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2話 転生したけど病人扱いだった

 目が覚める。

 腹が……減っている。

 お腹と背中がひっつきそうなくらい。

 時間帯は……どうやら日没前のようだ。

 頭上の窓から橙色の光が室内に差し込んでいる。木板の壁が、薄い紅葉色に色付いていた。


「ここは……?」


 僕の部屋だ。

 ベッドの上に横たわっている。

 身体を起こそうと上半身に力を入れると、全身に鋭い痛みが走った。「ぐっ」あまりの激痛に思わず呻く。「げほっ、げほ」痰が絡んだような咳をした。口を覆った手に、なにか生温かいものが付着する。

 手に付いたものは、血液だった。

 僕は吐血したらしい。

 どうして?


「……ああ、そうか」


 僕は――転生したのだ。

 どうして今になって思い出したのだろうと首を捻る。その動作のためにまた咳き込み、盛大に血を吐いた。


「エル!」


 どうやら僕の咳を聞いて飛んできたらしい。今世の父親――フォルスが、物凄い勢いで部屋の扉を開けた。

 父はベッドの上の僕を見ると、少しだけ安堵の表情をした。しかし、白いシーツが紅く染まっているのに気付くと、血相を変えて走り寄ってきた。


「大丈夫か? いや、大丈夫じゃあないな。そんなことは一目瞭然だ、今すぐ医者を呼ぼう! 待っていろよエル! この町一番の医者を呼んでやるからな!」

「ちょっと待ってよ、父さん」


 走り出した父を、服の袖を掴んで制止する。

 すると父は大きく後ろにのけぞって、床に尻餅をついた。


「いてて……」

「大丈夫?」

「あ、ああ、父さんは問題ないさ……いやあ、エルは力が強いな。そんなに腕は細いのに……やはり、神より授けられた能力は偉大だ」

「そういうのはいいから」床に両手をつけ、虚空を拝みはじめた父を見下ろして言う。「とにかく、医者を呼ぶのはやめてよ。うちにそんなお金はないでしょ?」


 ――我が家には借金がある。

 その借金というのも、ほとんどが病床に伏している僕の治療費だ。それなのに医者を呼ぶとなれば――前世の世界ならいざ知らず、この世界において医者は、貴族と肩を並べる特権階級だ。訪問診療など、一介の市民には夢のまた夢である。


「それはそうだが……」


 困ったように眉を八の字に曲げる。


「そんなに血を吐いて、医者に診てもらわなくて良いわけがないだろう?」

「ううん、僕は平気だよ。医者を呼ぶ必要はない。なんてったって、僕にはスキルがあるからね。身体の丈夫さはピカ一だ」

「それは……そうなのだろうが……」


 不満そうな顔をした父だったが、しかし我が家に医者を呼べるだけの金がないというのは揺るぎない事実だ。渋々といったふうに立ち上がると、「また体調が悪くなったら、遠慮せず、いつでも呼ぶように」と言い残して、とぼとぼと部屋を出て行った。


 隣の部屋のドアが閉まる音。

 壁越しに、「医者代も出せない親父で、本当に情けない」と自虐が聞こえてきた。

 いたたまれない。

 物凄く申し訳なかった。


「本当に、大したことないんだけどなぁ……」


 前世の記憶が蘇ったいま、今世の記憶と照らし合わせて、なんとなく、この病の正体については察しがついていた。

 それだけに、心苦しい。

 僕のこれは、正確には病ではないのだ。


「とりあえず、現状を確認しよう」


 落ち着くためにも、現状確認は必須だ。

 冷静ぶってはいるものの、僕自身、実はかなり戸惑っている。そりゃそうだ、いきなり前世の存在を知ったうえに、僕の中には今世の記憶もある。いま現在、つまり、この身体には網谷健人という十七歳凡人と、エル・ハルターという十三歳少年の精神が共存しているのだ。

 外側は取り繕えても。

 内側はぐちゃぐちゃだ。


「ふう……」


 鈍い頭痛に溜息を吐く。

 ステータスオープン――胸中で念じると、目の前に半透明な板が出現した。

 うっすら緑色の板は、ステータス・ウィンドウ。この世界では誰もが扱える、もっとも基本的なものだ。赤ん坊は、言語よりも先にステータス・ウィンドウの開き方を覚えるとさえ言われている。

 本当かどうかはさておき。

 そのステータス・ウィンドウには、僕の名や性別、それに種族名や状態などが記されているわけだが……。



――――――――――――――――――――――――――

【エル・ハルター】十三歳 吸血鬼 男性


《状態》飢餓(重度の吸血不足)

    瀕死(消滅まで残り半日)


《スキル》再生 吸血 闇魔法 変幻自在


《称号》真祖の吸血鬼 突然変異体 転生者

――――――――――――――――――――――――――



 てな感じだ。

 なんというか……見ての通り。

 僕の身体的異常は、吸血不足によるものらしい。

 そういえばそうだ……記憶を掘り返してみると、僕は吸血鬼なのに、一度として人間の血を飲んだことがない。いや、人間として生きていれば、そんな機会が訪れることの方が少なくて当然だけど。

 人間として生きていれば。

 当然だ。


 ――僕は、突然変異体らしい。


 称号の欄に書いてある五文字を、血のついた指でなぞる。ステータス・ウィンドウ自体に実体はないらしく、血の跡はつかなかった。


「なるほどな……人間として生まれたから、いまこうして前世の記憶を取り戻すまで、自分が吸血鬼になっているなんて思いもしなかったわけか。……それにしても、ステータスを見れば明らかだったわけだけど」


 いや、なんとなく察しはついていたんだ。

 吸血鬼になっているとまでは予想できなかったが、自分の身に異変が起きていることくらいは分かっていた。

 それでも、エル・ハルターはステータスを見ようとしなかった。

その理由は、単純な話、現実逃避だ。

 現実を直視したくなかった。

 己をむしばむ病の正体を、知りたくなかった。

 見てしまえば……どうしようもなくなるということを、なんとなく悟っていたのだ。

 なんといっても、吸血鬼だからな。

 分かったところで治療の術はない。

 病ではないのだから。


「知らない方が幸せなこともあるからな……。まあ、今となっては過去のことだけど」


 ちなみにエルとしての記憶を辿ると、こうして病床に伏すようになったのは、今から一年程前のことのようだ。それ以前は近所の子供と外遊びをしていたので、たぶん、そのあたりで僕は吸血鬼に変異したのだろう。

 もとから吸血鬼だったわけじゃないんだ。

 だから、この空腹感が種族由来のもの……つまり吸血衝動の表れであるとも、思い至らなかったのか。

 思い至らなかったから、病という認識に落ち着いた。

 いや、そう思い込むことにした。

 ――なるほどな。


「それにしても……転生して早々に瀕死かよ」


 しかも猶予が残り半日ときた。

 あまりの急展開に理解が追いつかない。


「つまり……?」


・僕は突然変異して吸血鬼になった元人間

・吸血したことがないから、既に虫の息。

・あと半日で、せっかく生まれ変わったのに死んでしまう。


「おおう……」


 整理してみると現実は恐ろしく非情だった。

 えっと、ということは、僕はこれから、死に瀕したこの身体に鞭打って、家の外に出、人間の首筋にかぶりつかねばならないのか?

 ちゅーちゅーと。

 もしかすると、じゅるじゅるかもしれないけど。

 記憶が戻ってまだ数分しか経っていないというのに、早速カニバリズムに挑戦しないと、最早死ぬ未来しか待っていないということか?


「おいおい……」


 女神様よぉ……。

 これはあまりにも――酷じゃないですか?


昨日投稿しようと思っていたのですが、

気付いたら寝ていて、結局1話目の投稿から一日空けてしまいました。

次回は《はじめての吸血編》です。

よろしくお願い致します。 m(__)mペコリ

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