1話 どうやら、死んだっぽい
網谷健人、十七歳――凡人。
プロフィールはこれで十分だ。
僕という人間を表すのに、これほど適した表現はない。やや自虐が過ぎるようだけど、これが現実なのだから仕方がない。
長所はない。
短所なら思いつく。
そんな、ありきたりの人間だ。
どの程度ありきたりかというと――
――たとえば、僕を主人公に据えた物語を出版するとしよう。すると、一巻で打ち切りだ。どんなに高名な作家に依頼したとしても、一巻がギリギリ、二巻以降は出版不可能だ。
それくらいありふれた人生を送っている。全てが並、並、並だ。たまに、僕は全人類の平均値に位置する存在なのではないか、と思うことがある。
そのくらい、僕には面白みがない。
物語として成り立たなくなるくらいに。
だから、有り得ない話ではあるけれど――もし、《僕を主人公に据えた物語》をこれから読もうとしている、あるいは今読んでいるという人がいたなら、ご愁傷様と言うほかない。
限りある人生のほんの一部……されど一部。
貴重な時間を僕に割いてしまうなんて、ツイてない。
まったく不運だ。
今だってそう。
僕は教室の一番後ろ、一番端の席で本を読んでいる。
息をひそめて本を読んでいる。
まるで《読書》という行為で自身の存在を保つかのように、周りの喧騒から一人、孤立している。
情けないな、と苦笑する。
でも、それが僕だ。
人付き合いが苦手で、陰気で、口下手で……クラスに馴染むこともできずに、馴染もうともせずに、時間を浪費している。
これが僕だ。
――おっと。
自虐ばかりしているから、だんだん気分が落ち込んできた……ここいらで、ちょっとポジティブに、夢の話なんかしてみようか。
僕の夢。
ずばり、田舎暮らしだ。
空気の奇麗な山に囲まれた土地で、川のせせらぎを聞きながら、のんびり、釣りやキャンプなんかを楽しむ暮らしに憧れている。
畑なんか耕してさ。
猟師免許を取ってみるのも良い。
悠々自適なスローライフが将来の夢だ。
「……そろそろ、授業か」
現実に引き戻される。
周りが席に戻りはじめたのを見て、ちらりと時計を確認する。
あと二分で昼休みはおしまいだ。
結局一ページも読んでいない小説を閉じて、バッグに仕舞う。
机の中から教科書を出す。
ここまでで二十秒くらい。
授業開始まで、あと百秒もある。
手持ち無沙汰で落ち着かない。
なんとなく、頬杖をついて窓の外を見る。
透き通るような快晴の空を見上げて、太陽の光に目を細めた。まぶしい。目の前でフラッシュを焚かれたみたいだ。視界が一瞬にして真っ白に――うん?
視界が真っ白?
いやいや、ちょっと待て。
いくら太陽が埒外のエネルギーを放出する天体で、それにくらべれば極小もいいところの陰の者である僕とはいえ——太陽を見たからといって、目が見えなくなるなんてことはないだろ。
そのはずなのに。
目の前が白い。
何も見えない。
なにが起こっているんだ?
まさか本当に、目の前でフラッシュを焚かれたのだろうか? いや……だとしても不自然だ。そんなことをされたら、反射的に瞼を閉じるはずだろう?
それなら、視界は黒くなるはず。
なぜ、いつまで経っても白のままなんだ?
「……! ……!?」
声が、出ない。
口が動かないんじゃない。この感覚は、まるで口が無いみたいだ。
口どころか、手足も。
身体のあらゆる感覚が――ない。
きれいさっぱり消失したみたいだ。
身体がない……?
一体、何が起こっているんだ?
「気が付きましたか?」
どこからか女性の声がした。
しかし姿は見えない。
首を振って辺りを見回そうとするも、そうだった、今の僕には回す首がない。それに、たとえ首があったとしても、自分がどの方向を向いているのかは分からなかったろう。
四方八方、十六方位。
すべてが白純なのだから、どこを向いても、それは同じ事だ。
「意識は……あるようですね。よかった。さて……一体どこから説明したものか……」
説明――できるのか。
つまり、声の主は、僕の身に起きた異常事態を知っていて、なおかつ理解しているということ。
そうでなければ、説明はできない。
声の主は何者なのだろう?
「わたしですか。わたしは――輪廻を司る神、ヘルス。聡い貴方ならば、これだけでおおかた想像はつくのでしょうが……貴方は死にました。死因は、わたしのミスです」
僕が、死んだ?
「はい」
死因が《わたしのミス》って、抽象的にもほどがある……いやそもそも、本当に僕は死んだのか? そんなばかな。いやでも、ここをあの世と仮定して、声の主を神とすれば、一応、話の筋は通るのか……?
ああ、いや。
筋が通る通らないの話じゃないのか。
相手が神なんだとしたら――これは僕にとって完全に未知のこと。だから、何が起きても不思議はないわけだ。
だから納得してしまう。
何も知らないから、何が起きても納得せざるを得ない。
うーん。
考えるのは無駄か。
声の主は本物の神ってことでいいか。
なんか、心読まれてるし。
考えるのはやめだ。
埒が明かない。
ただ一つ、物申したい。
僕は聡い人間じゃあないです。
どこをとっても平均的な、まさしく凡庸という言葉が似合う凡人だ。
「いえいえ、その落ち着き払った思考、なかなか普通の人間にはできませんよ。胸を張ってください」
神様はお世辞がうまいらしい。
「……ネガティブなんですね」
よく言われます。
「そうですか……ごほん、話を戻しますね。貴方はわたしのミスでお亡くなりになりました。貴方、というか、あの場に居合わせた方々全員ですけど」
というと、三十人くらいですか。
「いえ、約五百人です」
全校生徒じゃねぇか。
クラス単位じゃないのかよ……。
その規模を周囲数メートルくらいに表現する神様は、なるほど、僕ら人間とは感覚が違うらしい。
色んな意味でビッグだ。
「えへへ」
神様がデレた。
それはもう、声を聞いただけで、照れ顔が目に浮かぶような、そんなデレ方だった。
褒めたつもりはないんだけどな……。
「ごほん。……そのミスというのが、まあ、その——クッキーを食べていたら、うっかり欠片を落としてしまって、皆さん吹き飛んじゃいまして……」
ほんとにビッグだった。
欠片が落ちてくるだけで校舎ごと吹き飛ぶのかよ。まるで隕石だな……。
「それでですね。お亡くなりになられた方々には、お詫びに転生の機会を差し上げています。生まれ変わりたくないというなら強制はしませんが」
転生……というと、最近のアニメや漫画で多いアレか。
ぶっちゃけ、したい。
剣と魔法の世界とか憧れる。
そういう世界ならきっと、隠居の方法は無数にあるだろう。魔法があれば、もしかすると海の中に住まいを構えることもできるかもしれないわけだし。
「でしたら、その通りに。種族はどうしましょう? この際に、なってみたい生き物とかありませんか?」
そんな、《将来なりたい職業》みたいに言われると感覚狂うな……。
しかし、種族か。
あまりゲームはする方ではないが、RPGくらいなら嗜んでいる。その知識から種族を挙げるとするなら――とりあえず、人間にはなりたくないな。
「なぜですか?」
貧弱だからですよ。
それと単純に、僕が人間嫌いだから、ということもあります。
「なるほど」
人間以外の種族……なりたい種族かあ。
人と真反対の存在となると、やっぱり、魔族とかだろうか。吸血鬼とか、悪魔とか。
吸血鬼……いいんじゃないか。
たしか、容姿が整っていて、魅了の能力を持っていると聞いたことがある。異性を弄びたいわけではないが、なにぶん色恋とは無縁の日々を過ごしてきた身だ。少しはそういうことにも興味がある。
「それじゃあ吸血鬼にしますね。転生先は、隠居が簡単な、剣と魔法の世界、と。肉体年齢は……まあ、一人で生きるのに不自由ないくらいにしておきましょう」
ありがとうございます。
「どういたしまして。それでは、転生の準備が整いましたので、さっそく」
声の主がそう言うと同時に、段々と視界が暗くなってきた。
これが真っ暗になったら転生するのか?
それにしても……来世は吸血鬼か。
……あれ?
そういえば、吸血鬼って人間が食糧なんじゃなかったっけ? 血を吸うとか、肉を喰らうとか耳にしたことがある。
え、僕、人間喰わないといけなくなるの?
――ちょ、ちょっと待って、神様!
「それでは、さようなら……」
必死で叫ぶも(胸中でだが)声は届かず、視界の暗転は止まることなく進み、ついには黒一色になってしまった。
これからの人生。
いや……吸血鬼生?
とにかく僕はこれから、どうやって生きていけばいいのだろう――。
こんにちは、あなざーくんです。
なろうでの投稿は初めてです。色々と至らないところはあるだろうと思いますが、生暖かい目で見て頂ければと思います。おかしな点などありましたらコメントで教えていただけると幸いです。
はじめました、《異世界で真祖の吸血鬼になったからスローライフしたい》。
投稿頻度は週2~4を予定していますが、その時々の都合により前後する可能性があります。気長にお待ちください……。
次話はいよいよ転生です。
よろしくお願い致します!