04 うざい半分、哀れ半分
「……あ、あいつは俺達の――」
また剣士がロアに食って掛かろうとしたが、言葉は甲高い音で遮られた。僧侶が思いっきりビンタしたのである。
「テ、テミィ……」
テミィと呼ばれた僧侶は何の反応も返さず少し離れた場所へ行き、座り込んだ。
「……誰かは知らないけど、助太刀……すごく助かったわ。あなたが来てくれなければ私たちは死んでいた」いかにもそれっぽいローブを着た魔法使いがぺこりとお辞儀する。「ありがとう」
「人として当然のことをしただけだぜ」
ロアが腕を組み、格好つける。
剣士はまた何か言おうと口をもごもごさせていたが、五秒してからようやく口を開いた。
「お前も、どうせワイバーンの素材目当てできたんだろ。足元見てふんだく――ぐはっ」
今度は魔法使いにわき腹を蹴られてのたうち回る剣士。ロアは彼が何かと不憫に思えてきた。性格を思えば仕方のないことかもしれないが。
「ああ、もちろんもらうぜ。そうだな、二割くれ」
「に……二割!?」
魔法使いが驚いた声を出す。あれ、多かったか、と思ったがそうではないらしい。
「二割だけでいいなら喜んであげるわよ! 本当にそれだけでいいの?」
「え、くれるなら五割でも十割でも百割でももらうぜ?」
「二割でいいなんて本当にやさしいわね! 強くてイケメンで優しいなんて惚れちゃいそう」
強くて優しいのは否定しないが、はたして自分はイケメンなのだろうか。異世界に来たときに何かしらの力で顔が作り替えられているだけではないのだろうか。確かロアの顔は一般的な日本人高校生であって、けして不細工ではないがイケメンとは言い難かったはずだが。
どう返そうか困っていると、解の「おーい」というかわいい声が聞こえてきた。
「治したよ!」
「……治ったぞ」
低い声のがたいのいい盾持ちは、鎧はもちろん砕けてしまっているが腹の傷は見事に治っている。さっきまで虫の息という表現がぴったりなくらいだったが、解のポーションの効き目がよく分かった。確かに高品質である。
それを見てまた魔法使いが驚く。
「え……大丈夫なの!? あなたが?」
「そうだよ! 感謝してね! お金くれてもいいけど感謝はしてね絶対!」
「ありがとう! 一生忘れないわ!」
ここで、盾持ちがぽつりと言葉をこぼす。
「……あれはワイバーンじゃない」
俺以外にも気づいている人がいたかとロアは頷いた。
「なんでだ? あいつは――」
「色。ただの赤」
剣士が疑問を言い終わる前に答えを返す盾持ち。剣士と魔法使いも、ああ、と納得したような声を上げた。
「……じゃあ、変異種なのか? それなら早くギルドに報告しないとまずいぞ!」
「思ってた通りか。なあ、雰囲気からして死体丸ごと運んだ方がいいだろ?」
ロアの言葉に魔法使いは頷くが、すぐに「でも重いし、空間魔法なんて使えるのは上級の魔導士ぐらいよ」と言葉を返す。
なんだか解ならやってのけそうな気がしたのでちらっと見ると、親指を立ててくれた。
「こいつが運べる」
「え!? ちっちゃいのにすごい……!」
きっと魔法でぱっと別の空間に移し替えるのだろう。そう思っていたら、解はまさかの行動に出た。
なんとワイバーンの死体を丸ごとかばんに突っ込んだのである。
「はっ?」
間抜けな声を出す剣士。
自慢げに胸を張る解に、盾持ちが表情を変えないまま質問した。
「……魔道具か」
「いぇすいぇす!」
聞く話によれば、これほどの容量を持つ魔道具は王族か勇者一行ぐらいしか持てないらしい。勇者ってこの世界にもいるんだな、と少しずれたところに感心したロアであった。
「ねえ!」
ギルドに着くなり、魔法使いが並んでいる列を無視してカウンターに直行した。
ちょうど話し中だった男から何か言われているが、大きな声で「あんたは黙ってなさい!」と言われると黙りこくってしまった。一種の威圧感を感じる。
「鑑定士に用があるの。ワイバーンの変異種かもしれないわ」
「っ! はい! すぐに連れてまいります!」
受付嬢は目を見開いたままカウンターの奥へ行き、目を見開いたまま戻ってきた。モノクルをつけた白髪の初老の男――鑑定士だろう――が一緒に来ている。
「連れの皆さんも、こちらへどうぞ」
鑑定士が階段をのぼって上の階へ行く。ロアたちもてくてくとそれについて、大きな部屋へ入った。
「……ここは……なんというか、広いな」
「そうでしょうね。職員でもなければここに来ることはまずないでしょうから、驚くのも無理はない」
石造りの頑丈そうな部屋の中には、これまた石造りらしい大きなテーブルがあり、そのまわりの棚に様々な液体の入った大きな瓶や大小さまざまなナイフなどが入っている。鑑定の専用室のようだ。
「それでは件の変異種を見せて頂きます」
年を取って肝が据わっているのか、解が鞄から真っ赤なワイバーンを引きずり出しても何の反応も見せない鑑定士。
机にドカッと乗せられたワイバーンの肌をじっと見ると、ひとつ頷いてから口を開いた。
「この赤い肌は変異種に間違いありません、これまでも二、三匹いましたからね。新種かどうかは解剖して詳しい検査をしなくては分かりません」
「おい! そいつは俺たちが――」
「あんたは黙ってなさい」
またべしっと叩かれてうずくまる剣士。
「まあ、これを報告すれば近々調査隊が組まれて調査に行くことになるでしょう。検査のために爪と皮膚を少し削らせてもよろしいでしょうか」
「そ――」
「少しなら大丈夫よ」
もはや発言さえも許してもらえない剣士は目に涙を浮かべている。ロアにとっての剣士の第一印象は自己主張うざったい野郎だったが、さすがにちょっとかわいそうに思えてきた。もしかしたら周りの環境でこうなったのかもしれない。
「なあ、爪と肌で何かわかんのか?」
ふと疑問に思ったロアが尋ねる。
「ええ。とある魔道具を用いれば、一グラムだけでその生物のおよそ八割方の特殊能力を検出できます」
「へー、すげーな」
「私もそう思いますよ。ただこれは二百年も前の天才が作ったものでしてね。資料も残っておらず、作り方はおろか仕組みさえも、そもそもこれが本当に魔道具なのかもわかっていないのです」
なんかロマンがある。
ワイバーンの爪を銀色のナイフで削る鑑定士の話を聞いて、やっぱりここが異世界だと思わされた。