38.薮を続いたら龍が出た。
夜、俺は珍しく宿で2部屋借りた。
折角の旅なので快適な環境で睡眠を取りたかったし、流石にベルは俺と相部屋は嫌だろうと配慮した結果だ。
冒険者協会の貸部屋も決して粗悪では無いのだが、実は酒の入った冒険者の声がとにかくうるさい。
最近では慣れてきたが、明らかに睡眠の質を低下させている事は毎朝の瞼の異様な重さが語っている。
宿の客は秩序を弁えており、風が窓を撫でる音だけが耳に入る。
眠りにつくには最適な静けさの中で、俺の脳は休息を拒絶していた。
協会に登録されていない冒険者、カァム・シルバーホール。
彼が名乗ったその名前が偽名だから、調べても出なかったのか。あるいはただ冒険者を騙っているのか。
答えなんて分かるわけが無い。
「明日、ベルに確認しておくか······」
そうして思考を放棄したが、それでも俺は月明かりでぼんやり見える天井を見つめ続けていた。
***
早朝、差し込む朝日で目が覚める。眠れないとは思っていたが、結果的にちゃんと睡眠をとっていたようだ。
すぐに身支度をして宿のラウンジでピエリス、ベルと合流。その足で水や食料等の消耗品を買い揃えながら街の外へ向かう。
街を出ると、既に馬車の準備は整っていて、いつでも出立出来るようだった。
いつにも増して気だるげなカァムが重そうな腕を振って挨拶をしてきたが、カァムへの不信感からまともに目を合わせられなかった。
そしてそんな煮え切らない俺の腹の中とは違って、馬車は馬は高らかに嘶き、車輪の軋む音とともに景色は後ろへ流れ、タイマンの街から離れてゆく。
このまま黙って置くことも考えたが、正直この件については気になって仕方がない。ここで聞かなければ王都に着くまで、否、到着してからその後も、俺は悶々とし続ける事になるだろう。
俺は覚悟を決めた。
ただストレートに「お前冒険者じゃないってマ? 」なんて聞き方したところではぐらかされるに決まっている。ここは会話の流れで逃げ道を塞いだ上で聞こうか。
「あのさぁ、カァムってどこの生まれなんだ?」
「あ? なんだよ急に······。えーと、タイダール王国の南端にある片田舎の町だよ」
「へぇ、そこで冒険者になったのか? 」
「いや、俺の故郷みたいな辺境に協会支部は無かったからな。家出同然に近くの街まで飛んでそこで試験を受けたよ」
「そうなのか······昔はなんて呼ばれてたんだ? 」
「昔からなんの捻りもないさ、カァムと呼ばれる事が普通だった」
(名前は変わってない······じゃあやはり登録されてないのか)
「そう言えばさ。昨日冒険者協会に行ったんだけど、お前冒険者登録されてないらしいな」
「······」
焦るようでもなく、起こる様子もなく、ただ無表情だったのがかえって恐怖を感じた。
直後、カァムは大きく嘆息を吐く。
「お前さぁ······もう少し冷静に考えるって事をした方がいいと思うぞ? だってなぁ──」
その瞬間、変わらない声色が聞こえる馬車の中の空気が変わった気がした。
冷たい様な、それでいて皮膚がチリチリと焼かれるような。
「──図星をつかれた嘘つきがどんな行動に出るか、想像出来ないか? 」
「っ! 」
カァムがそう言い終わるのを待つまでもなく、俺はピエリスとベルの腰に手を回して担ぎあげる。そして馬車の布帆を突き破って走る馬車から転げ落ちた。
首を掴まれるような殺気に、俺の体は脊髄的に行動を始めていた。
慣性の法則に基づいて、激しく大地に打ち付けられる。咄嗟のことだった為にベルにもピエリスにもかすり傷を負わせてしまったが、死ぬよりはよっぽどマシだろう。
直後、街道に響く轟音、全身を叩く衝撃波。先程まで俺たちを運んでいた馬車は瞬きひとつする間に野ざらしの薪に変わった。
引き込まれそうな程に黒い煙を燻らせて、馬車は鮮やかな紅を揺らす。
「──どんな世界でも、長生きする為に必要な事がふたつある。より多くの事を察知する敏感さと、鈍感を装う力だ」
燃え盛る大きな焚き火の中から、カァムが何事も無い様に歩みでる。その両手には一対の短剣を構え、鋭利な輝きが炎の揺らめきを反射している。
「お前が俺が冒険者じゃないと気付いた時、お前はそんな事気付いていないと装う事が正解だった。まぁ、今朝会った時の態度でバレバレだったけどな」
言葉の端々に圧力が込められ、昨日までとは別人の様なカァム。そんな状況で、俺は月並みな受け答えしか出来なかった。
「······冒険者じゃないならお前、何者だよ。何が目的だ? 」
「さぁな、答える義理はない。まぁこれから目的を遂行するから察せ──」
瞬間、カァムの姿がブレる。否、駆け出したのだ。
(攻撃──いや、違う! )
「ピエリス! ベルを護れ! 」
「《神子の双璧》! 」
俺が声を掛けた時、ピエリスは既に動いていた。
ピエリスを挟んでカァムは忌々しげに眉をゆがめ、ベルは不安を滲ませている。
「無視すんなよな! 」
「チィ······! 」
ベルを見据えて無防備に見えた背中目掛けて後ろから斬り掛かるが、身を翻したカァムにその一太刀は避けられてしまう。
「何故ベルを狙う? 」
「それも言う必要は無い──いや、まぁ多少なら言っても良いか。その娘は我々の至高なる目的への最大の障壁に成りうる存在であり、同時に鍵にも成りうる。故に俺はその娘を捕獲するよう命じられたのさ」
(我々の至高なる目的、ねぇ······)
その言葉から滲み出す高慢さ、何となくだがカァムという人間の所属が分かった気がした。
「······教団、か? 」
「······」
答えは沈黙。だが、是である。カァムの左眼がそう語るようだった。
「さて、雑談はこの辺にしておこう。その娘を渡せ、そうすればお前らの命程度なら見逃してやる。もし歯向かうのなら、多分死ぬほど苦しんで真世界へ向かう事になるぞ? 」
「悪いけど、こっちも仕事で護衛依頼やってんだ。教団が嫌いって私情含めて本気で歯向かわせてもらう! 」
「そうか······」
何処か残念そうな表情を浮かべたカァムは再び、辛うじて視認できる速度で距離を詰める。
(左手を引いた、目線は首筋。防御を──)
そこまで考えて、ふと疑問に思う。
カァムが今放とうとしている攻撃は、確かにこの速度を見切る眼がなければ一撃で首を落とされかねない。だがその動きはあまりにも普通なのだ。
見えさえすれば、動けさえすれば、あまりにも見え透いた攻撃。ブラフと捉えるのにさほど時間は掛からなかった。
(なら本命は、無防備に見えて刃先はこちらを向いてる右手! )
自身の左側に獅子王の牙を構え、防御の姿勢をとる。
その瞬間迸ったのは、火花でも鮮血でもなく、腹部の激しい痛みだった。
「ごはぁ! 」
異様にサビ臭い吐瀉物を吐き散らし、咄嗟に痛みの元を、鳩尾を左手で抑える。
「剣ばっかりに意識行ってたからな、無防備だったぜ」
「げほっ······」
込み上げる酸っぱ苦い液に咳き込みながら、俺はカァムを睨む。睨んだところでどうかなるわけでも無いが、表情筋は正直であった。
悪態の1つでもついてやろうと、ひりつく喉に無理やり酸素を取り込む。
「ふざけ──」
そこまで発音しただけで、俺の言葉が、思考が止まる。顎に響いた重い痛みとともに。
地面が俺の顔に迫り来る。無情にも、理不尽にも。
「残念だったな。お前はまだ、護りたいもの全部欲張れるほど強くないんだ。ま、失敗も経験って事だ」
頭が回らない、現状の理解が進まない。雑草が頬を刺す痒みを脳が理解しようとしない。
なのに何故か、頭が沸騰している様な、憤怒だけははっきりと分かる。
ふざけるな──
そう言葉に出来る訳もなく、俺の視界は暗転した。
***
『──小僧······』
己の指先さえも見えない暗澹の中で、誰かの声が聞こえる。小僧とは俺の事だろうか。
『──惨めだな、小僧』
野太い声がそう嘲る。この近距離で惨めな思いをしている人間が俺以外にいるとは思えない。この声は俺に話しかけている。
『──己が弱さから目を背け、驕り、挙句大敗。全くもって嘆かわしい』
「······なんなんだよ、アンタ。分かりきった事ばっかり言いやがって」
『──違うな、分かった気になっているだけだ。教訓にもならず、いつしか忘れ、そして再び同じ轍を踏む』
「······」
全くもって言い返せなかった。
自分は強いと思い込んで、俺は主人公なんだと胸を張って、調子に乗って、それで死にかけた事は何度もあった。
何も学べていない。
「じゃあ······どうしろってんだよ」
『──我にしばし身体を貸せ。我が代わって全て終わらせてやる』
「あ、そう言うのは要らない」
こういう手合いは、人が参ってる時に限ってとんでもない取引を持ち込んでくるもんだ。俺はもちろん断った。
『······なぁ、こういう時って激情に任せて身体を貸すものじゃないのか? 』
「いやいや、そうしたらアンタが俺の体で悪逆非道な振る舞いをして、取り返しのつかない咎を俺が背負う事になるまでがテンプレだろ。絶対イヤなんだけど」
『······我って信用ない? 』
「少なくとも声しか情報が無い相手に信用も何も無くない?」
『······そうか』
腹に響くように低く荘厳な声色だった相手だが、突然間の抜けた雰囲気になる。もう少しキャラ守って欲しい。
「でもさ、もしアンタが俺の為に何かするつもりがあるなら、今すぐ俺の事叩き起してよ。悪魔の契約的なのは要らないから」
『──良いだろう。······それが正解だ』
「······え? 」
闇の中の誰かが言った最後の一言を聞き返すまもなく、俺の意識は現実へと引き戻された。
***
「······待て」
「へぇ、立ち上がるとは思っていなかった」
目を覚まし、獅子王の牙を杖代わりに立ち上がった時、カァムは既にベルを護るピエリスと相対していた。いや、まだ相対しているだけだった。
「──だが、立っているので精一杯に見えるが? 」
「心配すんな、十分闘える。少なくとも我が身可愛さに仲間見捨てるほど腐ってねぇよ! 」
「······」
カァムはただこちらを冷たく睨む。目的と手負いの邪魔者のどちらを優先するか迷って居るのだろう。
「まさか、俺とのケンカから逃げようって言うんじゃ無いよなぁあ?」
「フッ······安い挑発だな、だがあえて乗ってやるよ。遊んでやる」
両者睨み合い、初めて闘争が始まる。
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