42.一応決着した。
眼前に迫るサビ臭い凶器に映る己の目と見合う度、僅かな失望をその肩に積もらせていた。
こんな状況で、無様に意識を失っていた間に護衛対象を傷つけられ、ピエリスに無理を強いていた直後で。
それでも尚、この闘いに胸を弾ませる自分が居ることに。
──《効果付与・三重拡張斬撃》
《二重斬れ味強化付与》
「はぁぁあ! 」
激情に任せる様な咆哮と共に、俺は全身で《獅子王の牙》を振るう。大地を深々とえぐる斬撃を繰り出しては、じりじりとカァムに迫る。
「甘い! 」
命を削っての攻撃も、それでもカァムにいなされる。未だ一撃たりともあてられていない。
だが顔を見れば分かる、カァムの余裕も削がれつつあると。
決して間違っていない、カァムを倒す為の現状可能な手立てはこれしかない。ひたすらに、がむしゃらに剣を振るうだけだ。
付与魔法の重複詠唱を複数の要素において発動させている。そう長くは持たないが、今俺の攻撃はその全てが必殺と呼べるレベルまで昇華されている。それはカァムも理解しているはずだ。
そんな攻撃を受け続ける、もし1度でも対応を間違えたら? そんな重圧が確実に精神的にダメージを与えているはず。
これは我慢比べだ。俺が果てるのが先か、カァムが折れるのが先か。どちらかが訪れた時、この戦いは終わる。
「《蒼炎の刺突》! 」
「──くっ! 」
無論、カァムも防戦一方でいるばかりでは無い。こちらが気を抜けば同じく必殺級の反撃が来る。
我慢比べ? そんなもの理想論でしかない。
このまま続けば俺が果てるのが早い。そう理解するのは容易い事だった。
俺が勝つ為には、先にカァムを折るためには。
(戦況をひっくり返すような、何か手立ては──······)
問、何故攻撃が当たらないのか?
答、全て剣で弾かれるから。
問、何故剣で弾かれるのか?
答、敵の武器に関する熟練度、戦闘経験による実力差から。
問、何故カァムは避けない?
答、分からない。だが、攻撃は全て弾き返すばかりなのは事実だ。
問、どうすれば弾かれない?
答、一瞬でもカァムの手が止まる様なことがあれば、或いは。
(······そうか、一瞬でも躊躇させれば勝てるのか? それなら──)
焼き切れそうな程に脳をフル回転させ、俺は勝利の道筋を探る。ミディアムレアに焼き上がった脳みそはやがて、一筋の光を見出した。
(悟られるな。勝負は一瞬、一度きり。失敗すれば敗色濃厚! )
カァムとの打ち合いの最中、彼の獲物が中央から最も離れる瞬間、俺は勝つ為のプランを遂行させる。
習得したばかりの無詠唱付与を心の中で叫ぶ。
──《磁力付与》
磁性を纏った獅子王の牙を、カァム目掛けて振り下ろす。当然カァムはそれを防御しようとした。
だがその手はほんの刹那、静止した。
「ッ!? 」
(急に引っ張られたら、反射で手を引いちまうよなぁ!? )
今までは間に合わなかった一瞬、コンマ1秒未満の世界。その隙間をこじ開けた結果、その日初めてカァムの鮮血が空に舞う。
「······っくぅ! 」
そんな呻き声が聞こえたが、耳を通り抜けるのみだった。
まだ武器を手放していない、奴にはまだ余力がある。
畳み掛けるのは今しかない。
「喰らえぇぇぇぇぇぇえ! 」
全力、全身全霊で獅子王の牙をカァム目掛けて突き付ける。
ブツンと言う不愉快な抵抗と共に、俺の頬には生暖かい感触が飛び散る。
大太刀を腹から生やしたまま、カァムは空を仰ぐように倒れ込んだ。
「······ッはァ、はァ」
全てを出し切った結果、今まで背を向けていた疲労が一気に襲う。アドレナリンが切れたのだろう。
そう肩で息をする俺の耳に、弱々しい声が届く。
「あぁ······クソ、やられたよ······」
芝の上に両の手足を投げ出して、カァムが悔しげにそうこぼす。
「まさか負けちまうとはなぁ······。正直ものすごく不本意だが、仕方ないよな······。ヘバーデイン、撤退だ! 」
口の端から血を零しながら、カァムは絞るように叫んだ。
「了解。······正直納得してないのだけど、『カァムが敗北した場合目標を即時放棄して撤退』なんて」
そう愚痴りながらも、ヘバーデインは優しげに背負っていたベルを地面に下ろす。
「······潔良い、ってより舐めてんのか? 」
「まさか。元よりこうするつもりだったさ。負けたら作戦失敗、それくらいの緊張感は欲しかったんだよ」
「······」
「今回は俺の負けだ、だが次はこうはいかないぜ? 」
「······このまま逃がすと思うか? 」
状況は瀕死、腹には獅子王の牙。とても逃げられる状態とは思えないし、何より逃がすつもりもない。このまま衛兵か誰かに引き渡すつもりだ。
「──逃げられるから言ってんのさ」
「何を──っ!? 」
直後、小さな火花が散ったかと思うと、カァムの身体はたちまち炎を吐き出した。
視線を移せば、ヘバーデインと呼ばれた女も同様に燃えている。
「はははは! じゃあなスグル、またいずれ会おう。真世界が始まる前にでも、もう一度! 」
そう言い放ち、草原に黒い焦げ跡だけを残してカァムとヘバーデインは姿を消した。
「勝った······けど、釈然としないな」
結局逃げられてしまった。そんな些か納得のいかない終幕に不満をこぼしながら、地面に突き刺さった獅子王の牙を引き抜く。
(それに······次戦えば負けるだろうな。この先、あんなレベルの奴らとぶつかる事も多いだろう)
「依然俺は······弱い」
ズキリと顎が痛むほどに、俺は奥歯を噛み締める。痛みを感じていないと、周囲に当たり散らしてしまいそうだから。
「──スグルさん、ベルが!」
感傷にひたる俺の耳に、ピエリスの泣きそうな声が刺さる。
振り向くとベルを抱きかかえたピエリスがへたりこんでいた。
「──っ、これはマズイな」
ベルの顔色が悪い、生気を感じないほどに白い。そして、まるで対比のように腹部からは一度止まったはずの紅い血が溢れ続ける。
「回復が効かなくて、勢いは少し治まったんですが、血が止まらないんです! 」
「······やけに大人しく退いたなとは思ったが、まさかこういう事か? 」
傷さえ付ければ勝ち、だから簡単に撤退したのではと勘繰る。だが、今はそんな事はどうでもいいのだ。
今は、何とかしてベルを助けなければ。
「ピエリス、ちょっと離れてくれ」
「······はい」
俺なら何かしてくれる、と涙ながらに期待の目をこちらに向けてくる。だが、残念ながら確実に助かる保証は無いし、そもそも回復が効かない以上俺に出来るのは延命だけだ。
そして何よりの問題は、この付与魔法は俺の命の保証すらない。あまりにもピーキーなのだ。
だが、我が身可愛さでそれを避けていては、確実に後悔する。
故にこそ、俺は唱える。
「時間停止付与」
比較的大きな魔法陣が展開すると同時に、変化は起きた。浅く呼吸していたベルの肩はピタリと止まり、止まらなかった血もそれ以上流れ出る事は無かった。
(成功──······)
だが変化が起きたのはベルだけではない。俺もまた、魔法の影響を受ける。
視界が真っ赤に染まり、上下の感覚は消失。地面が側面から叩きつけられ、拍動に合わせて脳が握られる様な激痛が走る。
だが、まだ落ちる訳には行かない。
俺は《収納晶石》からあるアイテムを取り出す。
──《回収依頼用設置ビーコン》。皮肉にも、カァムに教わった魔具だ。
初めて使うのが自身の回収とは夢にも思わなかったものだ。血判や書類等をする余裕は無い。とにかく見つけてくれと、とにかく運んでくれと。そんな他人任せな思いを乗せて、薄れゆく意識の中で俺は位置情報を発信する側面のボタンを押した。
***
真っ白な世界の中、目の前に1人の人物が立っている。男か女か、若いのか老いているのか、滲んだインクのようなその人物像からは、何一つ情報が得られない。
そんな謎の人物がたった一言、俺に静かに言ってくる。
「──お前には······まだだ」
***
気がついた時には、白い天井が見えた。
「あら、起きたわね」
「······っ!? 」
白かった視界内に唐突に整った厳つい顔が侵入する。一瞬ぎょっとしたが、すぐにそれがデラスである事に気づいた。
「すごい顔よ? 悪夢でも見たのかしら。しかし貴方も無茶するものね······」
「あぁ、かなり無茶したと、自分でも思ってるよ」
「まるで他人事ね、まぁ良いわ。それより、ちゃんと彼女に感謝しなさいよ? 」
デラスが視線を移した先、ベッドに横たわる俺の腰元で寝息をたてるピエリスがいた。
「ずっとこうして一緒にいて、離れようとしなかった。大事にしなさいよ? 」
「あぁ······」
俺はピエリスの頭にぽんと手を置く。ことの他しっかりとした、それでいて艶やかで美しい髪に触れると、ピエリスが眠りながらもふんわりと笑った。
「あ、そう言えばベルは!? あいつはどうなった!」
「······着いてきて」
デラスはただ静かに、そう言うだけだった。
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