置き土産
「残骸のDNAが芳信氏の物と一致しました」
「そうか……」
如何とも形容しがたいため息が、窓ガラスを曇らせた。
奴が飲んだコーヒーカップが残され、ソファの脇には置いていったと思われるスーツケースが一つ。
奴とは突然の別れとなったが、不思議と悲しみの類いは無い。
「スキャン──内部に危険反応はありません」
時雨の瞳が赤くスーツケースを照らし、静かに中を開けると、紫色の包みと一冊の手帳が入っているだけだった。
「奴め、何を残すつもりだ……」
包みの中には鏡の欠片が二つ、そして手帳には古い手記が綴られていた。
欠片から一筋の青い光が帯として、俺の右眼へと吸い込まれ、僅かながら更に力が解放された気がした。
「さて、こっちの手帳からは何が出てくるやら……」
水に濡れ乾いたかのような波を打った手帳の頁を捲ると、そこには走り書きのようにメモが至る所にされていた。
古代よりの信仰心
エネルギー=原子
浄玻璃鏡による信仰心エネルギーの蓄積
頁を捲れば更に謎なメモが多数あったが、一先ず目に止まったのがこれだった。
俺はあるところに電話をかけた…………。
「マクスウェルか?」
「おう、元気か?」
「挨拶は抜きだ。今そっちに時雨にスキャンさせたデータを送った。意味を要約してくれ」
「ああ……これか……」
手帳の手記を全てデータ化し、マクスウェルに送信。結局人に頼らざるを得ない辺りが実に俺らしい。しかし、今の俺にはこれが全てだ。
程なくして、マクスウェルから返信が届いた。
「やはり俺の睨んだとおりだ」
「何をだ?」
「先の大戦で、お前が使っていた力の由来が気になってな。少し調べた事があったんだ」
「そ、そうなのか……?」
「お前の力は2種類。実にシンプルな物だ」
「冷やす力と温める力だな」
「優しく言えばそうだが、使い方は相手を凍らせたり、熱で焦がしたり沸騰させたりが、殆どだ。そして、その二つの力の共通点は『エネルギーの移動』だ」
「おい、さっぱり分からんぞ」
「つまり、お前は相手から急激に熱エネルギーを奪ったり、逆に与えたり出来るって訳だ」
「……そう言われると大した事なさそうな感じだな」
「そして、この世のあらゆる物は原子から出来ている」
「それは学校で習った」
「更に、その原子は、エネルギーの塊らしい……」
「手記に書かれていたやつか」
「つまり、お前はこの世の全ての物体に対して有効な技を持ち合わせている。と言う訳だ」
「随分と御大層な物を授かったわけだな」
「そして、その力の根源は、古の神々への信仰エネルギーから来ていると、手記に記されていた」
「段々読めてきたぞ」
「つまりは、天界も魔界も、お前の中にある古の神々に対する信仰エネルギーを欲していると言う訳だ……多分」
「……古の神々の名は……あ、いや、分かってたら信仰エネルギーは残らないか」
「御名答。今、その姿があるのは信仰エネルギー故にだ。だから奴等はいくら戦争を重ねても地上の人間にはあまり手出ししないし、地上ではおっぱじめない」
「そうか…………」
マクスウェルとの交信を切り、外へと出た。
外は生暖かい風が吹いており、妙な湿り気と土の匂いが辺りに満ちていた。
アサヒーナは明日、帰ってくる…………筈だ。




