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プライスレスな関係

作者: 京本葉一

「どうぞ、召し上がれ」


 目の前に置かれた一皿は、インスタントラーメンをつかった焼き飯風の一品。たまにはジャンクなものも食べたくなり、特別にオーダーして作ってもらった、今夜のメイン料理だ。


「いただきます」


 食欲を刺激する匂いにつられて、さっそくいただく。想像を超えて美味いのは、料理人の腕が良いからだろう。サラダもついて料金は千円。材料費だけみれば高値かもしれないが、サービスの満足度からいえば安値である。

 感想をつぶやくと、対面席で同じものを食べていた彼女は、当然、といわんばかりの表情をみせた。


 今夜はどこまでもジャンクな気分らしい。食が進むにつれてコーラが飲みたくなった。うちの冷蔵庫にコーラがあることは知っている。席を立って取りに行けばよく、それを面倒と感じるほど怠惰ではないが、仕事を奪うことになる。


「コーラ、もらえる?」


 注文する。しかし、彼女に反応はない。声が届かない距離ではないのに、聞こえないふりをしている。じっと見つめていると、食事中だというのに爪のチェックをはじめた。付け爪もネイルアートもしていないのに、暇そうなホステスの真似事をしている。


「コーラ、頼んでもらっていい?」


 しかたがないので、彼女のとなりの席にいる、六歳の女の子に話しかけた。小さな手がこちらに差し出される。「手数料をよこせ」のサインである。ズボンのポケットから、常備している百円玉を一枚取り出して、手数料ハンターの小さな手にのせた。

 将来は金融業界で活躍しそうな末恐ろしい児童であるが、にんまりと笑う表情は愛らしい。


「ママ、コーラがほしいんだって」

「二百円になります」


 仲の良い母娘は、笑い方もそっくりだ。



 食べ過ぎてダラダラと過ごしている間に、母娘がそろって風呂から出てきた。追い炊き機能はあるにせよ、お湯がぬるくならないうちに入ったほうが経済的である。


「ドンタッチミー」

「どんたっちみー」


 まだ立ちあがってもいないのに、だいぶ距離のある段階で接触を拒否された。こちらの動きを封じておきながら、六歳の女の子がイチゴミルクをもとめて冷蔵庫にむかう。母親のほうは二種類の書類を用意している。どうやら今夜はオーケーらしい。


 無言で差し出されたのは、夜の営みにおける各種サービスの料金表と、こちらのサインが足りていない婚姻届である。

 必要なのは、どちらか一方だけ。

 婚姻届を裏返して遠ざけると、大きな舌打ちがきこえた。ちゅっちゅちゅっちゅと変な音も聞こえる。出しているのは、マグカップをもった幼い娘だ。うまく真似ができないらしい。しなくてもいい練習をしている。

 

 母娘が寝室にむかう。彼女が娘を寝かしつけている間に、夜のサービス一覧表にチェックを入れて、風呂も上がっておきたい。ざっと目を通す。避妊具をつけたほうが料金が高くなるのは変わらないようだが、その他のサービスに変更はありえる。

 とにかく細かい。ちょっと価格が高くなる二回戦用や三回戦用の用紙まである。じつに細かい料金表には、かなりアブノーマルなものをあるが、そういうサービスは特に値段が高い。本気で嫌なのだろう。一発で資産が吹き飛びそうな価格のものもある。

 彼女の趣味嗜好が反映されているわけで、これをみるかぎり、彼女はややMである。実際はなかなかにMなわけだが、プレイの最中、どんな約束事をしたところで割安サービスはない。「あれはそういうプレイだから」の一言で、あらゆる約束がなかったことにされる。お金を徴収する際は、理不尽なまでにSである。


 うまい料理も、ていねいな家事も、エキサイティングな夜の営みも、婚姻届にサインをすればお金を徴収されることはなくなるのだろう。手数料ハンターは変わらない気もするが、そのあたりは手遅れとおもってあきらめるしかない。

 それなりの付き合いだ。

 彼女が財産目当てでないことぐらいはわかっている。

 籍を入れてもいい気はしているが、なんだかんだとサービス料金を支払っている、いまの関係がちょうどいいとも感じている。彼女もそうであることは、なんとなく察している。

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