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もうけばなし2 ~必勝ギャンブル編~

作者: ほんの未来

 バレンタインに続き、色気のないお返しの話! どうぞお楽しみください!

 先月のバレンタインは失敗したなぁ。

 魔王なんかにしてやられるなんて!

 悔しいなぁ、なんとかして『おかえし』してやりたい!

 なーんて考えてたら、ホワイトデーがやってきた。


 さぁさ、毎度いつもの悪い冗談(バッドジョーク)

 今日は世界的に復讐(おかえし)が認められた日、ホワイトデー!


 え? ホワイトデーは日本発祥? 欧米じゃそんなことはしない?

 ……。細かいことは気にしないっ! ここは日本だよ?


 だというのに。

 日本だっていうのに……賭け事はダメ! な、はずなんだけどなぁ。

 もうちょっと、取り繕おうよ魔王たち? 前回は板チョコだったでしょ?


「くくく……ふふふ……はーっはっはっは! 我だけ儲けすぎるというのも悪い気がするのでな! たまには、本当にたまーには、ありあまる財貨を皆々様に還元するギャンブルも、また一興であろう! ふはは! いやはや、この場に居合わせたあなた様は運がいい! 是非とも楽しんでいくといい! 日頃の感謝を込めて、魔王からのプレゼントだ!」


 はい、(ダウト)ー。超合理的で超自制的で超利己的……そんな合理的経済人に、悪辣なる魂を塗りたくったような存在、それが最悪の魔王、カネガス=ヴェーテである。

 日頃の感謝とか最悪魔王には一番似合わない言葉だよ!

 一体、今度は何を企んでいるんだ! 絶対、もう引っかからないぞ!


「きゃはは! お客さんいーっぱい! さっさと始めちゃいなよカネガスぅー!」

「そう、焦るでない。まずはルール説明からだ」


 もう待ちきれないと急かすのは、最低の魔王、悩野(なやみの)――失礼、超絶美少女のナヤミンちゃんでしたね、ええ。彼女が隠れて小さく指を振った瞬間、呼吸(いき)が詰まって死ぬかと思ったよ! ああ(こわ)。さすが最低……人間殺すのにまるでためらいないってホントやばくね?


 カネガスは集まった観衆の前で、右腕を掲げた。その手のひらに無尽の魔力が結集していき……現れたのは、ボール……ではなく、サイコロ?


 それは面がたくさん……正二十面体、1から20までの目があるサイコロだった。


「これは我が魔力により作り出した、理想的なサイコロだ。重さの偏りなどは一切ない、完全無欠のサイコロである。おい、シャベツ!」

「かしこまりました」


 最近の魔王、シャベツ≒クベツが立体魔法陣を展開する。イカサマ防止結界だ。


「魔王、シャベツ≒クベツの名において、次の事実を保証いたしましょう」


 ひとつ。このサイコロを振れば、1から20までの目がそれぞれ同じ確率で出ます。

 ふたつ。サイコロ自体、また投げ方その他、イカサマを差し挟む余地はありません。

 みっつ。このサイコロは投げれば必ず、1から20までのどれかの目が出ます。


「出目が決まらず斜めの状態で止まるだとか、突如爆散して出目が分からなくなるというようなことは絶対に起こりません。安心して遊んでいただければ幸いでございます」


「うむ。お互い、不正で台無しになるのは興ざめだからな。さて、今回はこのサイコロを使って、ちょっとしたゲームを開催しよう」


 魔王は両手を広げ、観客を誘い込む。


「まず、賭け金を宣言する。日本円でも、アメリカドルでも、ユーロ他なんでもかまわんが……念のためビットコインはなしにしよう。発行枚数に上限があるからな、あれは」


 観客に言い含めるように、ゆったりとした口調だ。


「そしてサイコロを振る。もしここで、20が出たら……おめでとう、20割返し……倍にして賭け金をお返ししよう。19なら19割、1.9倍だな。18なら1.8倍。同様に、他の出た目でも、目の数×0.1倍でお返しする」


 観客はそれを聞いて、一様に不安そうな顔を浮かべた。それを見て取った魔王。


「ああ、もちろん1の目が出てしまえば、1割返し、大損に思えるかもしれない。しかしだね……このサイコロの出る目、その期待値は『10.5』なのだよ? 1万円賭けてサイコロを振れば、お返しの期待値は1万500円。賭ければ賭けるほど儲かる、主催者泣かせのゲームなのだよ? 如何(いかが)かな?」


 観客からいくつも質問が飛ぶ。重なり合い、まともに聞き取るのさえ苦労するそれらを、最悪魔王の無限の知性は難なく理解し、返答する。


「ふむ。およそ気になっているのはふたつかね? まず、賭け金についてだが、あまり細かい金額を賭けるのはなしにしよう。1円賭けて1.3円払えというのはあまりに面倒だからな。日本円なら10円単位で賭けてくれ。上限はない。ん? 聞こえなかったかね? 上限はない。何なら1億円でも賭けてくれて構わんよ」


 1億賭けたら、期待値は1億500万である。サイコロを1回振るだけで500万の儲け? 正気かと、観客がざわめく。


「そして、もうひとつの質問にも答えよう」


 魔王は指を弾くと、大量の20面サイコロが現れる。何百個か、それとも何千個か……?

 それについて、傍らに控えた別の魔王が補足する。


「魔王、シャベツ≒クベツの名において、ここにあるすべてのサイコロについて、先ほど宣言したものと同様の事実を保証いたしましょう」


「もちろん、1度限りのギャンブルだなどと、ケチなことを我が言うはずなかろう? 何度でも賭けてくれて構わんよ? まぁ、ホワイトデーの企画なのでな、明日になる前にはお開きにしようと思うが――」


 わぁ、と歓声を上げる観客たち。もはやパニック寸前のそれ。


「ええい、最後にひとつ、ルールを付け加えよう。このゲームについて、SNSなどに書き込むのは控えてもらうとしよう。特に罰則などは設けないが……まさか、自分が投げるサイコロを、見知らぬ誰かに譲るなどというお人好しが、この場に居るのかね?」


 その一言に、観客たちは沈黙した。沈黙したのだが……目が血走っている。

 絶対に儲かる、必勝のギャンブルに、どれだけの金を注ぎ込めるか? どれほど多くサイコロを振れるのか? 期間は今日限り、他人に教えてなるものか。


「それでは、サービスゲームの始まりだ! 思う存分、賭けるがいい!」



 開始の宣言とともに、サイコロが振られる。振られる。振られまくる。恋人たちの祭日に、振られるなんて縁起でもないね。そんなことを思いながら、私は遠巻きにそれを眺めていた。


「賭けないの?」


 話しかけてきたのは、最弱の魔王、D。


「……賭けないよ。そっちこそ。『最悪』もよくあれだけの賭け金とおかえしの計算を一瞬でこなせるものだね。『最低』も観客を煽るのに大忙し。『最近』は……結界の維持をしながらフォローに回るとか器用なものだ……『最弱』は運営側に参加しないの?」

「だって、居ても無駄だからって(涙)」

「あー、どんまい?」

「誰か、ボクに出番をください……」

「それを筆者(わたし)に言う? ていうか、(おまえ)がそれを言う?」

「どうせボクのことなんて誰も相手にしてくれないんだ……」

「ああもう、ホントネガティブだな!?」


 このタチの悪さ。後ろ向きで、口を開けばD言葉(言い訳)ばかり。

『最弱』のDなんて笑い飛ばさなければならなかった、『最後』の魔王、ディストピア。

 塩対応? でも同情しない方が身のためだよ?

 司るのは『停滞』。絶望郷の(あるじ)。人間性を死に至らしめるもの。

 いつの間にか忍び寄る悪夢。やはり魔王とは相容れない……。


 え? 本当にそこまで恐ろしいのかって?

 ああ、分かった。言い換えよう。

 好きな作家の続刊が出なかったり、更新が止まったりするのは大体(こいつ)のせいだ。

 作者の死去や重篤な病気・怪我・障碍などのケースを除く、精神的な理由で続きが読めなくなる原因だ。ほら、私たちとは仲良くできそうにないでしょ?


 OK、理解してもらえて嬉しいよ。ああうん、ごめん、頑張って書くよ……。ここでなんか言い訳書いたら本格的に負けっぽいな? 魔王許すまじ。


 閑話休題(メタな話はおいといて)


 Dは立ち去り、ひとりきり。

 ぼうと魔王の所業を眺めていた。

 すごい人だかりだ。肝心の魔王が隠れてしまう。

 魔王の様子を見ようと、ちょっと移動しつつ考える。


 しかし、不思議なギャンブルである。

 期待値は賭け金の105%? やればやるほど儲かる? 主催者泣かせ?

 しかし、その主催は最悪の魔王、カネガス=ヴェーテである。あいつは善意とは無縁。

 このゲームは絶対にルールに穴があるし、胴元が儲かるようにできている。


 しかし、どう考えても……期待値は賭けた金より多くなる。

 このルールで、なんで参加者側が損をするんだ?


 観客のひとりが、場を立ち走り去る。

 コンビニ方面、おいおい、ATMにでも駆け込もうと?

 え? 結構、ちらほら手持ちを減らして、立ち去っては戻るやつがいる?


 おいおい、なんでだよ? 魔王勝ってるぞ?

 期待値的にありえないだろ? なぜこんなことが起こりうる??


「きゃはは! そりゃ、こんだけ人がいるんだもの。たまには損しちゃうこともあるってだけよ! 悩んだって無~駄♪」

「悩んでも無駄だなんて、らしくないこと言ってくれるじゃないか?」

「アンタみたいなひねくれ者には、その方が()くに決まってるじゃ~ん♪」

「ああ、気分は最低だよ」


 その返答に満足したのか、最低の魔王、ナヤミンちゃんは群衆の中に戻っていく。

 むかっ腹が立つが、それが策略。意識するな、無視だ無視。ああもう。

 ただただ事実を並べ立て、考えるだけだ。


 不自然なところがないか?


 何をおいても、期待値105%、必ず儲かるという触れ込み。

 そして、それなのに魔王側が儲かっているらしいという奇妙な状況。


 次に、これが1日限りのホワイトデー企画であるということ。

 そもそも、魔王側に有利なギャンブルであるなら、年中無休でやればいいのだ。

 なぜしないんだ?


 もうひとつ、SNSに書き込んではいけないというルール。

 最悪の魔王、カネガス=ヴェーテは全知全能に近い能力を持っている。

 どれだけでも部下を雇えるし、無限の魔力で配下を生み出しても構わない。

 魔王に有利なゲームなら、参加者は多ければ多いほど良いはずだ。お客が多すぎて対応が間に合わないなんてことにはならないんだから。

 だから、SNSにどんどん書き込んでくれた方が利益がでるはず。なのに禁じた。

 つまり、SNSに書き込むなというのは、宣伝をするなという意味ではないのだ。


『まさか、自分が投げるサイコロを、見知らぬ誰かに譲るなどというお人好しが、この場に居るのかね?』


 魔王の発言をもう一度思い返す。こんな発言をされたら、サイコロの奪い合いだ。観客たちの間で対立を招く……あ。全てが線で繋がる。


 そして、君が現れた。



 遅れてこの場にやってきた君に、魔王より先に話しかける。

 いや、バレンタインはお互い大変だったね。元気してた?

 そう、なんか魔王たちがまた、儲け話だなんだと言ってるんだ。

 だけど、騙されちゃいけないよ。あれは魔王の策略だからね。


 まずはね、なんで魔王が20面のサイコロを作り出したのか、だ。

 期待値が10.5だから? 10.5割、ちょっとお得に見せるのに便利だったから?

 いやでもね、期待値が10.5だというなら、ごく普通の6面サイコロを3つ振ればいいんだよ。それだって、出た目の合計、その期待値は同じ10.5なんだから。

 なのに何故、見慣れないサイコロをわざわざ作り出したのか。

 6面サイコロ3つじゃダメな理由があるってこと。


 このギャンブルに、全財産を突っ込んだとしよう。

 受け取ったお金はすべて、次のギャンブルに注ぎ込む。

 ……最悪1の目が出ても1割は戻るのだから、ゼロにはならない。

 20回、それをやったとしよう。

 1から20までの目が、均等に1回ずつ出たとしよう。

 いくらになるかな?


 君はスマホの電卓機能を使って、計算してみた。

 元手1万円で20回、全額賭け続けた場合。


 ――結果。243円。


 思ってもみなかった結果に、君は驚いた。スマホ壊れちゃった?


 大丈夫。君のスマホは正常だよ。

 だってさ、せっかく最高(20)の目が出て所持金が2倍になっても、次に最悪()の目が出たら10分の1だよ? 2倍の0.1倍なら、掛けて0.2倍にしかならない。大損でしょ?


 6面サイコロ3つなら、最大でも18、最小が3。それも滅多に出ないし、4回に1回は10か11、真ん中ぐらいの数が出やすいんだ。全財産を賭けたとしても、たぶん参加者側が有利なんじゃないかな?


 もっと極端な例として、これならどう?

 コインを投げる。表が出たら、君の全財産を4倍にする。裏なら全財産没収。

 期待値からしたら、全財産が2倍になるのだからやるべきだ。

 でも、このギャンブルを何度でもやっていいって言われたらどうだい? いつかは必ず裏が出るのに、何度でも何度でもコインを投げるべきなのかな?


 ほら見てよ、最低の魔王が、観客たちを煽ってる。


 全財産と言わないまでも、身の丈に合わない高額なギャンブルをさせようとしてるだろ?


 SNSに書き込むなというのは、宣伝禁止のルールじゃない。誰かに伝えて、冷静になられたら困るっていう相談禁止のルールなんだ。

 1日限りというのも、それぐらいの期間なら騙しきれると見積もったからさ。勝ち逃げする気、満々だね?


 そして、私は自分のスマホを操作し、先ほど君がしたのとほぼ同じ計算をした。付け加えて、その20乗根を求める。

 出てきた値は、83%だった。


 このギャンブルの期待値は105%だ。

 でも、そうだね……期待率とでも名付けようかな? 期待率は83%しかない。

 全財産を賭けるたびに、17%も目減りするなんて冗談じゃない。


 期待値なんて、賭ける金額が毎回変わっちゃったら当てにならないよ。


 じゃあ、と君は言う。


 同じ金額を延々賭け続けたら、このギャンブルは儲かるの?


 そうだね。散々魔王が煽ってくる中、ちょっとした小遣い程度の金額を淡々と賭け続けることができたら、期待値通りに儲かると思うよ。それならよっぽど運悪く負けても大して痛くないし。


 大事なのは、損をしないことだよ。絶対にそれを忘れないで。


 そう言って、魔王に挑む君を見送った。どうか、幸運を。


 君は正しく判断し続けるのか、それとも間違えてしまうのか。

 君の手を取って、無理にでも止めさせるべきだったろうか?

 天を仰ぐことになるのは、君か、魔王か。


 そして、最悪の魔王、カネガス=ヴェーテは私を見た。


 あの魔王は鼻を鳴らし、こんな私をあざ笑ったんだ。


 それで、すべてを悟る。ああ、本当に最悪だ!

 天を仰ぐべきは、誰より私だった。


 これは、前回の、バレンタインのお返しなんかじゃなかった。

 前々々回のお返しだ。まだ根に持ってたのか!


 ――愛するということは、与えること。無粋に言い換えるなら、損をしても構わないと思えることだ。


 かつてそう告げた私に『大事なのは、損をしないこと』と言わせること。

 よりによって、君を相手にだ!

 ああもう、今日はホワイトデーだってのに、本当にままならないな!


 ――愛なき世界へようこそ。そんなこと、どの面下げて書けばいいんだ?

 持つ者も持たざる者も、命はたったひとつきり。誰もが己の人生に、その(すべて)を賭けている。

 なーんて、ね。


 さて今回は、学校とか、ゲームの攻略wikiとかで習った「期待値」が役立たない場合をテーマに書いてみました。

 作中では、『期待値=相加平均』『期待率=相乗平均』と使い分けています。期待率は造語ですね。

 期待値という言葉が有名すぎて、平均といえば足して割る、相加平均が当たり前。相乗平均? 何それおいしいの? という空気感。

 でも去年4月から既に、高校で金融教育が始まったそうです。資産の運用とか興味を持ったら、相加平均より相乗平均の方がよっぽど役に立つだろうなぁ。知らないとまずくね?

 こんな心配、杞憂だとは思うのですが……君のことを考えてたら、書かずには居られませんでした。

 思わず期待値に対抗して、期待率なんて言葉を作っちゃいました(笑)


 世にありふれた「もうけばなし」の一例。

 期待値はいつも期待率と同じか、大きく見えるものです。(※数学の定理、相加平均≧相乗平均)

 期待値では儲かりそうだけど、期待率考えたら致死性の罠(デス・トラップ)

 気軽に深入りして、大火傷しないようにご注意を。


 失う悲しみは、得る喜びの2.25倍大きく感じるなんて話もあるそうです。

 生存戦略としてみれば、むべなるかな。そうでなければ生きていけないってことなんでしょうね、たぶん。


 ちなみに、6面サイコロを3つ振ったバージョンの期待率はおよそ「100.4%」です。全財産ぶっこんでも投げるたびに0.4%ほど儲かります。魔王はこれを嫌った様子。計算ミスってたらごめんなさい。


 次……は短編かなぁ。経済ネタはちょっとおいといて……「今日も世界は美しい。」なんてどうだろうか。やけちゃうような(意味深)2人組のお話。お楽しみに。

 あとがき下のところから、評価を頂けると作者のテンションが爆上がります。よろしくね!^^

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