24.勝ち以外見えない。
「お前、案外と問題児だったんだな」
支部長室で、ミョルニィルはそう言った。
その軽口に反応できる精神状態では無い。
「悪いけど、今それに答える余裕は無い」
「まぁそうだろうな······」
俺とミョルニィルの間に沈黙が流れる。
「アイツは······パナンはタイダール王国の北方に面するシト国の生まれだ。あそこはタイダールに比べれば職業や種族の差別が激しいと聞く。奴をピエリスに合わせた事は、俺の配慮が欠けていた。謝罪する」
「あんたの謝罪は要らない」
パナン1人分の謝罪で十分だ。
「そうか······なら一つだけ注意しておく。奴はお前にとって相性が悪いぞ。恐らく、苦戦する」
「······」
苦戦しようと、最後に勝てばそれでいい。
パナンに頭を地面に擦り付けて謝罪させる、それさえ達成するのなら。
***
そして決闘の日。お馴染みの試合場で行われる。観戦席は満員だ。
「やぁ逃げずに来た事は褒めてやるよ付与術士。お前みたいなゴミ職業じゃ越えられない壁があるって教えてやるよ」
「こっちのセリフだ。民衆の前だからって加減してもらえると思うなよ」
「言うねぇ。そうだ、この戦いの勝敗によって罰を与えないか? 」
「······罰? 」
パナンはニタリと下卑た笑いを浮かべる。そして───
「ミクリ・スグル! 君はこのパナン・サイレンタスに負けた暁には、この街を······いや、この国を出てゆけ! 冒険者資格も没収、金輪際試験を受けることすら許されない! 」
───オオオオオオ!
その言葉に、観客席は大いに盛り上がる。なるほど、外堀を埋めて呑まざるを得ない空気にしようってか。
まぁ負けるつもりは無い、話に乗ってやろう。
「良いだろう! なら、パナン。お前が負けた時はピエリスに謝れ。この場でだ! 適当な謝罪は赦さねぇ、俺が納得するまでだ! 」
───オオオオオオ!
再び観客席が沸く。盛り上がれればなんでもいいらしい。
「······では、両者構えて」
お互い持ち場に移動し、アリスさんの声にそれぞれ武器を構える。
俺はもちろん《獅子王の牙》。対してパナンの武器は右手には持ち手の部分が精巧な細工があしらわれた、いわゆるレイピアと呼ばれる刺剣。左手にはレイピアと同じ意匠を持つ短剣を握っている。
「───始め! 」
その怒号にも近い掛け声と共に、耳に痛い金属音が響く。開始の合図とほぼ同時、パナンの刺剣を獅子王の牙で受けたのだ。
パナンの剣速は記憶の上では最も速いが、反応は出来る。
俺はすかさず獅子王の牙を振りぬく。パナンは軽快なステップで後退し、その攻撃を避ける。
「へぇ、今のを受けるのか」
「不意打ちのつもりだったか? 残念! 」
自然界によーいドンは無い。その考えが染み付いてしまっているためか、顔合わせた瞬間から俺は既に臨戦態勢であった。
「ならこれはどうだ?《ソニックスティング》! 」
「っ!」
その瞬間、パナンのレイピアが重なって見え、空気を切り裂くような音がその場に溶ける。
訳もわからず身を逸らしていた為に、先程よりも数段速い刺突を俺は間一髪で避けていた。
(今の······技か!? )
音速の突きとは言うが、音速という程では無い。が、十分速いと言える。
「いい音だろう?次はもっと近くで聞かせてやろう!《ソニックスティング》乱撃!」
音のように早く届く刺突。その連撃を前に、俺は大きく回避する。
速さとはダメージに直結する要素のひとつだ。細く叩けば折れそうな細い剣だが、そのダメージは俺の命に容易に手を伸ばしうるだろう。
「······鬱陶しいんだよ、! 」
連撃を避けられた直後、僅かに隙をさらしたパナンに向けて俺は獅子王の牙を振るう。
隙を狙った筈だったが重ぃ金属音と共に受け流されてしまう、左手に持っていた短剣によって。
バランスを崩した俺は、無様にも隙を晒してしまう。
「······っ!」
「貴様の負けだ! 《ソニックスティング》! 」
(マズイ! )
「《脚力強化付与》! 」
不安定な姿勢のまま、強化した足で地面を蹴る。まるで投げ飛ばされた様に土の上を転がるが、結果パナンの攻撃は避ける事が出来た。
「チィ······」
「次はこっちの番だ。《麻痺付与》! 」
俺はパナンに手を向け、魔法を唱える。だが──。
──魔法陣が砕けた。ガラス細工を叩いたように、魔力が散り落ちる。
「何!? 」
「ククク······貴様がそう来ることは想定していた。付与術師はそう言った姑息な魔法ばかり使うと聞くからね」
そう言いながら、パナンは襟元からネックレスを取り出す。
「《破魔の首飾り》と言ってね。これを着けていると魔法による状態異常を弾いてくれるんだ。大枚はたいたかいがあったよ」
(コイツ······対策してやがった! )
「だが、少々不愉快ではあるね。先程も自分を魔法で強化していたようだし。ここは本気で貴様を潰しておこう」
「······?」
パナンは腕を掲げて、高らかに叫んだ。
「《失われし技法・魔凪の結界》!」
······ルインズスキル?何を言っているんだコイツは。
大技が来る気配もない。ハッタリだろうか。
そう思案していると、パナンは一足に間合いを詰めてくる。
「喰らえ! 」
「くっ······! 」
半ば不意打ちのような一撃を、何とか獅子王の牙で受ける。だが永遠にこれを続けることは出来ない。時間をかけるのは悪手だろう。
だが、アイツには破魔の首飾りがある。こちらからデバフは掛けられない。
「《筋力強化付与》!」
そして異変に気づく。魔法が発動しない。
「なんで······くっ! 」
そんな疑問に思考を向けるその間にも、パナンは攻撃を仕掛けてくる。
やはり、先程のルインズスキルとかいう物のせいだろうか。
(つーかこの世界でのスキルの扱いが分からないんだよなぁ! )
多少の後悔と共に心の中で悪態をつくが、それで何か変わる訳でもない。
「困惑しているね。カス職業の君にはその表情がお似合いだよ」
「······何しやがった」
「教えると思うかい? この国を出ていった後にでもゆっくり考えるといいよ! 」
再三繰り出される刺突を何とか受ける。受けるにせよ躱すにせよ、このままではジリ貧だ。
先ほど唱えた《脚力強化付与》の効果がまだ続いているが、いつまでもつか······。
考えろ、何か突破口はある筈だ。
だが繰り返される攻撃の中、思考は上手くまとまらない。それに、もし再び《ソニックスティング》とやらが繰り出されては危険だ。
(······待てよ。さっきまでしつこいくらい使ってたソニックスティング、使ってこなくないか?)
つまり、魔法封印とソニックスティングは両立出来ない。という結論にたどり着く。
ならば、魔法封印よりもソニックスティングを優先させてやればいい!
(······いや、どうやってだよ)
言うは易し行うは難し。
だがとりあえず、魔法を使わずに戦おう。そもそもとれる選択肢がそれしかない。
(観察しろ。何がなんでも負ける訳にはいかないんだ! )
相手の武器はレイピア。刃はついているが、結局は刺突用の剣だ。あの細い剣身では斬りかかれば折れかねない。なら───
相手の刺突似合わせて、俺は一足に間合いを詰める。
「っ!」
(先端より懐は安置!)
そして至近距離で、攻撃をかます。
そう息巻いて獅子王の牙を振ろうとするが、腹に走った鋭い痛みにその行動は止められた。
「がはっ······!」
「左手の短剣はこういう風にも使えるんだよ」
近づいた故に晒した腹部の隙に、凶刃が埋まる。
激しく痛い。金属の冷たさを覆うような熱さが腹部を支配する。
この傷はマズい。致命傷になりかねない。
なのに、吊り上がる口角を抑えられない。
あまりにも、想定通りに事が進んでいるから。
「あぁ······刺しちまったら護れねぇよなぁ!」
俺は痛む腹に力を篭める。筋肉で押さえつけるようにして、短剣は抜かせない。
そして俺は不安定な姿勢ながら、獅子王の牙を振るう。
しかし現実、そう上手く行かないものだ。
腹の短剣は抜き去られ、俺の剣撃は受けられてしまった。
漫画等でよく見る筋肉で刺さった刃を止めるアレ、そもそも出来るわけが無かった。
あれは尋常ではない筋肉を搭載してはじめて可能な芸当である。受験期で筋肉があからさまに落ちた、たかが半月サバイバルしただけの元大学生には妄想の域だった。
だが、たった半月程度のサバイバルでも身に付いたものはある。
「······それで終わったつもりか!? 」
獅子王の牙に気を取られたパナンの横顔に思い切り拳を突き入れる。
短くも濃い半年で身に付けた狂気的なまでの戦闘本能、生存への執念。それを前には刺された腹の痛みなど些末な問題だった。
「ぐっ······調子に乗るなぁ! 《ソニックスティング》! 」
(来た! )
半ばヤケクソ気味のパナンの攻撃を紙一重に避け、俺は叫んだ。
「《継続回復付与》、《筋力強化付与》、《速力強化付与》《炎熱付与》!」
腹部の傷の回復と思いつく限りの自己強化、パナンが再び封印するまでに俺は全てを発動させた。
「何!? 」
「予想通り、その《ソニックスティング》とやらと魔法を封じるそれは同時に使えないらしいな」
「くっ、ならばもう一度封じるまでだ! 《失われし技法───」
「もう遅せぇよ! 」
パナンが掲げた腕を、即座に斬って落とす。
「───があぁぁぁあ! 」
先の無い腕を抱えるパナンの断末魔を聞きながら、俺は顔を顰めた。
まぁ、切れた腕があればリアスがくっ付けてくれるだろう。無理なら知らん、どうでもいい。
俺はうずくまるパナンを見下ろして、獅子王の牙を向ける。
「お前の負けだ。諦めろ」
「クソ······クソクソクソ! 」
残った左手で顔を引っ掻きながら、パナンはブツブツとそう呟いている。
······これ、どうしたら勝った事になるのだろう。
「クソ······もう少しだったのに······! 」
もう少し······? 何の話だ?
そう思った直後、変化は起こる。
パナンが必死で抑えていた右腕の断面からは肉が盛り上がり、新しく腕を形成する。
そして切り落とされ、地面に落ちた腕も同様に盛り上がり、うぞうぞと動いている。
(まさか······! )
その様子には見覚えがある。
つい先日、迷宮の最下層で見た魔物と同じ。
つまり───
「───教団······! 」
悪魔の教義は、冒険者に手を伸ばしていた。




