32.旅に出るのでアレが欲しい。
リアスに肋をへし折られ、瞬間的に治された翌日。俺は冒険者協会の執務室に来ていた。もうここに来るのも慣れたものだ。
「で、お使いって何です? 」
「お前は何故そんなに結論を急ぐ。物事には順序という物が有るだろう」
「いや、焦らす程の事じゃ無いでしょ」
冒険者協会ダルーイ支部長のミョルニィルはやれやれと頭を搔く。
「単刀直入に言うとな、この手紙をある人物に届けて欲しい」
「······愛人? 」
「ぶっ飛ばすぞ」
ほんの冗句のつもりだったが、ことの他本気で凄まれた。小ボケはここまでにしておこう。
「······手紙を渡してもらいたい人物ってのはな、《剣王》エルシッド・カミイズミ殿だ」
「······」
それを聞いて俺は黙りこくる、まず俺は剣王とやらがよく分からない。
「はァ······」
そんな俺を見るや、ミョルニィルは顔をゴツゴツした手で覆い溜息をつく。
「あの、『こんな事も知らないのか』って顔辞めてもらって良いですか? 」
「安心しろ、この顔は『やはり知らなかったか』だ」
(どっちも変わらねぇよ)
「······まず、十王は分かるか? 」
「分かりません」
「はァ······」
そんな俺の即答に、再び嘆息を零したミョルニィルは解説を始めた。
まず大前提として、職業はその人の技術や熟練度によって進化する。これはルベルとの雑談で知った。
《十王》と言うのは、1つの武器種を極めた者にのみ授けられる職業だという。またこの職業は各武器種において世界に1人ずつしか存在しないという。
その十王の内、剣王・槍王・拳王・弓王・槌王・斧王・鎌王・鞭王・盾王の九名を招集する《十王会》なるものが不定期に行われているらしく、これはその招待状だそうだ。
······何やら1人ハブられている。
「なんで十王なのに九人なんだ? そういえば今魔法職無かったよな。それなら例えば魔お───」
口に出してみて気づいた、もう1人の王について。
「······あぁ、流石に魔王は誘えんだろう」
どうやら、十王の内の1人がいわゆる魔王という存在らしい。しかもミョルニィルの表情から察するに、一般的な《人類の敵》ポジションの様だ。
何故か微妙な空気がその場に流れる。なぜこんなにこんなにも気まずいのか。
「と、とりあえずその手紙を剣王さんに届ければいいんだよな? その人は王都に居るのか」
「あー······厳密には王都の郊外でな、英雄剣墓に居を構えている」
「えーゆーけんぼ······」
俺は意味もよく分からず、聞いた通りの単語を繰り返す。これだから固有名詞は困る。
「······大昔の大戦で戦った剣士達を弔っている場所だ」
その呆れまじりの説明に俺は素直に納得した。
ところで、それは住所として成立する場所なのだろうか。
「詳しい場所は王都に行ってから聞いてくれ。誰に聞いても分かるはずだ」
「おっと、それは暗に知らない俺をディスってる? 」
「ディス······? よく分からんがお前はその世間知らずを少しは恥じた方がいい」
そんなやり取りを終え、俺は早速王都へ行く予定を脳内で立てる。
(まず装備とか見直したいな、いつまでも元の世界の服って訳にも行かないだろ、TPOはちゃんと弁えないとな。武器は幸運にも俺もピエリスも貰い物がある、あと消耗品も揃えとくか。その後で馬車······)
そこまで考えて、ふと思い至る。『馬車賃は? 』と。
行先は王都だ、馬車に乗るのも安く無いだろう。
「流石に馬車賃は経費で出るよな? 」
「無理だ」
「なんでだよ、依頼なんだろ!? なんで馬車賃俺が負担すんだよ! 」
「待て待て待て、落ち着け」
ついカッとなった所で、ミョルニィルに窘められる。
納得のいく説明をしてもらおうか。
「そんな睨むなよ······。本来、協会は一人の冒険者にあまり肩入れ出来ないんだ。だが、お前に移動費用を負担させるつもりも無い、これを利用してもらう」
と、ミョルニィルは1枚の紙を差し出す。
『護衛依頼 区間:タイダール~王都アーケディア 報酬:応相談(最低金額5枚)』
「護衛依頼······か」
「あぁ。冒険者が長距離移動する際は、護衛依頼を受ける事が専らだ。金が掛からないからな」
(なるほどな······。労働力を運賃に、って事か)
「分かった、依頼は受注させて貰う。所で······報酬は? 」
「チィ······、常識が欠けてんのになんでこんな所だけちゃっかりしてるのやら」
「せめて心の中で言えよ、それは」
(まぁ、金だけは元の世界に近いからな)
俺は異世界で何日も過ごす中で、物価が大体理解出来る様になっていた。同時に街に着いた日に宿でぼったくられた事も分かった。
時間も経っていたから高い授業料として受け入れたが、その一件は俺に二度と損はしないと心に決めさせたのだ。
「一応重要な文書だからな、報酬は金貨10枚と銀貨7枚。王都の協会支部に連絡しておくからそこで受け取ってくれ。手紙を渡した後だぞ? 」
「じゅ······10枚? 」
(それって大体十万円くらいだよな······? )
「止めるか? 」
「やるやる! やらせていただきます! 」
俺は咄嗟にそう答える。
こうして俺は、「お遣い」を正式に受注した。
***
護衛依頼は3日後の早朝に指定の場所に来るように、との事だった。つまりそれまでは準備期間だ。
ミョルニィルと話しながらも考えていたが、移動に備えて揃えたいものは沢山ある。
そして現在、特に欲しいものがある。
そう、収納晶石だ。
俺が艱難辛苦を乗り越えて、やっとの事で作り上げたこの魔法の鞄を「骨董品」と呼ばれてからも、俺は魔法の鞄を肩に掛け続けてきた。
しかしながら、やはり思う。「収納晶石は便利そうだ」と。
思えば、意地になっていたのかもしれない。俺の血と涙の結晶を骨董品呼ばわりされたからか、少々頑迷としていた。
(───まぁ小難しい話はどうでも良くて。シンプルに欲しい)
という訳で、俺とピエリスは住民に教えてもらった雑貨屋に来た。
『魔巧細工師ゴルトの雑貨店』という看板の掲げられた店に入る。
「いらっしゃせー」
入口をくぐるなり、そんな気の抜けた挨拶がかろうじて聞こえた。
店に入ってまず、俺は周りを見回す。
雑貨屋と言うと多種多様のアイテムが所狭しと並び、鮮やかで目移りするような楽しげな内装を想像していたが、この店は真逆だった。
陳列と思われるものは屋内中央の無難なテーブルの上に乱雑に並べられた日用品のみ。板目に囲まれただけの部屋だ。
故に、気だるげな店主とを遮るものは何も無い。当然のように目が合った。
「えーと、貴方がゴルトさん? 」
「あぁそうさ、俺がゴルト・シュミーさ。お客さん何をお探しで? 」
木製の店舗の中でぷかぷかと煙草をくゆらせながら、感情のこもってない接客をする。マニュアル通り言えば良いってものでは無いだろうに。
「収納晶石が欲しいんだけど、ここならあるって聞いて」
「あー収納晶石ね、うちはオーダーメイドだからそこそこ高いよ。通常価格金貨50枚、素材持ち込みなら金貨10枚な」
「ごじゅっ······!? 」
その値段設定に、俺は言葉を失う。
(金貨50枚? おいおいジュエリーショップでダイヤの指輪買うんじゃ無いんだぞ!? つか収納晶石って日用品だろ、そんな高いもん一般市民は買えねぇだろ! それに比べると持ち込みとの差がデカイな······)
「おにーさん顔芸面白いねー。けど、そんな大道芸じゃまけてあげないよ」
「顔芸じゃねぇよ! 」
相変わらず気だるげな表情でそう言うゴルトに俺はツッコむ。このおっさん、どう見ても面白いとは思ってない顔をしている。
「いやー収納晶石の原料ね、ある特定の魔石なんだけど今全然出回ってないのよ。お陰で魔石の値段は高騰、これくらいの価格設定じゃないと僕ぁ飢え死にしちゃうよ」
「そ、そうなのか······」
どことなく怪しいが、嘘はついてないように見える。
(さて、困った。まず50枚ともなるとほぼ全財産の半分は飛ぶ、俺とピエリスで2つ買えば他のものは買えなくなる。収納に金かけて入れるものが買えないなんて落語みたいな事態は避けたい)
しかし、どうにも諦めきれない。俺は一縷の望みをかけて、ゴルトに聞いてみる。
「なぁ、その原料の魔石ってなんの魔物の魔石だ? 」
そう、もはや持ち込み以外に入手法は無い。
皮だの爪だのと言った素材は片っ端から売っているが、魔石は実は保管している。俺が魔法の鞄を作った時みたいに、何かの役に立つかも知れないからな。
そんな俺の問いに、ゴルトはやはり面倒くさそうに答える。
「んー? 空間属性を持つ魔石さ。 例えばそうだね······こんな魔物かな」
と、ゴルトは棚から1冊の本を取り出して示してくる。
(───出た、魔物図録大全集)
オニキスにも見せられた魔物図鑑を覗き込むと、そこに映っていたのは······。
「え、カンガルー? 」
太い脚と尻尾で大地を踏みしめ、アンニュイな表情を浮かべるカンガルーが映っていた。
「そ、カンガルー系の魔物。もしくはコアラ系の魔物も空間属性を含んでる」
「······」
どうやら、有袋類の魔物は空間属性があるらしい。
しかしこんな偶然があるだろうか、いずれも記憶にある。『ここはオーストラリアかな? 』というツッコミを入れたあの日を思い出した。
俺は無言で、魔石を二つカウンターに置いた。
「えっとおにーさん、これ······」
「丁度、カンガルーとコアラから取った魔石。これでお願いします」
「あ、うん。分かったよ」
という訳で明日、完成品を受け取る方針になった。
───あぁ······報われた気がする!あのサバイバルが!
俺は店を出てすぐ、生まれて初めて神に感謝した。
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