25.後悔が溢れる。
「お前のせいで、正体を晒す羽目になった······」
「······」
そう話す内に、パナンの腕は元通りに。そして地面に落ちたパナンの腕もうぞうぞと人型を形成し始めていた。
「お前、教団の人間なんだな? 」
「これを見られては、嘘も意味をなさないだろう。認めよう。それで何か? 」
───教団、正式名称「あるべき世界への導き手」。曲解した神の意志という大義名分を元に、世界を滅ぼそうとする宗教組織。
「───動くな、パナン・サイレンタス!」
気付けば、ミョルニィルが降りて来ていて、ほかの冒険者による包囲網が形成されている。
流石に行動が早い。
「スグル、教団という言葉が聞こえたが?簡潔に説明してくれ」
いつにもまして厳しい表情で、俺にそう問いかけてくる。
「俺とザッコスで行った依頼の報告は受けたよな?」
「あぁ。斬れば増殖、ダメージで肥大化する狼の魔物との戦闘を行ったらしいな。教団の手による物だと聞いている」
「うん。パナンがその狼と同じ事出来るってさ」
「······そうか」
ミョルニィルは静かに頷く。
人類の敵とも呼べるような組織の人間が内部に潜り込んでいたのだ、支部長としてはさぞ歯がゆいだろう。
「「こうなっては仕方ない······。我らが神の意向を代行し、先んじてこの場の全員を消し去ってくれる!」」
「っ!全員構えろ!」
左手から成ったパナンは既に完成し、2人のパナンが声を揃える。
ミョルニィルば檄を飛ばし、その場の冒険者は全員反応。すぐさま臨戦態勢をとる。
既に2人となったパナンと、30余人程度の冒険者。どちらかが動き出せば、戦いは始まる。
「──待て」
そんな一触即発とも言える空気に不似合いな、透き通った声がその場に流れた。
2人のパナンのすぐ後ろに、全身黒いフードを目深に被り黒一色の人物が立っている。
「「へバーデイン様っ!」」
「パナンよ、選別の時にはまだ早い。我らが殺生を行うのはまだ教義に反する」
声の感じからして、女だろうか。それにパナンの態度を見る限り、教団内でも上位の者のようだ。
「「しかし······」」
「お前の言い分も分かる、確かにこの状況下で教に殉じるのも得策とは言えまい。そうだな······正体不明の魔物が冒険者協会支部内で暴れて死者多数。と言うなら仕方無いとは思わないか? 」
そう言い終わると同時、へバーデインと呼ばれた女は細い針のようなものを取り出し、パナンの横腹を2人分突き刺す。
「「っ!? へバーデイン、様······! 」」
「さて、私はここいらでお暇させてもらおうか」
「待て、逃がすと思うか! 」
ミョルニィルがそう叫び掴みかかる。だが、その大きな手は虚空を掴むのみだった。
「フフ······よく言う。私がいつ、どうやってこの場に来たかすら理解出来ておらぬくせに──」
そう言うとへバーデインの姿はいつの間にか消え去り、刺された腹を抑えてもがくパナンが2人だけが残された。
片方のパナンはドロドロとスライムのように融解し、もう片方のパナンと同化していくようだった。
「あ、あぁぁぁあ! 」
耳障りな断末魔を上げながら、パナンの身体はぶくぶくと膨れ上がり、巨大化する。
しかしその姿はあまりにも醜く、その姿は形容しがたい異形の怪物と化した。
パナンは最早パナンでは無かった。
化物となったパナンは腕と思われる物を振り回す。避けられなかった幾人の冒険者が壁にめり込む。
「──ッ! Cランク以下の冒険者は撤退、即座に避難しろ!余裕のある者は怪我人を! 」
ミョルニィルはその脅威度を量るとすぐさま命令を放つ。
(俺もDランクだし避難しようか)
と、その場を去ろうとすると、ミョルニィルに止められた。
「スグルはこの場に残って戦闘を継続! 」
「は、はい! 」
なんで?俺Dランクだよ?などと聞き返せない程の強い口調に、俺は上擦った声で返事をする他無かった。
「おらぁ喰らえぇ! 」
1人の冒険者が勇敢にも前に出て、パナンに斬り掛かる。
肉壁は容易くぱっくりと開き、一瞬血飛沫が飛ぶがその傷は瞬く間に塞がってゆく。異常な回復力は残っているようだ。
いや、ただ回復するだけではない。傷口から触手が新たに生えてきている。
「チィ······! 」
斬り掛かった冒険者は一旦後ろに退るが、1本の触手が彼を追随する。
「なっ、追ってくる!? 」
「任せろ! 」
執拗に追いかけてくる触手を、他の冒険者が横からブツ切りにすると、追跡は止まる。
(マズイ······! 切り離したら······! )
切り離したら、分裂する。そう思っていた。
だが化け物が2体に増えることは無く、触手の先端は溶けて形を失った。
どうやら、分裂の性質は無くなっているらしい。
だが依然、脅威は変わらない。増えないだけで不死身には変わらないのだ。
無闇に攻撃すれば、相手の攻撃の手を増やすだけ。冒険者達は攻めあぐねている。
今生えている触手を捌くので手一杯なのだ。
「スグル、依頼の時は軍隊狼をどうやって討伐した? 」
「あぁ、ザッコスが一瞬で、回復すらさせずに全身焼き尽くしてたよ」
「そうか······」
「そのレベルの魔法使える人材は無いのか? 」
「本来なら凄腕の魔法使いが街に居るんだが、今ちょうど外出中だ」
(タイミング悪! つまり、打つ手なしか? )
「おい、ヤベェぞ! 」
冒険者の誰かが叫ぶ。
その視線はもちろんパナンの方を向いており、「ヤベェ」のはパナンについてだ。
(······マジかよ)
パナンはこちらへの攻撃をやめ、自身を攻撃していた。
鞭のようにしなる触手で、自傷する。そして出来た傷からは、新たな触手が生えてくる。
そして───
「全員、距離を取れ! 」
最早人間としての影の消失した化け物の触手が、一斉に振り回される。
ミョルニィルの号令も僅かに遅く、冒険者達は回避出来なかった。
「《防御力強化付与》! 」
俺は自身の防御力を強化し、触手を獅子王の牙で受ける。
(くっ······重っ! )
あまりにも重い。俺は軽く吹き飛ばされ地面を転がる事になった。左腕がズキズキと痛むが、まだ十分戦える。
他の冒険者も、高ランクなだけあって各々が上手く防御していた。負傷こそすれど、戦闘不能になった者は居ないようだ。
「──《回復》」
後ろから聞こえた言葉に、俺は思わず振り返る。
「リアス······」
「ほら、折れた左手は治ったでしょ? 」
あぁ、折れてたのか。道理で痛いと思った。
「リアス! お前は負傷した冒険者たちの治療に回ってくれ! 俺たちは何とかコイツを倒すからそれまで──」
「なに能天気な事言ってんの、脳筋支部長が」
パナンの猛攻の中、リアスを認識したミョルニィルがリアスに命令を飛ばすがリアスは迷惑そうに跳ね除ける。
「攻撃しても回復、それどころか攻撃の手を増やす。何とかってどう倒す気なのさ! 」
「それは······今考えている! 」
「脳筋が無理しないで、良いよ僕がやる。多分僕にしか出来ないから」
そう言うとリアスは一歩、また一歩とパナンの方に近づく。
「······お前、まさかあれをやる気なのか!? 」
「うん。シーさんも居ない以上、現状あれを倒すにはこれしかない」
「嫌いだって言ってたろ。お前の《特殊技能》」
(······今度はユニークスキルかよ。後で絶対教えてもらうぞ)
何となく置いてけぼりだが、話の腰を折ってはいけないので俺は黙ってそう思う事にする。
「嫌いだよ。僕の回復は誰かを癒すためのものだ。壊すためのものじゃない」
リアスは袖をめくり、気合いを、覚悟を決めだ表情でパナンに近づく。
「でも、このちっぽけなプライドのせいで誰かが傷つくなら、僕はこの手を汚す事を選ぶ」
「······総員、リアスを援護しろ! 」
ミョルニィルは、リアスの覚悟を尊重した。
しかしながら、パナンも黙ってリアスを近づかせはしない。当然触手はリアスの命を狙ってくる。故に、総力をもって護る。
「行け、リアスさん! 」
「ここは俺達が! 」
「······ありがとう。後で治してあげるから、せめて死なないでね」
冒険者達は必死でリアスを庇う。俺も見ているだけではいられない。
「くっ! 」
「スグル、無理はしないで。《回復》は怪我した本人の体力も使うから、多分思ってる以上に消耗してるよ」
「死ななきゃ治してくれんだろ? なら全力で無茶してやるよ! 」
「······分かった、また後で」
切った端から生え変わる触手をリアスに届かせまいと、斬り続ける。それを冒険者が各々行い、道を作る。
こうして、リアスは確実にパナンに近づく。
一歩一歩と踏みしめるうち、少しづつ魔力が高まるのを感じる。何をする気かは知らないが、恐らく余程集中しなければならない魔法なのだろう。走らず歩いているのはその為か。
集中している故に、攻撃にはあまりに無防備。それだけ、周りの冒険者を信頼しているのだろう。
だが、冒険者の数は限られている。
抑える冒険者の居ない、1本の触手がリアスの背後に伸びる。
「リアス、後ろ! 」
2本の触手を抑えながら、俺は咄嗟に声を荒らげる。
だが、リアスは気にした様子もなく歩いている。
(ダメだ、集中し過ぎて気づかない! )
助けに行こうにも、ここからでは間に合わない。それに、無限に生え続ける触手で手一杯でもある。
付近を見回すが、他の冒険者も同様だ。とても助けに行ける状況では無い。
考えろ、何か方法は──
「──危ない!」
俺が手をこまねいている間に、一つの影がリアスと触手の間に滑り込む。
ピエリスだった。
(何故······何故逃げていない? )
そんな事はどうでもいい。
無理だ。
実際に攻防をしているから分かる。この触手は初心者向けの木盾では防げない、貫かれる。
必死の形相で盾を構える獣耳の彼女に、俺はかつての相棒の面影を重ねた。
その表情は、脳裏に焼き付いたあの瞬間の表情と同質のものだった。
(あぁそうか、俺は重ねてたのか。アイツと彼女を──)
その瞬間、あの時の悲しみが、苦しみが、怒りが。腹の底から溢れ出した。




