20.竜、強い。
ワイヴァーン、強靭な爪と大きな翼を持つ魔物。一般に亜竜種に分類され、知能は高くない。故に動くものを軒並み獲物と認識し襲いかかる、らしい。
なんだろう、無理って感じはしない。イケそうだ。
だって、森で闘った虎の方がよっぽど怖かったもん。あの圧倒的強者感に比べれば、声と体がデカいだけな感じがする。
「皆さん隠れてて。ちょっと倒してきます」
「ダメ、勝てっこない! 」
ケモ耳少女が必死に止めようとする。
「大丈夫、俺強いから」
そう言って俺は獅子王の牙を握り締め、馬車の外に出る。
ピギャアァ───!
馬車から1歩踏み出すと、すぐさま薄灰色の亜竜と目が合う。けたたましく鳴き、俺を威嚇してくる。
すると、上空に浮いていたワイヴァーンは一転し、俺めがけて急降下を始める。
「うおっと! 」
ワイヴァーンの体当たりを避け、俺は獅子王の牙を構える。
地面に降り立ったワイヴァーンも俺を睨み、再び咆哮する。
「どっからでもかかってこ───なぁ!? 」
突然俺めがけて飛んでくる炎の塊に、俺は飛んで避ける。
(こ、コイツ炎吐きやがった!? )
ワイヴァーンってそういう事しないイメージなんだが、この世界では炎を吐くようだ。
突然の火炎放射に戸惑っていると、次は俺に向かってドシンドシンと走ってくる。
(来る······! )
トッ、と地面を蹴ったかと思うと、ワイヴァーンはサマーソルトキックを決める。
些か予想外の攻撃だったが、咄嗟の反射神経で直撃は避け、左腕を爪が掠る程度で済んだ。
(マジか、めちゃくちゃアクロバティックじゃ───痛っ······)
先程攻撃の爪に触れた左腕がイヤに痛む。ふと見やると、傷口は紫色に変色していた。
この現象は、異世界に来て2度目だ。
(毒か······)
前言撤回、この魔物は強い。さて、どう切り崩すか。
と、その前にパンパンに腫れ上がった腕を何とかせねば。とりあえず魔法の鞄から携帯用の水筒を取り出す。
「《付与・万能薬》」
びちゃびちゃと水筒の中の水を腕にかける。こうするとみるみる紫色の腕が元に戻るから不思議だ。
しかし、あまりのんびりもしてられない。ワイヴァーンは既に次の行動に移っている。全身でぶちかましを繰り出すようだ。
当然俺はその攻撃を避けようとする。だがその時、目の端に馬車が映る。ワイヴァーンの進行方向にだ。
(───受けるしか無いのか)
「《筋力強化付与》! 」
そう唱えて、俺はワイヴァーンの前に躍り出る。
ガキィン!とワイヴァーンの鼻先と俺の太刀が強く打ち合う。
(ヤバい······飛ばされるっ! )
「《重量付与》! 」
思いつきではあったが、その魔法のおかげでまともに攻撃を受けられる。
両足で地面を削りながら、馬車のギリギリで食い止める。
結果論ではあるが現状ワイヴァーンに最も接近している、攻撃のチャンスだ。俺は一瞬で太刀を引き顎目掛けて斬りあげる。
モンスターなら、いや生物なら頭は弱点だろう。斬れなくとも衝撃さえ与えられればダメージになる。
「おらぁ!」
頭は弱点、それ故に防御も固くかすり傷程度しか付けられない。だが、顎を打てば脳みそも揺れるだろう。
だが、案外当たりが甘かったらしく、ワイヴァーンはふわりと後ろに飛び退き、大きな翼をはためかせる。
ピギャア───!
大空を飛び、こちらを見下ろす。
空を飛ばれると面倒だ。俺には現状遠距離攻撃が無い。
だが、考えれば案外作れるかもしれない。街に帰ったら遠距離攻撃を考えてみよう。
とは言え、今はそんな余裕はない。
空から見下ろす亜竜をいかにして地に落とすか。この状況は、生前やっていたハンティングゲームでよく経験した。
俺は足元にある石1つ拾い上げる。
「《付与・閃光弾》。おら落ちろ! 」
付与魔法をかけ、すぐさま上空のワイヴァーンに向けて投げる。
外すピンなどは無かったが、魔法をかけた後に時差で光を放つ様にイメージした。俺はすぐに目を閉じる。
薄い瞼の向こうで、カッと何かが光るのを感じる。
そして1拍置いて聞こえる断末魔。上手くいったらしい。
目を開けると、そこには無様に地面に墜ちたワイヴァーンが。
俺はすかさず距離を詰め、太刀を振り上げる。
ゲームのようにダメージ式ではないのだ、首を落とせば一撃で終わる。
そう、ゲームでは無いのだ。
ビギャアァァァア───!
太い尻尾を、太い首を振り回し、ワイヴァーンはその場で無茶苦茶に暴れる。
閃光弾で墜ちたモンスターも生きるために必死だ。いつまでも隙を晒さない。光で目が見えなくなった程度で大人しくはならないのだ。
あまりの苛烈さに、どうにも攻めあぐねていた。すると───
───ボウ! 目を瞑ったままの頭から一筋の炎が吐き出される。
(ヤバっ! )
何とか予期せぬ炎を避けるが、避けた先がまずかった。
ちょうど頭上から、尻尾が振り下ろされる。
「ごはぁ───! 」
回避をした直後だ、他の行動などままならなかった。
「───《継続回復付与》······」
一旦ワイヴァーンから離れるように転がり、食らったダメージを癒す。
だがその間に、ワイヴァーンの方も調子が戻ったようだ。充血した目でこちらを睨む。
(······クソ、倒そうにも隙が無い。その上固いし、あのケモっ娘の言う事素直に聞くべきだったかな、普通に強ぇ)
だが、絶望して諦める気はさらさらない。その腑抜けた考えは、失う物を増やすだけだ。
必死に俺は攻略法を考える。
何かある筈だ。そう考える間にも、ワイヴァーンは両の脚に力を篭める。
来る───!
(その勢い、利用させてもらう!)
「《斬味強化付与》! 」
先程のように受ける構えをとる。次は真っ二つにしてやる。
だが、ワイヴァーンにも野生の本能とやらがあるらしい。
俺の目の前でピタリと止まり、その場で反転する。
尻尾を横薙ぎに、俺の身体を強く打つ。
勿論太刀は前に構えてた為、横からの攻撃には無防備だ。
「───っ! 」
呻き声を漏らしながら、水切りのように地面を転がる。
急いで《継続回復付与》を唱えようとするが、息が上手く吸えない。声が出せない。
パクパクと口を動かすが、サビ臭い空気を絞り出すだけだった。
(ヤバい───)
衝撃の為、大太刀も何処かへ飛ばされた。
「カッ······ハ······」
まだ、まだやれる。なんでもいい、捻りだせ!
そう思い、俺はがむしゃらに右腕を突き出す。
ポッ───と、突き出した右手の人差し指の付け根が優しく光る。
突然の事に困惑していると、たちまち小さな火種は大きくなり俺の手を包む。だが、不思議と熱くない。ただ温かい。
やがて俺の身体よりも、ワイヴァーンよりも大きくなった炎の塊は変形を始めた。
翼のようなものが2枚生え、次第に生き物らしい形になる。
炎のそれは、口と思われる場所を開く。
『───亜竜如きが、身の程を知れ』
「っ!? 」
この声を、俺は知っている。ブレフィオーレだ。
『我が友に手を出そうと云うのなら······その矮小な命ここで消滅すると思え』
その言葉にワイヴァーンは身を縮こまらせ、やがてあさっての方向へ飛び去っていった。
「······ブレフィ、サンキュ。助かったよ」
大分落ち着いてきた状態で、かすれ切った声で俺はとりあえず感謝しておく。
『スグル······貴様もだ』
「へあ? 」
『亜竜ごときにあれ程まで苦戦しおってこの馬鹿者が! 』
(え、えぇ······俺が怒られんの? つーか俺に対しての方が語気が強いんだが)
『次亜竜如きに手こずる様なら、貴様諸共焼いてくれる。ではな』
それだけ言い残し、ブレフィの姿は空気に散った。
(あいつ······あんなキャラだっけ? )
既に何も無くなった虚空を見つめながら、俺は呆然としていた。
「な······ワイヴァーンが······! ならもう一度呼んでやらぁ!」
後ろで横たわるモゴロツキはそう喚くと、もう一度笛に口を近づける。
その声に反応して俺は振り向いたが、心配は無用だった。
「させるかよ」
ベタなセリフと共に力強く腕を踏みつけにされ、ゴロツキは笛を地面に落とした。
「なっ誰だ!? ······テメェら、こんな事してタダで済むと思ってんのか! 俺らのバックにはナリアガール男爵が居るんだ、テメェら如き冒険者なんか社会的に抹殺されるだろうよ! 」
「へぇ、ナリアガールねぇ。向上心の強いおっさんだな、とは思ってたけど違法奴隷に手を出してたか」
「あ? てめぇ、あんまり舐めた口を───っ!? 」
男は首を無理に捻り、自分を踏みつけにする者の方を見る。すると顔色がみるみる悪くなっていった。
「舐めた口を······なに? 」
男の腕をぐりぐりと踏みながら、ザッコスはニタリと笑う。
やっぱりザッコスは有名人のようだ。こんなモブでも一目見て把握したらしい。
「良いとこ持ってったな、おい」
俺は皮肉を込めてそう言った。どうせ来るならもっと早く来て欲しかった。
「あはは、良いとこ取りしたつもりは無いよ。最後を華麗に決めたのさ」
それを『良いとこ持ってった』って言うんだよ。
「見るからに不服な顔。仕方ないだろ、俺が出ると高確率で馬車が木炭になる。炎遣いの俺は色々気を使うのさ」
「俺も炎遣いに入るんじゃねぇの? 」
「まだまだ未熟だし、大丈夫でしょ」
(くっ······言い返せない)
俺は一旦無視する事に決めた。
「にしても、最後の炎の竜は凄かったね。あれもスグルの技? 」
「あれは······いや、やっぱり秘密」
「おいおい、そりゃ無いだろう」
「お前も、Sランク冒険者だって事隠してたろ?そのお返しだ」
まぁ、神竜との関係は流石に広まるとマズイ気がする。
ザッコスは信用してない訳じゃないが、口が軽そうだ。なので言わない。
(───さて、強くなんないとな)
至らなかった自分に苛立ち、俺は人知れず拳を握り込んだ。




