31.辛勝、そして帰還する。
マンティスを一刀両断にした俺は、バランスを崩しながらも地面に足をつける。
「はぁ、はぁ······勝った───」
「ギィィ───」
「っ!」
安堵する暇も無く、耳障りな音が響く。まだマンティスは生きていた。
振り返れば、縦に別れた状態のマンティスが鳴き声を上げながらのたうっている。
「ギィィ、ギ───」
絶え間なく鳴っていた音は唐突に途絶える、ルベルのトドメと共に。
「昆虫系の魔物は総じて生命力が異常に高い。頭を潰すまで安心は出来ないんだ」
「あぁ、スマン」
俺は少々俯いて、ルベルに小さく謝罪する。確かに少し詰めが甘かった。
「謝る必要はないさ。お前のお陰で勝てたんだ、多少の油断くらい目くじら立ててられないって!」
そう言って背中を強く叩かれた。
ジンジンとしばらく痛みがあったが、決して嫌な痛みじゃ無かった。
「帰ろう」
「おう」
「───どうやって? まず森から出られないんだけど」
「「······」」
アルモスの鋭い一言に、俺もルベルも黙りこくる。
マーダーマンティスはたまたま襲いかかってきただけであり、倒したからと言って何か解決する訳では無かったのだ。
無為に神妙な顔を見合わせるだけになった俺たちに、ピエリスが。
「それならもう大丈夫だと思います」
「どういう事?」
そう聞き返すとピエリスは話し始めた、崖から落ちた後の話を。
「───なるほど。謎の2人組がピエリスにその盾を授けた、と」
俺はそうつぶやくが、本音では納得していない。
落ちた先に偶然謎の2人組が居て、何故かこんなすごい盾を授け、ついでにこの森から出られるようにしてくれた。それは話が出来すぎでは無いだろうか。
何となくだが、ピエリスは何か隠している気がする。
(まぁ、悪い事では無いだろう)
と、この時はそう自分の中で結論づけた。話したいと思った時に話してくれれば良い、と。
とりあえず帰れるのだ、森から出られる。それが一番だ。
方位磁針を見ながら森をまっすぐ進む。
やがて生い茂る木々の密度は小さくなり、足元の草の丈も低くなる。
気に遮られない、真っ直ぐな陽光が俺たちを照らした。
(まさかこの感動を2回も感じることになるとはな······)
太陽が見えると言うのは、やはり良いものだ。
「よし、森から出れば解決だな」
「待て、もしかして街まで歩く気か?」
前回の迷宮遠征の時同様、馬車は片道だった。帰りの馬車など居ない。あの苦痛を思い出しながら、俺はルベルを見やる。
「安心しろ、そこは考えてあるさ。アルモス、4人が乗れる奴を頼む」
「私の友達は馬車じゃ無いんだけど。《召喚・大地亀》」
そう文句を垂れながら、しぶしぶといったふうにアルモスは魔法を展開する。
地面に広がった魔法陣から、魔力の粒子が溢れ形作っていく。まるで3Dプリンターの様だ。
そしてそれの姿が完全に現れると巨大な黄土色のリクガメが低く吼えた。
「······ごめんね、背中借りる」
アルモスが大地亀を撫でながらそう伝えると、亀は承諾の意思を示すように顔を擦り合わせた。
ザ・異世界と言った目の前の情景に、俺はつい見とれていた。
「どうしたスグル。召喚術師を見るのは初めてか?」
「······あぁ、凄いな」
これまでずっと俺自身魔法も使ってきたし、見たことも無い魔物も見てきた。しかし何故だろう、今猛烈に感動しているのは。
ただ目の前のファンタジーに、俺は見惚れていた。
そんな感動の中、俺は嫌な考えに至る。
「なぁ、アルモスが召喚術師だったなら足を挫いてても戦えたんじゃないか?」
「多分無理。トータスみたいに温厚な魔物なら大丈夫だけど、戦闘に呼ぶような好戦的な魔物は万全の状態じゃないと呼ぶべきじゃない。召喚主が弱ってると見ると、真っ先に襲いかかってくる可能性が高い」
(なるほど、召喚して従えるのも嘗められたら負けって事か)
「そういう事だ。アルモスはまだ正式な契約を結んだ魔物も少ない。ちゃんとした契約獣ならほぼ襲ってきたりしないんだがな」
「召喚術師も色々あるんだな」
メリットしかない、という事はやはり無いのだろう。襲ってくる魔物はいわゆる仮契約なのだろう。だからこそ雇用形態に不満を感じているのだろうか、難しいな。
「とりあえず、話すのも帰りながらにしようぜ。早くちゃんとした寝床で寝たいよ」
「すまん。じゃ、よろしく頼むよグラウンドトータス」
「······」
こうして俺たちは街への帰路に着いた。
***
「───なぁ、今日は寝たいって言ってたよな?」
「言ったな」
楽しげな喧騒の中で俺はそう問いかけるが、ルベルは特に気にした様子も無い。その態度に俺はただ呆れるのみだった。
「じゃあなんで酒場に来てんだよ」
森から帰った俺たちは、ダルーイの街の公衆酒場に来ていた。
街へ着いて協会で今回の一件を報告し終えた後、「呑もう」としか言わないルベルに引きずられる形で連れてこられたのだ。
「まぁ細かい事は気にするなって。そんな事よりお前も呑めよ」
「すまん、酒はちょっと······」
勧められたジョッキを静かに押し返す。ルベルは何処か面白くなさそうな表情を浮かべた。
「なんだよ、酒が飲めないのか?」
「あぁ。酒で1回死んでるからさ」
「なんだそれ」
ルベルは冗談を笑い飛ばす様に対応する。
俺は事実を述べただけである。とは言え、これを信じろという方が酷な話だろう。
恐らく『酒で大きな失敗をしている』という感じに捉えられた。それも間違ってないからそれでいいだろう。
「······なぁ、今日はすまなかった」
笑いあっていた雰囲気から一転、神妙な顔つきでルベルはポツリとこぼす。
「なんだよ急に。別に酒場に誘われた事はそこまで嫌がってないぞ?」
「あ、いやそうじゃなくて。俺は、1回ピエリスちゃんを見捨てたから······」
「······私ですか?」
ルベルはどうやら、落ちたピエリスを置いてその場を立ち去ろうとしたことを気に病んでいたようだ。
確かに俺はその時腹が立ったが、今になって考えれば正しい行動だったし、結果としてピエリスは無事に帰ってきた。「気にするな」とでも言いたいが、俺は実際部外者だ。返答はピエリスに任せよう。
ちらりとピエリスの方を見やると、丁度目が合った。彼女もどう答えていいか悩んでいるのだろう。
「お前が思った事を答えれば良いよ」
そう小さく言ってやると、ピエリスはこくりと頷き頷く。
「ルベルさん、それはお互い言いっこなしです。元はと言えば私の不注意ですし、あの場面での最悪は全滅する事。それは正しい判断だったんだと思います、気にしないでください」
「······でもピエリス、私の事突き飛ばした」
ずっと静かだったアルモスが口を開いた。
その一言に、ハッとしたピエリスは反射的に眉を下げる。
「······ごめんなさい、怪我は無かった? 」
「違う、そうじゃなくて」
「?」
てっきり突き飛ばした事を怒っているのだと思っていたピエリスは首を傾げた。
うちのピエリスは鈍感属性を持っているのかもしれない。
モジモジと口をとがらせるアルモスは目線を逸らしながら、ポツリと。
「ありがとう。助けてくれて」
「······でも咄嗟だったから強く押しちゃったのがホントにごめんなさい」
納得した様子でピエリスはにこりと微笑むと、すぐに謝罪に移る。
するとアルモスは再び感謝を告げる。するとピエリスは───と無限ループに入った。流石に止めないと不味いだろうか。
「咄嗟だから凄いんだと思うぞ? 普通なら『助けて』って手を掴もうとすると思う。それに感謝は甘んじて受け入れとけ、あって困る物じゃない」
「······はい」
そう言ってやることで、ピエリスが折れたようだ。
「ピエリスちゃんだけじゃない、お前もだよスグル。お前が居なかったら、それこそ誰も帰ってこられなかった。2人とも命の恩人だよ」
俺はそれを聞いて、何処かむず痒い気持ちになる。なるほど、ピエリスはこんな感情だったのだろうか。
「そっか、なら今日はルベルの奢りだな。ピエリス、食べたいモノ食べな」
「あ、おいスグル! 俺はそんな事言ってないぞ!? 」
「おやぁ? 俺もピエリスも命の恩人なんだろ。2人分の食事代なんて安いもんだろ」
「くっ······汚ぇぞ! 」
「という訳だ。あ、すいませーん! フライドポテトとジンジャーエールのおかわりと、唐揚げ追加でお願いします!」
「私もオレンジジュースのおかわりお願いします」
「私もオレンジ······」
「アルモス、お前は小遣いから払えよ? 」
「ケチ兄」
「······ッ!? 」
───かしこまりました。と言う快活な返事と共に、店員は厨房に向かう。
こうして、宴の夜は更けてゆく。
***
「───くそ······懐が寒い」
「······悪かったよ」
俺の悪ノリは結果的に今回の報告報酬を吹き飛ばした。ルベルは会計を済ませてからは、ハイライトの消えた目で足元の砂利を見つめていた。
ピエリスとアルモスは先に冒険者宿舎に戻った。冒険の疲れもあったが、何より酒場の雰囲気にあてられた様だった。
そして俺は、財布の中身を嘆くルベルに「少し付き合え」と呼び止められたのだ。
(ワンチャンボコられるかな。まぁその時は受け入れよう)
ルベルにたかった事に罪悪感が無い訳では無い。頬を差し出せと言われたら歯を食いしばる所存だ。
そして俺は公園に連れられた。昼間は子供達が遊ぶ公園も夜には誰もいない。そんな公園の隅のベンチに野郎2人で座る。
「スグルは、これからどうするんだ?」
「······え、それ遠回しに金出せって事?」
「違う。なんでそうなる」
少し安心した。
「──このままこの街で冒険者続けるのか、それとも何処かへ行くのか、って事だ」
「あーそういう。俺は出るつもりだよ」
「そうか······」
冷たい夜風が頬を撫でる、酒場の雰囲気で火照った身体に心地よい。
───メキッ······
「「······っ!? 」」
感傷に浸るような雰囲気の中、突如背中が激痛に襲われて呻き声を漏らす、隣ではルベルも同様に呻いていた。
振り返ると、そこにリアスがいた。
「リアス······なんで! 」
「裏切り者に後ろから刺されたみたいな言い方やめてくんない? 2人とも、ピエリスとアルモスが心配してるよ?」
聞けば、心配していた2人の代わりにリアスが迎えに来たらしい。
「だからって、骨を折らなくてもいいだろう」
「折った直後に完璧に治したから大丈夫でしょ」
「それ、折った事実は消えてねぇからな? 」
俺たち2人は恨みがましくリアスを睨んだ。目を合わせまいと瞳を泳がすリアスは思い出したかのように話題を変える。
「そうそう、スグルくん街出るんでしょ? じゃあさ、おつかいお願いしていい? ちょっと王都まで」
この『おつかい』が俺の今後を左右する事になるとは、この時は知る由もなかった。
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