30.私が貴方の盾となる。
「──うぅ······」
真っ暗な場所で、ピエリスは目を覚ます。
(ここは······何でこんな所に? )
混濁した意識の中意味もなく闇を見回す。光は一切さしておらず、己の指先さえも見えない。
『半獣人の娘とは、珍しい来客だな』
「──っ! 誰!? 」
突然聞こえた声に、ピエリスは肩を震わせる。その謎の声を過剰なまでに警戒していた。
というのも、ピエリスは気配を察知する能力に長けている。気配とは小さな足音や衣擦れ、呼吸音。また、空気の流れの変化だ。ピエリスの中の獣人族の血は、そう言った小さな感覚に敏感なのだ。
だが不思議な事に、目の前に居るはずの何者かの気配を感じない。すぐ側に居るようで、何処にも存在しない様な気味の悪さを感じていた。
『誰、か······。申し訳ないが、君に名乗れる名は無いんだ。好きに呼ぶといい』
「······」
ピエリスは慎重に相手の出方を伺う。今のところ敵意は無いが、現状声以外の情報は無いのだ。
『兄者、ものすごく警戒されてます』
「っ! 」
(もう1人!? )
先程までの声よりも、少し高い声が聞こえた。
『──あー、驚かせてしまったか? それはすまない。別に取って食おうとは思っていない、気を楽にしてくれたまえ』
そう言われて直ぐに警戒を解ける訳が無い。そう思いつつも、ピエリスはほんの少しだけ張り詰めた気を緩める。彼らの言葉に敵意は勿論、嘘も感じなかったからだ。
状況はよく分からない。だからこそ、現状把握が先決だとピエリスは判断した。
「貴方たちは何者ですか? 」
『そうだな、我々は守り人······と言うより観察者というべきか? ······済まないが、君達の言語での的確な表現を知らんのだ』
兄と呼ばれた者の有耶無耶な返事が帰ってくる。
「ここはどこですか? 」
『ここは君が落ちた地割れの下であり、我々の領域であり、結界の内とも言える』
今度は弟の方が答えた。相も変わらず返事の内容ははっきりしない。
(そうだ······私、落ちたんだ。地面が崩れて──)
直前の記憶をぼんやりと思い出してきた。
「あの、私たち森から出られなくなっちゃったんです! どうやったら出られるか分かりますか? 」
『あぁ、出られないようにしたのは我だからな』
「······へ? 」
予想外の返事に思わず頓狂な声が漏れた。
そして直後に聞こえる小さな嘆息。
『······兄者、困ってる相手に胸を張って言うのは間違ってます』
『そうか? だが、こちらにもちゃんと理由があったのだ。お前達から知った魔力を感じたからな、とりあえず足止めしてみたのだ』
(知った魔力······? )
『問おう、半獣人の娘よ。お前と行動を共にしていたあの大太刀を背負った男は仲間か? 』
大太刀を背負った男とは、考えるまでもなくスグルの事だろう。
「はい! 」
当然、ピエリスは即答する。
『再び問おう、お前はその男を信頼しているか? 』
「勿論です。あの人は、スグルさんは私の事を救い出してくれました。その瞬間から、あの人の為に尽くそうと決めました。あの人と共に歩みたいと思いました! 」
『足でまといでもか? 』
「──っ! 」
ピエリスは言葉をつまらせる、否定が出来ないから。
ずっと心の隅にあった、棘だらけでいつも体を内側から傷つける想い。
『兄者、事実を述べる事は相手を傷つけます。言葉は選んでください』
「······」
弟のフォローに見せかけた追い打ちに、ピエリスは遂に俯く。
『娘、お前は何を望む? その男にとってどうなりたい? 』
「私は······私は、スグルさんを護りたい。
私は足でまとい、それでもいいです。スグルさんと並んで戦いたいとは思いませんし、それが叶うとも思ってません。
でもあの人、なんでも出来る見たいに振舞ってても本当は凄く不器用で、すぐに無理をするんです。誰かが支えてあげないと、すぐに折れてしまうと思います。
私は······不器用なあの人を、護れる様な存在になりたい! 」
心の中に浮遊していた想いを闇雲にかき集め、たどたどしくもそう言葉として紡ぐ。
ピエリスは叫んだ。思いの丈を吐露するように、覚悟を決めるように。
しばし沈黙が闇を包んだ後──。
『······良いんじゃないですか? 兄者』
『そうだな』
「······? 」
2人のやり取りにピエリスは首を傾げる。
『──娘、汝に我らの至宝を預ける。信じる者を護りたいと言う想い、しかと受け取った。手を伸ばしてみろ』
言われた通りに手を伸ばすと、何か硬いものが指先に触れる。
『貴女のその気持ちに嘘はありませんでした。故に我々は貴女を信頼します。そして、貴女が信頼する彼も信じます。故に、その『壁』を貴女に託すのです』
「······」
ピエリスは、未だ状況を理解出来てはいない。
だが、正体の分からない彼らは少なくともピエリスに力を貸そうとしている。今はそれだけで十分なのかもしれない。
『君が護りたい人の前で、この盾の名を言うといい。『壁』はきっと君の意志に答えてくれる。『牙』がそうしたように。この盾の名は──』
***
「──《神子の双璧》! 」
甲高い衝突音を響かせて、マンティスの鎌はピタリと止まる。
「ピエリス······だよな? 」
「大丈夫ですか? スグルさん」
ピエリスは小さくこちらを振り向いて笑みをこぼす。
「良かった······無事だったんだな」
「話は後です。とにかくこの状況を切り抜けましょう! 」
······こんな頼もしかったっけ?
そんな疑問はさておき、俺はとりあえず立ち上がろうとする。だが右脚が激しく痛み、断念した。
「──痛っ······」
よく見れば、右脚は見事に腫れ上がり熱を持っている。これは折れてるな。
「スグルさん、その脚······」
「あぁ、大丈夫。《継続回復付与》かけとけばすぐ治るよ」
「待って──」
唾でも付けとけば、見たいなノリですぐさま自分の脚に魔法をかけようとするが、ピエリスに止められた。
「私に任せてください」
ピエリスがそう言って、俺の右脚に盾をかざす。すると瞬く間に痛みが引き、いつも通りの脚に戻る。《継続回復付与》を3重でかけてもここまで早くはない。
「······ねぇ、まじでその盾何? 」
「それも、後で話しますよ」
いじらしい笑顔を浮かべるピエリスを見て、俺は決めた。
(絶対に聞く。その為にも生き残らないとな! )
改めて立ち上がり、獅子王の牙を担ぎあげる。
「そう言えばピエリス、随分自信満々だけど何か策でもあるのか? 」
「無いですよ、そんなの」
「······」
開き直った様に言うピエリスをみて、俺は言葉が出なかった。
「私の役割は護ることです。戦うのは、スグルさんに任せますよ」
いや、だから何でそんなに開き直ってるの? なんてツッコめる訳もない。俺はやれやれと肩をすくめる。
「······わかったよ」
俺は早速脳を動かす、如何にして目の前のマーダーマンティスを倒すか。
「ギキィイイィ! 」
だが当然、マンティスはそんな時間を与えてはくれない。
「スグル! 」
「──っ! 」
ルベルの掛け声でふと我に帰り、俺はマンティスの鎌を何とか回避する。
「すまん! 」
「もう一撃来ます、皆さん私の後ろに! 」
マンティスとの間に滑り込むピエリスが盾を構える。
マンティスは盾を知らない、故にそのまま攻撃を続行する。硬い外殻は打ち続ければ砕けると知っていたから。それだけが真理と思い込んでいた。
「──《反撃斬盾》! 」
「ギィィィィ!? 」
だからこそ困惑した。盾から自身の攻撃と同質の物が放たれたから。
(あの盾······性能ヤバくね? )
「スグルさん、ここは私達が時間を稼ぎます!
何か作戦を! 」
何を無茶な、と思うがルベルもこちらを見ている。ルベルも決定打を持たないから俺に期待、と言う事だろう。
仕方ない。折角時間を稼いで貰っているからには、直ぐに作戦を立てなければ。
──まず味方の戦力を整理しよう。
付与術師の俺は器用貧乏に大抵の事は多分出来るが広く浅く。特に魔法に関しては火力が圧倒的に足りない。剣撃に関しても、大したダメージを与えられない、未熟者。
ピエリスは盾戦士、護り専門。先程の反射以外の攻撃は出来ないと思われる。
ルベルは魔道剣士。水、風、雷、火と複数属性を使ってた事から、全属性使えると仮定する······いや、不確定要素は含めるべきじゃない、4属性しか使えないと想定しよう。
アルモスは······何だ? まぁ今は足を挫いているのと、マンティスに完全に萎縮してしまっている。戦力に含めるのは可哀想だ。
(どう考えても火力不足! カマキリ1匹倒すのにここまでもどかしい物なのか!? ──カマキリ······? )
1つだけ案が思い浮かぶ。奇策とは言わずとも、その内容は賭けに近い。だが、それをしなければ勝機が見えないのも事実。
俺はこの歪な『異世界』を信じる。
「ルベル! 水魔法でマンティスを包めるか!? 」
「悪いが全身は無理だ! 俺の残存魔力的に半分が限界だ」
「十分! マンティスの下半身をやってくれ! 」
「下半身? 溺死させるんじゃ無いのか? 」
そう疑問を浮かべながらも、ルベルは水魔法を発動してマンティスの下半身を包み込む。
あとは祈るばかりだ。
(頼む······居てくれ! )
マンティスはただ不服そうにもがく、それ以上の変化は無い。
諦めて、サブプランとして考えておいた感電させる作戦に移ろうとした時、変化は起こった。
「──ギィィィィ! 」
森に響き渡る金属音にも似た騒音、マンティスの断末魔である。
そしてその下腹部から、うねうねと細長いモノが這い出てきた。
「っ! 何だあれ!? 」
「ハリガネ──いや、そんな細さじゃないな。あれじゃワイヤーだ······」
この異世界では別の呼び名があるかも知れないが、知った事では無い。
這い出てきたのは、約9割のカマキリの腹部に存在するという寄生虫、ハリガネムシである。
水中か虫の体内でしか生存出来ないハリガネムシは、水を感知するとこうして出てくるのだ。そして、ハリガネムシを追い出したカマキリは──
「──酷く衰弱するんだよなぁ! 」
明らかに動きの鈍くなったマンティス目掛けて、俺は獅子王の牙を振るう。
瞬間、獅子王の牙が煌々と光を放つ。
理解は既に置いてけぼり、それでも本能が把握している。これが技能なのだと。
そして同時に確信する、今なら斬れると。
「──《宙獅子の大断鎌》! 」
マンティスの胴を真っ二つに斬った時、俺はそう叫んでいた。
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