41.何回負けた雰囲気出すんだろう。
時間は、ほんの少しだけ遡る。
「──力を貸してくれ、ブレフィオーレ」
俺の囁きに応えるように、指輪は煌々と光り輝く。
指輪を伝って自身に染み入る魔力が、俺の背中を押してくれる。
この温もりが、心に冷静さを与えてくれた。
「《付与・神炎竜の焔剣》! 」
両手に握る刃が、優しい炎に包まれる。
それは、勇気を与える慈愛の炎。守護を与える貪欲な炎。そして、敵を焼き尽くす神の炎。
「へぇ······お前が使うか、それを」
「カァム、お前はここで倒す! 」
俺は笑う膝で大地を蹴り、獅子王の牙を振りかぶる。
「──せめて炎じゃ無ければ、俺に一矢報う事もできたろうに」
カァムは片腕を突き出し、何かを握るように拳を固める。
突如、獅子王の牙が纏う炎は掻き消えた。
「──何!? 」
「残念だが、これでお終いだ」
余りにも呆気なく消え去った炎に驚く俺の肩から腰にかけて、冷たい感触が通る。そしてその筋道はすぐに焼けるように熱と痛みを与え始めた。
斬られたのだと、理解するのは難くない。
(······クソ──)
こちらを見下ろすカァムの冷たい目を睨みながら、俺の意識は虚空へと引き落とされた。
***
血は滔々と流れ、平原に紅く小さな水溜まりを成す。
大切な物、護りたかったもの、その双方の無惨な姿を前にしてピエリスの頭は真っ白になり、目の前は真っ暗になる。
護れなかった、自分が弱いから。そんな自己嫌悪に陥るも、それで結果が変わる訳ではない。
「おい、今のは刺す必要無かっただろう」
「下手に暴れられても困るでしょう? 一応急所は外したわ」
そんな2人の会話も、もはやピエリスの人並外れた耳には届かない。憤怒も、悲観も、既に搾り尽くした。
そこにあるのは絶望と、孤独だった。
***
『まさに悲劇だな、半獣人の娘よ』
暗転した意識の中、聞き覚えのある声が聞こえる。
「貴方は······──」
『む? よもや忘れてはおらんよな。我らである、我ら』
『兄者、今のところ一人称しか情報を開示してないの分かってます? 』
「······」
忘れもしない。私にこの盾を授けた2人組だ。
ここは何処だろう、何故話しかけて来たのだろう。疑問は挙げればキリがないが、今は到底質問する気にはなれない。
どうでもいい、興味が無い。わざわざ聞こうとも思えない。
『いや全く、絶望とはこうも人を濁らせるか。あの日の輝きが到底感じられんな』
「放っておいてください」
安っぽい同情は要らない。それで全てが無かった事になる訳では無いのだから。
『······それで良いのでしょうか? このままでは本当に全て失ってしまいますよ? 』
「もう失ったんです」
そう、失った。私にはもう、何も無い。
信頼出来る主も、護るべき友人も。
『諦めるのは早いと思いますよ。貴女が主と仰ぐ彼も、友人と慕う少女も、まだ息はあります。ですが彼は放っておけばいずれ命を落としますし、少女は今にも連れ去られようとしています』
「······」
弟は必死で私を説得する。でも、私が立ち直った所で、出来ることなど限られているのだ。
『良いんですか? それで』
「良いも何も、私にはもう何も出来ません。そもそも、貴方達が私に戦う為の力をくれていたなら──! 」
戦う力がない故に失った。戦う力を授からなかった故に。
怒りの矛先を名も知らぬ彼らに向ける。それでも、ハッキリと分かっている。これは八つ当たりだ。
『······それは違うぞ、半獣人の娘よ。あの日貴様が欲したのは守護の力。故に我らはその望みを叶えられる『壁』を授けた、そこに過不足は無かろう』
言われなくても分かっている。でも、それでも──。
『何故出来ぬ事に固執し、出来ることから目を背ける? 絵空事ばかり描いて望みは叶うのか? まだその望みが潰えぬ内から諦めては、これからさぞ多くの物を失うだろうに』
「······でも私には、資格が無いです。スグルさんを、ベルちゃんを護る資格が──」
『資格なんぞ最初から不要だろうに。必要なのは、持ちうるだけの慈愛と、ほんの一欠片の勇気だけだ。護るという行為は優しさの自分勝手で良いのだから』
「······! 」
その言葉が、私の胸にストンと落ちた。
今までどこか一歩退いた立ち位置にたち続け、遠慮がちだった自分の心に、波が起こった。
──そうか······それでいいのか、と。
『もう、大丈夫そうですね』
「すいません、ご迷惑お掛けしました」
『行って、全部護ってこい! 』
「はい! 」
***
崩れ落ちた膝に力を込めて、ピエリスは再び立ち上がる。
そして、虚ろに転がるベルを担ぎあげようとするカァムを精一杯に睨みつけた。
「──待ってください」
「へぇ、あんだけ打ちひしがれてまだ立ち上がるか」
「護る事が、私に出来ることだから。それしか出来ないから。だから私は、自分勝手に全部を護ります! 《慈愛の円盾》! 」
大地にかざした左手の盾を中心に、淡い光の円が拡がっていく。攻撃かと一瞬身構えるカァムだが、彼には一切の影響を与えなかった。
これは彼女が愛する人々だけに癒しを与える、ただそれだけの能力。その力は、ベルから止めどなく流れ出ていた血を、ピタリと止めた。
しかしそれは、並大抵のものでは無い。今眼前で起こった事象に、カァムは目を剥いた。
「範囲回復、しかもこのレベルの······! スグルといい、お前らやっぱオカシイよ! 」
驚嘆、しかしカァムの口角は吊り上がる。新しい玩具を手にした子供のように無邪気に、しかし怪しげに。
カァムはこの瞬間、ピエリスを明確に危険な存在と認識した。
ベルをヘバーデインに預け、剣を振り抜き一歩一歩とピエリスに歩み寄る。
「護れ」
「······! 」
短剣を振り上げながら、冷たい声でそう警告する。
盾を構えるピエリスを目掛けて、カァムは鋭く刃を振り下ろす。金属音と呼ぶにはあまりに鈍い音を響かせて、広い平野をピエリスが転がる。
「──くぅ! 」
「どうした、もっと出来るだろ? 反撃したって俺は構わねぇんだぞ? 」
分かりやすい挑発を混じえながら、カァムは再び距離を詰める。
「ほら、次行くぞ」
もはや遠慮は無い、驕りも無い。ただ冷酷に、再び刃を構える。
「──り、《反撃斬盾》! 」
「っ! 」
ピエリスが咄嗟に構えた《カウンター》。衝突と共に弾けるはずだった斬撃は、不発に終わる。
「寸······止め──!? 」
「なるほど、こういうのを隠してたか。油断出来ないもんだ──な! 」
「っ! ──きゃあ! 」
カァムが関心しながら放った足払いに、再びピエリスは大地に転がされる。
「もう終わりか? 守ってばっかじゃ何も出来ないのと変わんねぇぞ? 」
「いえ、これで良いんです」
「······あ? 」
カァムの煽りを、ピエリスはむしろ笑って跳ね返す。彼女の内には、もう覚悟が完成しているから。
「私は盾、守ることが役割なんです。だからこそ、私はあの人と共にある」
「······まさか──」
背後に気配は無い。それでもカァムは振り返った、現状相対する敵に背を向けてでも。
故に気づいた。背後から迫る暗殺者の存在に。
「お、お前······気配消すの上手いじゃねぇの」
そんなカァムの軽口に、スグルは反応を示さない。ただ悲しげな眼を浮かべ、焦点は敵ではなく片割れに向いていた。
「······悪ぃピエリス。約束、破っちまった」
まるで悲観に溢れるようなその眼差しに、己に意識が向いていないという事実が、カァムの神経を逆撫でる。
「──無視とは偉くなったもんだな、スグル」
「すまん、そういうつもりじゃないんだ。今度こそ終わらせよう、カァム・シルバーホール」
淡々と、感情を捨て去ったような。そんな様子のスグルに、確かな違和感があった。それでもカァムは、目の前の戦闘を採る。
両者大地を蹴り、火蓋を切る合図さえもなく命の奪い合いが再開した。
もはやカァムには『試そう』という驕りは無い。『生かそう』という私情は無い。全身全霊をかけてスグルを斬り捨てると決めている。
その殺意をそのまま反映したように、カァムが振るう双剣はこの日最大の鋭さを持って空を斬る。
だがその閃撃を、スグルは大太刀一口片手1本で受け止める。
(······っ! 受け止めた? しかも片手で······さっきまでのコイツじゃこんな芸当無理だったろ!? )
加えてスグルは胴を袈裟に斬られる深手をおった直後である。ピエリスの《慈愛の円盾》により傷こそ癒えても体力が戻る訳では無い。その上での完璧な受けに、カァムは困惑を表出させる。
しかしながら、その答えは至ってシンプルであった。
付与に継ぐ付与。幾重にも重ねられた付与魔法により、スグルの体捌き、体幹、剣術、動体視力、戦闘に携わるあらゆる要素が限界まで引き上げられていた。
無論、スグル自身に多大な負担を強いる事を対価として。
限界に迫る故にか、感情が捨て去られた様に希薄な表情とは裏腹に、血のにじむ眼球が過度に血が上っていることを雄弁に語る。
その鬼気迫る様相は、ベルを背負っていたヘバーデインに独断での撤退を決意させる程であった。
スグルはそれを許さない。何一つ奪われる事を許さない、と。
(動きを止める······抵抗されるだろうか。今なら絶好調だ、大丈夫。否、慢心、妥協、楽観。俺の悪い癖だ。確実に行こう)
「──《大地付与・ 過重力》」
その瞬間、踵を返したヘバーデインの足は止まる。否、止められる。
足が上がらない、どころでは無い。自重に押しつぶされるような圧力が一身にかけられる。
「······くっ! 」
「逃げても良いが、ベルは置いてけよ」
スグルはそう言って、顔を歪めるヘバーデインを睨みつける。
「──よそ見ぃい!」
「くっ······」
側部より迫ったカァムの凶刃を、既のところで受け止める。
「周りが見えてんのはいい事だが、注意散漫で俺に勝てるとは思って無いよなぁ!? それにあれじゃあベルごと押し潰れちまうだろ、余裕が無いなら俺に集中しとけ」
「あー忠告どうも。だが大丈夫だ、ベルは対象から外してる」
「······ほう? 」
重力負荷が掛けられているのはヘバーデインのみで、ベルには一切の負担が除かれている。
言うは易し行うは難し。それは実際に行使しているスグル以上に、カァムが理解している。
攻撃範囲の微細な調整は並大抵の技術では無い。そんなモノを事なげに使うスグルに、カァムは──。
「ハッハハハァ! 本当におもしれぇなお前ら! 」
愉悦、快楽、興奮。骨の髄からの戦闘狂。
願わくばこの時間が永劫続けば良いとさえ思った。
比してスグル、限界などとうに超えている。本当の限界が、超えては行けないレッドラインがすぐそこまで迫っていた。
願わくば、早急に決着をつけたいと、そう思った。
──終わりの時は近い。
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