02 証拠が無いなら罪も無い
ロアはひったくりの現場から遠く離れた場所に来ている。
先ほどまでいた場所はとても賑やかな商店街だったが、ここはひっそりとしていて人通りもあまりない。建物はたくさんあるが、商店街の建物よりぼろっちく見える安宿が多いようだ。
「ホテルなんか見なくていいだろ……」
「泊まる場所は大事なの! きちんとしたところにしないと、虫が入ってきたり暑かったり……そりゃもう悲惨だよ。野宿したらわかると思うけど、してみる?」
「丁重にお断りする。っていうかお前野宿したことあるのか」
こくんと小さく頷く解。やっぱりばけねこらしいし、野外で生活する方が好きなのだろうか。とてもそうは思えないが。
「おっ、あそこよさそうだね!」
解が指さしたのはレンガ造りのホテルだ。周りには木や石でできたぼろい建物が多いから、一目でワンランク上のホテルだと分かる。外観に目立った汚れもない。
「よし、じゃあここに泊ま――」
「待て」
ロアは解の肩を掴んだ。
「えー、もちろん違う部屋にするからね?」
「そうじゃない」びしっと解のかばんを指さす。「宿泊費って、どれぐらいするんだろうな。俺たちの所持金っていくらだったか」
あっという顔で口を押さえる解。どこに泊まるか云々の前に、ロアたちは金がないのでどこにも泊まれないのである。
「こういうのが定番だよね!」
また商店街の方に戻ってきた。
ロアたちの前には、石でできた重厚な建物――冒険者ギルドがそびえ立っている。冒険者ギルドは周囲の店の五倍はありそうな幅を取っていて、高さも四階建てくらいありそうだ。
その敷地には剣やら斧やら弓矢やらの物騒な得物を持った人たちがたむろしている。真昼間からビールジョッキ片手にステーキを食べている人もいる。なお敷地とはいってもテーブルはないので、自分の膝や盾の上に乗せるか、地べたに置くかしている。
「まあ定番だな」
「でしょでしょ! ロアくんノリがよくて助かるよ。さっそく登録しよう!」
ドアを開けると、建物の中はもっと人が多かった。さすがに通れないほどではないが、ロアが目を閉じて歩けば二秒で誰かにぶつかる。
大きなカウンターが五個並んでいて、『登録・質問・資料』『依頼発注』『依頼受注』『依頼終了』『店』らしい。店では緑や青などの半透明の液体の瓶がたくさんと、ビールやステーキという食べ物も売っている。
「おっ! 絶対あれってポーションだよね!」
「たぶんな。見るのは後にしてさっさと登録して日銭を稼がねーと」
一番端のカウンターは三つがセットになっているにもかかわらず、ふたりしか並んでいない。質問する人も資料請求する人もあんまりいないらしい。
前の二人が受付嬢と少し話した後、すぐロアたちの番が回ってきた。まだ二十歳くらいの受付嬢がにっこり笑顔で迎える。
「こんにちは! どういったご用件でしょうか?」
「登録するぜ。俺とこいつ」
「はい、登録ですね! それではこの紙に必要事項を記入してください!」
二人分の用紙とペンが渡された。用紙には名前、年齢の欄しかない。しゃしゃっと書き終えて紙を渡すと、受付嬢は「少々お待ちください!」と言って奥にある水晶玉らしきものに用紙を載せた。
すると水晶玉がぱっと紙を吸い込み、ぺっと茶色のカードを吐き出した。生き物みたいだ。同じように解のカードも吐き出す。
「お待たせしました! これが冒険者カードになります、なくすと再発行に銅貨一枚を頂きますので、なくさないようにお願いします!」
「ありがとう」
「ありがとう!」
その後受付嬢から一通りのギルドについての事を聞いた。
すべて終わったのでくるっと後ろを向くと、受付嬢が「すみません!」と言って呼び止めてきた。再び回転。
「今は新規冒険者を勧誘するために、能力鑑定を無料にするサービスを行っているんです! 今月が終わると一度に銀貨を頂きますので、ぜひやってはいかがでしょうか?」
「するっ!」
興味津々の解が食いついた。ロアも頷く。
鑑定には五分かかるらしいので、冒険者カードを渡してから少し店を見てみることにした。
「おおー」
店の棚に並ぶ色とりどりの液体の瓶を見て、さっそく感激の声を上げる解。ロアは一つ聞いてみた。
「何かわかるのか?」
「うん……」
ちょっと口ごもる解。少しためらった後に、ロアにだけ聞こえる小声でつぶやいた。
「これ、質の低い粗悪品だね」
「……質がいいとか悪いとか分かんの?」
「私ばけねこだよ? ポーション作るぐらいできるからね! すごいでしょ」
解はかばんから円柱状の小瓶を取り出した。中には珊瑚礁のある海のような、美しい青色の液体が入っていた。ロアからしてみれば店のポーションとの違いが分からないが、自慢げなのですごいのだろう。
「私は化学的に作るから根本的に違うけど……そこのは一本で剣で刺されたくらいの怪我が治せる、ただし内臓に傷がなければだけど。私のは心臓が爆破されても再生する」
「……すげーな」
心臓が爆破するような状況がいまいち想像できないが、レベルが違うということが分かった。前々から「ばけねこだから」と言って物理法則無視のようなことはやっていたため魔法が使えることは察していたが、どうやら解はいろいろなことがかなりの水準でできるらしい。
少し解のポーション講義を聞いていると、端のカウンターから「ロア様、解様! 鑑定が終わりました!」と元気のいい声が聞こえてきた。
「ほ、解様! こちらをご覧ください……!」
渡された紙には表が書いてあった。『体力』とか『魔力』といった項目にそれぞれ数字が書いてあるが、標準がどれくらいなのか分からない。
「解様は全体的にすごいのですが、魔力と魔法攻撃力がとても優れていまして……魔力を見れば、いきなり……ゴ、ゴールドランクに匹敵します! 全体的に見てもシルバー相当は間違いないかと……!」
しん、とギルドの中が静まった後、すぐにざわつき始める。
ランクについては先ほど説明を受けていた。下からウッド、アイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールド、ダイヤモンド、ミスリル。オリハルコンとかいうのもあるらしいが、最上位のオリハルコン冒険者は世界で四人だけらしい。なのでほとんどの冒険者たちからすればミスリルが最終目標のような感じだそうだ。
そのうちでゴールドランクと言えば、もういきなり上の方だ。ここまでの反応を取られたということからも相当すごいことがうかがえる。
「すごいんだな、お前」
「えへへー」
褒められてうれしそうだ。
「しかも適正職業は【錬金術師】……こんなの、百年に一人いるかどうかの人材ですっ! ……あ、すみません……」
ちらっと後ろを見ると、解の方を見て立ったり座ったりしている人が数名いる。仲間に勧誘しようとしているのだろうか。
「……それで、その……ロアさんなんですが。ステータスは、まあ一般的なウッドランク程度ですね。適正職業が何もないので……ま、まあ、他の方々と同じで、努力すれば高いところまで行けます!」
ロアは凡人だったらしい。しかも前に化け物がいたので、さらにダメっぽく思えてしまう。受付嬢の励ましは、かえってロアの心を傷つけてしまった。
「……よし、解。なんか依頼受けて金稼ぐぞ」
「うん!」
二人で依頼の貼ってある掲示板の前に立った。すると、
「うちのパーティーに入らないかい? 僕はロック・アールフォルスって言うんだ」
後ろから、青髪の美青年が話しかけてきた。ロアの方は見向きもしないので、十中八九解だけが目当てだろう。まあ逆の立場だったとしても、ロアなら有能な人だけ引き抜こうとするしそこは別に不快ではない。
しかしロアが不快に感じたのが――このロックという男、解に向かって髪をかき上げたりちらっとウィンクしたりしている点だ。気持ち悪い。
解の方をちらっと見ると嫌そうな顔をしている。
「こいつは嫌なんだって――」
「すまないけど、君には聞いてないんだ」
「……」
ムカつく。
「おい解。さっさと依頼受けるぞ」
「うん――」
「おっと、無視はひどいんじゃないかなあ。綺麗なお嬢さん?」
ロックが解の肩に手を置いた。
嫌そうな顔から、よどんだ池に湧いたボウフラを見るような顔になる。そのまま左手でばちんとロックの腕を振り払った。
「私はロアくんと組むからね」
「……なんでだい? そんな適正職もないようなのといたって、良いことなんかないよ? むしろ悪いこ――」
ジャキッという音が静かなギルド内に響いた。
解は、ロアが視認することができないくらいの速度でかばんから黒い拳銃を取り出し、ロックの眉間に突き付けていた。
「なんだい? これは?」
さっきのひったくり男同様、こちらの世界の人間は銃を知らない。だから恐怖心も湧かない。
ただ、湧かないのなら作り出せばいい。
解は銃の引き金を引いた。黒い弾丸がロックの首へと進み――奥の壁にぶつかった。壁がゴッという鈍い音を立てて抉れる。
「……?」
「次私に絡んできたら、足を撃つ。次ロアくんを貶したら、頭を撃つ」
まさかという表情でロックが後ろを振り向くと、確かに壁が壊れている。ただしけっこう狙いは甘かったようで、天井すれすれの場所だ。ロアは、俺なら首を一ミリ削るぐらいするけどな、と思った。
「――ッ! この女! こちらがわざわざ誘ってやったというのに、よくもこの僕にッ!」
腰から金で装飾された剣を抜くロック。武器を手に取ったのに、受付嬢も他の冒険者も誰も動かない。こんなことは日常茶飯事なのか、とロアが疑問に思ったところで、解が指をパチンと鳴らした。すると――
「っ!? ロックお前何やってるんだ!?」
止まった時が動き出すかのように、喧騒に包まれるギルド。他の冒険者たちが五人ぐらい一気に飛びかかって、ロックを倒して武器を取り上げた。
「こ、この女が僕を! 脅したんだッ! 僕は悪くないからなッ!」
対する解は、飛び切り悪そうな笑みを浮かべて、
「あれれー? 私が、いったい何をしたのかな? んー?」
すっとぼけて見せた。
「と、とぼけるなッ! お前は魔道具か何かで壁を破壊し、次はお前だと……な!?」
いつの間にか、壁の傷は無くなっていた。
「さ、ロアくん! 面倒ごともなんでか勝手に終わってくれたみたいだし、依頼を選ぼうか!」
「すげーな、お前……」
「何のことだかさっぱりだなー。えへへ」
ロアは掲示板の方に向き直ると、まだぎゃあぎゃあ騒いでいるロックを無視して一枚一枚依頼の紙を眺め始めた。
解さんって、こういうロックみたいなナルシストが大嫌いなんですよね。一番嫌いなタイプのひとつ。
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