22.仲間ができた。
冒険者協会ダルーイ支部支部長室。ミョルニィルの執務室には2人の男がいた。
「──報告は以上。ようするに、スグルはただ世間知らずな一般人って事。多分こちらから敵対しない限りは無害だよ」
「······そうか、ご苦労だった」
ミョルニィルはその報告を聞いて安堵の嘆息を漏らす。
「じゃ、ボーナス期待してるよ? ミョルさん直々の依頼なんだから」
「分かったよ」
依頼通りにスグルをまじかで観察してきたザッコスを軽くあしらう。もとよりまとまった報酬を払う予定はあった。言われるまでもない。
「じゃ、俺王都にちょっと用事あるからそろそろ行くよ」
「おう」
短い挨拶を交わして、ザッコスはそのまま退室する。
「──♪」
「ザッコス」
己を呼び止める声に、鼻歌交じりに廊下を歩くザッコスは歩みを止めた。
「おや、シーさん。どしたの? 」
「あのミクリスグルとかいう男、どうだった? 」
廊下で待ち構えていたのは、冒険者協会所属の魔導師シーゼルだった。
シーゼルの当たり障りない質問にザッコスは嘆息をひとつこぼして。
「······別に? 教団との関わりも無ければ、何か企みがある訳でもない。ただの世間知らずの新人冒険者さ。これミョルさんに言ったから、詳しくはそっちで聞いてよ」
適当に濁してその場を去ろうとするザッコスに、シーゼルは追及するように口を開く。
「──そういえば、ミクリ・スグルは自分の出身地をニホンと言っていたぞ」
「······」
僅かに上がった口角は変わらず、それでもザッコスは一瞬言葉に詰まる。
「······さぁね。残念だけど俺にはサッパリだ。じゃ、Sランク冒険者は忙しいんだ」
そう言い残し、足早にその場を離れた。
***
時を同じくして、ダルーイの街のとある喫茶店。
スグルは呆気に取られていた。
(──異世界にもタピオカミルクティーがあるのか? )
1人驚きの表情を浮かべる俺を、ピエリスは心配そうに覗き込む。
「あの、大丈夫ですか? 」
「あーすまん。とりあえず飲もうか」
「はい! 」
結露で濡れたグラスを持ち、2人グラスに口をつける。
しかしこのタピオカドリンクにはストローが刺さっていない。嘘だろ、とは思ったがそもそもこの世界にはストローが無いのかもしれない。多少飲みにくいが我慢するしかあるまい。
タピオカのようにモチモチでは無く、噛むとイクラの様に弾ける食感が癖になる。
結論、タピオカミルクティーでは無かった。
「──あの、助けて頂いてありがとうございました」
暫くバブルティーを啜った後、ピエリスは恭しく口を開く。
「偶然だよ。たまたま歩き疲れた俺達が通りかかったから。ピエリスの運が良かったんだ」
こういう命の恩人ムーブは、良くないと聞いた事がある。救われた側は救った側に依存してしまうとか、それは避けたい。気にするな、という意図を込めて俺は応えた。
「それでも、助けて貰ったことは事実なんです。そこは感謝してもしきれません。もしあのまま、奴隷のままだったら、私······」
ピエリスの肩が小刻みに震えている。最悪の場合の自分を想像しているのだろう。
バブルティーが来る前の会話で、15歳と言っていた。その年なら、少女の奴隷の利用価値について思い至るのは難くないだろう。道具のような生活をしていたかもしれない自分を考えれば、誰だって恐ろしいと思う。その上での感謝をこれ以上退けるのは流石に気が引ける。
「そこまで言うなら素直に受け取ろうか。どういたしまして」
俺はニッと笑顔を浮かべて答えた。それを見てか、ピエリスも嬉しそうに顔を明るくする。
俺は安心して、バブルティーを啜る。
「それと、一つお願いがあるんです。助けて貰った身で厚かましいとは思いますが······」
「お願い? 」
「スグルさんに、お供させては貰えませんか?」
「······」
全くの予想外という訳では無かったが、いざ問われると返答に困った。
あまり少女を戦闘の場に連れ出すのは良くないだろう。そう思うが、この世界ではピエリスよりも明らかに年下で、革鎧を着て短剣をぶら下げた少女を時折見かける。
つまり、そういう世界なのだ。ピエリスが剣を持って戦場に立ったとしても、誰も疑問を抱かない世界なのだ。
とはいえ、その状況には些かの抵抗感がある。
その一点を除けば、俺に断る理由は無い。
「······ダメですか? 」
ピエリスが不安げに俺の顔を覗き込む。沈黙を否定と捉えられただろうか。
「いや、そうじゃないよ。俺さ、直ぐにとは言わないが、いずれこの街を離れる。いや、この国も出るかもしれない。俺は旅がしたいんだ、世界中の色んな所へ行きたい。その道中、辛い事、悲しい事、色々悪い事もあると思う。それでも、俺に着いてきたいのか?」
我ながら意地の悪い聞き方をした、まるで突き放す様な言い方だ。
だがこれで引き下がるなら、それはそれで構わない。
しかしピエリスの反応は俺の想像とは違っていた。
「構いません。悪い事があるなら、側にいて貴方を支えさせてください」
即答だった。なんの迷いもなく、ピエリスは真っ直ぐ俺の目を見据える。
この覚悟の篭った目を、俺はこれ以上突き放せない。
「わかった、一緒に行こう」
「ありがとうございます! 」
ピエリスはパァと笑顔を浮かべた。その明るい笑顔に、俺も自然に笑顔になった。
──そして、俺たちは冒険者協会支部に来ていた。
目的は、ザッコスが報告してくれた筈の依頼報酬の受け取りと、ピエリスの冒険者登録だ。
「スグルさん、お待ちしてましたよ」
カウンターに着くと、カイナさんが笑顔で出迎えた。
「ども、依頼についてなんですけど······」
「はい、依頼ポイントが規定に達しましたのでランクアップの手続きをしますね。冒険者カードを」
「あ、はい」
促されるまま、俺は冒険者カードを差し出す。
カードを受け取ったカイナが何か魔法陣の彫られた台の上に乗せると、淡く光始めた。
(魔法でコンピュータ的な事をしてるのだろうか)
と、呆然とその様子を眺めていた。
「はい、ではランクアップの手続きが完了しました。こちらお返ししますね」
カイナから冒険者カードが返却される。
そのカードを見ると冒険者ランクGと記載されていた場所が上書きされていた。
「······あの、カイナさん? これ間違ってません? 」
カードによれば、俺はDランクになっていた。三段アップだ、たった1回の依頼で。
「あぁ、ザッコスさんの要望です。なんでも『俺のポイントは要らないから、スグルのランクDまでイッキに上げちゃってよ。これ、Sランクからのお願い』だそうで。支部長と協議の元、こうなりました」
カイナは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。ザッコス、脅迫だと思われてんじゃん。いや、間違って無いのかもな。
まぁ討伐依頼を受けられるのはDランクからだったし、ありがたい。
「それでザッコスは? 」
「用事があるらしく、王都へ行きました。元々所在のハッキリしない方ですので」
(納得できるわ)
用事が何かは分からないが、まぁ気にするだけ無駄か。
「あ、あとこの子の冒険者登録したいんだけど」
俺はチラリとピエリスの方をチラリと見やる。
「分かりました。ではこちらの書類をお願いしますね」
俺の時と同様に書類を書き、カイナに提出する。
1度一通り経験しているから、手続きは滞りなく進んだ。
「──はい、承りました。では明日の昼にお願いしますね」
「······」
いつも通りのカイナに対して、ピエリスの表情は何故か暗い。先程カフェで話していた時とは明らかに違う。
それを不思議に思っていた俺に、突然周囲の喧騒が浮き上がるように脳に響く。
「おいあれ······」
「シッ、あんま見んなよ」
「人の顔に獣の耳、けったいなもんだ」
「化け物め、さっさと出てけば良いのに」
(──あぁ、そういう事か)
獣人と人間のハーフ、両種族から爪弾きにされている。そう聞いたばかりだろう。
そんな彼女をなんの対策も無く衆目の前に連れ出したのは俺のミスだ、あまりに無神経だった。
ピエリスにも聞こえているらしく、しきりに俯いている。顔色も悪い。もしかしたら俺よりも耳が良いのだろう。
(こういうの、ムカつくなぁ······)
嫌悪を隠そうともしていない。あわよくば聞こえていればいい、という声量。明らかな悪意。
どいつもこいつも、ピエリスを見下している。
ピエリスを下に見ているから、陰口を目の前で叩くのだ。俯き表情が陰っていくピエリスを見て気持ちよくなっているんだ。
俺は魔法の鞄から《獅子王の牙》を取り出し、ポツリと魔法を唱える。
「──《威圧付与》」
魔法の発動と共に、辺りが一気に静まり返る。問題なく発動したらしい。
ここで、ダメ押しだ。
「──うるせぇな······! 」
腹の底から静かな声を出す。
「──ねぇこれ、なんの騒ぎ? 」
奥から、1人の人物が顔を見せる。
「この静まり返った空間で騒ぎとか、面白い冗談だな」
「······スグルくんどうしたの、顔怖いよ? 」
この支部の専属回復術士のリアスだ。
俺は何も答えない。口に出すのは、なんか嫌だ。
「······」
「······あぁ、なるほど」
青筋を立てて沈黙する俺、傍で怯えたような顔をうかべるピエリス、青い顔をする周囲の冒険者。リアスはそれで察したようだ。
「ここタイダール王国では原則種族や職業、宗教、性別等を理由とする差別はしない、そう言う方針だ。何を言ったか知らないけど、差別したキミらは全員悪いよ」
リアスの静かな叱責に、冒険者達は下を向く。
「とは言え、君も少ーしやり過ぎだよスグルくん」
俺を見ながら、リアスは厳しく言い放つ。
「······悪かった、とは思ってないからな」
「スグルくん、1回支部長室に来てもらって良いかな、その子と一緒に。支部長を交えて話があるから」
呼び出されてしまった。
しかし自分の事ながら不思議だと思う、ピエリスとは今日初めて出会ったのにここまで腹が立つとは。
前世よりも力を獲得しているからだろうか、それとも······──。
ピエリスの倒れ伏せった白い耳と、不安げに垂れる尻尾を眺めながらそう思い耽った。




