27.なんか流れで一緒に行く。
「······」
俺は依頼の貼られたボードの前で腕を組み、ただただ依頼書とにらめっこしていた。
依頼の善し悪しや報酬との釣り合いなど、この世界での常識とすり合わせなければ選び方も分からない。
数字だけ見ると、討伐依頼は同ランクの薬草等の採取依頼よりも報酬が高い。まぁこれは分かる。
数は少ないが、護衛任務というのもある。しかしこれに至っては報酬が「要交渉」だそうだ。流石にこれは怖い。難癖つけられて安い報酬しか支払われない、なんて事もありそうだ。
まぁ、今後の経験も含めて討伐依頼を受けようか。
ピエリスは一番下のGランクだが、同伴制度を用いれば一応Cランクの依頼まで受けられる。
しかしピエリスはまだマトモに戦闘をしたことが無い。Dランクの簡単な討伐依頼から入るべきか。
最初はすぐにでも旅に出ようと思っていたが、冒険者になりたてのピエリスには少し厳しいかな、と考えた。この街に滞在して、少し鍛えてから旅に出るべきだと思う。
(このゴブリン討伐とかどうだろう。最初のレベル上げはゴブリンかスライムと相場が決まってるしな)
と、「ゴブリンを三体討伐する」というDランク依頼に手を伸ばした。
しかし偶然にも、見知らぬ誰かと手が重なった。
「あ、すまん。そっちが先だったな」
「おう、悪いな······ってお前、ミクリスグルだよな? 」
ベレー帽のような帽子を被った冒険者の男は、まるで旧友にでも会ったかのようなテンションで俺の名を呼ぶ。俺はこの人を知らないのだが。
この世界に来てそこまで時間は経っていない。会った人間は全て覚えてるつもりだ。
「えーと、何処かで会ったか? 」
「いや、顔合わせんのは初めてだけどよ。この前の戦闘で活躍してたろ? お前達今じゃ有名人だぜ? 」
「そーなのか。もしかして、あの時居た? 」
「あぁ。Bランク冒険者のルベルだ。よろしく」
ルベルは気さくに手を差し伸べる。なるほど、悪い奴では無さそうだ。
「改めまして、ミクリスグルだ。よろしく」
俺もその手を握り返す。
そこでふと、疑問に思う。
「ルベルはBランクだろ? なんでわざわざゴブリン討伐を? 」
「そうだな、多分お前と同じだよ」
「······? 」
ルベルは俺の後ろを顎で指す。振り返ると、こちらをしきりに見つめる少女がいた。
「まだEランク冒険者でな。少し鍛えてやる為の依頼を探してたんだ」
(なるほど、本当に俺と同じだ)
少女は凄くこちらを見つめている。というか、俺睨まれてない?
「なぁルベル、あの子······カノジョか? 」
「······ハハハ、そうだなあんなに可愛いのが彼女なら良かったんだがな」
ルベルは一瞬目を丸くすると、大きく笑いだした。
「残念ながら妹だ、アルモスって言うんだ。ほら、目元とか似てるだろ? 」
確かに、言われてみれば垂れ気味の目が似てる気がする。
目があっても話しかけてこようとはしない。シャイなのだろうか。
「そうだ、スグルも一緒にこの依頼を受けないか? 」
「え? 」
あまりに予想外の提案に、俺は思わず聞き返した。
「四人でやれば効率も良いしな。それに、1番の目的はお互い相棒の育成だ。競う相手が居た方が伸びが良いだろう」
「そうだな······。ルベルが良ければ、ご一緒させて貰おうか」
こうして俺たちは、四人で依頼に出る事になった。
***
「改めて自己紹介と行こうか。俺はルベルだ、よろしく」
即席パーティの中で1番のランクの高いルベルが仕切る。最初にエイリアスにも助言されたが、経験値など含めても妥当だろう。
「えー、俺はミクリ・スグル。よろしく」
俺は簡潔にそう言った。自己紹介って何言えば良いのか、この歳になっても正解は分からない。
その後、ルベルの視線はアルモスに向く。だが、アルモスはじっと俺を見つめたまま口を開かない。
もしかして、俺に気があるのか? とか思えるほど脳内お花畑では無い。少なくとも、この視線に好意は混じってない事は分かる。
「私はピエリスと言います! 若輩ですがよろしくお願いします」
些か気まずい空気の中、ピエリスが先に名乗った。
空気の読めるいい子でしょ?
それでもアルモスは口を開かない。
「ルー、お前の番だぞ」
「······アルモス」
ルベルに言われてやっと、ぷいと俺から目を逸らしながら不服げにそう零した。
多少不安は残るが、まぁ仕方ない事だ。人の性格に口出しするのは良くないしな。
何はともあれ、俺たちは男子チームと女子チームに別れて森へ入った。
戦闘になれば女子チームが主に戦い、危険を感じたら男子チームが手を出す。といった理由だ。
***
「おーい、そっちはどうだ? 」
「ここにも居ません! 」
「······また兎」
俺の呼びかけに、ピエリスとアルモスが返す。
「······ここにも居ないな」
俺の近くで深い洞を覗きながら、ルベルは呟く。同じつぶやきがこれで五度目だ。
街を出て自己紹介を済ました後、俺たちは街から比較的近い森林地帯に来ている。キークェンの大森林では無いが、ある程度の魔物が出没する「狩場」の一つである。
ゴブリンは基本的に何処にでもいる魔物らしく、本来この森でも頻繁に出没するらしい。だが、奇妙な事に未だ一体も遭遇していないのだ。
ゴブリンの巣穴を覗いてみるも、中は空っぽか、兎等の小動物が住んでいるくらいだった。
「ゴブリンってこんなに出会わない魔物なのか? 」
「いや、そんな事は無い。狩りに出れば嫌でも遭遇する奴らだ。ここまでゴブリンが居ないとなると、流石に異常だな」
ルベルは何やら考え込むが、答えは出そうにないだろう。
せっかく、ピエリスとアルモスの特訓の為に来たと言うのに。
それはそうと、この森はどうにも静かすぎる。
「ルベル、この森って魔物の良く出る狩場なんだよな? 」
「あぁ、そうだ。そのはずなんだけどな······」
ゴブリンだけじゃない、他の魔物も居ない。巣穴を覗いて目が合った兎もどこか怯えている様子だった。
「ゴブリンが逃げ出すような魔物がいる······とか? 」
「ゴブリンの知能から考えるに、その辺かな」
その瞬間、ガサガサと葉が擦り合う音が聞こえる。
突然聞こえた物音に、俺たちは息を潜めた。
(何か······来ている? )
茂みを掻き分けるような物音はゆっくりと、確かにこちらに近づいていた。
「───スグル! 」
突然襟元を引っ張られ、俺は地面に頬を擦る。
「痛ってぇ! 何を───」
突然引っ張ったルベルに文句のひとつでも言おうとした瞬間、腹の奥に沈む様な重たい音が聞こえる。
振り返ると、木が切り倒されている。さっきまで俺が立っていた位置だ。
「すまん、ありがとう」
「それは後だ。来るぞ! 」
行く手を遮る木々を切り倒しながら、巨体が姿を現した。
巨大なカマキリが、こちらを睨みつけていた。
(······また巨大シリーズかよ)
大森林の思い出が蘇る。
「ルベル、あれ───」
「あぁ、殺人蟷螂だ。コイツがいるのなら、ゴブリンがしっぽ巻いて逃げるのも合点が行く」
「ゴブリンって尻尾が生えてるんですか? 」
「今どうでも良くないか!? 」
ピエリスの呟きにツッコミつつ、ルベルと俺は武器を構える。それに倣ってピエリスは盾を、アルモスは槍を構える。
「お前らは下がってろ! 訓練とするにはコイツは流石に強すぎる。俺とスグルで倒すから、隠れてろ! 」
「討伐ランクは? 」
「Bだ」
(······てことは、結構強いんだな、多分)
ランクで強さを測るには、俺には経験が足りてない。
「スグル、援護を頼む! 《水弾》! 」
ルベルはキラーマンティスに向けて水の玉を射出する。それが届く頃には既に剣を構えて回り込んでいる。上手いな。
俺も負けてられない。
「《麻痺付与》! 」
水の弾丸をマトモに食らったマンティスだが、ダメージはあまり見受けられない。すぐさまルベルに斬り掛かろうとするマンティスの動きを止める。
振りかぶった鎌は降ろされることなく、空中で停止した。
「ナイス、スグル! 」
そう言うと、ルベルは地面を蹴って飛び上がる。
「《風刃》! 」
ルベルが握るロングソードが一瞬ブレたかと思うと、マンティスの顔に複数の傷をつけた。
「ギキィイ───! 」
マンティスは耳障りな断末魔をあげるが、痺れる肉体では満足にのたうち回る事すら出来ないのだ。
「《雷斬》! 」
雷を纏った刃が、マンティスの頭部を上から下へと通過する。その一撃で断末魔がおさまったかと思うと、ドサリとマンティスの頭部が地面に堕ちた。
「凄いな、流石はBランク冒険者」
「よせよ。この程度じゃ、まだまだだよ」
ルベルは謙遜するが、十分すごいと思う。魔法と剣をの組み合わせが上手い。
俺にしろ、ザッコスにしろ、武器に魔法を纏わせめ振るうだけだ。魔法攻撃と剣撃を組み合わせて戦うスタイルって普通にカッコイイから憧れる。
「この調子じゃゴブリン討伐依頼どころか、2人の特訓も出来ないな。一旦街に戻ってやり直そう」
「そうだな」
これ以上森に留まる理由もないだろうと、俺たちは一旦帰還する事にした。
だがマンティスが出没したように、魔物が一切居ない訳では無い。最低限警戒しながら街の方角へと歩を進めた。
2時間程歩いただろうか。未だ森からは出ていない。
「······流石におかしい」
その場の誰もが、ルベルの呟きに頷いた。
方位磁針を見ながら、街の方までほぼ最短距離を通っていた。1時間もあれば既に森を出て、街の門が遠目に見えても良い頃合だ。
「スグル、この切り株に見覚えはないか? 」
「これは······」
木の見分けがハッキリつく訳では無いが、その切り株には見覚えがある。まるで森に道を空ける様に斬り倒された幾つもの切り株。先程のマンティスが通った跡にそっくりだ。
だがマンティスがその前に通った跡とも考えられるし、考えたくは無いが別のマンティスかもしれない。
しかしその可能性も、アッサリと破られる。
「スグルさん、この足跡······」
ピエリスがしゃがみこんではそう呟く。
履物としては革靴が主流のこの異世界で、これだけはほぼオンリーワンだろう。
「あぁ、俺のスニーカーの足跡だな」
滑り止めの波状の靴底がハッキリと地面に写っている。
「つまり俺たちは───」
「真っ直ぐ歩いた筈が、戻ってきてるらしい」
本当の敵は、殺人蟷螂では無いようだ。




