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6.お約束が目の前を通りすぎる。

「······っし、出来た!」

 コブラとの死闘からはや2日が経った。コブラのひたすらにデカい図体のおかげで今の所食料には困っていない。

 戦闘の中でしっかりと火が通っているから、日持ちが心配だが贅沢は言えない。今朝ちょっとお腹が緩かったが、まぁ大丈夫だろう。


 そんな巨大な蛇肉も、もう半分は消化してしまっている。ティウルがまぁよく食べるのだ。

 とはいえ、余りに大きい故に運ぶ事も困難で、足止めを食らっている以上は早く食べ切るに越したことはない。


 そんな訳で現在暇なので、俺はずっとコブラの皮を使って鞄を作っていた。

 最初の鞄作りから《手芸》スキルを獲得したらしく、多少早く、そして上手く作ることが出来た。


 スキルと言えば、《付与魔法》スキルは現在レベル12,《格闘術》スキルは現在レベル5である。これが高いのかどうかは分からないし、レベルが上がって恩恵があるかどうかも分からないが、まぁ上がることは良いことだろう。


 それはともかく、今は鞄に集中しよう。鞄そのものは完成した。蛇革の鞄という訳で何となく成金感が否めないのだが、手持ちの素材がそれしか無いのだから仕方ない。

 これから魔法の鞄を作る上で最も大事な付与の作業に移る。

(前回の《時間停滞》は入れる手の動きすらゆっくりになったしな。時間系は諦めた方が良いのだろうか······?こう《魔法の鞄》のイメージはあるんだけどなぁ、どんな魔法を付与すれば機能を上手く付けられるか······ん?イメージ?)


 最悪な思いつきであった。もしこれがまかり通るなら、努力とか必死で考えた事が全く無意味になっていまう。

 だが、試さない訳にも行かない。


「《付与(エンチャント)魔法の鞄(マジックバック)》」

 コブラから取れた拳大の魔石を媒介に、蛇革の鞄に付与魔法を唱える。結果、魔法陣は展開し順当に魔法は成立した。


(それで良いのかよっ!?)

 心の中でそうツッコミを入れるが、まだ性能を検証していない事に気づく。

 魔法は発動したが、効果が出ているかどうかは分からない。

 取り敢えず物は試しに、と右手を突っ込んでみる。


(底は······無いな。空間が広がってる。腕もスムーズに動く、時間系の機能もイメージに入れてたからその辺は大丈夫か?)

 つまりは成功である。

 鞄に「魔法の鞄にな〜れ」と魔法をかけるだけで求めていた《魔法の鞄(マジックバック)》が出来上がったのだ。頭を悩まして、挙句魔力の過剰消費でぶっ倒れた後だから釈然としない。


 ため息をつきながらも鞄から手を抜くと、俺は右腕に違和感を感じる。

(······動かない?痺れてる───ってか何この色、真紫じゃん!?)

「待って痛い痛い、何!?」

 腕全体を満遍なく針で刺されたような痛みが走り出す。

 明らかに異常な色に変色した肘から先は言うことを聞かない。


(っ何これ、毒?毒なのか!?)

 取り敢えず、毒無効の魔法をかけてみる。

「《毒無効耐性(アンチ・ポイズン)》!」

 魔法陣は発動した。だが、痛みはひかない。むしろ痛みは増すばかりだ。


(なんでだよ!?毒じゃない?知らん!とにかく何かっ───)

 混乱、焦燥、驚き、もはやまともな思考が難しくなりながら、魔法のつもりで闇雲に叫ぶ。頼むから何かしらの魔法が効いてくれ、と。


  とにかく、何かしらの状態異常である事は明白である。なら、あらゆる状態異常に効果があるものなら?

 深く考えるより先に、もはや人の物とは思えぬ右手を傍を流れるせせらぎに突っ込み、そして叫ぶ。

「───《付与(エンチャント)万能薬(エリクサー)》!」

 すると魔法陣が腕を中心に展開し、川の水面が淡く光る。光は下流にどんぶらこと流れて行ったが、川の輝きが完全に戻った頃には、腕の痛みは引いていた。

 川の水の一部にあらゆる状態異常を治す万能薬(エリクサー)の性質を付与する事で、事なきを得た。

 咄嗟の思いつきだったが、上手くいって良かった。


 ······何とか落ち着いた所で色々考えてみる。何故こんな事が起こったのか。

 まず腕の激痛の原因、あれは毒と見て間違いないだろう。《付与・魔法の鞄》にあんなおぞましいイメージは無いため、その他の原因と見るべきだ。

 となれば疑わしいのは今回使ったコブラの魔石だろう。戦闘の中で毒らしき液体を吐いていた事もある。そんな魔物の魔石を媒介にしたため、自動的に毒属性が付いたのでは無いか。という考察だ。

 まぁ、誰か教えてくれる人も居ないので仮説の域は出ない。

 それでもこの説を信じるなら、なるべく無属性っぽい魔物から魔石をとる必要があるだろう。

(······そもそも属性って概念も詳しく分からん。火、水、草の三すくみとか、増えても雷、土、光、闇とか?まぁいいや、その辺は街に出たら誰かしらに教えてもらおう)

 こういう事はどれだけ考えても、結局妄想でしか無いのだ。切り替えていこう。


「当面はこの森からの脱出だよなぁ。ティウル、この肉今日の晩飯と明日の朝飯で食べきって明日の昼出発するぞ」

「バウっ!」

 と、言うわけで余りに疲れてしまったこの日は早々に眠ることにした。


 え、あまりにも無防備すぎるって?分かってますとも。

 目が覚めたらティウルが血だらけだった件もあったので、あれからちゃんと対策してますとも。

 寝る前には必ず自分たちの周りを囲うように石とか木片を並べて、《結界付与(バリア)》と唱えるとドーム状の見えない壁が出来上がる。

 基本的にそれをしてから寝るようにしている。今日も例外では無い。

 とまぁ安心安全なので。おやすみなさい。


  ***

 ───そして夜は明けた。

 予定通り、コブラ肉を残さず(主にティウルの)腹に収め、長らく拠点にしていた川辺を後にした。

 とにかく歩けばいずれ森を出られるだろうと、適当な方向に歩き出す。しかし───


「どうしてこうも上手く行かないのかね」

 立ち塞がる魔物を前に、俺はそうボヤいた。


 鋭く尖ったクチバシ、広げれば5,6メートルにもなりそうな翼、それが虎のように筋肉質な胴体から生えている。4本の脚からはそれぞれ鋭い猛禽類らしい爪ががっしりと大地を掴んでいるのだ。


 これまで会ったのは見覚えのある恐竜、でかい狼、でかい蛇、なんか刀を咥えた虎。十分ファンタジーだが、見た目に関しては既視感の塊だった。

 故に目の前の魔物を前に、少々心が踊っている。

 ······そう、グリフォンと言うヤツだ。


「よーし、やるぞー!《筋力強化(パワーブースト)》!」

 取り敢えずは小手調べから。軽快に飛びながらグリフォンとの間を詰め、殴り掛かる。

 しかし、その拳には空気をかいただけに終わる。


「······なるほど、回避系の敵ね。俺嫌いなタイプだわ」

 この世界はゲームではない。そう自分に言い聞かせた最初の数日であったが、最近は逆にゲームと重ねて考えた方が色々楽だということに思い至った。

 そしてゲーム準拠で《付与魔法》を考えると、少し戦闘も気が楽になった。


「動きが早い······なら、遅くすればいい!《移動速度減退(スロームーブ)》!」

 グリフォン目掛けて手をかざすと、たちまちグリフォンの足が重くなる。

 思うように動かせないからか、グリフォンは何処と無く困惑している様子だ。


「よし今だ、畳み掛けるぞティウル!」

「ガウッ!」

 動きの鈍くなったグリフォンに対して、俺は殴る蹴るをがむしゃらに繰り出し、ティウルは鋭い爪や牙で傷をつける。

 付与魔法というものに少しずつ慣れてきたおかげか、それともこのグリフォンがそこまで強い魔物では無いのか。もはやリンチだった。

 グリフォンもやられるばかりでは無く、その鋭利な爪で反撃しようとするが、俺の付与魔法(デバフ)のおかげで避けるのは苦ではない。


 しかし、グリフォンにあって俺たちに無いもの。それを使われた時、俺たちは為す術がなくなる。


 ───ブァサァ!

 余りに大きな翼を広げて、グリフォンは空中へと退避する。

 手は届かないが、かと言って諦めるつもりもない。

「《跳躍力強化(スプリング)》!」


 思い切り地面を蹴り、グリフォンに手が届く位置まで跳び上がるが、グリフォンはそれを見てさらに上へ上昇する。


 本来戦いでは制空権を取った方が有利とされるが、グリフォンはそれでもなお、自分に勝ち目は無いと判断したのだろう。

「───っ!逃げやがったぁ!」

 グリフォンは忌々しげにこちらを睨み付けながら、明後日の方向へと飛び去って行った。


 飛んで逃げてしまっては仕方がない。

 今回は諦め───

「───られるわけねぇだろ!ティウル、追いかけるぞ!」

「バウッ!」

 ティウルもどうやらご立腹らしい。俺の主観だがな。

 グリフォンが飛び去った方角を目指して、俺たちは走り出した。


 ***

 足場の悪い中を走ること約20分。俺たちはグリフォンに追いついた。しかし、

「······何この状況?」


 茂みを抜けて、ある程度広い場所にグリフォンがいて、そこには他にも生物がいた。

 ボロボロのグリフォンは荒ぶり、相対して真っ白な狼が低く唸っている。大きさはティウルとほぼ同じ、恐らく同種だろう。

 威嚇中の狼の後ろには2匹の子狼が。恐らく子供たちだ。となると、その子らを護るように立ち塞がる狼は母親だろうか。

 よく見ると、傍らには血だらけで倒れる狼もいる。そこに生気は感じられない。


 推測でまとめると、まず俺たちから逃げたグリフォンはこの狼の家族と遭遇。気が立っていたグリフォンはそのまま彼らに襲いかかった。

 父親と思われる狼は家族を守るためにグリフォンと戦い、命を落とした。

 そして子供たちだけでも護ろう、と母狼が次にグリフォンに立ち向かっている。という感じだろうか。


「ティウル、助け───ってあれ?」

 ティウルに「助けに行こう」と声をかける間もなく、既にティウルは駆け出していた。

 完全に向こうに気を取られたグリフォンの首筋にぞぶりと牙を立て、グリフォンは呆気なく事切れた。


 グリフォンという脅威は息絶え、母狼とティウルはひっきりなしに尻の匂いを嗅ぎあっている。

 確か犬が挨拶する時の行動だ。ひっきりなしに尻尾をブンブンと振っている。

(······なるほどね)


 ティウルが一目散に飛び出した理由。きっと恋だろうな。

 フリーのメスが目の前にいて、一目惚れしたから助けに出たようだ。

 なんなら相手の母狼の方も満更ではない様子だ。


 と、俺の考えている事が伝わったのか、ティウルは俺と母狼を交互に見やり、困り顔を浮かべる。

 どちらと行くべきか迷う、と言った所だろう。

「いいよ、無理に俺に着いてこなくても。彼女幸せにしてやれよ?」


 俺の言葉を理解してか、迷った様子は無くなったが、まだ少々困った顔をしている。

(······しょうがねぇな)

 俺はティウルの方に近づき、ワシワシと撫でてやる。

「俺を心配してくれてんのか?サンキュ、大丈夫だよ。たまに、会いに来てやるからな」


 目をしっかりと合わせてそう告げる。ティウルは俺の言葉を聞き終えた後、べロリと俺の顔をひと舐めして、雌狼の方へと歩いていった。

「······じゃあな、短い間だったけど楽しかったよ」


 俺は手を広げて1回振り、そのまま踵を返した。

 背中に、哀しみの含んだ遠吠えを受けて。


 こうして、俺は再び一人旅を始める事になった。

 寂しくないと言えば嘘になる。だが、これでいい。同じ種族で居た方がティウルもきっと幸せになれるはず。

 俺は当てもなく、ブラブラと歩を進める。


 別れはいずれ必ずあるものだ。それが遅いか早いかの違いでしかない。

 それはそうと、ふと思う事がある。


「ピンチの女性を助けて恋に落ちるって······本来転生者(おれ)に起こるべきイベントじゃね?」

 お約束は必ずしも守られるわけでは無いらしい。

以下余談、スルーでも大丈夫です。

***

「お姉ちゃん!水汲んで来たよ!」

レイが家に入ると、神妙な空気が流れていた。

「レイ、静かにしなさい。アンの体に障るだろう」

「大丈夫だよ······。レイ、いつもありがとう」


レイの姉、アンは後天性魔力放出症と言う病気にかかっている。原因も治療法も不明、いわゆる不治の病と言うやつだ。そのおかげで、アンは寝たきり状態である。


「今夜が峠でしょう。今のうちにお話しておく事をおすすめしますよ」

「おいお前、本人の前で何を!」

歯に衣を着せない医者の言葉に、父は激昂して掴みかかる。


「アナタ、やめなさいよ」

「そうだよ、パパ止めてよ······」

母とアンは父を止めると、父は渋々手を引いた。


「レイ、お水を飲ませてくれないかしら。私、喉乾いちゃった」

「もちろんだよ、お姉ちゃん!」

レイはコップに汲んだ水を注ぎ、アンの口に運ぶ。


「ん······っ!」

突然、アンが顔を顰める。苦しそうだ。

「アン!大丈夫!?」

「お姉ちゃんしっかりして!」


「おいレイ!お前何をアンに飲ませた!?」

「っ!いつもと同じ、川の水だよ!」


「パパ止めて!平気だから」

アンが立ち上がり、父を止めようとしていた。


「アン!?立って大丈夫なのか!」

「うん、なんか······元気になった」


父はアンを力いっぱいに抱き締める。

「パパ、苦しいよぅ」

「良かった、アン!良かったなぁ!」

涙を流しアンを抱き締める父をよそに、医者はレイが汲んだ水を観察していた。


(これは······ただの水じゃない?なんだこれは)


こうして、傑の流した万能薬がひとつの家族を幸せにしたのだが、本人は知る由もない話である。

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