29.想い手繰る、命繋ぐ。
「······はァ、はァ! 」
木の根が地中に這い、何処までも不安定な森を駆ける。
漆黒の殺意は執拗にこちらを追いかけていた。
「スグル、気になるのは分かるが振り向くな。今はあのマンティスを撒く事だけを考えろ! 」
「何なんだよさっきから! ずっと逃げ腰で、あのカマキリがなんだってんだよ! 」
俺はルベルを睨みつけながら強く問いかける。仲間を見捨てる決断を強いられた、気が立つのも仕方ないだろう。
「······あれば殺戮蟷螂」
息をきらせて後ろからついて走るアルモスが答えた。
「マーダー······」
「あぁ、殺人蟷螂の上位種だ。正直、このパーティーじゃ勝ち目が無い······だから逃げるんだ! 」
怒鳴るような説明に、俺は納得するしか無かった。
ただ、木々の隙間を縫って走り続けるだけだ。
「スグル、そう言えば足が早くなる魔法使えるよな! あれを頼む! 」
「悪いが却下だ! 」
「はぁ!? 」
俺はルベルの懇願に即答する。
ルベルは撒く事だけを考えろ、と言った。『逃げる』という行為の目的は最終的に『撒く』事にある。
だが、俺は撒きたくない。このまま追い掛けられている方が好都合なのだ。
ピエリスが落ちたあの場所から出来る限り引き離す。何らかの理由で身動きが取れない可能性も含めて、マーダーマンティスの敵愾心は常に俺に向いている方が良いのだ。
しかしながら、体力には限界という物がある。
そして限界は、アルモスに最も早く訪れた。
「······あっ──」
追われ続けるストレスか、走り続けた疲労か、アルモスの足は地面に引っ掛けられた。
漏れた小さな声に、同時に振り返る。
マーダーマンティスの複眼が、格好の餌食を見据えている気がした。
「「······っ! 」」
ルベルは即座にアルモスに手を伸ばす。
しかしマンティスは救助を待たない、当然の事だ。あくまで狩猟として鎌を振りかぶる。
その凶刃が届く前に、獅子王の牙で受け止める。
「ぐっ······! 」
(重い······だが! )
「あの『虎』よりよっぽど軽い! 《筋力強化付与》! 」
筋力強化で底上げした膂力で、鎌を弾き飛ばす。
「立て、アルモス! 」
「うん、······くっ」
立ち上がろうとするアルモスは右足を抑えて顔を顰める。どうやら挫いたらしい。走る事はおろか、立つことすら難しそうだ。
背負って逃げても良いが、それでは逃げられる保証が無くなる。
「ルベル、もうダメだ。戦おう」
「馬鹿野郎、勝てないって言ってんだろ! 奴は討伐ランクAの化物、俺たちの実力じゃ死ぬしか無いんだよ! 」
······ちょっとイラついて来たな。
「勝てなきゃ戦わないのか? 負けるから逃げんのか!? んだよそれ、ふざけんな! 」
もちろん、圧倒的な強敵を前に逃走するのも冷静な判断だ。決して間違いじゃない。
だが、仲間を見捨ててまで冷静になるべきなのだろうか。
仲間に無茶を強いてまで最適解を選び続けるべきだろうか。
──否。
そもそも理不尽なこの世界、最善を尽くす事が出来ない事だってあるのだ。そんな世界ならば、不条理に生きるのが正しいんだと思う。
だから俺は戦う、どんな強敵が相手だろうと。
──なんの為に?
「──勝って生き残る為に、戦うんだろうが! 」
「······! 」
背を向けている為ルベルの顔は見えない。だが、ルベルの中で何かが変わる。そんな声が漏れた気がした。
「······初めて見た時は、もっと頭が回る賢い奴だと思ってたんだがな」
ざりざりと足を引き摺るように、ルベルは俺の隣に並ぶ。
「残念。俺は案外と馬鹿なんだよ」
「どうやらそうらしい。······今後スグルとパーティを組むのは遠慮しよう」
ルベルは冗談めかしてそう言った。こんな状況だから分かる、この言葉の真意。
「そうだな。今後パーティを組まない為に······生きて帰るぞ! 」
「あぁ! 」
俺もルベルも腹を括った。
「ギキィイイィ! 」
マーダーマンティスは両腕を掲げて甲高く鳴く。威嚇の姿勢、向こうも臨戦態勢のようだ。
相対する知的生命体と漆黒のカマキリ。
そこに達人の様な牽制はない、先手を取った方が有利なのだ。
「──避けろ! 」
高速での突進からの縦の大振り。二手に別れる様にして俺たちは凶刃を避ける。
動きも攻撃も単調。昆虫故に多少戦いやすい。
「まずは腕1本もらうぞ! 」
地面に深く突き刺さったマンティスの鎌を目掛けて俺は思い切り獅子王の牙を振るう。
だが──
ただギィン、と鈍い音を立てるだけだった。
「硬っ──」
ブンと鎌での追撃を上体を逸らして間一髪避ける。
「《爆裂》! 」
マンティスを挟んで向こう側、意識の外側からルベルが攻撃を仕掛けた。
ロングソードをまるで杖の様に振った先から淡く光る玉が発射される。
「スグル、しゃがめ! 」
「っ! 」
俺はルベルの言う通りに、体勢を低くして頭部をガードする。
直後マンティスの後頭部が爆ぜると共に、叩き付けるような衝撃波が拡がる。
真っ黒な爆煙に覆われたマンティスは動きを止めたが、すぐに振り払ってルベルを見やった。
「あの爆発でも無傷かよ······! 」
「昆虫型の魔物は鎧や盾の素材になる事が多い。討伐ランクAともなれば、硬度はミスリルに並ぶんじゃないか? 」
ミスリルの硬さを知らないが、ルベルの口ぶりからすると相当硬いのだろう。
(──それなら······! )
「《切れ味強化付与》! はぁあ! 」
鎌を振るうマンティスの隙間を縫って接近し、足を目掛けて獅子王の牙を叩き込む。
恐ろしく細い癖にドッシリと構えた脚部に、刃は反作用で弾かれる。
当てた部分も、光の反射で多少へこんだ跡が見える程度だった。
「······くっそ、これでも足りないのか! 」
舌打ち交じりの悪態をつく中、冷たく鋭い風が首筋を撫でた気がした。悪寒とも言えるそれは全身の産毛が逆立つ不快感を与えてくる。
水平に鎌を振り上げるマンティス、横薙ぎの構えだ。
「スグル、ぶん回しが来る! 一旦下がるぞ! 」
ルベルは俺への提言と共に軽快に数歩下がる。
俺の本能は、それではダメだと喚いている。
振り上げられた鎌には、魔力を感じる。ただの横薙ぎじゃない。
「ダメだ······しゃがめぇ! 」
「っ! 」
俺の絶叫に、ルベルは慌てて身をかがめる。もちろん俺も頭を低くしている。
──斬ッ!
(あぁ、そうだ。最初接敵した時もリーチ無視の攻撃をしてきたじゃないか)
深く生い茂っていた木々は、綺麗な円形に刈り取られていた。
「······魔法だとっ!? 」
「風属性か、これは? 」
恐らく、カマイタチ見たいなものだろう。昨日ルベルがキラーマンティスに傷を付けたような風の刃。だが、その威力は比べるべくもない。
「魔法を使ったらもはや特異体じゃねぇか! こんなの討伐ランクAじゃ収まらないぞ!? 」
······だ、そうだ。
魔物が魔法を使うのは稀有な例らしい。
などと喚いても、現実は変わらない。魔法を使う強敵が立ちはだかるという現実は。
「野郎······もう一撃くるぞ! 」
再びマンティスは凶刃を構える。勿論、魔力も篭っている。
その立ち姿に、俺は違和感を覚える。
その違和感を確信する過程を吹っ飛ばして、俺はそれ事実と捉えた。
(──まさか······? )
大地を蹴ってマンティスの懐まで距離をつめ、そして高く跳び上がる。振り上げられた、鎌の所まで。
「っ!? スグル、何を! 」
風の刃。魔法でそれが出せるなら、本当ならわざわざ鎌を振るう必要など無いだろう。
それでも振るうのは、振らなければ発動しないから。
ならば──
「振る前に止めちまえば良い! 」
マンティスが振り下ろさんとした鎌を、俺は獅子王の牙で受け止める。
そして幸運にもその予測は当たり、刃が飛来する事も無かった。······俺以外には。
視界の端に真っ赤な飛沫が舞う。それに伴って激しい痛みも遅れてやって来た。
受け止めたとは言え、鎌は数センチ振られた。そのたった数センチ分の斬撃が俺の肩に斬りかかったのだ。
だが、タダでは斬られるつもりは無い。
「《酸性付与》! 」
俺の返り血を浴びるマンティスに向けてそう唱える。対象は俺の血、イメージは硫酸だ。
外骨格がいくら硬くとも所詮はタンパク質、融解とまではいかなくてもいくらか脆くなるはず。それに関節からは普通に焼けるだろう。
俺を斬った右腕と頭部は紅く染まっている。ノーダメージとは言わせない。
「ギキィイイィ! 」
深い森にマンティスの断末魔が溶けてゆく。咄嗟の反撃は想像以上の効果があったようだ。
空中で血を撒き散らす俺を、マンティスは奇妙な煙を上げながら睨みつける。直後、鋭利な鎌の先が俺の心臓を穿こうと迫る。
(ヤバい、刺される! )
咄嗟に獅子王の牙を胸の前に構えて防御をとる。致死の一撃は何とか防いだが、その衝撃だけはどうしようもない。抵抗も出来ずに後ろに吹き飛ばされるだけだった。
「ぐっ······がはぁ! 」
木の根に腰を打ち付け、足を叩きつけ、地面に転がる。
(あ、やべぇ······)
景色がぼやける中、嫌に大きく聞こえる鼓動の合間に足音が聞こえる。
森の腐葉土を踏みしめながら近づく無機質な音、マンティスだ。
「スグル! まずい······《魔神──」
「お兄ちゃんダメ! それは······そこまでしなくたって! 」
「離せルー! 俺は、俺はこれ以上スグルを裏切る訳にはいかないんだ! 」
「でも! 」
ルベルとアルモスが何やら言い争っている。
だが内容は頭に入ってこなかった。
視界に黒い無機質な物が映る、マンティスの脚だ。
ゆっくりと見上げれば、当たり前にマンティスが俺を見下ろす。鎌を掲げながら。
(くそ······動け! 防御とは言わん、反撃とは言わん! せめて回避を! )
そう思えども、体は言うことを聞かない。脳は激しく回るが、外れた歯車のようにカラカラと空回りしているようだ。
そして掲げられた鎌が俺の首を目掛けて振り下ろされる。
両親の顔、姉の顔。他にも様々な顔が脳裏によぎる。まるで記憶の糸を辿るように、順繰りと。
優しげに微笑むハートゥラ、ティウル······。走馬灯はついに異世界に移った。
最後に思い浮かんだ、ピエリスの笑顔。
──ごめん、助けに行けなくて。
相手不在の懺悔を想う中、その笑顔はいつしか後ろ姿に変わっていた。
二枚の大盾を携えて、マンティスの攻撃を防ぐ華奢で凛々しいその姿が。
「スグルさん! 無事ですか!? 」
「······ピエリス? 」
その姿は、走馬灯では無かった。
「私が······貴方を護る盾になります」
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