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《※休載中》自己完結付与術師三栗傑の受難   作者: 莢山 迷
第1章:平穏な国タイダール王国編
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閑話.回復術師リアス・クレレックの苦難

明けましておめでとうございます。

実は本日で連載一年になります!(なお、休載中)

こんな日に何もしないのは流石に嫌だったので番外編を更新します。

続きも鋭意執筆中なので、どうぞ今年もよろしくお願いします!

 平和の国タイダール。この国がそう呼ばれるのは王が面倒ごとを嫌うから。

 逆に言えば王の目が届かない、王に厄介ごととして降りかからない範囲での平和は保障されていない。それがこの国の実情だ。


 俺もまた、そんな一面的な平和の裏面に苦しめられてきた。


 子供のころ、よく父親に殴られた。

 働きもせず、酒ばかり飲み、賭け事(ギャンブル)に金を捨てる。賭けに負けて帰ってくれば俺を殴り、酒に酔っては俺を殴り、暇さえあれば、目が合うたびに殴られた。

 何度殴り返そうと思ったか分からない、何度も殺してやろうと思った。だがただでさえまともな飯も食えず細った身体が、さらに痣だらけで痛んでいる。そんな状態で逆らっても元冒険者の父親(クズ)の逆上を買うだけで、痣を増やす結果にしかならなかった。


 父親の拳を日常的に受けていたのは決して俺だけじゃない。母親も、兄も、同様に身体に痣を作っていた。だからこそなのかもしれない、俺が逃げようとしなかったのは。

 苦しいのは俺だけじゃない、これが日常なのだ。そう思い込んでいた。

 あの日までは──。


 俺が14歳、兄が16歳の頃。

 その日、母親が死んだ。父親に殴り飛ばされ、その拍子に頭をぶつけた。当たり所が悪かったのだろう。

 その時父親はこう言った「これで食い扶持が減った」と。


 俺と兄はその晩、家を飛び出した。せめてもの復讐に父親の酒瓶を一つ残らず叩き割って。

 俺はその時火をつけていこうと提案したが、兄に棄却された。兄は一言だけ「殺す価値もない」とだけ言っていた。


 街にいてはすぐに父親に見つかってしまう。その晩のうちに街を出て、ただ歩き出した。目的もなければ希望もない。ただ、ずっと身近にあった絶望から足早に逃げたに過ぎなかった。

 結果、また別の絶望に身をさらす結果となったとしても。


 まず最初に俺たちを襲ったのは、渇きと飢えだった。

 当然だ。水も食料も持たず、着の身着のままで街の外へと繰り出したのだ。今にして思えば愚かという他ない。

 そんな極限の日々の中で、俺たち兄弟に変化が起き始めた。


 兄は口調が大きく変わったのと、元々大柄だった体躯が更に逞しくなった。

 口調が変わったというのは······言ってしまえば女性的な口調になったのだ。恐らく、母親を失ったショックと俺を守ろうとする意思が、兄を変化させてしまったのだろう。

 肉体の変化も同様の理由だと思うが、不可解である事には変わらない。だがそのお陰で獣を捕らえることが可能になり、渇きと飢えの問題は解決の兆しを見せたため、深く考えることはしなかった。


 対して俺は、体躯が変わらなくなった。

 力が強くならないわけでは無かったが、それが見た目に現れることは無かった。

 多分、俺が『男』を心から嫌悪したからだろう。

 俺は父親と同じ『男』である、その事実がたまらなく嫌で、吐き気を催す事さえあった。故にだろうか、俺の身体はやや女性らしい丸みを帯びる様になった。

 いつしか一人称も、俺から僕と言う様になった。


 兄が異様に強くなってから食いつなぐ事は容易になったが、一向にどこか街へ着く兆しは見られなかった。いつまでも街の外で自給自足を繰り返しながら、ただ何処かへ歩みを進めるだけだった。

 だが半年という期間、何事もなく生きながらえていたことがある種の奇跡であったのだろう。

 一見平穏に見える旅路であったが、街の外にいるのは被捕食側の小さな獣だけではない。相手によってはこちらが被捕食側にまわることだってある。

 そう本能で理解させられる事になった。


 ある日何の前触れもなく、唐突に、まるで巨木のような蛇が地中から飛び出してきた。その目は完全に餌を見る目で、シュルシュルと舌を鳴らしてこちらを見下す。

「逃げよう兄さん! 流石にコイツは無理だ! 」

「逃げてどうするのよ! 仮に永遠に走り続けられる体力があってもどうせ振り切れやしないわ。ならせめて、コイツは私が止めておくからアンタだけでも逃げなさい! 」

「ふざけないでよ! ここまで来て一人で逃げられるわけ無いじゃんか! 」

 窮地に陥っての不毛な言い争い。自己犠牲、依存、親愛、心中。生存本能を足蹴にしたような意味のない生涯初めての兄弟喧嘩。僕ら兄弟にとっては多少重要な事だが、大自然に於いては塵芥とそう大差のない些事でしかない。

 今目の前にいる蛇にとっては、餌が逃げなくてラッキー程度の事でしかないのだ。

 力を持たない事がこんなにも惨めなのだと······そう思ったのは初めてではない。物心ついた頃からずっとそう思ってきた。

 父親(クズ)からの被虐から逃げてみれば、どこに行こうと所詮弱者は弱者のままでしかないのだと、そう思った。


 グロテスクな蛇の大口がこちらを向く。諦念の中で己の人生を心から恨み、生まれ変わるなら強者でありたいとそう考えていた。ついぞ、蛇の頭が僕らを包み込むことは無かった。

 それは刹那の出来事で、具体的に何が起こったのか、それは分からなかった。だが目の前で起こった事実をそのまま述べるなら、蛇の頭が一瞬にして消失したのだ。


「なんだ、人間族(ヒューマン)の子供がこんなところで何をしている」

 いつの間にかそこにいた人影、この男が蛇を屠ったのだと理解した。

「家出か? それで街の外まで出てきたってのか、イカれてんなガキども」

 砂埃が晴れるとともに、その人影は次第にはっきりと見えてきた。透き通るような真っ白な肌に横に伸び尖った耳。学のない僕らでも分かった。森精族(エルフ)だ。

「······あなたこそ、森精族がこんなところで何をしてるのかしら? 」

 兄がまずそう聞き返した。兄が疑問に思うように、森精族がタイダール国内に『森精族であることを隠さず』に居るということは、街の外にボロボロの子供だけでいることよりも珍しいのだ。

 この国では種族差別は推奨されていない。だが、それだけだ。はっきりと禁止されているわけではない。律されるのはあくまで国際問題にならない範囲でのみで、世間ではやはり異形は忌み嫌われる。これが人間の性である。

 それでも目の前の森精族はこうしてタイダール領内にいて、人間の前にやすやすと顔を出す。それは確かに奇妙な事だった。

「俺はエラグニス・ジン・クレレック、まー平たく言えば医者だ。で、お前らは? 人間のガキども」

「私は、デラスよ」

「······リアス」

「ふぅん、デラスにリアスか。······よし決めた、お前ら俺と来い! ちょうど人手が欲しかったトコなんだ」

「「はぁ!? 」」

 これが僕らと師匠(せんせい)との出会いだった。


 ✽✽✽

「どーだ、もう歩けるくらいには回復したろ」

「うん、ありがとうエルフのオジサン! 」

「だぁから······オジサンじゃなくてオニイサンと呼べって。俺はまだ217歳だっつーの! 」

「凄い長生きなんだね、おじいさんみたい! 」

「うるせー! 」

 大人気なく子供に声を荒らげるエラグニスを見ながら、僕は兄と共に肩をすくめる。これで並外れた医療技術(スキル)を持っているというのだから、世の中奇妙と言わざるを得ない。


 エラグニスの旅の目的は、治療だった。様々な地域を練り歩き、怪我人や病人が居ればその人を無償で治療する。

 しかも、一切の見返りを求めないと来た。僕は最初、エラグニスのこの旅を偽善だとなじった。だが、彼は何食わぬ顔で。

「怪我人病人はよ、治療を受けられなくてキツい思いしてんだ。そんな中俺がフラって現れて治してやるって希望見せた所で『さぁ金払え』って言ったらまた絶望に叩き落とす事になんだろ?

 俺ぁ嫌だね、喜ばせるために治してんのになんで悲しませなきゃいけないんだよ」

 ──だそうだ。


 そんな旅の最中、僕らは彼に回復術(ヒール)を学んでいた。弟子として、或いはまるで親子のように。

 ──5年間。彼と共に旅をして、技術を受け継いだ時間だ。その間数え切れない程の命を救い、同時に数え切れない程の命を取りこぼしてきた。

 患者の死を目の前にする度、エラグニスは決まってこう言った。

「仕方無かった、なんて間違っても言うなよ。もっと技術と判断力があれば本来救えた命だ。今失った命は、自分(てめぇ)の責任だ」

 もう何百、何千と聞いた言葉は、いつしか己の理念にもなっていた。


 僕が20歳を迎えた頃。タイダール王国の西側、隣国フヌンを旅していた時、転機は唐突に訪れた。

 フヌンは頻繁に内戦が勃発しており、国内は大抵怪我人を抱えていた。無論そこにおいて、医者の需要は言うまでも無い。

 治せばその分怪我人が増える、そんなイタチごっこ環境にて僕ら3人は魔力を酷使し続けてきた。

「デラス、リアス、片っ端からヒールかけていけ! 完璧に治そうとするな、とりあえず死なないトコまで治して魔力をセーブしろ! 」

 エラグニスの檄を耳に流しながら、僕も兄も懸命に命を救ってきた。


 怒涛の勢いで送り込まれていた怪我人が一時的に落ち着いた頃、それは起こった。

「おい森精族のダンナ! 急患だ、なんとかしてやってくれ! 」

 運び込まれてきたのは左脚を吹き飛ばされた男性だった。火属性の魔法にやられたのか、傷口は炭化している。それ故に出血がほぼ無いのが幸いだった。

「······っ! これはマズイな······」

「ねぇ師匠(せんせい)、僕にやらせて」

 僕はエラグニスにそう言って、炭化した男の太腿に手を伸ばす。見るに堪えない傷口に魔力を込めて、僕は名もわからない《技能(スキル)》を発動させる。

 淡い光が断面を包み込むと、炭化した部分はボロボロと崩れ落ち、その部分を押し退けるように脚が生える。


「ッ! 」

 エラグニスの下で学び得た、その集大成。僕は当然、褒められると思っていた。だが──。

「リアス、ちょっと来い! 」

 これまで見た事がない表情だった。どう見ても怒っている、故に想定と異なる表情に困惑した。


 乱暴に手を引かれて、人気の無い場所まで連れられる。。

「ちょっと師匠、痛いって! なんで、僕あの人の脚治したじゃん!? 」

「······《過回復(オーバーヒール)》。あの《技能》の名だ」

「······」

 エラグニスはこちらを見ようとしない。ただ淡々と、厳かに言葉を発する。

「あれは回復魔法の体を成した殺しの技術だ。あれは、禁忌の術だ」

「でも······治ったじゃないか! 」

「お前がまだ未熟だったからな。それと、完璧に治すことと生かすことはイコールじゃない。それは覚えておけ」

「何を言って······」

「彼の脚が完全に治った以上、彼は再び戦地に送られるだろう。次治療所(ここ)に運び込まれる時、俺らが治せる状態とは限らない」

「それならまたオーバーヒールで治せば──」

「死人は治せねぇだろ」

「ッ! 」

 僕は何も言い返せなかった。


「脚を失ってれば再び戦地に送られることも無かっただろう。足手まといだからな。とりあえず、俺から言いたい事は2つだ。『過回復(それ)は劇毒だ』と、『人を殺す治療をするな』だ。良いな」

「······分かっ──」

 不服ながらも返事をしようとしたとき、腹の奥にズンと響く轟音にそれは遮られた。


「──過激派の奴ら、診療所を攻撃してきやがった! 全員避難だ! 」

「待て、怪我人はどうする!? 」

「······やむを得ないだろ!」

 奇襲に声を荒らげていた戦士はあえて直接言うことを避けた、『動けない者は見捨てる』という冷酷で正当な判断を。

 それが少しでも多く生き残る上で最適なのはエラグニスも理解していた。犠牲は避けられないのだと。故に──

「俺が残る······って言うより引き付けるから、怪我人も全員運び出せ」

「ハァ!? あんたが殿(しんがり)なんてやったら怪我人は誰が治療するんだよ!」

「リアスとデラス。あいつらには教えられる事は全部教えた。代わりにこき使ってくれ」

「師匠······でも! 」

「リアス、お前は少し付き合え。逃げんのはまだだ」

「······?」


 ✽✽✽

「ぐるるるぉぉぉあ! 」

 建物の外は絶え間なく足音が轟いていた。普通の人間の十数倍はあろう巨体に、顔の半分を占める単眼。そんな異質な存在が数え切れない程の群をなして歩み寄っていた。

「マジか······《単眼巨人(サイクロプス)》まで起用してきたか。なんつーか、本気だな」

「いやいや呑気過ぎるだろ!」

 まるで危機感を感じない感想をぼやくエラグニスに、僕は柄になく大声をあげる。


 通常ならば恐れ慄く様な光景を前に、エラグニスは笑っていた。

「よぉく見てろよ、リアス」

 こちらを振り向いてそう言うエラグニスの頭上で、先頭の単眼巨人が拳を構える。

「師匠──!」

「これが《過回復》の本来の使い方だ」

 まるで落石のように振り下ろされる巨腕に触れたかと思うと、単眼巨人は触れた部分から黒い塵となり散っていった。


「······っ! 」

()()を見た上で、どう使うかはお前が考えろ。リアス・クレレック」

 僕はその呼び方に耳を疑った。クレレックはエラグニスの姓だ、僕の名に添えられるものじゃないはずだ。

「森精族の名前の一番最後のはな、その人の誇りを込めるんだ。弟子をとって、技術を継承し、それを認めたとき、その誇りを受け継ぐんだ。リアス、デラス、お前らに教えられることはもうない。お前らの誇りを失わないよう、生きてくれ」

 それだけ言い残して、エラグニスは単眼巨人の群れの中に消えていった。その場において何もできない矮小な存在(もの)である僕は「さよなら」とだけ呟いて、避難したほかの人たちのもとへ走った。


 その後、エラグニスと会う事は無かった。

 ただ、それ以降過激派からの攻撃が止んだ。きっと彼が何かしたのだと思う。けど、それだけだ。明確な消息はどこにもなかった。

 治療の必要がなくなった僕と兄はフヌンを出て、タイダールへ戻る事にした。何処か安らぎを求めていたのだと思う。

 兄は僕らの故郷であるタイマンで、僕はその近くのダルーイの街で冒険者として職を得た。平穏だが、やりがいのある日々だ。

 余談だが、父親(クズ)は僕らが旅立ってからのすぐに死んだそうだ。酔っ払った拍子にゴロツキに当たり散らし、返り討ちに合って死んだらしい。クズらしい惨めな最後だ。


「──とまぁ、僕はこうしてタイダールの専属回復術師という位置に落ち着いたのさ! 」

 僕の話を聞いていたスグルは胡散臭い物を見る目で見ていて、ピエリスちゃんは悲しげな表情を浮かべている。


 己が背負った闇を他人には与えまい、と。僕は道化で居続ける。

 身体の怪我は簡単に治せるが、心の傷は治せない。それは僕が一番分かってるから。

 だからこそ、僕は皆を癒す存在になるんだ。それは今も昔も、そしてこれからも、決して変わらない。

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