命を持ってっていい」
「そんなこと言ったら『何もしてない』とか言い張れるじゃない。馬鹿にしてるの?」
ロアは心の中でガッツポーズした。
「そこは正当な評価をすることを約束する。少しでも良いなと思ったら八割、いや九割やる。どうだ」
「は……八割! そんなに!」
「それじゃ契約成立でいいか? 契約はどうやって結ぶんだ?」
マーシュは魔法で別の空間から針のようなものを取り出した。
「これをあなたが自分の指に刺して、血を一滴採るの。それに私の魔力を流し込めば契約成立よ」
痛いのは嫌だなあと思ったが、せっかく相手が乗り気になってくれたのでやらないという選択肢はない。大きく深呼吸してから人差し指に針を刺した。
針はどうやら窓のようなものがあるらしく、すぐに針の中がロアの血で満たされたことが分かった。それを渡し、マーシュが何かした。
「これで契約は成立よ。思ったより話の分かる子みたいで良かったわ」
「一応聞いておくが、契約を破棄することはできるのか?」
「両者が納得すればできるわよ。でも――私が認めないからね」
それを聞いて安心した。
「ああ。俺も認めないでおく」
契約内容は『死ぬ前にどのくらい活躍してくれたか思い返してみて、その分だけ寿命を持ってっていい』というものだ。つまり――死ぬ直前なら、一割だろうが十割だろうがたいして失う寿命は変わらないのである。そのことは内緒にしておくが。
「じゃあ、俺たちを元居た世界に――ん?」
部屋の外からどたどたという足音が聞こえてきた。
この部屋のドアが勢い良くノックされる。
「なんだ、騒がしいな。あれ、ギルドの受付か」
息を切らして立っていたのは、冒険者ギルドで受付をしていた受付嬢である。ぜーぜーと肩で息をしており、営業スマイルを浮かべる余裕もないらしい。
「じ……事情は後で説明します! ロア様と解様、すぐに冒険者ギルドに来てください! 緊急の、案件なんです……! はー、はーっ……」
ロアはほつれと顔を見合わせると、お互いに頷いてギルドの方へ駆けだした。
そしてそこに残されたのは、置いてけぼりにされた受付嬢とマーシュだ。
「……あれ? ちょ、ちょっと待ってください……私運動苦手なんですぅ……!」
魔法によって受付嬢の目には見えないマーシュも、受付嬢の肩をぽんぽんと叩いてからロアたちの場所にテレポートした。
書いてて不安になってきました。マーシュさん、主人公の契約悪魔として、こんなにチョロくて大丈夫なのだろうか。チョコレートあげるとか言われてホイホイついていきそうな気がします。