26.次こそ、護るために。
(······ダメだ! )
あの日のトラウマか、声を出そうにも喉が閉まる。
また失ってしまうのか。
俺に着いてくると、決めてくれた。
俺の事を慕ってくれた。
そんな相手を──
「──二度も失ってたまるかぁ! 」
必死で盾を構えるピエリスに向けて、俺は手を掲げる。
──《不壊付与》《五重防御力強化付与》
俺はそう叫んだつもりだった。だが実際には唱えてはいない。
必死のあまり、俺はその事にさえ気づかなかった。
しかしながら魔法陣は正しくピエリスの元で展開される。闘技場に響く鈍い音とともに、触手は弾き返された。
よかった──そう安堵する余裕など無い。これ程の多重詠唱をしたのだ、魔力の消耗は激しい。
当然の事ながら血の気が瞬間的に引く。
まるで虚空に意識を引っぱられるように、目の前が真っ暗になり僅かに倒れかける。
前のめりに倒れ伏しそうなその刹那、一歩足を踏み出し意識を強引に引き戻す。
(まだだ、まだ落ちるな! )
最後まで、戦え!
ピエリスも、リアスも、ミョルニィルも、まだ戦っている。
俺だけ休んでられる訳が無い。
「おらぁあああ! 」
俺を瀕死と見るや、トドメをさしにくる触手を纏めて切り落とす。
目の前が霞む。周囲の風景にモザイクが掛かったように不明瞭な景色が己を包む。それなのに、敵だけはハッキリ見える。
あの時と同じだ。──既に限界は近い。
パナンもリアスを近づけまいと、触手を振るう。リアスの奥の手は恐らく触れる事が条件なのだろう。その猛攻故に、懐へと入れない事に焦れている様子だ。
(何か······手助けを──)
そう行動を起こそうとした瞬間、俺は唐突に膝を着く。脚に力が入らない。
「クソ······なんでっ──ん? 」
ふと手を着いた瞬間、なにかに手が触れる。
それは、パナンが見せびらかしていた《破魔の首飾り》だった。
(これが落ちてる······それなら! )
──状態異常が通用する!
「《石化付与》ァ! 」
魔力は既に底が見えている。故に、魔力以外の何かを消費して、叫んだ。
パナンの巨大な全身は瞬く間に、薄灰色に染まる。
「これは······! 」
誰かがそんな声を上げる。俺だって驚いてるよ。
他の冒険者も、石化したパナンを見上げてその動きを止めた。
「スグル、ありがとう。ただ、この状態だと倒せないから、僕が合図したら解除して? 」
「······あ、はい」
ちょっとだけ余計だったらしい。
ぴとり、とリアスは石像と化したパナンに触れる。
「じゃあスグル、解除して」
「おう。《解除》」
そう言うと、軽くひび割れていた薄灰色の胴体は、元の血の気の多い肌色に戻って行く。リアスの触れている部分を中心に、放射状に生気を帯びてゆく。
「《特殊技能・過回復》」
リアスがそう唱える。
パナンが煌々と輝いたかと思うと、全身からボロボロと黒ずんだ何かが零れ落ち、最終的にただ大きな塵の山になった。
「······終わった、のか? 」
「うん、終わった」
ニィと笑うリアスの笑顔に、一筋の陰が見えた気がした。
こうして、冒険者協会支部内での激戦は幕を下ろした。
***
「あらあら、負けちゃったかぁ」
へバーデインは支部からは見えない程遠くから、《遠視》の魔法で一部始終を覗いていた。
一人でいる時の彼女には闘技場で見せた荘厳さはなく、おもちゃを取られた少女のような不貞腐れた表情を浮かべる。
「そもそも勝てるとは思ってなかったけど、死者0と言うのはちょっと予想外ね」
良くて半数、少なくとも数人はこの戦いで死ぬと予想していたが、結果は死者はおらず、命に別状の無い怪我人だけが出た。
「あの治癒術師の女は要注意だね。それと、ミクリ・スグル······出自不明の付与術師」
リアスは男である。だが、へバーデインはそれに気づいていない。
耳にかかる髪をいじりながら、傑の名を口にする。
「彼は特異点かもね。一応、我らが脳に報告しておこうかな」
そう呟いて、《示指》のへバーデインは姿を消した。
***
「今回の一件、お前達の協力に感謝する」
戦闘の後、俺とピエリスは支部長室に呼ばれていた
「いや、ぶっちゃけ成り行きって言うか、たまたまこうなったってだけで······」
「それでも、結果としてパナンという異分子を発見出来たし、何よりお前達の行動に救われた者も居るんだ。もっと胸を張ってくれ」
「あ、そう? 」
(そっか、リアスを援護するという点では俺もピエリスも割と活躍したし、自身持って良いのか)
「······調子に乗れ、とは言ってないぞ? 」
「あ、さーせん」
顔に出てた。
「とりあえず、この戦いに参加した各冒険者には相応の依頼ポイントと報酬を与えるつもりだ。だが、お前達に関しては当事者と言える立場だ。特別報酬がある」
「特別報酬? 」
「あぁ」
そう言って、ミョルニィルが1枚のカードを差し出す。
それはピエリスの冒険者カードだった。
「······これっ」
「ピエリスの冒険者カードだ。冒険者として認定する事にした」
「でも私、試験受けてないです」
「あー······一応本人は、試験を受けて正規で冒険者になりたいらしいんだけど」
俺とピエリスは食い下がるが、今回は勝手が違うようだ。ミョルニィルも引き下がらない。
「······そう言うな。あの乱戦の中飛び込む勇気、あの行動が無ければ犠牲者が出ていたかもしれん。冒険者としての素質はある。それに、大盾を持ってあの速度で動ければ十分だ。獣人族の血だろうか、潜在能力は人間族のそれを凌駕している」
「そう、ですか」
ピエリスはマトモに褒められて、嬉しそうだ。
「そこまで言うなら受け取っとくか、ピエリス? 」
「······いや、でも試験は受けたいです」
ここまで試験に固執する理由はなんだろう。それは気になるが、もしかしたらあまり触れられたくない理由かもしれない。さて、どうしたものか。
「そこまで試験にこだわる理由でもあるのか? 」
「っ! 」
ミョルニィルが無遠慮にぶっ込んできた。俺は思わずギョッとするが、ピエリスは思い詰めるでもなく淡々と話し始めた。
「······だって、私が特別扱いで冒険者になったら、納得しない人もいるでしょう? 」
(そういう事か······)
ピエリスの言う事はよく分かる。確かに正規の手段以外であれば、後ろ指を指されるのも仕方ない事だ。
今までそんな侮蔑に晒され続けたからか、彼女はそういっま悪感情に敏感になっているのだろう。
「ピエリス、お前は今回の戦いで体を張って頑張ったんだ。お前は特別扱いされる様なことをしてんだよ」
「でも······」
俺がそう元気づけてやるが、ピエリスの顔は晴れない。
「スグルの言う通り、この特別扱いは正当な扱いなんだ。実際、この戦いに参加した冒険者は君の勇気を目にしている。少なくとも彼らは異論を唱えないだろう。
だがまぁ、少なからず何か言ってくる輩は居るだろうが、お前が居るだろ? 」
ミョルニィルはいやにニヤけた顔でこちらを見やる。過去の問題を掘り起こそうという訳かな?
「もちろん。まぁ、周りの対応次第だけどな」
「場合によっては処罰もあるからな」
(······俺わるくないもん)
「と、言う訳だ。どうだ、受け取ってくれるか? 」
「······はい。ありがとうございます」
最後には、ピエリスが折れる形で冒険者認定が成された。
俺なんてこのミョルニィルと本気で戦わされたのだ、羨ましいと思う。贅沢な悩みと言うのはこの事だろう。
「じゃあ、頑張ってくれ。期待してるぞ」
「はい! 」
ピエリスも明るくなったようで安心だ。最初会った時はもっとハキハキしてる印象だったが、ずっとオドオドした様子だった事が不安だった。ずっと彼女を困らせている様で申し訳無かった。
だがやっと、以前のピエリスに近づいてきたように感じる。
──と、ここで俺は聞こうと思っていたことを思い出した。
「そう言えば支部長、教えて欲しいことがあるんだけど」
「······なんだ? 一応俺にも仕事があるからな、簡単なのなら答えてやる」
余程仕事が山積みなのだろうか、些か不機嫌そうな様子だ。偏見だがデスクワーク苦手そうだ。
「今日の戦い、パナンは《失われし技法》っての使ってたし、リアスも《特殊技能》っての使ってたじゃん? スキルについて教えて欲しいんだけど」
「······」
いや、そんな顔されても困るって。そんな「え、そんなことも知らないの······あ、いや冗談なのか? 笑えばいいかな? 」みたいな顔するなよ、やめてそれ。
そんな困惑の表情を浮かべていたミョルニィルも、俺の感情を読み取ったらしい。すぐにスキルについて解説してくれた。
ざっくり要約すると、努力や感情などで後天的に、かつほぼ無条件で使えるようになるスキルを《通常技術》。
稀に生まれつき持っている場合がある、特殊な能力が《特殊技能》。
そして最後に《失われし技法》は、遺跡や迷宮の奥地に極稀に存在する《古代遺物》とやらを手に入れる事で会得できるらしい。
ただし、二つ以上の《失われし技法》を同時に得ることは出来ないらしく、2つ目以降は入手しても何も起こらないらしい。
2つ目以降の古代遺物は売るしかないらしく、だがそれも売れば一生遊んで暮らせる程の金に変わるという。
(一つ手に入れれば力を、二つ手に入れれば巨万の富を、か。何とも恐ろしいアイテムがあったもんだ)
ちなみに《古代遺物》と同様に遺跡などから極稀に見つかる《神級異物》とやらもあるらしい。こちらはスキル等を与えない代わりに、そのアイテムそのものが人智を超えた機能を持つとか。
(······なんか、こんがらがってきたな)
異世界って、複雑だね。
俺は追々理解していく事に決めた。




