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03 お困りか? じゃあな。

「これにしよう!」

 ざっと百は越えていそうな以来の紙の中から解が一枚を見つけて指さした。ワイバーンの素材採取依頼である。

「あのな、説明聞いてたか?」ロアが呆れた。「いくら能力がゴールド並みでも俺たちウッドランクなんだからな。推奨ランクシルバーの依頼は受けられねーの」

 基本的に、依頼は推奨ランクのひとつ下のランクから受けられる。つまりワイバーンの依頼はブロンズにならなければ受けられないのである。

「ええー……ケチな仕様だなあ」

「そりゃギルド側も簡単に死なれたら困るだろ」

 ぶーぶーと不満をこぼしながらもルールに逆らうわけにはいかないので、依頼表を掲示板に戻した。

 勧誘したロックがいきなり剣を抜いて脅迫されたと喚いたさっきの一件でか、それともロック以外は常識人が多かったのか、もう勧誘してくる人はいない。

「これとか」

 ウッドランクでも受けられる依頼は大半が薬草採取だ。あとはちらほらゴブリンやコボルト退治くらいか。

 解はわくわくできるような、いかにもファンタジー感あふれることをしたいらしいが、実力があればランクくらい上がるだろう。ぼろいホテルの一泊が銀貨一枚だったのを見ると、三回こなしてやっと銀貨というウッドランクの依頼は割に合わない。

「むう……」

「ま、依頼じゃなくて趣味でワイバーンを倒す分ならいいだろ。たぶん」

「! そうじゃん! ロアくん天才だあ!」

「だからまずは依頼をこなして最低限の収入はもらおうな」

「うん!」

 とたんに上機嫌になった解は早くワイバーンと戦いたいようで、ゴブリン退治の依頼票を五つまとめて掴むとカウンターに持って行った。


「暗いなあ。テンション下がるー」

 依頼で指定された場所はだいぶ遠い森だった。対して、来るのにかかった時間はいきなり解が「つかまれ!」と言ってテレポートしてきたので一瞬である。

 さっき森の入口近くにテレポートしたら人がいっぱいいたので、ちょっと森の奥にした。人が多いということは、つまりもう既に獲物が駆られている可能性が高いのだ。解は多少の危険は無視して早くワイバーンをしとめる方針のようだ。

「えーっと」受付嬢から聞いた話を思い出す。「ゴブリンってたくさんいるらしいな。歩いてりゃ会えるらしいから、二手に分かれて――」

「!?」

 ビクッとはねたかと思うと、急に涙目になって首を振る解。

「……おばけが怖いのか」

 今度は首を縦に振る。頭が外れやしないだろうかと不安になるぐらい振っている。

「仕方ねーな。まったく」

 さすがに手をつないだりはしない。二人共手に銃を構えて森の中を探索する。

 日の光は差し込んではいるようだが、上を見ても葉と枝でおおわれていて直接空は見えない。薄暗いが、特に視界に問題があるわけでもないので特に何かする必要はなさそうだ。

「そういやこの銃の名前ってなんだ?」

「えと……ええっと……あ、そう、『ミルキーウェイ』だ!」

 ミルキーウェイ。英語で天の川を指す言葉だ。日本では、ゲームをしつつもロアはちゃんと勉強していたのである。白銀の美しいライフルに似合っている名前だと思う。

「ゴブリンの気配とかは分かるのか?」

「分かるよ。右斜め前十メートルちょい先に二体」

「さすがだぜ!」

 わざと声を大きくしたところ、見事なまでに引っかかった。現れたのは一メートルほどの背丈の生き物だ。シルエットを見れば人間っぽいが、肌はくすんだ緑色で、顔がちょっと気持ち悪い。

「ギャ、ガグギ――」

「ギァッ――」

 実弾で正確に脳天を貫く。一秒の感覚も明けずに、一発だけで正確に眉間を撃ち抜いてしとめた。

「さすがあ」

 のんきに黄色のジュースのようなものを大きめの瓶から飲んでいる解。信頼されているようなのはありがたいが、人が命を懸けているので少しは緊張感をまとっていてほしかった、と心の中で独り言ちる。

「次は?」

「二十メートルぐらい先に三体だよ!」


 そんなこんなで、ゴブリン退治を五枚分行った。これで今日安宿には泊まれそうだが、おそらく解の行きたがっていたレンガホテルはもっと高いだろう。これでは解が満足しない。

「どうする?」

 ギルドの建物の影に腰かけ、受け取った銀貨一枚、銅貨五枚を眺めながら言う。

「ワイバーンと戦おう!」

「やっぱりそうなるんだな……俺が死ぬ気しかしねーよ……」

 弱気になるロアだが、解はそんなことお構いなしに襟をぐいぐい引っ張ってくる。

「首締まるからストップ! ……けほ。お前強いからひとりでやれるだろ」

「うん! それじゃワイバーンの素材を売っ払ったお金は全部わた――」

「俺たち仲間だろ? 一緒に頑張ろうぜ」

 クエストは受けられなくても、素材の買取はしてくれるらしいので問題はない。ただランクが高いと買い取り額も上がるシステムらしく、基本的に素材が効果で取引されるワイバーンも、いくらで売れるのかは分からない。基本的と言っても、推奨ランクであるシルバー以上が基本の水準だからだ。

「それじゃあ行こう! ワイバーン退治にレッツゴーだあ!」

 勢いよく拳を上げて宣言。テレポートするのだろうと思ってじっとする。

 だが、テレポートしない。

「……どうした?」

「……ワイバーンってどこに出てくるんだっけ」

「確認しておけよ……」


 ギルドの資料カウンターに行ってワイバーンの住む山について聞いた。笑顔の受付嬢から「ウッドランクでは受けられませんよ?」と聞かれたが、すぐに解が「趣味だよ」と言って受付嬢を絶句させたのである。さすがに笑顔が引きつっていた。

 一番近い出没場所はアピテモント山という山の八合目くらいらしい。それほど高くもない上、貴重な固有の植物も多いそうだから中堅以降の冒険者が好んで行く狩場のようだ。

「じゃあここにはおいしい植物もあるのかなあ?」

 人が通るのに何の不快感もない整備された道を歩いてみる。茶色い土の踏み固められた道は五人が列になれるぐらい幅があった。道からそれると天然の芝生で埋まっており、紫と白の花がちょこちょこ目立つ。その奥には森があるが、ゴブリンの森よりは日が差し込んでいて明るい。

「あるかもな。見つけたら半分くれよ」

「おいしかったらあげない!」

「ケチだな」

 アピテモント山の道を通ってもワイバーンはいない。やっぱり森の中にいるのだろうか。

「森に行った方がいそうだよな。ワイバーン」

「だねー。行こっか」

 こうしてロアたちは道から外れ、森の中に足を踏みいれた。

「……むむむ」

 さっそく解が何かを察知したようで、しっぽをぱたぱたして立ち止まる。

「誰かが戦ってる……?」確信できないようで、首をぐぐぐとかしげている。「金属音、かな。血の臭いもする。人の悲鳴も聞こえる」

「マジかよ。全く分からん」

 これは助けに行こうと言い出すパターンだな、と察知したロアは軽くストレッチをした。

「……よし。助けに行こう!」


 五分走った。かすかな臭いと音だけでは場所を確定することができず、転移魔法を使えなかったのである。かわりに身体強化の魔法をかけて全力で走った。

 そして――

「案の定……」

 やはり戦っていた。銀髪の男の二刀流の剣士、気の強そうな女魔法使い、無表情の女僧侶が頑張って赤いワイバーンと戦っている。タンクであろうがたいのいい盾持ちもいるが、腹にダメージを負ったようで、少し離れて横たわっている。鎧は砕けてどくどくと血が出ている。放っておけばもうじき死んでしまいそうだ。

 壁役がいないせいでただの剣二本でワイバーンの大きな爪を必死にいなしている剣士。疲れも相当溜まっているのか、かなり危なっかしい。

「……なあ、本当にあれワイバーンか?」

 ロアは冷静にワイバーンらしき生き物を見つめる。

「え? ワイバーンでしょ? 違うの?」

「資料によればワイバーンの肌は赤褐色のはずだぜ。……だけどあいつは純粋な赤だ」

 解も受付嬢から渡された紙を一通り読んでいた。その内容を思い出し、「あっ」と声を上げる。確かにワイバーンは真っ赤だ。

「じゃあ、亜種とか……?」

「だろうな。ま、とりあえず助けに行こうぜ。恩は売れるだけ売っておこう」

 解がかばんから青い回復のポーションを取り出して、倒れている盾持ちに近づいて行ったのを見て、ロアも『ミルキーウェイ』のモードを実弾にしてから飛び出す。

「おい! 危なっかしいなあお前たち! 助太刀に来たぜぇ!」

 乾いた銃声が連続で響く。剣士たちはいきなりの登場に驚いたが、さすがに戦闘中に固まるようなへまはしない。

「俺たちの獲物を横取りしてんじゃ――」

「……あ、そう?」

 剣士が食って掛かろうとしたのでロアは「じゃあな」と手を振って森の方に走っていった。ワイバーンは元気で強いロアではなく弱っている剣士たちを狙った方がいいと判断したようで、再び爪を振りかざす。

「!? アンタ何をしてんの!?」

 魔法使いが剣士に怒鳴りながら必死に防御の結界を創り出す。ガンという鍋をぶん殴ったような音がして爪は弾かれたが、結界も消滅してしまう。僧侶も無言ではあるが心の中で剣士に対して文句を言った。

 自らの失敗を悟り、それですべての気力を失った剣士が呆然とする。そこに容赦なく振り下ろされるワイバーンの爪。

「く、そ……」

「――ということになりますので、お気を付けしてくれよな!」乾いた銃声が轟く。「次はないぜ」

「ガァアアアアア!!!!」

 腕を狙撃され、怒りに震えるワイバーン。

 ロアは別に見捨てたわけではなかった。むしろ、自分に感謝してもらうために即興でやった一種のパフォーマンスである。

「グォォオオォォオオ!」

 今度こそかんかんに起こったワイバーンが思い切りロアを叩き潰そうと一歩踏み出す。しかし――

「おっ、どうしたどうしたぁ! 動けないのか? はっはっは残念だな、それ麻酔弾だぜ!」

 そう。ロアは実弾ではなく、麻酔弾を使っていたのだ。痺れて動かない腕に困惑して動きを止める。

 そしてロアはその隙を見逃さない。

「死ねぇっ!」

 右目、眉間、左目を精密に射撃する。脳を破壊されたワイバーンは、最後に弱々しく声を上げて、地面に倒れこんだ。

 こんにちは。今回登場したアピテモント山の名前について小ネタをひとつ。

 実は『アピテモント』はアルファベットで書くと『Appitemonnt』です。これは『Appointment』のアナグラムなんですね。別にだからどうしたという話ではありますが。

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