23.堪忍袋の緒が脆すぎる。
「さて、最初から説明してもらっても良いか? 」
「······」
冒険者協会ダルーイ支部支部長ミョルニィルとして、つい先日冒険者として認定した男が、目の前で不貞腐れている。理由は協会ホールで少々問題を起こしたからだ。
「スグルくん、自分の口で言わないと分からないよ? 」
「──いっ!? 言う、言うから! 」
背後から耳打ちをしたリアスの一声で、スグルの声が上擦る。恐らく、背中を抓っているのだろうか。
「······なんかピエリスの顔色が悪いと思って、耳すましたらピエリスの悪口が聞こえたから。ちょっと、ビビらせた」
「ピエリスとはその娘か」
隣の半獣人の娘に目を向ける。ここに入室してから、ずっと申し訳なさそうに下を向いている。
終始ムスッとしたスグルとは大違いだ。
「事情はとりあえず理解した。確かに、その娘を見て陰口を叩いた冒険者にも非はある。だが、流石にやり過ぎだ。非戦闘員の協会職員が3人失神したんだぞ」
「あい、さーせん······」
デスクの上に置いてある嘘発見魔具が不自然な高音と共に光る。嘘をついている反応だ。
(コイツ、納得してないな)
「まぁ直接危害を与えた訳でもないし、先に問題を起こしたのは冒険者達だ。お前には注意以外は出来ん。今後は気をつけてくれ」
「───なぁ」
そう言ったところで、スグルが口を挟んできた。
「気を付けてくれってなんで俺なの? 違うだろうがよ」
「······」
突然、スグルからえも言われぬ圧力を感じる。
なるほど、受付前で発したのはこれか。
「スグルくん抑えて。残念だけど支部長は威圧してどうこうできる人じゃないよ」
「ま、そういう事だ」
「······そうか」
途端にスグルから発せられる圧が収まる。こうして即座に切り替えられるなら、実力から来る威圧ではなく技能の類いだろう。
「おかしいな。冒険者カードをやった時はこんな気の短い人間とは思わなかったよ」
「俺も、自分の気の短さに驚いてるよ。とりあえず、今後はこんな事が無いように冒険者達にそれとなく伝えて貰える? 次に俺の相棒を馬鹿にするなら、その時はマジで斬るからって」
「······わざわざ言わなくても、今日ホールにいた冒険者は思い知ったと思うけどね」
リアスの言う通りだ。Aランク冒険者の俺でも圧を感じた。その辺の冒険者では、失禁しなければ良い方だろう。あの後でスグルに盾突くようなら、バカと言わざるを得ない。
「分かったよ、今回のことは冒険者の素行を制御しきれなかった協会側に非がある。確かその娘の冒険者登録を希望していたな。特例措置として、試験を省略させて貰う」
「あの! 」
俺が冒険者カードを用意しようとすると、ピエリスという娘が声を上げた。
「私、試験受けたいです。悪口とかも気にしてないです」
「······ま、ピエリスがそう言うなら。明日予定通りに試験を頼むよ」
ピエリスに重ねてスグルもそう言い出した。
俺は冒険者カードを用意しようとした手を下げる。
「了解した」
「スグルくんより、ピエリスちゃんの方がオトナだね」
「うるせぇよ」
悪態を着くスグルは最初に見た彼に、年相応の青年に戻った様だった。
***
支部長室を出た後、俺達は鍛冶屋へ向かった。明日の試験の為に装備を整えよう、という訳だ。
道中、冒険者と思われる者たちから道を空けられている気がした。その中には、協会ホールに居なかった人物もいる。噂が広まるのは早いものだ。
「らっしゃい。おぉ兄ちゃんか。鞘の使い心地はどうだ? 」
鍛冶屋のオニキスが、読んでいた本から顔を上げて挨拶をする。
「バッチリ! お陰で冒険者になれたよ」
「ははは、そりゃ良かったな。ところで、今日はどうした? 」
話が早くて助かるな。
「この娘の装備を見繕いたい。適当な防具と、あと武器だな」
「なるほど。お嬢ちゃん、職業はなんだ? 」
カウンターから身を乗り出し、オニキスがピエリスに質問する。
そう言えば、オニキスはピエリスの耳を見ても顔色ひとつ変えない。地精族は種族差別をしないのだろうか。
あとピエリスの職業は、知らない。なんだろうか。
「えぇと、《盾戦士》です」
「······」
(そんな職業もあった気がする)
正直、転生前に全ての職業を記憶しているわけでは無い。そもそも、トップ3と最下位の付与術士以外はまともに見ていなかった。
「盾戦士かぁ······となると戦闘スタイルによってどういう装備か変わってくるな。盾と武器をもつか、それとも1枚の大盾を攻守兼用にするか······」
オニキスは悩む。とはいえ、実際の使用者はピエリスだ。最終的には彼女次第、そう思い彼女を見やる。
当のピエリスは、並べられた盾を見比べて何やら悩んでいる。いや、悩んでいる様に見えるだけだな、これ。
何に悩んでいいかも分かっていない様だった。
「ピエリス、これまで武器を使った事はあるか? 」
「······無いです」
(──となると、武器を握らせるのは保留だな)
生物を殺しうる物を手に持つ、というのは思いの外ストレスが溜まる。最初は盾だけを持たせて、話し合いながら戦闘スタイルを安定させていこう。
「······おっちゃん、とりあえずこの大盾一枚買うよ」
「お、おう」
とりあえず、ピエリスの真正面にあった大盾を即金で購入した。見た目は無骨だが、まぁ最初はこんなものだろう。木製で初心者向けらしい。
その後、適当な革鎧も購入。早速盾と防具を装備してもらった。
駆け出し冒険者という感じだ。まだ正式に冒険者ではないが。
そして職業柄、戦闘職に詳しいオニキスの指導の元特訓を開始した。
よくよく考えたら、試験前日に装備を整えて特訓開始って相当悠長かもしれない。まぁ、高校の頃の定期テストはそんな感じだったっけ。
驚いたのは、身の丈ほどある大盾をピエリスは軽々と持ち上げて見せた事だ。
なんでも獣人族は、人間よりも筋組織が発達しているらしく、その血を引いているピエリスも華奢な見た目の割にパワーがあるらしい。
とりあえず、形にはなったところで今日は休む事になった。明日の為に休む事も重要だ。
***
そして試験当日。俺たちは冒険者協会に来ている。
ホールに入るなり、中にいた冒険者は全員こちらを見るなり距離を置く。めちゃくちゃビビられてるな。
「あ、スグルさん······昨日は大変申し訳ございません」
受付に立つなり、アリスさんが謝罪してくる。
「······俺に謝らなくて良いよ」
俺はピエリスの方をチラリと見る。どうだろう、これちょっと執拗いかな。
直後、アリスさんはギョッとした顔を浮かべてピエリスの方に向き直る。
「申し訳ございませんピエリスさん······」
「あ、いえそんな······気にしてないですっ! 」
ピエリスは両手をブンブンと振ってそう言う。
だが、アリスさんはその様子にホッとしたようだ。
「ピエリスはこう言ってるが、俺は怒りっぽいらしいから」
俺はピエリスの肩に手を置いて、ニッコリと笑みを浮かべてそう念を押した。
アリスさんの顔が引きつったのを俺は見逃していない。
そしてそのまま試合場へと案内される。
「スグルさん、私大丈夫ですかね」
緊張した表情で俺の顔を覗き込む。まぁ不安だろう、試験とはいえ武器を持った相手と対するのだ。
俺は頭にぽんと掌を乗せる。
「さぁ、知らん。けどな、ダメかもしれないとは思うな。昨日は頑張っただろ、それを思い出すだけで良い」
もはや助言とも言えない適当なアドバイスだが、これくらいが丁度いい。緊張していると、細かいアドバイスは逆効果だ。
「ありがとうございます」
俺はニコリと微笑む。多少緊張はほぐれたみたいだ。
そしてピエリスは試合場へ、俺は観客席へ向かう。セコンドという文化は無いらしい。
ピエリスが盾を持ちながら試合場に入る。
「やぁ君がピエリスちゃんだね、初めまして。俺が今日試験官を務めるパナンだ。よろしく」
試合場に立つ、パナンと名乗る青年が握手を求めながら挨拶をした。支部長じゃなかった事が幸いか。
「よろしくお願いします」
ピエリスはその手を握り返して挨拶を返す。
「君、可愛いね。俺の女にならない? 」
パナンが唐突にそう言った。
(······はぁ? 何を言っているんだこの男)
あろう事か試験の場で戯言を吹く、頭がおかしいのでは無いだろうか。
ピエリスは突然の言葉に困惑していると、更に自分を押し付けるようにパナンがまくし立てる。
「俺の彼女になったなら、冒険者なんてならなくても良いよ。俺が養ってあげる。それに、知り合いに腕の良い医者がいるんだ。その耳も取ってあげられるよ」
「──っ! 」
ブチリと、何かが切れる音が聞こえた。気がつけば俺は、試合場に降りてた。
「なんだい、君? 試験中だよ、部外者は立ち去って貰おうか」
「試験中だ? ナンパ野郎がほざくなよ」
俺はごく自然に、威圧の付与魔法を発動していた。
「あー······君、ミクリ・スグルか? 支部長に勝ったって噂の付与術師。付与術師のようなクソ職業の雑魚が、面白い冗談だと思ったよ」
「んな事どうでも良いだろ。それより、てめぇ聞き捨てならない事言ったよな」
俺はそうパナンに凄む。
「スグルさん、止めてください! 私······大丈夫ですから! 」
「ピエリス、ダメだ。コイツは今、言っちゃ行けないことを言った」
『その耳を取ってくれる』それはつまり、暗に『その耳は取るべき』と言っているようなものだ。
直接言ってはいないが、その耳が生えている事を恥じる事だと断じている。
(──許せない)
「なんだ、この子は君の女なのかい? はっ! クズ職業の女のセンスは変態的だな! 」
「てめぇなんつった今ぁ! 」
俺はパナンの胸倉を掴む。
「その手を離せスグル」
支部長がこちらに歩いてきた。何となく圧を感じる、怒っている様だ。
だからなんだ。
「支部長、試験官はチェンジだ。コイツにピエリスは近づけさせねぇ」
「······」
ミョルニィルは何も言わない。ただ険しい顔でこちらを見るだけだ。
「あと、コイツに決闘を申し込む」
「なっ!? 」
パナンは驚いたの表情を浮かべるが、ミョルニィルは眉ひとつ動かさず。
「分かった」
そう一言だけだった。




