終焉の来訪
二日目の朝、デスクで書類を整理していると、高崎芳信が現れた。寝癖に仏頂面、そして手には大きなスーツケース。
「呼び鈴を鳴らしても出迎えが無かったのでな」
「ああ、すまん。メイドも休みで俺も呆けていたからな」
サンシャちゃんは大事を取って休みにしてある。俺も気が気じゃないので、来客に気が付かずにいたようだ。
「して、何用だ?」
「まあ、そう焦るな。コーヒーくらい飲ませてくれ」
「インスタントしか無いがいいか?」
「腹さえ壊さなければそれでいい」
ポットのお湯を沸かし、適当にコーヒーを作って出す。接客精神は有料だ。
「ほれ」
「悪いな」
コーヒーを躊躇いなく飲む芳信は、実に落ち着いている。
「あー、何処から話そうか……」
「時間ならあるからゆっくりでいいぞ」
「いやいや、俺にはあまり時間が無い」
そう言って芳信は二口目のコーヒーを口にした。
「そうだな……学生の頃は、良かったな」
「なんだ? 時間が無いと言いながら昔話か?」
「まあ、聞け。……お前と俺と二人で暇を持て余したな」
「…………だな」
「お前が生きていると知ったとき、俺は嬉しかった」
「そうなのか? やたらニヤついてたから嫌味かと思ったぞ?」
「人は生きていればやり直せる。だからこれは俺のやり直しなんだ」
「どう言う事だ?」
芳信は三口目でコーヒーを飲み干した。そして話を続ける。
「あの日、二人で祭壇に忍び込み、そこで触れた神器達はお前を選んだ。まあ、それだけなら別にいい。だが、お前は……いや、お前だけが神器に、神に、悪魔に、そして朝陽に選ばれたのが、俺は許せなかった。お前を許せない俺が許せなかったんだ……」
「おい、話が──しかも朝陽って誰なんだ!?」
芳信の目付きが厳しくなり、俺を睨みつける。
「お前は知らんだろう。朝陽はお前と話したことも無いからな。だが、俺はよく知ってる……それでも朝陽の好意はお前に向いていた」
「な、何の話をしているんだ芳信!?」
「運が悪く、彼女はある日突然死んだ。ただのもらい事故だった……。だからこそ、か……俺は諦められなかった。彼女の死を受け入れられなかったんだ」
「…………」
「そして俺は魂を冥府黒神の会に売った」
「おい、まさかお前……」
「そして俺は彼女を創らせた。福音を授かった少女とやらに、ちょっとした細工をさせたんだ」
淡々と語る芳信。まるで潮が満ちるように、奴は既に首辺りまで海の中に浸かっており、俺の居る砂浜は徐々にその潮水が増し、俺の足首を浸してゆく。奴の狂気が俺の何かを蝕んでゆく。
「彼女は朝陽になった。後はお前が俺になるだけだ」
「…………ふざけるなよオイ!!」
「言っただろ? これは俺のやり直しなんだ、って」
そう言って奴は懐から黒い小さなスイッチを取り出した。一瞬でそれが害悪であることを察知できるフォルムをしているそいつは、恐らく何かの起爆装置的な物であると推測できた。
「……コーヒー。美味しかったぞ」
そう言って席を立ち、スイッチ片手にそのまま扉を開けた芳信。
「おい! 何をする気だ!?」
「これでお別れだ。鏡の欠片を持ち出した罪やらなんだで、俺は組織から追放──いや、抹殺される。だから、お前だけは俺を忘れないでくれ。それだけで俺は満足だ」
「芳信! お前──!」
そのまま芳信は振り向かず屋敷を出て行った。
そしてデスクで奴の飲んだコーヒーカップを静かに眺めていると、遠くから爆発音が聞こえ、振り返ると山の中腹から黒い煙が上がっていた…………。




