39.湖畔の騎士と狂い踊る。
忘れていました、誠に申し訳ございません。
「ピエリス、ベルを連れて逃げろ! こいつは俺が足止めする」
「はい! 」
俺の命令を受け、ピエリスはすぐさまベルを背負ってその場を離れる。
「······足止めね、確かにこの状況なら間違ってない選択だな」
足早にその場を去ろうとするピエリスを眺めながら、まるで我関せずとでも言うようにカァムは呟く。
「追いかけようともしないんだな」
「あぁ、本命は人に任せるとするよ。ヘバーデイン! 」
「······ッ! 」
カァムが突然大きな声を出すと、1人の女がその場に現れる。
「──まさか本当に呼ばれるとはねぇ」
「聞いていたろう、『運命の特異点』が逃げた。即刻捕獲しろ。こいつは俺が留めておく」
「はいはい、最悪の場合は作戦を切り替えるけど大丈夫かしら? 」
「問題ない、好きにしろ」
そのぶっきらぼうな物言いに返すことはなく、女はピエリスが駆けた方角に倒れ込むように消えた。
正直、ピエリスの方へ駆けつけたいが、そうするとカァムを無視する事になる。
「······意趣返しのつもりか? 」
「別に、単なる戦略さ」
そんな意味の無い会話の後、しばしの沈黙。そして──
なんの前触れも無い、衝突。
獅子王の牙とカァムの双剣が火花を散らす。
(くっ······重い!)
本来軽く、打ち合いには向かないはずの双剣にも関わらず、若干押され気味の現状に戦慄する。
実際双剣その物に重さを感じない。即ち──
(カァム自身の純粋な膂力······っ! )
このままでは押し切られると踏み、一旦刃を引き逆袈裟に切り上げる。
「遅い!」
「っ! 」
カァムは振り上げた獅子王の牙の鎬を踏みつけ、一気に懐に入ってくる。両手に握る刃で首を狙って。
「《首落としの鋏》! 」
(防御──無理、回避──無理! )
ならてめぇが離れろ!
「《熱波体付与》! 」
咄嗟の付与魔法にカァムも何かを感じたのか、俺の首を一旦諦め防御姿勢をとる。
直後、空気が一気に膨張し俺を中心に大気が爆ぜる。
熱波に身体を押されたカァムは軽く受け身をとってはすぐさま立ち上がり、相対する。
「っぶねぇ! ヒヤッとした······」
「へぇ、お前は熱くないのか。こっちは火傷するかと思ったぜ」
などとくだらない問答をしつつも、互いに隙を、そして攻め手を探る。
「オーケー、スグル。お前は強いよ、認めよう。お前の強さに免じて、多少本気で相手してやるよ」
「······」
カァムがそう言うと同時、カァムの魔力が高まり、両手の双剣は蒼い炎を纏う。
(おいおい······マジかよ)
もし高まる魔力の大きさが、強さに直結すると言うなら俺は同じくらいの魔力量を感じた事がある。
迷宮の奥深くで、ザッコスが放ったそれと同程度。そんな馬鹿げた魔力を放つ人物と今、敵対している。
絶望的とも言えるこの状況の中、上がる口角に幻滅する。
どうやら俺も、この世界に染まってきたらしい。気が遠くなりそうな強敵を前に、心が踊る自分がいる。
「······良いね」
そんな楽観的とも言える言葉が不意にこぼれた。
「──来ないなら、こちらから行くぞ! 」
カァムが茂る大地を蹴り、こちらへ距離を詰める。先程よりも幾分か早く、そして鋭い。
「っ《速力強化付与》! 」
咄嗟に敏捷性をあげる魔法を使い、右にその身をずらす。
(確かにカァムは速い······けど、目で追えない程じゃない! )
いくつもの戦闘を重ね、動体視力が向上しているらしく、十分にカァムを捉えられている。
「《筋力強化付与》、《切れ味強化付与》! 」
カァムの眼帯の方、死角に回り込み横薙ぎに切り払いを放つ。しかし──。
──トンッと軽く地面を蹴り、はその場でバク宙を決める。まるで獅子王の牙をバーに見立てた走高跳のように。
そして軽く地面に着地すると、カァムはこちらを睨む。
「確かに今の移動は速かった。が、対して剣の振りは緩慢。早く走るだけじゃ命は取れねぇぞ」
「ご忠告どーも」
そして再び、刃を交える。
耳をつんざく金属音は回数を重ねる毎に近づいてくる。着実に、俺の首筋に。
「······チィ」
このままでは押し切られると感じ、俺は一旦地面を蹴って距離をとる。
双剣と大太刀では手数が違う、1度防御に徹してしまえば防戦一方から抜け出せなくなる。
かと言って攻撃は鈍重故に当たらない。
正直、勝ち目などない。
せめてどの程度付与魔法を使えばカァムに追いつけるか、対等に戦えるかが解れば或いは──。
(──なんて、我ながら甘えた事考えやがる。コイツ相手に出し惜しみはしてられない、いつもみたいに土壇場で無理するんじゃ間に合わない。勝つ為には──)
「──最初から全力以上で、だ! 」
そして俺は大きく息を吸い、肺の酸素と魔力の限り声を張る。
「《三重筋力強化付与》、《二重切れ味強化》、《効果付与・追随する風の刃》! 」
脳を締め付けられる痛みを奥歯で噛み締め、全力で獅子王の牙を振るう。
「《疾風鬣刃》! 」
技の出し方が、発動に必要な付与が自ずと理解出来る。間欠泉のように溢れる情報に身を任せて技術を放った。そして理解している、それがどういう技なのか。
故に驚いた、カァムがとった行動に。
「──なるほど」
カァムはそれだけ言うと、左手に持っていた剣をこちらに投げつける。
《疾風鬣刃》は簡単に言えば当たった瞬間斬撃が炸裂する遠距離攻撃だ。手元で受けようとすれば全身を切りつけられる、そんな技だと認識していた。
カァムの手を離れた短剣は俺のスキルとぶつかり、上空へと弾け飛ぶ。花火のように弾ける斬撃は、何も無い空を斬るだけだった。
そこに残ったのは、拍動に合わせて脳を締め付ける頭痛のみだった。
(これでもまだ······届かないのか)
「なぁスグル、もう諦めないか? あんまり言いたか無いがお前じゃ俺には勝てねぇよ」
「······やだね。大切なもんを失うのは嫌なんだ」
もし仮に俺が諦めても、ピエリスは諦めないだろう。恐らく死ぬまでベルを守ろうとする。
俺が諦めたら、ピエリスも、ベルも、俺の手から全てのものが零れ落ちて、虚ろに軽い掌だけが残る。そして、護れなかった後悔が肩に重くのしかかる。
大切なものを失う悲しみを、これ以上味わいたくは無い。
そんな俺の覚悟を前に、カァムは無機質な嘆息を零す。
「はァ······残念だ。お前の事キライじゃ無かったからなるべく退いてもらう方向で行こうとしてたんだが──」
その声は段々と冷たくなり、その声色とは裏腹に蒼い炎の勢いは増す。
「──仕方ねぇ、殺すか」
その声を聞いた途端、全身が粟立つような怖気と背中や首筋を伝う冷たい感触に襲われる。
これは、恐れだ。脊髄から恐怖している。
おぞましい殺気にあてられて、膝はケラケラと笑っていやがる。これで心も笑えればどんなに楽か。
これまで、サバイバルの中で幾度も殺気は感じてきた。だがそのいずれも魔物によるもので、その殺気は狩という生活の一部としての殺気だった。
カァムのそれは、魔物が放つ殺気よりもどす黒く、引きずり込まれるような、そんなイメージがする。
怒り、諦念、悲観、使命。そんな非日常が生み出す人間の殺気は、あまりにも真っ黒に感じた。
「──行くぞ」
カァムがそう言ったのを理解した時、カァムの身体は既に俺を刃の範囲内に捉えていた。
その行動を「速い」と思ったのは、間一髪で切り上げられた刃を躱したあとだった。
本能による脊髄反射以外での行動が許されない状況に、本格的に危機感を得る。
せめてこの速度に追いつかなければ。
「《《速力強──」
「──させるかよ《蒼の裂斬》! 」
蒼い炎の斬撃が天を衝く。最早魔法を唱える隙さえ与えられ無い。
(ダメだ、何かしら付与しないと勝ち目が無い! ここは一旦距離を取って──)
強く大地を蹴りつけ、剣を振った直後で僅かに隙のできたカァムから離れた。そう思っていた。
「どこ行くんだよ」
「──ッ!? 」
後退の為に仰け反った身体を見下ろした時、カァムの冷たい表情と目が合った。
直後腹部に奔る鋭く、冷たい痛み。
無防備になっていた腹に深々と、カァムの剣が突き刺さっていた。
「──ガフッ······! 」
「終わりだ」
カァムの右手から伸びる剣は抜ける気配がない。カァムが振りかぶる左手に煌めく凶悪な光を避けられる未来が見えない。
なにか魔法で対抗しなければ。そう思えども、胃から迫り上がるサビ臭い胃酸が詠唱を阻害する。
それでも、言葉には出ずともその覚悟は、魔法を放つに至った。
──《帯電付与》
「──クッ! 」
俺の腹を刺し貫く刃を介して伝わる、弾ける痛みにカァムは手を離した。
「······」
腹に突き刺さっていたカァムの剣を乱暴に引き抜く。
──《継続回復付与》
唱えずとも、そう望むだけで腹から滴る鮮血は止まり、傷はじっくりと癒着していく。
無詠唱での魔法発動。本来ならもっと驚くだろうが、今の俺にはそんな余裕は無い。その事実を淡々と受け入れ、利用するまでだ。
腹の中を刃物で掻き回されたからか、異様なまでに腹が据わっていた。
ただ虚ろ気味な瞳でカァムを睨みつけながら、俺の脳内は凪いだ水面のように落ち着いていた。
──もういい。
俺は死にたくない、ピエリスの為にも。
······違う、最早誰かの為じゃない。俺個人の欲求だ。
だからもう、変に格好つけるのはやめだ。
意地汚いと言われてもいい、厚顔無恥? 知った事か。
半端者のプライドに価値など無い。
縋れる物なら藁にだって縋る、頼れる物なら頼ってやる。
だから──。
「──力を貸してくれ、ブレフィオーレ」
俺はそう、指に嵌った指輪に囁いた。
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