19.これが俺の正義だ。
今回の話はいつもと違う感じでの始まりです。
間違いなく「自己完結付与術師三栗傑の受難」です。
······どうして空は広いのに、私は飛べないんだろう。
馬車布の隙間から見える青空を見上げ、私ははそう考える。
───もし空を飛べるのなら、この場から一刻も早く飛び去るのに。と、首を縛る重い枷に触れる。
私は今、運ばれている。どこへかは分からない。だが、この後売り払われるということは理解出来る。
その後の事は、想像もしたくない。
周りにいる数人の人々。彼女らも私と同様に、首と脚に枷を付けられている。
この馬車はいわゆる奴隷商人という奴だろう。
自分で言うのもなんだが、本当に散々な人生だと思う。
獣人族の父親と人間族の間に産まれた私は、どちらの種族から見ても異質な姿形だ。
人間族をベースに、そこに獣耳と尻尾が生えている。
毎日のように鏡越しに見てきた己の姿が、異形なのだ。
獣人族の姿形はまさに二足歩行の獣。立って歩き、喋る動物だ。それと比較すると、私の姿は本来の獣人族のそれでは無い。
結果、私は獣人族からも、人間族からも迫害される事になった。
唯一私を愛してくれた両親も、先日家で首を吊っていた。私は取り残されたのだ。
あまりに理不尽な現実に呆然としている内に連れ去られ、今に至るという訳だ。
「······助けて、貰えないだろうな」
滔々と心に滲み出す絶望感をポツリと零した。
揺れる馬車の床が、不愉快に尻を打つ。
***
「あー疲れたぁ! 」
「Sランク冒険者なんだろ、情けない事言うなよ」
俺とザッコスは、迷宮からの帰り道をとぼとぼと歩いていた。
「おいおい、俺は迷宮1個崩壊させる大技使ったんだぜ? 疲れるってそりゃぁ」
「胸を張って言うなよな。始末書モノなんだろ」
疲れてる奴はそんなに足上げてしっかりあるかねぇんだよ。
とは言え、あの大技には驚いた。あんなもの、人間一人の力と考えると脅威だろう。Sランクと言われれば納得せざるを得ない。
しかしこうして徒歩で帰路を辿る俺たちだが、行きは馬車で来ている。
街と迷宮を結ぶ道程は、本来定期馬車が通っているのだが、「冒険者が何人もの失踪している」という噂の迷宮に行きたがる冒険者は減り、結果その路線での収益は少なくなり、結果その道を通る馬車は別の区間で仕事をするようになった。
そこで俺たちは運送馬車と呼ばれる馬車に依頼し、件の迷宮まで運んで貰ったのだ。現代で言う所のタクシーであり、定期馬車よりは割高である。
運送馬車の仕事は目的地まで運ぶ事、送迎では無い。
つまり帰りは面倒を見ない、という訳だ。彼らにも仕事があり生活もある。仕方ない事だ。
その結果の徒歩である。誰も悪くない。
「仕方ない、ちょっと休憩しよう! 」
「ハイハイ」
何が仕方ないのだろうか。
俺も疲れているから、休憩には賛成だが。
とりあえず周りに魔物が居ないことを確認しつつ、その場で火を焚く。寒いわけでも、暗いわけでも無いが、魔物よけだそうだ。
随分歩いたが、今どれ程来ただろうか。
「······今、どれくらいだ? 」
「まだ三分の一も進んでないかな」
「マジかよ」
馬車と言うのは、本当に便利だ。文明の力とは素晴らしいと実感した。
そう考えていると、遠くで馬の嘶きとガラガラと何かが回るような音が聞こえる。その方向に目を向けると、遠くに馬車が走っていた。
それを目の端に捉えた瞬間、俺は動いていた。
「ザッコス、馬車! 行くぞヒッチハイクだぁ! 」
「待ちなよスグル。ヒッチハイクって言葉は知らないけど、意味は何となく理解出来る。けどあの馬車は無理だよ、あれ奴隷馬車だ。しかも違法」
馬車に向けて走り出そうとした俺を掴み、ザッコスは呟く。
「奴隷馬車? 」
「そう。その辺から人を攫って売り物にするんだ。スグル、奴隷制度は分かる? 」
「何となく、だが違法って事は合法の奴隷もあるって事か?」
「そこからか······ざっくり説明するとね───」
奴隷には大きく分けて三種類あるらしい。就労奴隷、犯罪奴隷、違法奴隷だ。
就労奴隷は生活が困窮した者が自らなるもので、住み込みで生活を保証する代わりに雑用として雇われる。前世で言う派遣に近い職業形態だそうだ。
次に犯罪奴隷、これは文字通り犯罪を犯した為に奴隷になった者の事だ。基本は、鉱山や公共事業でのマンパワーに消費されるため、公の目に触れることは無いそうだ。
最後に違法奴隷は、攫った人間を道具のように売り払う。攫われる人は、異種族や若い女性が多いそうだ。理由は「高く買われるから」。なんとも反吐が出る話だ。
「違法奴隷には低級貴族がバックについてることが多い。苦言は握りつぶされ、歯向かえば社会的に返り討ち。冒険者は見かけても基本はノータッチさ」
「知るか、違法奴隷って言うなら助けに行こう!」
そんなよく分からない権力に日和るほど、俺は人間腐ってない。
「話聞いてた? 違法奴隷に手を出すのは貴族を敵に回す。低級でも貴族は貴族だ、君程度の冒険者まともに生きれなくなるよ? 正義の味方な自分に酔いたい、なんて偽善ならやめときな」
その言葉に、俺は黙りこくる。
───偽善、ね。
確かに、俺にメリットはない。だがこんな言葉があるだろう、「やらない善よりやる偽善」と。
······いや違うな、いやまぁその通りなんだが。
俺は正義の味方とかじゃない、ただの冒険者だ。利益?えーと······
「───だぁめんどくせぇ! 俺こういう問答嫌いなんだよ。分かったよ、目的変更だ」
正義云々で文句を言われるなら───
俺は声高々に、宣言する。
「あの馬車を奪う。んで、快適に街に帰る! 向こうが犯罪者ならこっちも心が痛まないしな。これは俺の自分勝手だ! 」
俺の言葉に、一瞬ザッコスは目を皿にする。そして。
「······ブフッ、アハハハ! なるほどそう言う返しできたか! そうなると言い返せないな。じゃ、好きにするといい」
「おし、行ってくる」
そう言って俺は馬車に向かう。その時後ろからザッコスが声をかける。
「不器用にも正義感溢れるスグルに良い話だ。Sランク冒険者ってのは英雄っていう名誉だ。この称号には、侯爵相当の権威が与えられている」
「······つまり? 」
突拍子がなくて、あまり話が見えない。
「つまり、違法奴隷なんてコスい事やってる低級貴族程度、俺がひねり潰してやるよ。遠慮なくぶちかましてこい! 」
「······試したな? 」
ザッコスは何も言わず、ニヤリと笑うだけだ。
心強い激励を受けて、俺は奴隷馬車に向けて駆け出した。
***
「······てめぇ、何の用だ? 」
人相の悪い御者が手綱を握る馬車の行先を遮るように、俺は街道の真ん中に仁王立ちする。
「悪いね、即急にあしが欲しいんだ。馬車置いてってくれない? 中身はそのままでいいからさ」
「てめぇ、これがなんの馬車か分かんねぇか? 」
「さぁね、外道の所業に興味ねぇんだわ」
ドヤ顔でそう言い放つが、目の前の悪党にはこの決めゼリフは響かなかったらしい。
「······あ? 何言ってんだてめぇ。おいお前ら、コイツ半殺しにして荷台に詰めとけ。男なら傷ありでも二束三文で売れるだろ」
御者の男の一声で、奥からぞろぞろと3人の男が現れる。揃いも揃ってガラの悪い。
突然、挨拶もなく一人の男が殴りかかってくる。
俺はそれを避けて、無言で腹に膝を入れる。
「がはっ! 」
1歩2歩と後ろに後ずさった男はこちらを睨みつける。
うん、コイツらは所詮小悪党だ。森の魔物や支部長、さっきのプラナリア狼に比べれば雑魚もいい所だ。
なんて、油断する癖は治すべきだろう。
───バチン! と言う音と共に、背中に衝撃が走る。
「───痛っ! 」
気付けば後ろには別の男がいて、その手には何かを握っている。
二股に別れたその道具の先端で、青白く放電しているように見える。
まさか───
「───スタンガン!? 」
「へぇ知ってんのか?そうさ、俺らの雇い主がくれたんだ。商品を捕獲する時、傷を付けずに動きを止められるから便利なんだぜ? 」
商品、ねぇ。言い回しが腹立たしい。
しかしスタンガンと言うものは初めて喰らったが、案外と平気だ。気絶もしていなければ、動けなくなる程の麻痺もしていない。
大した威力も無いと分かった俺は、少し大きな態度に出る
「オーケー、クソ外道共。お前らはここでぶっ潰す! 《現出》《獅子王の牙》! 」
ミョルニィルやザッコスがやっていた武器を出す時のアレ、カッコイイなと思ったので真似してみる。
俺が魔法の鞄から取り出した大太刀に、悪党どもは一瞬ギョッとするが、すぐに。
「はっ、所詮ハリボテだろう囲め囲め! 」
俺を取り囲むように広がる。全員もれなくスタンガンを持っている。
「ハリボテかどうか、テメェらの骨で試してやるよ! 」
そうして、3対1の闘いが始まる。······いや、もはや闘いでは無かった。
相手の武器はスタンガン、もしくは懐に忍ばせていたナイフだ、近距離武器である。対してこちらは大太刀。リーチの差は歴然。一方的な蹂躙であった。
途中、御者の男も参戦してきたが、だからと言って戦況が変わることも無く、ただ転がる敗北者が増えただけだ。
ちなみに殺してない。こいつらはちゃんと法の裁きを受けるべきだ。バックに貴族が居ると言うが、こういう時は多分トカゲのしっぽ切り、見捨てられるのがオチだろう。
とりあえず、捕まってる人達を助けに行こう。と、荷台の方へ回る。
「ここかな······」
布の出入口を捲りあげ、俺は中を覗く。
中には10人程の人が居る。全員が首と脚に枷を付けられ、多分全員女性だ。
酷く怯えた表情でこちらを見てくる。
「あー、助けに来ましたよ」
「奴隷商人たちは? 」
捕まっている人の1人が問うてくる。
「安心してください、全員外で伸びてます」
「······なら逃げて! 」
一人の少女がそう叫ぶ。
(け、ケモ耳の美少女だ。すげー、流石異世界)
ブレフィが言ってた獣人族ってケモ耳ケモ尻尾の種族なのかな、ちょっとテンション上がる。
······ん、逃げて?
「えーと、どういうこと? 」
「アイツらが話してるのを聞いたんです、ヤバい道具を持ってるって! あれを使われたら、人間じゃどうしようも───······」
ピィ───······
馬車の外で、甲高い音が響く。
「笛か? 」
「ダメ······早く逃げて! 来る! 」
ケモ少女は必死の形相で俺に叫ぶ。だが、状況把握が出来てない俺は未だ困惑している。
「来るって、一体何が───」
ピギャア───!
外から、笛の音によく似た甲高い鳴き声が聞こえる。明らかに人間の物では無い。俺は咄嗟に外を覗いた。
「まさか······あれって! 」
「ひひ、ひぁははは! ざまぁみろクソ野郎、この笛はワイヴァーンを呼び出す笛なのさ! てめぇなんざひき肉になっちまえ! 」
丁寧な説明ご苦労、モブゴロツキ。
そう、鳴き声の主は巨大な翼を羽ばたかせるワイヴァーンだった。




